昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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昭和36年度の日本経済

労働

上期の賃金は著しい上昇

賃金の上昇とその要因

 好況持続を反映して36年度の賃金は著しい上昇を示した。「毎月勤労統計」による全産業の常用労働者(30人以上事業所)の平均賃金は27,329円となり、前年度に比べて12.6%の大幅増加となった。これは35年度の7.3%を大きく上回ることはもちろん、29年度来で最も高い上昇率であった。賃金を定期給与と特別給与とに分けてみると、対前年度上昇率は定期給与の11.8%に対し、特別給与は、21.0%であった。

 定期給与の上昇率が10%を上回る大幅なものであったことは、36年の春季闘争でいわゆる3,000円相場という85年の倍額近い賃上げが実施され、次いで夏にも繊維関係で産業別統一賃金として3,500円の賃上げが行われたことによるところが大きい。これに加えて求人難を反映して初任給が35年に引き続いて20%前後も上昇し、その調整もあり、中小企業などでは若年層の賃金水準の大幅引き上げも絡んで広汎に給与改訂が実施されるに至った。しかもこの間、労働条件の改善という側面からも労働時間は減少傾向にあったため、定期給与の上昇も、労働時間延長に伴う超過勤務給の増加でなく、基準内給与の増額という形で実現したことが注目される。35年度の場合、賃金増額のうち基準内給与による部分は5割にみたなかったが、36年度には約6割を占めるに至り、他方超過勤務給による部分は半減して1割を下回っている。この点は前回の好況期である31年度に超過勤務給による増加寄与率が3割近かった点とは大きく異なるところである。

 このように賃金の著しい上昇がみられた要因としては、 ① 若年層を中心としていぜんとして労働需給のひっ迫が続いていること、 ② 生産性の向上を背景とした企業収益の好調と、 ③ 消費者物価の年率4%に及ぶ高騰がみられたことの影響が大きいが、他方 ④ 分配率の低下に対する修正運動としての労組の賃上げ要求が強まってきていること、などがあげられよう。

 まず、労働市場の変化を端的に反映する初任給の変化についてみると、中学、高校、男女とも20%前後の高い上昇率で、35年を大きく上回った。

 これは全く求人難を反映したものであって、求人に対する充足率の低い中学の方が高校より高く、また小規模ほど上昇率も高かった。需給状態の反映である充足率と初任給の上昇率との関連をみると、かなり密接な状況を示している。

 労働需給の動向もさることながら、賃金上昇を可能にしたのは何よりも企業収益の好調である。

 日本銀行調べ「主要企業経営分析」によれは、総資本収益率は最近やや伸び悩みとはいえ36年上期までで7%前後の収益率が4期続いている。また、中小企業も35年度の収益率は前回の好況年である31年度をも上回るものであった。

 このような収益の好調に対し、付加価値に占める人件費比率は33年以降一貫して低下を続けてきており、特に大規模企業の低下の度合いが大きかった。好況の長期化は停滞産業の利益率をも引き上げると共に、産業全般としても内部留保を厚くし、賃金支払い能力も増大させるに至っていたのである。一方国際競争を控えて資本蓄積の重要性が強調され、大幅賃上げ抑制の要請もあったが、結果としては36年春の大幅賃上げを可能としたのである。

 消費者物価の動向は35年中も上昇を続けていたが、36年に入ると一層騰勢をつよめ、特に食料費の上昇率が高かったことは家計の圧迫感を大きくして賃上げの圧力となり、名目賃金上昇傾向を促進した要因といえよう。

 定期給与の著しい上昇に対し、特別給与のこれを上回る増加率も注目される。定期給与に対する支給率も、年度間で3.16ヶ月となり、前年度を0.25ヶ月上回る戦後最高の記録であった。年末の特別給与については折柄金融難も重なったために、分割支給や、社内預金の奨励による事実上の遅払いなどもあったが、金額的にはもちろん、支給率としても増加したのは、前述したような企業の賃金支払い能力の充実の結果であったものと思われる。

 産業別の状況についてみると、定期給与についても、特別給与についても全般的に上昇してきているが、産業大分類別では建設業、また、製造業の中では衣服、木材木製品金属製品など中小企業性の低賃金産業の上昇が著しい。賃金の引き上げ額が産業別の業績いかんにかかわらず、いわゆる賃上げ相場にみられるように標準化する傾向が漸次強まってきているものと思われる。

資金格差の縮小

 前述したような著しい賃金上昇、特に労働市場の変化による低賃金分野の著しい上昇によって、賃金格差は前年度に引き続いて縮小された。平均賃金でみた規模別の賃金格差の縮小は著しく、製造業定期給与の場合、500人以上を100とすると、30~99人規模では35年度の66.4から71.5に、5~29人規模では同じく55.1から58.2へと上昇していて、小規模ほど縮小のテンポは大きい。また4人以下の零細事業所の賃金上昇率は30人以上の2倍以上に及び、格差は一段と縮小している。これは大企業における若年層増大による平均賃金引き下げ効果もあるが、各年齢層を通じて規模別格差が縮小してきていることが影響している。35年までは中小企業の中高年齢層の上昇率は低く、むしろ規模別格差は拡大気味であり、賃金上昇に取り残されるむきもあったが、36年に入ってかなり回復している。「賃金実態総合調査」(36年5月)によれは、35年と36年の対比では、中高年齢層に至るまで中小企業の賃金上昇率が大企業を上回ってきたことが明らかにされている。中小企業における初任給の大幅上昇に伴う賃金調整がかなり広汎化してきたこと、及び最低賃金適用労働者数が150万人に達するなど低賃金労働者の賃金引き上げが実施されたことの効果もあると思われる。

第10-7表 賃金の対前年度増加率

第10-7図 学卒者充足率ち初任給上昇率


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