昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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昭和36年度の日本経済

中小企業

景気調整下の中小企業

対照的に推移した上期と下期

 昭和36年7月にとられた金融引き締め措置を転機として、中小企業の景況はその直接、間接の影響を受けて次第に悪化の度を強めていった。これが昭和36年度における中小企業動向の第1の特徴である。

 中小企業庁調べ「全国の中小企業動向」によって、生産の推移をみると、前期にくらべて減少した産地数割合は、1~3月26%の季節的減少を別として 4~6月14%、7~9月17%、10~12月20%と減産傾向が次第に広がっている。生産動向に、販売条件や資金繰り、採算などを含めた中小企業の景況にも下期における悪化がみられる( 第3-1図 )。このような景況悪化の度合いが業種によってかなり異なっているのはいうまでもない。例えば10~12月を前年同期に比べてみると、悪化の度合いは、繊維の55%(産地数割合、以下同じ、)を筆頭に、紙、紙製品40%、その他工業37%、化学工業33%、木材・木製品29%、食料品22%、機械器具20%、金属・金属製品11%というような差異がみられる。つまり、機械、金属工業の相対的好況に対して、繊維工業の不振が目立っている。

第3-1図 中小企業の景況の変化

主な業種の生産動向

増勢鈍化の機械工業

 前年度に37%という大幅増加を示した中小機械工業の生産も、36年度は19%増とその増勢はかなり鈍化した。これは下半期の鈍化が著しかったためで、36年4~6月では、まだ前年同期の26%増という高い水準にあったのが、37年1~3月にはわずか6%増というところまで低下している( 第3-1表 )。一方、大企業の生産増加率は27%で、前年度のそれ(41%増)から大幅な鈍化を示していることは中小企業と同様であるが、下半期における増勢鈍化が、極めて小幅であるということ、この点が中小企業との大きな相違である。景気の上昇期には35年度にみられたように、中小企業にも大企業とほぼ同程度の生産の大幅上昇がみられるが、景気後退期には、大企業以上の大幅減退を示すというこの姿は、32年当時にもみられた現象である(昭和33年度年次経済報告140頁グラフ参照)。

第3-1表 機械生産の増加率

 主な機種の生産動向は 第3-2表 に示した通りであるが、下請け中小企業の多い電気機械、自動車、自動二輪車、精密機械、鋳鍛造品などでは、下半期には中小企業は大企業以上の増勢鈍化を示しているし、このうち電気機械や精密機械などでは大企業はむしろ上半期を上回る増勢を示してさえいる。

第3-2表 36年度機種別機械生産の増減(△)率

 このことを持って直ちにそのすべてを大企業による中小企業へのしわよせ(景気調節のクッションとして)と断ずるのは早計と思われるが、景気後退に際して中小企業の生産低下が、大企業より早く現れるということは、中小企業の不安定性を示している。

 ともあれ、中小機械工業の生産鈍化の基本的背景は、金融引き締めによる設備投資の抑制であることはいうまでもない。中小機械工業には、大企業の設備投資抑制による下請け受注の減退と、中小企業からの直接受注の減退という二つの面からの影響がおよぶことになる。にもかかわらず金属加工機械の生産がまだ3月ごろまではかなりの高水準を維持しえているのは( 第3-2図 )、10月以降受注高は減退しているものの、手持ち受注残高が相当あるので、それを食いつぶしているためである。

第3-2図 中小金属加工機械の生産推移

 従って、今後は受注の減退傾向が生産面に及ぶことはさげられないであろう。ちなみに、当庁が調査した中小企業の機械受注状況をみると( 第3-3表 )、全体的に受注は減退傾向を示しているが、販売額は1~3月に入って鈍化がみられるもののまだかなり高水準の増勢を維持している。なお、この調査によって、受注メーカー規模別に発注先メーカー規模別の受注動向をみると、工作機械の場合、中小企業に対する発注が、各規模とも10~12月には大幅に減少しているのに対して、大企業に対する中及び小企業からの発注は、7~9月まで一貫して大幅な減少を示していたのが、10~12月には共に36年1~3月を上回る水準にまで大幅に増加している。受注減退に直面した大企業が中小企業からの受注を積極的に開拓しはじめたことを示すものとして注目されよう。

第3-3表 中小企業機械受注状況

軒なみ不振の織物工業

 35年度には、前年度比13%の増加をみせた中小織物工業の生産は、36年度は輸出不振に金融難が重なって、全体として0.4%の減少を示すに至った。綿、毛、絹、人絹の各織物とも中小企業は10月~12月以降には、軒なみ前年水準を下回るところまで低下している( 第3-4表 )。

第3-4表 品種別織物生産の増減(△)率

 35年度には紡績は4割もの操短をよぎなくされたのに対して、機屋はフル操業を続け、工賃上昇、ヤミ織機の横行をみた毛織物も、36年度の生産は年初以来鈍化傾向を示し、下期に入ってそれが一層強まった。毛織物では、昭和30年以降下半期の生産が前年水準を下回ったことは、伊勢湾台風の被害の大きかった34年度以来のことである。これは年初以来輸出の大幅減少が続いているところに、金融引き締めによる流通部門の混乱の影響が加わったためである。輸出の推移は 第3-5表 にみる通り、対米輸出が大幅に減少したことを主因に、毎四半期を通じて3割内外の減少が続いた。これに加えて大商社の換金投げによる大幅な値くずれ、返品、値引き、取引拒否などが進行し、その結果、機屋滞貨の増大を招き、10月には中京地区の機屋は、3~5割の織機が一時ストップするまでに至った。夏ころまで続いた工賃ブームも、下期には、最盛時の半値以下となり、賃金上昇の圧力を受けて採算は悪化した。

第3-5表 織物輸出の増減(△)率

 毛織物ほどの混乱はみられなかったものの、輸出不振と金融引き締めの影響を強く受けたことは、絹人絹、綿においても例外ではない。輸出不振は前年度にもみられたが、それを盛んな内需でカバーして、高率操業を保持しえた状態も、金融引き締めによって打撃を受け、内需向け小規模企業の中にも倒産するものがあって、36年度の生産は絹、人絹織物が2.5%減少(前年度9%増)したほか、綿・スフ織物も0.4%増(同15%増)に留まった。輸出不振は綿、スフ織物、人綿織物が下期において著しかったのに対して、絹織物は上期の大幅減退のあと、下期には対米向けの回復によって若干持ち直してはきている。こうした中で、工賃は低下し( 第3-3図 )、企業採算が悪化したが、低工賃ですら成約が困難という状態が綿、スフ織物の一部にはみられた。また二交替操業から一交替操業への移行や、一斉休機の動きもあった。

第3-3図 織物採算の推移

 以上のように、各種織物が軒なみ輸出不振と金融引き締めのあおりを受けて、悪化の度を強めているのに対して、ひとり合繊織物が盛んな内外需要に支えられ、前年度に引き続き高率の生産を維持していることが目立っている。特に他品種が輸出不振にあえいでいるにもかかわらず、合繊織物の輸出は前年度比40%増と極めて好調であった。従って、不況の色濃い絹、人絹織物メーカーの合繊織物への転換(例えば絹と合繊との交ぜ織りに刺しゅう等を施した内需同織物として)が促進されたのは当然の成りいきといえよう。もう1つの特徴は、35年度には綿織物を除く他の織物の生産増加率は、中小企業の方が高かったのに対して、36年度には全品種とも大企業の生産増加率が中小企業を上回っていることである。ここにも機械工業と同様に中小企業の不安定性がみられる。

輸出中小工業の明暗

 第2部「貿易」の項にみるように、35年に停滞の著しかった対米輸出も、36年に入ると回復し、それに伴って輸出関連の中小企業も次第化活気をとり戻していった。しかし米国景気の回復にもかかわらず、関連輸出中小工業には明と暗の二相がもたらされている。

好転した合板、金属がん具

 35年末には不況の深刻化から廃業するものまで現れた合板工業も、36年春以降対米輸出の本格化をみ、コストの上昇を上回る販売価格の好転によって、下期には不況の赤字をカバーし得るほどの大幅な黒字採算をもたらすに至った。36年度の生産は労働力不足(不況過程で離職者増加)がかなり深刻であったにもかかわらず、前年度を約2割上回った。景況回復によって下期には輸出向けの受注を数ヶ月分抱えている企業も現れた。

 合板ほどの浮沈は示さなかったものの、金属がん具も活発な内需と下期における対米輸出の好転によって、業況は活発であった。にもかかわらず、生産が前年度を15%下回ったのは、35年度が戦後のピークであったことのほか、人手不足が深刻で生産がおいつかなかったという事情によるものである。2~3年前まで可能であった深夜業も労働力確保のために不可能となり、加えて、採算のよい内需が活発であったため、輸出の引き合いがあっても応じ切れなかったといわれている。

 輸出中小工業のうち、合板、金属がん具を「明」とすれば、陶磁器、ミシン、金属洋食器を「暗」として挙げることができよう。

不振の陶磁器、ミシン、金属洋食器

 36年度の生産は、金属洋食器を除けばそれぞれ若干ながらも前年度を上回ってはいるが、これが輸出ではなく国内市場に支えられたものであることは 第3-6表 にみる通りである。

第3-6表 輸出関連産業の生産の輸出

 陶磁器では輸出不振に無計画的な設備投資(トンネル釜)が重なり、1年以上にわたる不況の過程でかなりの数の休業、倒産をみるに至った。こうした中で労働力の移動に一層拍車がかけられたが、小規模業者の中には受注減退のため退職者の補充を必要としないほど業況は沈滞した。受注単位も小口化し、まとまった受注は自社だけでは消化しきれないのでお互いに融通し合っているといろ。

 ミシンにおいても第1地域(米国、カナダ)が上期に引き続いて、下期も不振か続いた上に金融引き締めが追い打ちをかけた形となって、倒産企業の増加を招来した。輸出不振のため7~9月の調整枠を完全に消化できた企業が全国的にも数社しかなかったということ、これを織り込んだ10~12月の業界の輸出調整数量が通産省によって全地域、全機種にわたってさらに一律20%削減されたこと、これらがミシン業界の不振を端的に物語っている。

 また、そのほとんどを米国市場に依存している金属洋食器は、米国景気の回復にもかかわらず強い輸入規制を受けている関係から、不振の城を容易に脱することができない状況におかれている。生産余力が大きいところから、輸出枠の先食い(米国向け36年分の輸出枠は6月で消化し、7月以降は37年分の先食いを行った)、商社の買叩きなどがみられ、倒産企業も現れた。このような状態の中では、企業も自動車部品や運動用品等の兼業形態への移行に努力しなければならなくなってきている。

 以上にみた輸出不振産業にも、37年に入って若干明るい様相が現れている面もみられるが、ミシンにおいては、有力販売網を持つ米国業者と結合している大手企業に受注が集中化する傾向が強まっているし、陶磁器においても有力バイヤーと取引している企業に有利な受注が集中するなど、企業間格差を促進する動きがみられる。過当競争の是正のためには、今後は共同化の方向で対処していく必要があろう。その意味から現在一部ながらも共同受注する動きが現れていることは注目される。ともあれ、輸出中小企業に対しては、一般の輸出振興策とは異なった特別の配慮が必要であろう。


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