昭和36年
年次経済報告
成長経済の課題
経済企画庁
高度成長下の問題点と構造変化
高度成長下の構造変化
中小企業の分化
産業の発展段階と中小企業
技術革新と消費革命の急速な進展を内容とする高度成長の過程は、中小企業の各分野、各階層に大きな変化をおこしている。まず製造工業について、さまざまな変化を類型化すれば一応つきのようになろう。第1は、成長産業ないしは成長商品とその関連部門において、中小企業の著しい増加と発展がみられることである。第2は、成長力の遅い商品ないし停滞、衰退部門において、小・零細企業の減少がみられることである。
第1のタイプに属する代表的なものは機械工業であるが、最近の新しい加工食品、合繊織物、既製服等の繊維二次製品、洋家具類、プラスチック成型加工業等新しく発展しつつある商品にも、この傾向が多くみられる。
技術革新と消費革命の内容を産業的にみれは、それは従来の多種多様な非連続的生産、職人的手労働的な商品に代わる、大衆的な画一的大量生産商品の発達にほかならない。しかし現段階における消費革命の内容は、その多くが、単純労働による労働集約的な流れ作業体制での大量生産方式であるために、企業規模に応じた量産規模の採用が、ある程度可能であることに特色を持つ。
この点、鉄鋼、化学、原糸等資本集約的な従来の大量生産方式と異なる。従って、消費革命の発展の初期では、中小企業でもこの新しい生産方式を採用することが可能であり、企業が群生する。
ラジオ等の耐久消費財部門においても、30年当時までは中小企業がおびただしく籏出した。しかし、それも、ラジオから資金を多額に要するテレビへの消費革命の進展にともない、大企業への生産の集中化が進み、族生した中小ラジオ・メーカーは、倒産あるいは大企業の下請け企業へと転化していった。
電気製品などの耐久消費財部門での消費革命は、既にこのような発展段階にある。
一方、最近になってようやく発展を示しはじめた新しい加工食品などの消費財部門では、新製品が続出するが、まだ決定的大きさを持った安定的商品は少ない。非耐久消費財部門での消費革命が、このような発展の初期の段階にあるので、この部門では中小企業の発展は可能であり、現に族生している。
しかし、30年以前と現在とでは、日本経済の高度化の程度が異なり、大企業の発達の度合いが異なるので、非耐久消費財部門で新しく発展をみている中小企業も、巨大企業、ないしは商社、百貨店などの経営多角化の一環として、従来よりも早期に下請け化され、系列化される傾向が強い。またこの部門では、まだ安定的商品が少ないということが、巨大企業が、生産に自己の資本を投ずるよりは、優良中小企業を包括的下請けとし、商標のみを符する支配の形態をとっている理由でもある。
このように成長部門では、中小企業が著しく増加し発展すると共に、他方では、中小企業の独自的発展というよりも、下請け企業として発展する一面があることも見逃すわけにはいかない。
第2の消費停滞的部門で小・零細企業が減少するタイプに属するものは、食料品、繊維、木材木製品、家具、皮革、窯業土石等の部門での、加工度の低い、ないしは在来の多くの非耐久消費財である。
これらの部門での小・零細企業は、従来低賃金労働力に依存して広汎に存在していた。しかし、これらの生産力停滞的な小・零細企業は、消費が停滞しているなかで、一方において、最近の低賃金労働力の不足、賃金上昇によつてコスト高を招き、他方では、高品質の商品を高能率の設備でつくる同一部門での大手メーカーの進出によって、その存立基盤が崩され、著しい減少傾向をみせている。
製造工業におけるこのような大企業の進出、中小企業の下請け化、系列化の動きは、一1つの面から商業、サービス部門の中小企業に影響を与えている。1つは、大量生産が大量消費、大量官伝を前提とするので、大メーカーが卸、小売り段階までを何らかの形で系列化する動きである。家庭電器から、化粧品、薬品、加工食品、アイスクリームに至るまで、流通部門のマージンの幅は縮小されてきているので、販売量の増大で補うほかなくなっている。しかも、大企業間の競争の激しさから、小売店に対する援助も諾々の形をとって行われ、また消費の拡大に伴って、家族経営的な商店は、少なくとも雇用労働力を用うる程度の規模に上昇しなければならない傾向が強まっ1ている。
他の1つは、製造部門での階層分化の結果、排除されまたは規模上昇の可能性の狭ばまった中小資本が、成長のめざましい飲食店、対個人サービス業、不動産業等へ移動し、また証券投資に向かうなどの動きをしているものと思われる。例えば、32年から35年の間に、東京都の全軍業所数は約1万増えたが、その半数は不動産業で占められているほどである。
以上の高度成長に伴う中小企業の変化を要約すると、第1に、低賃金労働力の充足難と、上層企業の技術進歩によって、階層分化が進み、従来の極端ごに低い賃金に依存する零細企業が減少していること。第2に、特に機械工業などでは、中企業のめざましい発展がみられるものの、下請け化、系列化の進展により、大企業を頂点とする縦断的組織化が強まっていること。第3に、従来の中小企業の独自の分野にも大企業の支配が強まっていること。第4に、これらの傾向のなかで中小資本は、あらゆる新しい機会をとらえて激しく流動し、高度成長の過程はまたその機会を生み出しているということであろう。
部門別、階層別の事業所数の変化
まず、高度成長下の中小企業の部門別、階層別の変化を統計的にみよう。
全国統計が未発表のため、東京都の事業所統計調査によって、29年以降35年までの、東京都における製造業事業所数の増減をみると、付表51の通りである。
製造業合計の事業所数は、29年から32年の間に約9,500増えたのに、32“年から36年の間には約2,600増えたに過ぎない。これに対し、従業者数は、同じ期間に約35万人と約40万人増加している。4人以下層が事業所数でも大幅に減り、32年から35年にかけての全規模増加従業者数のうち、500人。
以上の大規模層で37%(29年から32年にかけては16%)を、100人~499人の中規模層で35%(同じく27%)を占めている。つまり零細規模の減少と規模上昇が著しく進んでいる。
これを製造業業種別にみると、規模計の従業者数が減少している業種は全くないのに、事業所数では、32年から35年の間に、食料品、繊維、衣服その他の繊維製品、木材木製品、家具装備品、皮革同製品、「その他の製造業」等、いわゆる在来の消費財的な業種で、事業所の実数が軒並減少している。しかもこれを規模別にみると、これらの業種の多くは、規模29人層まで、事業所数も従業者数も共に減少している。小・零細規模層の著しい減少傾向といわねばならない。
これに対し、機械工業、金属製品関係の業種は、規模500人以上の大規模事業所への従業者数の増加割合が極めて大きいなかで(機械製造業44%、電気機械42%、輸送機械72%、精密機械53%)、各規模とも事業所数、従業者数が共に増加している(ただし、輸送機械の統計上の減少は、自転車リヤカー同部品製造業の減少のためである)。
第3次産業では、付表52にみる通り、不動産業、飲食店、対個人サービス業が各規模とも急増しているほかは、零細規模が減少している。特に飲食店を除く卸小売業では規模4人以下層で、対個人サービス業では規模9人層まで、事業所数、従業者数共に減少している。
これを要するに、非常な発展期にある機械関係は大規模事業所への集中と共に、零細企業に至るまで絶対数が増えている。これに対し、極端な低賃金労働力に依存していた在来の非耐久消費財産業での階層分化がはげしく進んでいる。しかも、このことは商業サービス業での同じ傾向のなかで、飲食店、対個人サービス業の増加に示されるように、食生活の変化、レジャーブームの進行を含んでいることがわかる。
以上の特徴は、東京都の事業所統計からの分析であるから、全国平均より鋭く傾向が出ているであろうことは想像される。しかし程度の差はあれ、この傾向は正しいものと思われる。
以下これらの傾向の要因をみよう。
機械中小企業発展の背景
急速な設備投資と消費革命を軸とする高度成長の過程で、機械中小企業が拡大、発展するのは、いわば当然である。しかし、技術の高度化と総合化、ならびに市場競争の激しさが一段と高まった現在では、中小企業が独自に発展し、巨大化し得る余地は極めて狭められている。従って、機械中小企業の最近の著しい増加と発展も、機械大企業の系列下の部品企業の発展か、下請け企業としてのそれである点に特徴がある。
部品メーカーの発展と親工場の下請け依存度の増大
機械工業親企業は、多くの部品及び加工作業を中小企業に行わせ、それを自ら作った主要部品と紙合わせて、完成品にする場合が多い。
36年5月当庁が機械関係上場会社及び非上場(店頭取引)会社、計207社を対象に実施した「機械工業の下請け依存度に関する調査」結果を、工場ごとのタイプ分類により集計した結果によれは、機械工業の製造原価の構成は、 第II-2-1図 の通りである。各業種とも部品費と外注加工費の割合が目立って増え、親工場の社内加工費と資材費の割合が減っている。特にラジオ・テレビ、自動車の部品費の割合・は大きく、組立産業的性格と部品メーカーの発達を示している。
これら
部品メーカーの発達の実態、系列化と専門化の問題点等については、34年度、35年度の「年次経済報告」で、やや精しく述べたので、ここでは省略する。ただ、ラジオ・テレビの部品メーカーに比べ、自動車工業での部品メーカーは、発達の歴史的相違ならびに技術的差異により、親企業からの系列的色彩が強く、多種少量生産の傾向が強いことを指摘しておこう。 第II-2-1図 にいう「部品費」「外注加工費」の区分は、企業により定義の差があるが、概して、「外注加工」とは「親工場の図面に基づき材料無償支給で外注加工させる」場合をさし、材料有償支給による外注加工、あるいは材料を下請け企業が自己調達する場合は「部品購入」として扱っている。従って、「部品費」のなかには、事実上の「外注加工」もかなり含まれ、部品メーカーというよりも下請け企業に対するものが含まれている。
しかし、いずれにしても、部品費の割合が 第II-2-1図 にみるように大きく、かつ拡大を示していることは、部品メーカーの発達の反映である。
特に自動車大メーカー2社の場合は、社内の経理区分として、「外注加工費」という項目はなく、すべて「部品費」扱いとしていることは注目される( 第II-2-1図 にはこの2社は集計加算してない)。これは単に経理上の扱いとしてのみでなく、親会社への部品の納入を、すべて部品メーカーないしは系列下請け企業で、中間アツセンブルさせていることの反映でもあろう。
組立を主とする量産型の機械工業の発達により、機械中小企業の上層が、系列下で多機種少量生産に陥っているという制約はあるにせよ、急速な発展をみていることは、第2部「中小企業」の項にもみた通りである。
つきに機械親企業の発達が、外注加工工場への依存度を高めている事情についてみよう。
第II-2-1図 ならびに 第II-2-2図 により、親工場自身による社内加工費と加工外注費の割合とを比較すると、各業種とも社内加工費の割合の々がかなり高い。しかし、これを実際の生産活動をより正しく示す労働時間数で比較してみよう。
親工場と外注加工工場合計の延労働時間数の増加率は 第II-2-1表 の通りである。30年度上期に比べ、35年度下期の労働時間数は、親工場で約2倍に増加したのに対し、外注加工工場合計では4~5倍に急増している。その結果、親工場の「直接労働時間数による下請け依存度」は、 第II-2-2図 の通り急速に高まっている。業種によりまた企業によりかなりの差はあるが、総じていえば30年当時の2割前後の依存度が、神武景気で急速に高まり、35年下半期には5割前後に達している。つまり、機械工業の親工場は、現在目工場内の直接労働時間数とほぼ同じ直接労働時間数を要する仕事量を、「外注加工工場」に出していることになる。
しかも、最近の下請け企業の規模の上昇と、原料事情が神武景気当時より非常に安定していることが加わって、材料自己調達の傾向が増えている。従って、先に述べたように、事実上の下請け外注加工が、「部品購入」として扱われていることもあるから、親企業の下請け依存度は、ここに示される数値よりさらに高まっているのは事実であろう。
30年以降、急速な成長を示した機械親企業は、自工場の従業員数を約2倍前後に増す(増加数の過半は臨時工)と共に、以上のように部品企業への依存度と、下請け企業への依存度を急速に高めて、これを達成したのであった。いまや、機械工業では、親工場の従業者数の、少なくとも2~3倍の下請け中小企業従業者数と結びついていることになる。直接労働時間による依存度と、加工賃による依存度との間には、かなりの差があるものの、以上のような急激な依存度の増大が、機械中小企業の増加と発達の主な背景をなしている。
部品ならびに下請け依存度増大の理由
社会的分業の発達としての部品依存度の増大と、いわゆる下請け依存度の増大の理由とを、明りょうに区別して考えることは、規模別賃金格差が存在するので事実上困難である。しかし、機械工業の生産規模の拡大と共に、専門部品メーカーの生産性が高まり、独自の発展をしている企業もでてきている。
これが親企業の部品依存度を高めている理由である。
だが、我が国の機械親企業の、中小企業への依存度が高い主な理由は、つきのようなものである。第1に、市場拡大のテンポが世界に類をみなし、ほど急速であったためと、市場競争の激しさのためである。親企業は量産化できる主要部門ならびに高い精度を必要とする部門に、優秀外国機械、技術を導入し、急速に近代化を進めた。その結果、生産力の発展は全生産体系として総合的な発展をしているとはいえない場合が多いし、また競争のための製品の多角化傾向も強い。自動化できず、手作業を多く要する部分、あるいは比較的容易な製品は、下請け企業に依存するわけである。
たとえば、従来一貫生産的色彩の強かったA三輪車メーカーは、軽三輪トラックの急激な市場拡大に遭遇すると、生産の比較的簡単なこの軽三輪トラックの生産を全面的に下請け企業に行わせ、目からは精度を要し、経営の主力となるべき軽四輪乗用車、小型四輪トラック、大型三輪トラックの生産に集中している。24~25年当時は、鈑金作業も親企業内で行うほどで、労働時間数での下請け依存度は1割にも満たず、下請け工場数もせいぜい20工場程度、規模も大きくて50人程度のものであった。ところが、34年春からの隆三輪トラックの下請け化により、下請け依存度は50%に達し、下請け協力粂場数も現在は約100工場、合計従業者数約1万人となり、親企業とはほ同数の従業者をかかえるに至っている。
また、工作機械工業では、従来極めて設備投資に消極的であったので、最近の急激な市場の拡大に追いつけず、汎用機城の生産ロットの増大と共に、親企業は下請け依存度を急速に高めている。我が国の工作機械工業の技術水準は、できた部品を単に組立てれはよいというところまでは達していない。できた部品を1つ1つヤスリで手直ししたり、「キサゲ」と称してへラで手直して仕上げる工程を必要としている。従って、工作機械の作業工程は、大雑把にいって段取り時間3分の1、切削時間3分の1、仕上げ組立時間3分の1といわれている。このように熟練工による手作業部分が多いので、生産量の拡大が急速に下請け依存度を高めているわけである。
第2に、従来からの規模別賃金格差の存在と、小規模企業ほど概して工場経費が安くすむという事情が、依存度の増大を可能にしている。
第II-2-3図 にみる通り、加工外注工場の時間当たり平均加工賃は、親工場の約5割前後であり、概して格差は拡大する傾向にある。親工場の設備投資による経費の増大と、下請け、部品の増大による管理作業等の間接労働時間の増大のためである。
第II-2-3図 親工場と外注加工工場との時間当り加工賃の格差
第3に景気変動に対するクッションの役割を負わしていることである。さきの 第II-2-2図 、直接労働時間数による下請け依存度からもわかるように、重電機、産業機械等の一品生産的な業種では、景気後退期には仕事量そのものを減らし、また 第II-2-3図 からもわかるように、価格的にもクッションとして利用している傾向が強い。これに対し、量産型の自動車、及び自動車部品部門では、仕事量はさほど減らされないが、価格面ではより強く利用している。
特に、この作用が自動車部品部門で強く現れていることは、量産型の機械工業では、中小企業の下層に及ぶほどコスト・ダウンの要請が厳しいことを示している。
これらのことは、量産型と一品生産型とによる生産体制の相違、ならびにそこから生ずる下請け企業の発達の度合いの反映でもある。
機械中小企業の発展と問題点
以上みたように、生産の急上昇のなかで、親企業が部品ならびに下請け企業への依存度を急速に高めているので、機械下請け企業ならびに部品メーカーの工場数が増える( 第II-2-2表 。ただしこれには部品メーカーは含まれてない)と同時に、その規模も急激に大きくなっている。そして、系列上層企業のなかには、第2部「中小企業」の項にみるように、従来の中小企業とは質的に異なった飛躍的な設備投資を行うものすら現れてきている。また再下請け再々下請け企業もこれに順じて増加し、その規模に応じた発展をしているのも事実である。先に付表1でみた小・零細事業所数の増大がこれを示している。
しかし、 第II-2-1図 の製造原価の構成比からみても、機械親工場の社内加工費の割合は、特に自動車、ラジオ・テレビ部門では10~15%に過ぎなくなっており、親企業自身が消費する原材料費の割合も他部門に比べて極めて少ない。このことは、親企業における今後の合理化、近代化の余地が狭ばまっていることでもある。親企業の成高長を可能にし、製造原価中の過半の割合を占めるに至っている部品メーカー、下請けメーカーの合理化、近代化いかんが、今後の高成長、従ってまた国際競争力を左右するといえよう。中小企業の資本の蓄積を可能にするための政策がとられねばならない。
消費財産業での新しい変化
我が国の非耐久消費財産業は、従来消費内容の遅れ需要の少量多様性等のため、技術進歩は停滞的であり、小・零細企業が圧倒的に多かった。しかし、最近多くの消費財部門で、大量生産的単一商品を生み、これらの部門に大手メーカーの出現をみると同時に、巨大企業の経営多角化による進出も急速に進められ、零細企業の減少と、巨大企業への下請け化が進められている。
これらの事情は、停滞産業と成長部門で様相を異にするので、それぞれに例をとってのべよう。
消費停滞部門
大手業者の進出
パン、みそ、しよう油の生産高は近年全く停滞している( 第II-2-3表 )。
全体の生産の停滞のなかで、最近大手メーカーの市場占拠率は急速に高まり、小・零細企業の困難が増している。これらの業種の生産構造のあらましは、第4表にみる通りで、零細企業が圧倒的に多い。しかし、パン製造業についてみると、零細企業ほど手細工的な菓子パンを兼業するものが多く、食パンにおける大手の進出は激しい。全国生産の約2割を占める東京都においては、日産能力500袋(食パン4万斤、12万食分に相当)前後の大手メーカーが、ここ5~6年の間に10社近くも現れ、500~600人程度の企業に成長している。なかには電鉄資本系、水産資本系の企業も現れている。
大手メーカーでは原料配合から、スライサー(切断と包装を自動的に行う機械)による包装に至るまで、流れ作業化、自動化が進められている。
特に大手メーカーはスライサーを用いるので、少なくとも丸1日の製品の保存は可能であり、労働も3交替で連続運転可能となっている。
これに対し、包装機械を持たない小・零細メーカーは、保存ができないの・で、製パン労働は午前3時ごろから仕込みを行わねばならない。 第II-2-4表 でもわかる通り、零細パン製造業の平均給与額は極めて低く、しかも労働条件はうえにみたように悪いので、最近の求人難のもとでは、食パン製造よりますます排除され、家族経営的な菓子パンにたよらざるをえなくなっている。
第II-2-4表 パン、しょう油、みその製造業の階層別諸指標
大手食パンメーカーは学校給食を軸とし、また小売店への委託販売を強化して、急速に市場を拡大している。このようにパン業界は、日産能力200袋以上の上層メーカーと、50~100袋前後の中メーカーと、10袋以下の零細菓子パンメーカーとに急速に分かれつつある。
しよう油における大手4社の大都市のみならず地方中小都市への進出、あるいはみそ、日本酒での大手の進出の事情も、程度と技術内容の差はあれ、同じである。みそのメーカーは 第II-2-4表 にみるように、中小企業的であるが、ここでも現在は、従業員100人以上の大手約10社の占拠率は25%位に拡大しているといわれる。これらの消費停滞的部門における大手の進出は、当然小・零細企業の減少をもたらしている。
消費停滞的部門に技術革新と消費革命による新製品の出現をみて、急速な分解をおこそうとしている例が石鹸業界である。石鹸企業は260社(33年)で、うち浴用石鹸メーカー84、洗濯石鹸203、粉末石鹸167である。これを規模別にみると従業員300人以上15社、30~299人55社、1~29人190社と小・零細企業が圧倒的に多い。しかし、生産集中度は 第II-2-5表 のように高い。電気洗濯機の普及で急速に伸びた粉末石鹸も、最近の合成洗剤(大手5社独占)の出現によって、急速に惨蝕されているし、今後この傾向はさらに決定的となるであろう( 第II-2-6表 )。石鹸業界は31年より中小企業安定法、34年1月より中小企業団体組織法による調整活動が続けられ、大手石鹸メーカーの操業度は5割程度に過ぎない。このような過当競争状態にある石鹸業界への合成洗剤の進出が、小・零細企業に与える影響は極めて大きいのは当然である。
零細企業での賃金上昇
低賃金労働力に依存する部門での、労賃上昇による困難さについてみよう。小・零細企業での賃金上昇の全般的動向については、第2部「労働」の項にみる通りである。従って、ここでは内職工賃と最低賃金についてのみ触れることにする。
最低賃金法に基づく最低賃金額の推移をみると( 第II-2-7表 )、同法発足当時の34年には、日給200円未満のケースが40%にも及んでいた。
しかし最近は、200円未満のケースはほとんどなく、240円以上のケースがかなり多くなっている。また従来の実績によれは、最低賃金法の適用によって賃金引き上げを必要とする労働者数は、多くの業種で2~3割に達し、その賃金増加率は10~20%程度となっている。
まだ賃金水準としては低いとはいえ、若年労働力不足のもとで、極端な低賃金労働者の賃金もかなり上昇しているといえる。
上昇の模様を具体的にみよう。愛知県内職公共職業補導所の調べによれば、36年4月、最低賃金法に基づく最低賃金が、愛知県下23業者団体(5,904事業所)の新規採用者、適用労働者数約10万人に対して実施されることになった( 第II-2-8表 )。この最低賃金をみると、いずれも1時間当たり換算で25円から31円までである。しかも給食費をこのうちから月3,000~3,500円程度控除されるものもある。
一方、同地方の同じような業種の内職工賃をみると( 第II-2-9表 )、職種あるいは調査時期などにより上下はあるが、最近の時間当たり工賃は明らかに上昇し、職種によってはさきの最低賃金とほとんど開きかないまでになっている。これは、最近の求人難と、安い工賃では内職のやり手がなく、例えば名古屋市での調査によれは、33年当時、内職工賃平均が14円のとき平均8時間の内職をしていたのが、36年3月では、工賃平均24円10銭にして6時間しか内職しないように変わってきている。
第II-2-10表 にみるように、内職工賃に依存する割合の多い業種では、内職工賃と最低賃金が相互いに作用しあって賃金を引き上げねはならなくなっているといえよう。
以上みたように、消費停滞的業種では、一方では、技術の高い同一業種での大手の進出があり、他方では、まだ平均水準にくらべればかなり低くてもそのわずかな賃金上昇が経営に大きく影響し、零細企業の存立基盤が崩れつつあるのである。
消費者物価の引き上げに転化することのできる企業はまだしも、過当競争と大手の進出で、価格を引き上げられない零細企業の経営は困難にならざるを得ない。
成長部門での中小企業の発達と大資本の進出
消費革命の進展につれ、我が国の非耐久消費財部門にも、新しい成長商品が生まれている。缶詰、ハム、ソーセージ、乳飲料(フルーツ牛乳等)、アイスクリーム、コンクジユース(濃縮ジュース)、その他インスタント食品類がこれであり、洋家具、台所洗しセット、建材等もそうである。
先進国では、生鮮食品から加工食品への発展により、食品工業に大企業が存在する。我が国にも、いまその初期が訪れつつある。ハム、ソーセージの企業が非上場(店頭取引)会社にまで大規模化し、またステンレス洗しセットの企業が月産5万台の流れ生産を行って同じく非上場会社に発展しているのが好例である。その他新しい消費財商品で急速に規模を拡大している。
古い商品であるが、最近の消費の拡大、特に家庭電器、食料品(青果物を含む)の伸びにつれて、急速に市場を拡大している関連部門がある。段ボールがその例である。段ボールの生産は30年の91億円が、35年には410億・円に達している。このような増大をもたらした理由を、青果物(みかん、いちど等)の例でみよう。青果物の出荷は季節的に集中するので、木箱で出荷するためには半年~1年も前から手当てせねばならないし、包装のために釘を早く打つ熟練労働力を必要とする。農村労働力の不足と、青果物の出荷増大が、輸送の軽量化、包装の安易さと結びつき、地方分散的な木箱に変わって量産的な段ボールに急激に変わっている。
市場の拡大にともない、段ボール工場数も31年の115工場から、34年には156工場に増え、工場規模も上昇している。全体に規模が上昇するなかで、両面機(自動的に表原紙と中芯原紙を接着する機械、平均約2,000万円)を持つ上層企業と、従来からの片面機(片面は手で糊つけする機械、平均、約100万円)による零細企業との発展率はひらいてきている( 第II-2-11表 )。そして、下層企業ほど下請け、内転に依存する割合を高めている。優良企業に対しては大電機メーカー、製紙メーカーからの資本投下、資金援助も、かなりみられる。
成長部門では、中小企業もこのように発展するが、現在の特徴は、これらの成長商品が新しく誕生、発達すると、大資本が早急に乗り出してくることである。水産大手5社、あるいは巨大商社、百貨店などの援助による企業、あるいは下請け化が急速に進められている。
缶詰工業に例をとろう。 第II-2-12表 にみるように、缶詰は最近輸出の不振も手伝って、国内市場が急速に拡大した。水産大手5社は、原料の季節性などの不安定要素もあるので、直営工場を持つよりは、まず既存の中小パッカーを下請け化して進出した。缶詰業の中心地、静岡県清水地区では35年に入って下請け化は顕著に進み、在来の上位数社を除く大部分のものが、何らかの形で大手とつながっているほどである。このようにして、内需同缶詰生産での水産大手6社の占拠率は、31年の24%から35年には37%に上昇している。
缶詰の例でみたように、新しい量産的非耐久消費財の出現は、大量宣伝、大量消費を必要とするので、必然的に大企業に把えられる傾向がある。中小企業にとって、成長産業での発達も、その多くは下請け化という厳しい道をたどらざるを得ないわけである。
以上みたように、消費財産業でも新しい変化が起こっている。停滞部門では、大手の進出によって小・零細企業のかなり激しい脱落がみられる。成長部門では、企業数の増加と規模上昇がみられる。消費革命による量産商品はγ従来より多額の資本を要するので零細企業による生産はより困難で、巨大企業による中小企業の系列化の中での発展という道をたどっている面も強い。
商業サービス部門の動向
はじめに東京都事業所統計調査でみたように、卸小売、サービス部門で、32年から35年にかけて、事業所数と従業者数が共に増加した主なものは飲食店、対個人サービス業、不動産業等わずかな部門に過ぎない。
その他多くの卸、小売業では、規模4人層まで事業所数、従業者数が共に減少し、規模の上昇がみられる。この零細企業減少の直接的理由は、従来、潜在的過剰人口のたまり場といわれてきた零細卸小売部門が、低賃金労働力の不足で求人難に陥り、また家族従業者が労働市場へ流出した結果である。しかし、これは単に一時的傾向であるに留まらず、大量消費商品の発達、競争の激化に伴う販売刺幅の縮小の結果、経営規模を拡大し、大量販売を図らねば経営が維持できなくなってきていることの結果でもある。
大手メーカーは販売部門の系列化を必要とし、卸小売業者もまた系列に加わることによって大量販売をは図らざるを得ない。電機メーカーの何らかの系列に加わっていない電気卸小売業者はほとんどないし、アイスクリームや水産会社の冷蔵ボックスの置いていない商店は都会にはほとんどない。
日用品、食品等の小・零細小売業のマージン(卸売価格と小売価格との差)は、従来平均的にいって25~30%といわれ、これを守らねば零細小売店の、経営は成り立たないといわれていた。消費革命的な量産商品の小売りマージンは、これよりかなり低い。例えば油性石鹸の小売りマージンは25%ほどであったが、合成洗剤は10%(卸マージンは前者5%、後者3%)に、量り売りの菓子類は3割(ロスが出るので実際は25%程度)が普通だったが、袋物の菓子は2割が標準になっている。ハム、ソーセージ、かんずめ、冷凍食品は13~17%程度に過ぎないし、冷蔵庫代、電気代がかさむので、純利益率はますます縮小している。
利益率の縮小に加えて、小売店の過当競争が存在するので、小売店は1つでも卸問屋の段階を抜いて安く仕入れ、安く売る努力を図る。そのためには、遠くまで仕入れに行かねばならず、自動車、仕入人の有無が決定的に重要となる。家族経営的な零細企業は、遠くまで仕入れにいくことが困難なので高く仕入れ、しかも他店と同じく安く売らねはならず、利幅はますます縮小する。
しかも、百貨店、専門店、その他いわゆるスーパーマーケット等からの影響も大きく、信用販売制度(割賦販売)を通じる大規模企業からの圧迫も加わっている。例えば、スーパーマーケットの利幅は平均14.2%(第3部「高度成長と物価」 第II-4-6表 参照)、全国5大百貨店のそれは21.7%と低いが、販売効率(従業員1人当たり売上高)の格差は、零細企業と問題にならない。卸小売業においても経営規模を拡大し、大量販売を図る以外に道はないわけである。
むすび
以上高度成長に伴う中小企業の存在形態の変化に重点をおいてみてきた。そこでは、停滞部門での小・零細企業の減少と、発展部門での中小企業の増加と発展がみられた。これは単に一時的な現象であるばかりでなく、その原因は技術革新と消費革命のなかに深く根ざしたものを持っている。量産規模の拡大に伴う投資規模の拡大が著しいので、小・零細企業の発展部門への転換は容易ではなくなっている。協同化等の推進が小・零細企業にとっては何より必要であろう。また、機械工業のように系列下で発達した中企業に対しては、その生産上の地位の重要性からいって、より独自的な専門メーカーに発展させるための政策が一層強力にとられねばならない。