昭和36年
年次経済報告
成長経済の課題
経済企画庁
高度成長下の問題点と構造変化
高度成長に伴う4つの問題点
高度成長と物価
高度の経済成長が物価構造に与えた影響は、大別して二つの面に集約的に現れている。1つは卸売物価が比較的安定していることであり、1つは消費者物価が持続的な上昇傾向を示していることである。そして消費者物価の上昇傾向には流通機構のあり方も影響している。以下それそれについてみていくことにしよう。
消費者物価構造の変化
消費者物価は戦後のインフレ期は別としても、復興段階の終わった27、28年以降についてみると、下落を示したのは30年と33年だけでほほ・一貫した上昇を示してきた。しかも第2部物価の項にみるように、35年度の消費者物価はここ数年来にはみられなかった大幅な上昇を示した。それには農水畜産物のように需給の一時的不均衡に基づく価格上昇もあったが、深く構造的要因に根ざしているものも少なくない。
まず消費者物価を農水畜産物、工業製品、サービス、公共料金、家賃地代の5つに分類してその変動状況をみると、 第I-4-1表 に示したように、35年度中において上昇の著しかったものはサービス、農水畜産物、家賃地代であるが、工業製品、公共料金も上昇する等価格上昇が全般にわたってみられる。
31年以降の動きをみると、家賃地代、サービスの上昇傾向が特に著しく、農水畜産物も上昇傾向にあるが、家賃地代の上昇テンポは最近ではむしろ鈍化している。一方、工業製品は31年3月から34年3月にかけてはほとんど横ばいであったのに対し、34年度中、及び35年度中の上昇はかなり著しい。公共料金も34年度中の上昇が目立っているが、その他はほほ横ばいである。このように家賃地代が引き続き上昇し、公共料金も段階的に上昇していることと共にサービス、工業製品、農水畜産物が著しい上昇を示していることが最近の消費者物価の特色である。つきに以上5つの分類について具体的な検討を行うことにするが、農水畜産物については第2部「農業」に触れたので省略することにする。
サービス料金
第I-4-1表 にみるように、サービス料金は30年度末から33年度末までに年率3.0%、34年度中に3.9%、35年度中に8.4%と次第に上昇テンポを速め、35年度には家賃地代の上昇率をも上回るに至った。主要なサービス料金の推移をみると 第I-4-1図 及び 第I-4-2図 に示すように、34年に入って入浴料、新聞などがまず値上がりをみせ、35年にはいずれの料金も大幅な上昇を示すに至って、いる。
理髪、パーマ、クリーニング業はいずれも、(イ)人件費の料金コストに占める割合が 第I-4-2表 にみられるように、5割前後と極めて大きいこと(ロ)その仕事の性質上、たとえば理髪の場合、従業員1人1日の応待客数は10人が限度であるといわれるように、生産性改善の余地があまりないことがその特徴となっている。
従って経済が成長し、賃金水準が上昇する場合その影響を受けて、これらサービスのコストが高まるのは必然的傾向だといえる。ところがこれまでは、労働力の豊富さを背景に、低賃金の若年層に依存することにより、低価格でサービスを提供することが可能であった。低賃金のため技術習得者が独立店舗を開こうとする傾向があり、業者間の競争が激しかったことも、低料金を維持する1つの要因であった。
しかし、34~35年以降、若年層を中心とする労働力需給のひっ迫が顕著となり、従業者の大幅な賃金引き上げや住居等の施設の改善が必要とされるようになった。一方、業主所得も一般の個人業主に比べると低かったから、料金引き上げによって収入の増加を図る必要が痛感されるに至ったのである。加えて環境衛生法に基づく基準料金の制定が進められ、同業組合を通じる料金規制が行われたことが、急速な料金の改訂をもたらす契機となったのである。
これらサービス料金の上昇は、それが個人生活にとって必要不可欠であるために一般家計への影響は大きいが、一面低賃金部門の所得引き上げに貢献していることも見落とすことはできない。今後も経済成長過程においてある程度のサービス料金上昇は不可避であろう。そのことは先進諸国に比べて割安であった我が国のサービス価格を相対的に高めることになるわけである。従ってこれまでのように過剰サービス依存の状態を続ける限り料金上昇の影響は大きくなる。その影響を緩和するためにはサービスの提供面で、例えば欧米では調髪が、ヘアーカツト、洗髪、顔そりなどに分割されているように、サービスの分割販売の態勢をつくること、また利用者側でも人的サービスへの過度の依存を改めていくことが必要なのである。
授業料、保育料などの値上がりも大学、高校などの教職員や保育園の保母の待遇改善によるものであった。教育あるいは保育という特殊な性格から学校などの経営費に占める教職員の給与の比重が大きく、これを主として授業料収入でまかなっているため、教職員の待遇改善は授業料等の値上がりに依存しなけれはならないことが値上がりの根因である。
映画料金の上昇は従業員の待遇改善のほか建数の増加、カラー及び大型映画などデラックス化、劇場設備の改善などのためであり、新聞は増頁等による人件費、経費の増加を反映するものであった。これらには高度成長による消費の高度化がレジャーの高級化をもたらしている面もある。しかし報道、娯楽等のサービスが多様化し、競争も激しくなっているなかで、料金引き上げにたよるという経営のあり方には少なからず問題があろう。
公共料金
公共料金は、34年度においてガス、ラジオなどの料金引き上げが行われたために、その間の上昇率は7.4%に達したが、その他の年の上昇率はさほど目立たなかった。しかし36年度に入ると国鉄料金、郵便料金などの値上げが行われるなど、公共料金が一般に根強い上昇傾向を持っていることは事実である。
公共料金の特色の1つは価格決定に際して国家の関与が大きいことである。すなわち、国会の議決によって決定されるもの、政府の決定または認可によって決定されるものなどが多い。鉄道、電力、ガス、郵便、電信電話、ラジオなどはいずれもこのような手続きを経て料金がきめられている。この種のサービスは一般国民の日常生活において欠くことのできぬものであり、反面、貯蔵性に全く乏しいため継続した供給が必要とされるという共通の特色を持っているのである。また、例えば国鉄における高率の定期割引、非採算線の開発維持にみられるように、必ずしも採算に乗らないサービスの提供が要求されるという一面もある。公共料金の公共性とはこのような性格をさしているといってよい。
この種のサービスの内容をみると、電力(水力)のように施設サービス的な色彩の強いものと、郵便のように人的サービスの色彩の濃いものとがあるので、その性格をいちがいに規定することはできないが、工業製品のような形で合理化を図ることの困難なものが多い。
特に最近電力、鉄道などで新規投資の実行に伴い、減価償却費、金利など資本費が増加し、これがコストを高め、料金引き上げの必要を招いている。
第I-4-3図 にみるように、水力発電の場合資本費の比重は29年当時(前回料金改訂時)の71.5%から最近では92.7%に上昇し、地下鉄(東京都)を例にとってみても、新線の建設によって、資本費の比重が急増している。
一方このような場合に製造業のように原料費の低減や労働生産性の上昇を期待できない。
一般に施設サービスにおいて、新投資が急テンポに進み、新規設備の比重が高まる場合には、資本費負担が増加する傾向がある。我が国経済の高成長に伴い、公共的サービスに対する需要が急増しており、これに応ずるため施設拡充が急テンポで進められていることが、資本費上昇の一因となっているにとは否定できない。さらに建設関連物資、労務費、土地価格等の騰貴が資本費増加に拍車をかけていることも見逃せない。しかし急テンポの設備拡充が一巡し、新規設備の比重が低下すれば資本費負担は軽減されることになり、料金引き上げの必要性も弱まってくるものと思われる。
一方郵便のように人的サービスの色彩の強い分野では人件費上昇が直ちにコストを高める要因となっており、国鉄にもそのような一面がみられる。
公共料金は国民生活への影響が大きいため、料金規制は厳しく、従って低位に豚着しやすい性格を持っている。しかし料金収入がコストを償えないほど低いときには、ひいてはサービスの内容を低下させ、社会的不利益をもたらす結果ともなるから、サービス確保に必要な程度の料金引き上げは認められるべきであろう。
家賃地代
消費者物価のなかで最も顕著な上昇を示してきたものは家賃地代である。
総理府統計局調べによる全都市平均でみると、36年3月の家賃地代指数は30年当時を79%上回り、同じ期間の総合物価の上昇率11%に比べはるかに大幅な上昇を示している。また22年当時に比べると総合物価が約3.4倍の上昇であるのに対し家賃地代は実に22倍となっている。このように家賃地代は戦後一貫して大幅な上昇を続けており、我が国消費者物価構造の顕著な特色をなしている。
それは住宅戸数の絶対的不足に加え、居住条件の向上改善を欲するもの等があって潜在需要が強いこと、換言すれは住宅需給が本質的に解決されていないことが基本的理由であることはいうまでもないが、住宅建設のコストが、上昇していることも見のがせない要因である。その第1は建築費の上昇傾向である。建設工業経営研究会の調査によると、35年の標準住宅建築費は木材の値上がりを中心とする建築材料の上昇と大工、左官等職人層の賃金上昇によって30年当時に比べ約22%上昇している。第2は土地価格の高騰である。
日本不動産研究所調べによる35年の6大都市市街地の住宅地価は30年当時の3倍以上となっている。住宅需要と共に好況を反映した工場建設が盛んなためであるが、反面そのことが土地を恰好の投機対象たらしめ、地価高騰に拍車をかけている。
家賃地代は35年においても5.6%の上昇を示したが、ここ数年来上昇率はやや鈍化の兆しがみられる。それは盛んな住宅需要に応じた宮公営住宅や民間住宅建設の増加によって需給がかなり改善されてきたことも影響しているものと思われる。今後における家賃地代は、住宅不足という量的な需給いかんにもよるが、建築費の動向か及び住宅内容の向上という質的側面との関連において上昇傾向を持続する可能性が大きいだろう。とりわけ地価については、人口の都市集中の傾向にかんがみ、引き続き上昇するとみられるだけに、それが建築コストを高めるばかりでなく、一方で民間住宅建築を困難にし、住宅需給の改善を阻むおそれがあるから、大量の住宅地造成などの対策が必要であろう。
工業製品
工業製品は 第I-4-1表 からもわかるように、ここにいわゆる5分類の中では相対的に最も小さい上昇を示しているに過ぎない。しかし、31年3月~34年3月中にはほぼ横ばいであったにもかかわらず、最近2年度間において上昇傾向が強まっていることが注目される。
工業製品を大企業製品と中小企業製品に分けてみると、 第I-4-3表 に示したように中小企業製品価格の上昇が相対的に大きく、36年3月の水準は31年3月を9.5%上回り、公共料金の上昇(9.3%)をもわずかながら上回っているのに対し、大企業製品は同一期間に1%の上昇をみせているに過ぎない。好況の中にあって大企業製品 中小企業製品共に上昇しているといえるが、中小企業製品はむしろすう勢的にも上昇していることがうかがわれる。
第I-4-3表 消費者物価における工業製品価格の変動と影響率
また、それぞれについて加工食品とそれ以外の工業製品とに分けてみると、(イ)大企業製品、中小企業製品共に加工食品の上昇が大きいこと、(ロ)中小企業における加工食品以外の工業製品は大企業の加工食品をも上回っていること、(ハ)大企業の加工食品以外の製品はむしろここ数年すう勢的に下落としていること等がわかる。
要するにここ数年間の工業製品の価格動向については、31年3月から34年3月にかけては中小企業製品価格が上昇してもその幅が小さく、反面大企業製品価格が下落としたことによって全体としてはわずかな上昇に留まっていたのに対し、最近2年間においては中小企業製品価格が一段と上昇の度を加え、また大企業製品も加工食品の上昇によって上昇したため工業製品としてはかなり目立った上昇を示したわけである。それではこのような価格変動をもたらした要因は何であろうか。後にみるように生産者価格と小売価格には若干のかい離があるが、ここではより基本的な生産者価格との関連で価格変動の要因を検討してみよう。
製品価格と生産性、賃金(注1)
まず製品価格と生産性、賃金の動きをみると、 第I-4-4表 に示したように生産性の上昇が賃金の上昇を上回り、賃金コストが低下しているものでは製品価格が下落としているのに対し、賃金コストが上昇しているものでは製品価格も上昇している。前者に属するものはラジオ、テレビ、自動車等をはじめ概して生産設備の合理化、近代化によって、生産性向上の顕著な大企業で生産されているが、一方後者に属するものは食パン、みそ等加工食品類をはじめ生産規模も小さく、従って、生産性も低い企業に依存しているものである。またカメラのように販売競争の激しいものでは、賃金コストの上昇にもかかわらず価格の大幅な下落がみられ、ミシン、時計、万年筆、鉛筆等需給関係や業界における企業の地位が比較的安定しているものでは最近5年間価格は全く変化していない。ともかく賃金コスト面からみる限り、大企業製品に比べ中小企業製品の価格が上昇しやすい事情にあることがわかる。
中小企業における賃金コストの上昇は生産性の上昇に比べ賃金の上昇率が、大きいためであるが、その生産性上昇率は大企業のそれよりは小さく、賃金の上昇率は概して大きい。中小企業の欲する若年労働力の需給ひっ迫が著しく、賃金上昇がこれらの分野で急速に進んでいることによるものであるが、このような傾向が生産の低い中小企業にとってかなり大きな負担となり、価格引き上げ圧力をもたらしていることは否めない。中小企業製品は大企業製品に比べ概して労務費比率も高いため、賃金の上昇は大企業以上に製品価格と結合しやすい。
(注1) 第I-4-4表 に示したようにここで賃金というのは、工業統計表に基づき算出した従業者1人当たりの年間現金給与額を意味している。
製品価格と原材料価格
次に原材料価格との関係をみると、前掲 第I-4-4表 に示したように製品価格の下落としている大企業製品では、紙、板ガラス等に原材料の上昇がみられるが、大幅な生産性の上昇によって製品価格の上昇をもたらすには至っていない。中小企業製品のうち原材料価格が上昇しているのは、れん炭、革履物、ゴム履物、みそ、しよう油、食パン、めん類等であるが、学用紙、衣服、身の回り品等では原材料価格はむしろ下落としている。このように中小企業製品の価格上昇は学用紙、衣服、身の回り品等その原材料が大企業で生産され、価格も下落としているにもかかわらず製品価格が上昇しているものは、賃金上昇によるところが大きいとみられるのに対し、加工食品類をはじめ、大半のものは賃金上昇と原材料価格上昇の挟みうちにあって価格上昇をひき起こしたものといえるであろう。この傾向は最近値上がりの著しい第1次産業生産物にその主要な原材料を依存する加工食品、木製品に顕著である。賃金についてと同様、生産性が相対的に低いため、原材料価格の上昇に対する抵抗力もそれだけ弱いからである。
中小企業製品価格上昇の意義
以上にみてきたように、中小企業は大企業に比べ生産性が低いため、賃金ないし原材料価格が上昇すれば、その製品価格も上昇しやすい事情にある。
最近の高度成長によって労働需給が急激に変化し、そのシワ寄せが特に中小企業に著しく、その結果中小企業労働者の賃金も大幅に上昇しているため、製品価格が上昇せざるをえなくなっているわけである。一体に、これまでの中小企業は概して豊富な低賃金労働力が存在したという一面もあって、生産性の向上は著しく遅れ、また企業数も多く需要の増加も小さいため、勢い激しい過当競争を行いつつ相対的に安価な製品を提供してきたのであるが、局成長に伴う労働需給の変化を契機として、相対的に生産性の低いものの相対価格が上昇するという本来的なすがたをとりはじめたものといえる。
しかし、コストの変化が具体的に製品価格の変化をもたらすメカニズムは単純なものではない。主として大企業に生産を依存している耐久消費財などは生産性の著しい向上によってコストが低下しているだけでなく、販売競争も激しいので、価格低下は促進されてきた。これに対し、中小企業製品は概して需要の伸びが小さく、また食パン、みそのように需要が減退しているものもある。つまりこれらの価格上昇はほとんどコスト要因の上昇に基づくものであるといえるが、 第I-4-5図 から同一業種内においても企業規模の大きくなるほど生産性(1人当たり出荷額)も大きくなっていることにみられるように、企業間格差があるものでは、もし比較的完全な形で競争が行われるなら、生産性のより低い企業ではコストが上昇しても製品価格を引き上げることは困難なはずである。ところが35年度にみられた食パン、みそ、しよる油などの値上げはより生産性の低い企業の値上げ要請に大手メーカーが追随し、統一的な形で行われたところに特色がある。そしてこのような価格決定を可能ならしめたものが協同組合組織であることはいうまでもないが、消費停滞的な産業であるだけにその組織もより強固であることがあずかって力があったものといえよう。
以上要するに、相対的に生産性の低いものの相対価格が上昇するのは経済成長の過程における当然のメカニズムではあるが、それが具体的にどう発現されるかは業界の事情、とりわけその価格決定機構と密接な関係があるわけである。
流通市場価格の構造変化
消費者の購入する物資やサービスのうち、サービスは別として、すべての商品は生産者から直接消費者に対して供給されるのでなく、流通部門の手を経ている。一般に流通マージンは消費者価格の半ば程度を占めているとみられるので、その変動が消費者物価に与える影響は大きい。しかも35年度の消費者物価上昇には、小売りマージンの増加も一部関係していた。そこで以下小売りを中心に経済成長下における流通マージンの問題についてみることにしよう。
小売マージンの動向について
我が国の小売業は一般的に小規模で、生産性も低く、またマージン中に占める人件費率は4割前後をも占めている。このため最近の著しい労賃上昇が流通費用を大きく増加させ、マージンをつきあげて、価格の引き上げをもたらす面もあるわけである。現に35年に値上がりの大きかった食料品のうちで、みそ、しよう油、パン、牛乳等には、この人件費の増加による小売り段階での値上がりがみられた。 第I-4-6図 はこの模様を示している。これらの食料品に小売りマージンの増加がみられたのには、それらの多くが消費停滞的なため、小売店におけるマージンの増加が少ないことから生産者価格の引き上げにさいして、小売りマージンまでも一挙に引き上げられたという事情もからんでいる。また牛乳についていえば、人手を要する戸別配達などの関係で、特に労賃上昇の影響を強く受けたためである。しかしこの他の多くの商品の場合についてみると、小売りマージンの動きを規定する要因は必ずしも一様でなく、従業者1人当たりの売上高の向上などによってマージンの引き上げを多分に回避した面もみられる。以下この模様をみることにしよう。
第I-4-5表 は小売価格を卸売り価格で割った相対指数を小売りウェイトで商品類別に総合したもので、これは小売り段階での価格上昇圧力の度合いを現している。これによると、年によって多少の高低はあるが、食料品、雑品が高く、衣料品はほぼ持ち合いで、機械は低く毎年下降をみている。このことは上昇圧力は概して食料品、雑品に強く、また品目構成のうえで大部分が耐久消費財である機械で弱いことを示している。
さらに 第I-4-7図 をみてみよう。同図は食料品小売業、及び衣服、身の回り品小売業について、売上高、従業者1人当たりの販売効率(いずれも価格変動を除いてある)と賃金及び上記相対指数総合との関係を示したものである。これによると需要の増加が相対的に小さい食料品では売上高の伸びも賃金の伸びも小さい。しかし、35年では賃金の上昇は売上高の上昇を上回り、両者は接近をみせている。11一方需要の増加が相対的に大きい衣服・身の回り品では34、35年と売上高の上昇は賃金のそれを上回り、このため賃金の増加による価格への上昇圧力は食料品に比べて緩く、相対指数は図に示されるように食料品よりも低くなっている。これは高度成長が消費の構造を変化させ、消費支出の増加が、衣服、耐久消費財などに向けられる度合いが大きかったため、この部門の売上高が大きく伸び、これによるマージンの増加が賃金の増加をカバーして、価格へのつき上げをゆるめたことが1つの理由であったといえよう。
経済成長と流通マージン
経済が成長し、賃金水準が上昇する場合、同時に売上高の増大でカバーしていけは、流通段階での価格引き上げの必要は生じないが、それがすべての分野で可能だとはいえない。需要の伸びの小さい商品あるいは流通経費に占める人件費率の高い商品ほど概して流通面での値上がりが大きくなるのは必然的な傾向であるといえる。そしてこのような値上がりが一面家族従業者による生業的な小売店の所得増加に貢献していることも認めねはならない。しかし、流通サービスは、全体的にみて対個人サービスと異なって、経営あるいは流通機構のうえで合理化の余地があることは見逃すわけにはいかない。これまでにおいても、経済成長過程で流通機構は構造的な変化をみせてきたが、これは一般に流通面での価格上昇圧力を弱める力を持っているといえる。大企業メーカーの販売部門の小売り面への進出ならびに、問屋、小売店の系列化、消費者購買団体の増加、スーパーマーケットの増加などはいずれも中間マージンの排除ないし圧縮を可能にさせており、小売価格の上昇を緩和させている。同時にこれは流通面での価格形成のイニシアテイブが、メーカー及び消費者団体等に次第に移転してきていることを意味している。また徹底した薄利多売の方式によるスーパーマーケットの進出などは1つの新しい流通面での価格形成のタイプが進行していることを示すものといえよう。( 第I-4-6表 参照)一方小規模の一般小売店においても、このような動きに対抗して、商品の共同購入、集団化による金融上、あるいは広告宣伝面での便宜などで営業費の低下や販売の促進を図る動きも活発化している。これら一連の流通機構の変化、またこれに起因する一般小売店の合理化の進展は流通部門の生産性を高め、この面でも流通段階での価格上昇圧力を緩和せしめるものであるといえる。高度の成長はこのように流通価格の上昇圧力、また価格形成等に影響を及ぼした。
第I-4-6表 スーパーマーケットと一般小売店の平均利幅および商品年間平均回転率
昭和27年以降33年までに小売業の従業者1人当たりの販売効率は実質で約44%の向上をみている。
小売業においては、小売り従業者1人当たりの売上高の増加、また経費の圧縮こそ、小売りマージン安定の基本であり、またこのような生産性の上昇は単純な売り上げの増加というよりも、上記のような合理化ないし流通機構の構造変化による近代化などによって実現されるのが本筋であろう。
流通機構の近代化に関係して、35年に大幅な騰貴を示した農畜産物の流通機構の整備の問題も見落とすことはできない。これには流通経路において介入する業者が多いことからくる流通費用の増高という問題もあるが、取引制度の非近代性などの欠陥も大きいといわなければならない。
工業製品の生産船とコスト構造の変化
はじめに述べたように物価構造の変化は、卸売物価の安定を一方の軸としているが、それは工業製品とりわけ大企業の生産する生産財や消費財の価格安定によるところが大きい。このような価格の安定は基本的には生産性上昇の度合いが大きく、それをこえる賃金上昇がみられないためである。特に中小企業製品と比較した場合、このことが大企業製品の大きな特徴となっている。そこで以下大企業の場合について物価と生産性ないしはコストとの関連をみてみよう。
第I-4-8図 は労働生産性、賃金と物価の関係をみたものである。生産性上昇テンポは時期により、かなりの変動はあるが、30年以降35年までに製造業で47%上昇している。
生産性の上昇がどれだけのコスト引下げをもたらすかは生産性上昇率と労務費のウエイトによってきまる。そこで他の支出要素に変化がないと仮定した場合、生産性上昇がどれだけの価格引き下げを可能にするかを試算してみると、 第I-4-7表 ( ① 印の欄)に示すように、31年上期以降、35年上期までに製造業では3.1%となる。業種別には自動車、電気機器などでは10%以上の価格引き下げ要因となっているのに対し、鉄鋼、セメント、紙、パルプなどは3%台でほぼ平均なみであり、綿紡織では1.7%と小さい。
一方現実の価格は、総合物価では以上の結果とほぼ見合った
下落をみせており、個々にみてもある程度併行した動きがみられるが、この間にコスト構造は大きく変化している。次に各支出要素の価格水準に対する影響をみることにしよう。 31年上期から35年上期までの間に大メーカー売上高の伸びは生産指数の伸びを4.7%下回っている。同じく材料費は4.8%、労務費は2.1%それぞれ生産の伸びを下回り、資本費は1.0%、利益は1.0%それぞれ上回っている。これは一応ここに示しただけの価格下落ないし、上昇要因として働いているものとみてよいであろう。
まず注目されるのは材料費の下落が大きいことである。これは原料価格の低下と原単位向上の二つの原因によってもたらされたもので、前者は輸入価格の低落によるところが大きい。31年以降35年までの間に鉄鋼素材は19%、繊維素材は12%の下落となっている。原単位の向上は生産工程の一貫化、資源転換その他技術革新の効果によるものである。ただ一面で、紙、パルプのように原木高から原料費の上昇しているものもある。
労務費の低下は生産性上昇が大きく、賃金の上昇をまかなってあまりあることを示すものであるが、労務費低下の度合いは業種によって大きな差があり、また一部外注加工費の増加に振り替つている面もある。
一方、減価償却費、金利などは概して価格上昇要因となっている。設備投資の増加により、減価償却費の負担が増え、資金調達面の借り入れ依存が金融費用の増嵩をもたらしている。設備過剰傾向のある紙、パルプにおいて資本費負担の増加は特に著しく、鉄鋼でも資本費の増加はやや目立っている。一般管理、販売費の上昇は販売機構の拡充、本社管理機構の拡大整備等に伴うものであるが、同時に近来のめざましい広告宣伝費の増加も見逃せない。
利潤の動きをみると、鉄鋼、綿紡織などでは増加し、電機、自動車はほほ横はい、紙、パルプ、セメントでは低下している。
以上を通じ我が国卸売物価の安定を支えてきたものは、労働生産性の上昇と原料費の低下にあったことがわかる。このうち年産性上昇の成果は賃金、資本費、販売費、利潤などの増加にほぼ充てられ、必ずしも価格引下げにはむけられなかったといえよう。
もとより生産性上昇はコスト引き下げの基本をなすもので、わが国物価水準の安定もこれなくしては実現できなかったことはたしかであるが、同時にその成果が新投資の資金源泉や新しい販売市場の開拓に向けられる傾向が強いといえる。
以上のような形で生産性上昇が必ずしも製品価格の引下げに結びつかなかったのは、ひとつには高率の設備投資によって主導される経済の高成長のなかで、相対的に需要が強く、大きな価格引き下げ圧力が生じなかったことである。これは資本係数の上昇により設備投資が需要要因としてより強く働いたからにほかならない。それと同時に業種によっては供給過剰傾向に対して早目に生産調整を行うなどの方法で価格の大幅下落を阻んでいる場合もみられる。
経済の高成長の過程で物価を安定させるためには、生産性上昇の余地の大きい大企業の製品を中心として、工業製品の価格引き下げを図っていく必要があるが、そのためには、プライスメカニズムが十分に作用するような条件を常に維持するという政策的配慮が必要である。貿易自由化を促進することもそのための有力な方法となる。
そのようにして生産性上昇の成果がよりよく価格面に反映するように導くことは、国で競争力強化という最近の設備投資の目的を達成し、現在なお割高なものの多い我が国の物価を引き下げるためにも重要な意味を持っているのである。
結び
以上みてきたことから明らかなように、高度成長はサービス、公共料金、中小企業製品などの相対価格の上昇をもたらした反面、大企業製品の相対価格の低下を実現してきた。従って、最近の物価構造に消費者物価高の卸売物価安という相対価格の変化が生じているのは当然のことである。このことま、これまで中小企業に依存してきたサービス、消費財あるいは政策価格としての公共料金などが相対的に安価であったという我が国の物価構造の特色が次第に失われることを意味するものである。
高度成長に伴う物価構造の変化は同時に物価水準の上昇をもたらした。それには速い成長に経済構造の変化が十分に対応していないことによる面も少なからずある。今後においても高度成長は物価構造の変化を伴っていくが、物価水準の上昇を回避するためには労働力のモビリテイを高めて潜在労働力を活用し、また公正な競争を維持して物価の下方硬直化を防ぎ、貿易自由化を進めるなどの適切な政策的配慮が必要とされよう。