昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

国民生活

35年度国民生活の二つの問題点

物価騰貴の国民生活への影響

 「物価」の項にみるように今年度の消費者物価は前年度に比べて4.0%騰貴し、30年度以降最高の騰貴を示し、国民生活に影響するところが大きかった。このような大幅な物価騰貴は主として生活必需的な費目での騰貴であり、しかもこの騰貴傾向は36年度に入ってもそのまま続いている。物価騰貴が消費生活にどの程度の影響を与えたかを正確かに算定することは困難である。例えば各世帯では家計維持のため物価騰貴品目の購入減ないし他品目への代替を行うからである。35年度の物価騰貴の際にも豚肉価格の高騰によって豚肉の購入からより騰貴率の低い牛肉ないし鶏肉の購入に、移り、さらには鶏卵類、ソーセージ類への代替をみている。このような影響あるので、物価騰貴の家計への影響を正確かに測定することはかなりむつかいが一応消費構造を一定としてみると、35年度の消費支出増加分の約4割消費者物価の騰貴による支出増加であり、残りの約6割が消費水準の向上にむけられたということができよう。

 では物価騰貴の影響は所得階層によりどのような差異を生じたであろうか。所得階層別の消費構造が物価騰貴に影響されないと考えて算定した第8表によると35年9月の消費支出に対する物価騰貴率は各階層とも前年同期に対し4.7%と所得階層による差異はみられなかった。しかしその内容をみると低所得階層ほど野菜、魚介、肉類、家賃等の生活必需的な費目の比重が大きいので、家計の苦しい低所得層にとっては、これらの生活必需品目の大きな値上がりの家計への圧迫は高所得層に比べてより大きかったものとみられる。また、小売物価に採用していない高級耐久消費財等については値下がりしている物も多いので、小売物価調査以外の品目では高所得層での物価騰貴の影響は低所得層よりも低いものと思われる。

 さらにもう1つの問題は、物価騰貴の影響は無差別ですべての消費者に影響するのに対し、所得増加は必ずしも一様ではないことである。例えば、失業、傷病、経営不振等の特殊事情によって所得が低下し、あるいは増加率の少ない人も少なくない。当庁調べの消費動向予測調査でもこのような世帯が少なくないことが報告されている。これ等の世帯にとっては物価上昇の影響は特に深刻であったといえよう。

第13-8表 所得階層別物価上昇率

いぜん残された住宅問題

 35年度の国民牛宿向上のなかでいぜん立ち遅れているのが住宅問題である。

第13-9表 住宅建築戸数の推移

 まず35年の住宅建設戸数を建設省調べ建築動態統計でみると、増改築を合わせた住宅新設戸数42万戸と前年度に比べて12%の増加である。この増加率は34年度の11%増とほほ同程度の増加に過ぎない。このうち民間自力建設戸数は、好況の持続に伴って前年に比べて17%増加したが、中でも給与住宅の建設は前年に比べて33%の著増と、労働力不足による地方からの就職者数の増加を反映して著しく増加している。さらに同調査によると政府施策住宅の建築は前年とほほ同種度の水準に留まっている。住宅不足の現状についてみよう。人口20万以上の35都市について調べた35年5月の建設省の調査によると、住宅難世帯は全世帯の17%に達し、これを都市別にると大都市ほど著しく特に東京では調査世帯の21%に及んでいる。ま勤労者世帯についてみると住宅難帯は全世帯の22%を占めている。このような住宅難世帯の構成をみると、最も多いのが狭小過密居住であり、老朽住宅居住、同居がこれに次いでいる。これを所得階層別にみると、高所得層が次第に緩和されているのに対して中低所得層ではあまり緩和されていない。 第13-10表 に示すように勤労者世帯のうち月収2.5万円未満の世帯の住宅難は対象の2.5~4割に達し、これに対して月収4万円以上の所得層の住宅難は5%未満に過ぎない。このような住宅の絶対的不足を反映して公営住宅への応募率は非常に高く、都営住宅で27人に1人、公団住宅でも東京地区は21人に1人の割合となっている。

第13-10表 所得階級別住宅難世帯数

 住宅の絶対的不足と同時に、最近では住宅の質的な不満の高まっていることも特徴である。前述の建設省の調査によって、住宅不足を客観的に評価した住宅難世帯の数と、住宅の現状に不満を持つ主観的評価である住宅困窮世帯との比率をみると、 第13-3図 のように高所得層ほど現在の住宅に不満を持つ世帯が多く、特に月収4万円以上の層では住宅難世帯の6倍近い数が、住宅の現状に対して環境悪、遠距離、狭小等の理由で不満を持っている。また、このような事情を反映して公団、公営住宅の住宅規模に対しても高所得層ほど住宅規模の拡大を望んでいる。

第13-3図 住宅難所帯と住宅困窮世帯の比率

 住宅難を激しくしている最も大きな要因は住宅建設を阻害している土地価格の暴騰である。不動産研究所の調べによると六大都市の市街地宅地価格は30年3月から35年9月までに3.5倍に暴騰して住宅建設費を著しく高めている。このような土地価格の暴騰は住宅不足や工場建設の盛行などを反映したものであるが、これに加えて思惑ないし投機的な買い占めや土地所有者の売り惜しみなどの行われていることも土地価格を一層つりあげる要因である。土地価格の暴騰に伴って、住宅建設は安価な土地を求めて無計画に大都市の遠距離地域に膨張している。また人口の都市集中に加えて我が国では就業の場所が大都市の一部の地域へ集中しているため、必然的に通勤距離の遠隔化を示すことになる。そしてこのような遠距離通勤の一時的集中は通勤者の疲労の累積と交通地獄の発生をみているのである。

 住宅難世帯は住宅難を解決するのにどのような方向を求めているかを上述の建設省の調査によってみよう。これによると最も大きな比重を占めているのは比較的高所得層では公庫融資住宅の建設、中低所得層では公営住宅への入居であって、自力で建築しようとする者や民間貸家への入居を希望している者は少ない。


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