昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

物価

消費者物価

概況

 35年度の消費者物価はかなり顕著な騰貴を示した。すなわち総理府統計局調べによる35年度末の消費者物価指数(昭和30年基準、全都市、以下同じ)は、111.0で前年度末を4.9%上回る高水準を示している。また年度間平均では前年度を4.0%上回っているが、30年度以降の対前年度平均上昇率が0.8%程度であったことからみて、35年度の消費者物価の上昇はかなり大幅なものであったといえる。

 年度間の推移をみると、 第11-6図 のように4月から10月までは一貫して上昇をつづけ、11月に反落したあと12月から36年2月にかけて再び上昇歩調を回復し、2月の水準は30年を11.4%も上回るこれまでの最高水準を記録した。そして3月には前月にくらべ0.4%の下落となったが、その水準はかなり高いところにある。このような消費者物価の顕著な騰貴は何によってもたらされたものであるか、簡単にふりかえってみよう。

第11-6図 消費者物価の推移

消費者物価の上昇とその要因

 年度末の比較でみると、 第11-3表 のように大分類別にみて最も大幅な上昇を示したものは住居で、次いで食料、光熱、雑費、被服の順となっている。主要な中分類についてみると、程度の差はあるもののいずれも上昇しているなかで、特に魚介、肉類、野菜、住宅修繕材料、家賃地代、教育、修養娯楽等の上昇が著しい。35年度の消費者物価は34年度に続く好況のなかにあって一段と大幅な上昇を示したが、前年度には穀類、魚介、野菜、保健衛生などが下落としていたのに対し、全般的な価格上亘の生じたことが1つの特色である。

第11-3表 消費者物価の変動と上昇要因

 次に総合物価上昇に対する影響度についてみると、食料と雑費の比重が圧倒的に大きく、両者で物価上昇の8割以上を占めている。これに対し、家賃地代、住宅修繕材料などは上昇率の大きさに比べ影響率としては相対的に小さい。従って35年度の消費者物価の上昇は食料と雑費の値上りによってもたらされたところが大きかったといえる。以上は 第11-3表 に示したように年度間平均でみてもほぼ同様である。

 主な品目の価格動向についてみよう。まず食料であるが、その変動は 第11-6図 に示したように、10、11月の下落を挟んで4月から9月にかけてと12月から36年2月にかけての上昇が目立っている。前半の上昇は野菜と肉類が一時的な需給の不均衡から大幅に値上りしたことによるものである。すなわち野菜は春の異常高温および夏の異常乾燥などの自然的条件の悪化から供給減となったためであり、肉類は主として豚肉が需要の急増の反面、生産が減少したからである。10、11月の反落はこれら野菜、肉類が供給量の増加に伴い値下りしたことによる。また年度後半における食料価格の反騰は不漁による魚介の値上りと雪害による野菜の反発によるものである。その他では、食パン、みそ、しょう油等加工食品類の価格上昇が注目された。その多くは中小企業で生産されているものであるが、最近の労働需給のひっ迫から賃上げなど待遇改善が行われ、また原材料価格の上昇などコスト要因の上昇に起因するものとみられる。

 雑費関係では保健衛生の上昇が目立った。入浴、理髪、美容など人的サービス価格が上昇したからである。これらでは中小企業製品と同様に従業員の待遇改善が主因であるが、製造業と異り原価に占める労務費比率が大きいため、賃金上昇がより直接的に価格引上げとなりやすい事情にある。一方、これらの価格引上げなこれまで相対的に低かった業主所得を増加させる働きをしていることも否めない。教育費の上昇は教職員の特選改善と施設費の上昇を理由とする私立大学、高校、保育園の授業料ないし保育料の引上げによるものである。修養娯楽のなかでは一部の雑誌と映画観覧料などサービス価格の上昇がみられた。

 住居関連物価な引続き一貫した上昇を示した。その中心は家賃地代と畳表、上敷ござ、板材など住宅修繕材料の値上りである。家賃地代の上昇は地価の暴騰と木材を中心とする建築資材および手間賃など総じて建築費が大幅に上昇していることにより、板材、畳表などは木材、い草など原材料価格が大幅化値上がりしたことによるものである。零細企業に依存している家具器具類が年度後半になってわずかながら上昇に転じたことも注目される。

 光熱の上昇は薪炭類と灯油の値上がりによるところが大きい。薪炭類は燃料需要構造の変化から需要は減少しているが、農村の好況もあって生産量が減少し、相対的な需要超過となったことによる面が大きい。灯油は重油価格引き下げのシワ寄せによるものとおもわれる。

 最後に被服は好況を反映した所得水準の上昇による堅調な消費に支えられてわずかながら上昇を示した。零細企業に依存している衣服、身の回り品は賃金コスト面から上昇する要因も持っているが、原材料価格がほぼ安定していること、供給量が豊富なことなどによって他品目と異なり大幅な価格上昇を招くには至らなかったものである。

 なお35年度においては公共料金の引き上げは九州電力、東邦ガスなどにみられたに留まった。

上昇要因の変化と消費者物価変動の特色

 35年度の消費者物価の動きは年度前半と後半とではその間にかなり違った様相を呈している。まず総合物価の上昇率は前半が3.1%であったのに対し、後半は0.9%で物価上昇が年度の前半に集中していることがわかる。これは前項でみたように食料の上昇がこの時期に最も顕著であったからであり、一方後半の上昇率が小さいのは食料が反落としたためである。食料以外で年度前半に上昇の大きかったのは被服だけで、光熱、住居、雑費などではいずれも後半の上昇率が大きくなっている。これを影響率でみると、 第11-4表 に示したように上半期の物価上昇の84%は食料の上昇によるもので、雑費、住居、被服がこれに次いでいる。これに対し下半期では雑費、中でも修養娯楽と保健衛生の影響率が大きく、住居と光熱はほぼ等しい上昇要因となっている。食料と被服はむしろ物価を引き下げる要因となっている。これを要するに上半期には食料の異常な騰貴によって顕著な物価上昇が生じたのに対し、下半期には食料、被服の下落で物価の騰勢が落ち着いた反面、サービス的色彩の強い雑費、あるいは季節的要因も含んだ光熱を中心に物価上昇がもたらされたことがわかる。それだけに消費者物価の上昇テンポが弱まった反面、根強い上昇傾向を持続することになっていることが注目される。

第11-4表 消費者物価上昇要因の変化

 本来、消費者物価はその性格上食料価格の変動いかんに強く影響されるものである。このことは前掲 第11-6図 に示したように食料価格と総合物価が全くパラレルな変動をしていることからもわかる。しかも変動形態だけでなく趨勢的にみてもこのことは妥当する。総合物価が食料価格よりも若干高い水準にあるのは同図に示したように食料以外のもの、中でも家賃地代、サービス、公共料金などが全体として根強い上昇傾向を保っているからである。従って消費者物価の安定のためには何よりもまず食料価格とりわけ野菜、魚介、肉類など第1次産業生産物の価格安定を図ることが肝要である。それは多分に自然的条件に左右されるため、その解決は容易ではないが、貯蔵設備の設置、出荷調整その他流通機構の合理化によってある程度可能なものである。

 これらの価格安定は本年度において値上りの目立った加工食品の原料価格ひいては加工食品価格そのものを安定させることにも通じるのである。

消費者物価上昇の特色─その問題点─

 以上みてきたことから、35年度における消費者物価上昇の特色は次のように大別できる。

 第1は、野菜、魚介、豚肉など一時的ないし特殊な要因によって需給が不均衡となり値上りしたこと。

 第2は、理髪、美容、入浴などサービス価格が上昇したこと。

 第3は、食パン、みそ、しょう油をはじめ中小企業製品の価格上昇が目立ったことなどである。

 そのほかこれまで政策的に抑制されていた公共料金についても調整的な料金引き上げが実行ないし計画された。

 第2、第3のタイプに属する生産性上昇の困難な企業で、そのサービス、製品価格が上昇するのは経済成長の過程においてある程度やむをえないものである。最も第3のタイプに属するものは少なからず問題を含んでいる。食パン、しよう油等では大手メーカーと中小メーカーとの生産性にはかなり大きな懸隔があり、価格引き上げの意欲は必ずしも一様ではない。ところが35年度にみられたこれらの価格上昇は、最近の労働情勢の変化と原材料価格の上昇の影響の特に大きかった中小メーカーからの突上げに大手メーカーが追随するかたちをとったのである。それにはこれらの業種がかなり、消費停滞的な産業であることも影響している。

 いずれにせよ高度成長のもたらした労働需給の急激な変化がサービス、中小企業製品等の分野においてコスト面から相対価格の上昇を引起こす現象の生にたことは35年度の消費者物価上昇の顕著な特色であるといえる。


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