昭和36年
年次経済報告
成長経済の課題
経済企画庁
昭和35年度の日本経済
金融
金融市場の動向
35年度の前半から後半にかけて、資金需要は高水準を続けつつも、企業資金繰りに幾分ゆとりが生まれてきたが、金融市場の動向も基本的には同一方向にあった。ただ36年1~3月については、現金需給ひっ迫の度が強まったにもかかわらず急激な起債増加によって企業の流動性が高まり、両者に若干の懸隔を生じた。この過程で金融市場の構成変化が兆し、各金融機関において新しい条件に応ずるための経営体制の整備の気運が高まった。
現金需給の動き
金融市場の繁閑をみるうえで現金需給要因として日銀券と財政資金の対民間収支の動きが特に注目される。それは日銀券の増加と財政収支の揚超が金融機関外への資金流出にほかならず、その額が金融市場の需給を示すものだからである。
35年度の日銀券は2,003億円の増加で増加率は22.9%に達した。これは従来になく大きかった34年度の増加1,203億円、15.9%増をさらに上回る大幅なものであった。
日銀券は所得や消費の増大に伴って増加するのが常で35年度の増加もこの点ではおなじであるが、同時に中間取引分野での流通の活況にも支えられていた。中間取引の活況と消費の増加との間にはタイムラッグがあり、両者の動きは必ずしも一致しないが、35年度は生産と消費が併進する息のながい好況局面にあったため、両者が共に作用して日銀券の増加が特に著しくなったものといえよう。
また、「財政」の項でみたように、短期外資の流入など外為会計の大幅払超で2,387億円)があったにもかかわらず、好況を映じた租税収入の増大によって、財政収支尻は差引46億円の揚げ超となった。日銀券の増発と財政収支のすず超により、日銀貸し出しは2,205億円増加し、金融市場は引き締まり基調にあったとし、える。
これを年度内の推移としてみると、日銀券の増勢は4~6月にかけて著しく、その後やや平静を取り戻したが、12月以降は消費が一段と堅調を呈したことを映じて高まっている。財政収支でも年度前半の支払い超過幅は例年より少なく、その後短期外資流入や補正予算もあって支払いが増えたが、36年に入って再び揚勢が強まっている。金融市場は政策的圧力も加わった年度初めにはひっ迫したが、その後金融抑制政策の緩和などによって比較的平穏な推移を示した。最も36年に入ってから、うえにみたような現金需給要因の動きを反映して、再び繁忙化しているといえよう。
なお、8月12日日本銀行は売戻し条件付きで政保債501億円を員入れた。
これは金融市場の季節的な超繁忙化を回避するためのもので、従って11月には売戻されたが、これによって通貨供給方式多様化の道がひらかれたことは注目に値いしよう。
金融機関の資金繰り
現金需給が引き締まったので金融機関の資金繰りも圧迫された。しかしその程度は各金融機関にとって一様でない。35年度の特徴としては、都市銀行の日銀借り入れ残高が尨大化したこと、地方銀行、中小金融機関の余裕金が減じたこと、また、これは金融機関とはいえないが、証券会社の市場資金依存が高まったことなどがあげられよう。
都市銀行の資金繰り
まず都市銀行の資金運用についてみると、 第10-5図 の示すように、その預貸金バランスは1,551億円の預金不足となった。しかし現金需給面の大幅な悪化にかかわらず、預金不足の度合いは34年度(1,399億円)に比べてさほど悪化したとはいえない。これは資本市場の拡大や外資の流入によって、預金が増加し貸し出しが少なくてすんだからである。
預金増加の伸び率は貸し出し増加のそれをかなり上回った。長期預金は前年度の不振を脱して順調に増加したが、36年3月末の総預金残高に占めるその比率は51%で、35年3月末の51.7%をわずかに下回った。総預金残高に占める長期預金の比率は都市銀行にあっても戦後ほほ一貫して増加しており、それが低下または横ばいになったのは30、31年度いらいのことである。長期預金の比重低下をもたらすほどの短期預金の増加は、30年度にあっては輸出超過によって、また31年度には都市銀行自体の信用創造によってもたらされた面が大きい。これに対して35年度においては大量起債の預金滞留が主因であり、自由円預金など外資の導入が直接間接これを助けたものと考えられるα資本市場の拡大は多少なりとも都市銀行を商業銀行本来のあり方に近づけるものであったといえよう。
外資の流入としてはユーザンス適用品目の拡大と期間延長のほか、ユーロ・ダラーの受け入れ、無担保借り入れの増加が主なものであるが、これらは貿易関係の円資金を少なくてすませた。そればかりでなく一部は自由円にふりかえられて市場資金の借り入れをへらすなど、積極的に国内の資金繰りをらくにする働きもあったのである。
最も35年度においては、地方銀行等の資金繰りひっ迫を映じて市場資金は都市銀行から785億円も引揚げられた。都市銀行は預金不足に加え、大幅な市場資金引湯げがあったため、外資流入にもかかわらずその日銀借り入れは2,011億円という著しい増加をみた。都市銀行で市場資金の取り入れが純減したことは最近に例のないことである。都市銀行をめぐる預金環境がそれほどわるくなかったのに、金融市場を通じる資金の流れの変化によって都市銀行の日銀借り入れ依存は一段と激化したわけである。
なお35年度中に都市銀行が消費者金融の分野にのり出したが、その内容は住宅、自動車購入資金貸し付けのほか、預金業務を拡張して消費者に信用を与えるもの(クレジット預金など)または出納の便宜を図るもの(個人用当座預金、ネットワーク預金など)が多い。これも資本市場の拡大に対応する銀行経営将来の布石とみてよい。
その他金融機関の資金繰り
地方銀行の預貸金バランスは35年度に入ってくずれ、471億円の預金不足を生じた。貸し出し増加の伸びは都市銀行(48%)並の50%であったが預金増加の伸びは都市銀行のそれ(51%)を下回る32%増に留まった。この預金不足を埋めるために、コール放出量を減少したうえ日銀借り入れもかなり増えている。
地方銀行の資金繰りが悪化したのは、好況の浸透にともない地方産業の資金需要がさかんだったためである。ただ投資信託や金融債など預貯金と競合する貯蓄形態の比重が増加すること、都市銀行と異なって資本市場の拡大や外資の流入による資金的プラスを受けえないことなどから、長期的にはその資金的余裕が減少することも考えられよう。
同じような事情で相互銀行、信用金庫など中小企業専門金融機関においても、預貸金とも大幅に増加するなかで、資金のゆとりは減ずる傾向がみられた。
最近、地方銀行などで地方産業の開発資金供給や、消費者金融ないし新種預金サービスなどがこころみられているが、これは、新しい条件を前に経営の基盤確保と合理化とが切実な課題とされていることによるものであろう。
証券会社の資金繰り
証券会社は商品として手持ちする有価証券、顧客への立替金、信用取引に対する自己融資などのために資金を調達する必要がある。営業のあり方にもよるが、資本市場の拡大につれて証券会社の経営資金が増大するのはこの意味で当然であろう。この場合その調達源泉が安定的であることがのぞましいのはいうまでもない。
証券会社は経営規模の拡大に要する資金の一部をこれまでもコール取り入れによってまかなってきたが、36年に入るやその市場資金依存は急激に高まった。これは直接には公社債投資信託の発足後割引金融債の売残りが多くなったことなど、商品有価証券の手持が増大したことによるものである。企業は増資・起債による資金流入にうるおし、銀行の預貸金バランスもそれだけ好転したが、1投資信託は大量の社債組み入れのためにコールローンを引き上げ、証券会社は商品有価証券を買持ちするための資金繰りに追われた。現金需給のひっ迫が36年1~3月期において企業の手元にまで波及しなかった反面には、このように証券会社の資金繰りが窮迫した事実もあったのである。
この混乱を契機として一方で証券会社の経営健全化が図られつつあると共に、他方証券金融に合理的なルートを開き、その上で長短金融市場を有機的に結合しようという機運が生まれている。
コール市場の変ぼう
各金融機関の資金繰りを端的に示すのはコール市場の出し手取手別構成であろう。35年度においては取手側では証券会社が都市銀行に迫る比重をえ、出手側では投資信託ローンの比重増加と地方銀行の放資減退がみられた。
このようなコール市場の変ぼうは、景気局面に規定されたもののみでなく、資本市場の拡大によってもたらされた面もあり、36年1~3月の証券会社の資金繰りひっ迫はこれを一時的に加速するものであったといえる。
コール自粛金利は当初2.3銭で、36年1月末に至って2.2銭に引き下げられた。実勢レートは金融基調を映じてともすればこれを上回りがちであったが、日銀窓口規制の弾力化や都市銀行間の甲合わせによりその高騰は避けられた。ただ36年3月においては、現金需給のひっ迫に加え、証券会社の取り需要増大と地方銀行の放資回収が重なり、異常高を現出することとなった。