昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

中小企業

労働力不足下の中小企業経営

労働力不足の階層性

 前年度に引き続き、中小企業の労働力不足は一層強まり、本年に度おいても大きな問題となった。

 「労働」の項にみるように、35年3月中学卒業者の充足率(全産業)は、100~499人規模で52%、15~99人規模で35%、14人以下の規模では2996に過ぎなかった。規模別充足率は、製造業、卸小売業ともほぼこれにみあっている。一方、職安への求職者の多くが、小零細企業に在籍している者であることにみられるように、賃金の高いところへ向って労働力移動が激しく、業者間または大企業からのひきぬきも目立った。

 低賃金労働力の不足に直面した中小企業は、昨年度に引き続き賃金、厚生設備等を改善してその確保につとめる一方、労働時間の延長によって、これを補う傾向が強かった。同時に設備の合理化を行って、労働力依存度を軽減しようとしている。労働力不足は、先にみた盛んな設備投資を促進した1つの要因となっている。

 しかし、このような形で対処できない弱小企業の中には、新規労働力を確保できないだけでなく、在籍者の離脱を一因として、倒産に追いこまれたケースが、造花、製パン、がん具、メリヤス、鍛造等々の一部でみられた。

 では、このようななかで、中小企業の経営内容がどのように変化したかを若干みてみよう。

経営内容の変化

利益率の上昇

 まず中小企業庁調べ「中小企業の経営指標」に基づいてみてみよう。但しこれは比較的優良企業を対象にした調査であることを念頭におく必要がある。 第5-6表 に示したように、製造業、卸小売業とも全体としてみると、経営資本対営業利益率(収益性)は、34年に比べてそれぞれ上昇している。34年の収益性は、前年より低下していたから大きな改善といえよう。このような収益性の向上が、なにによってもたらされたかをまず製造業についてみると、回転率は横ばいであるから売上高宮業利益率の上昇によるものであることを示している。この売上高官業利益率の上昇は、なにによってもたらされているのであろうか。

第5-6表 中小企業の経営諸指標の変化

 中小企業では、労働力不足に対処するため賃金を引き上げた結果、100人以下の規模での定期給与は、34年に比べ10~14%上昇している。(「労働」参照)。賃金の他に福利費の増加もあるから、これらは経営の圧迫要因となるべきものであった。しかし、それが売上高宮業利益率を低下させるまでに至らなかったのは、人件費の増加率よりも売上高のそれが大きかったためである。大蔵省法人企業統計によって、資本金200~999万円層(全産業)について、35年1~9月を前年同期に比べると、1企業当たり人件費(福利費を含む)は8%増加しているのに対して売上高は15%増となっている。

 この他、設備投資による合理化効果も大きかったと考えられる。特に機械工業では、親企業からのコストダウンがかなり厳しいにもかかわらず、利益率の上昇が大幅であったのは( 第7表 )、合理化の効果が大きかったためである。利益率の上昇要因を、中小企業金融公庫の実態調査によってみると、機械工業では売り上げ増と合理化効果がほぼ同程度のウェイトを示している。この他、原材料価格が低下したことも大きな要因としてあげられよう。

第7表 機械部門の経営指標

 一方、卸、小売業についてみると、収益性の向上は、卸売業では売上高営業利益率と経営資本回転率が共に上昇したため、つまり、販売増加が利益率の上昇を伴って行われたのに対して、小売業では、売上高営業利益率は横ばいであった。小売業では、求人難によって人件費が増大したこと、競争が激しいことなどのため、利益率の上昇を押さえたが、販売増加によってそれをカバーすることができたわけである。

 このよう化、比較的優良企業では、35年においては労働力不足による人件費の増高があったにもかかわらず、生産増加、及び生産性の向上によってカバーされ、企業採算を悪化させるまでには至らなかったといえよう。

 しかし、弱小企業の中には労働力不足を1つの契機として脱落とするものが現れているように、経営面への影響は上記の経営指標にみられるような好転はなく、労働力不足によって階層分化が促進されているとみるべきであろう(第3部参照)。

経営近代化に伴う問題点

 以上みたように、35年においては利益率の好転がみられる反面、生産規模の拡大とそれに伴う設備投資の増加が、各種の資本構成を悪化させている。自己資本対固定資産比率、固定長期適合率はそれぞれかなり目立った悪化を示しており、これに対応して流動比率は低下している。これを機械工業についてみると、 第8表 に示したように資本の固定化が強まっている。これらの部門においては、利益率の大中な好転の反面、盛んな設備投資の結果として経営内容が弾力性を失ってきていることが1つの問題点といえよう。

第8表 資金操り状況

 35年度の設備投資は、当初計画から判断して6割程度を外部資金によって賄われたとみられるが、その結果、資本の固定化、支払利息比率を高めると共に、資金繰りの悪化を招いている。

 35年10~12月を前年同期と比較してみると、第8表にみるように資金繰り悪化割合は大規模企業ほど大きく、それが、設備投資によるものであることがわかろう。前年同期に比してその傾向は強まっている。小規模企業の資金繰り悪化の要因は、収益減や支払い条件の悪化によるものが多い。

 しかし、中小企業が近代化投資を行って生産力を高めていく過程では、資本の固定化は歓迎すべきことではないが、避けられない現象である。まず蓄積をして、それを投資に向けるという形では、今や技術進歩に追いつけない。

 下請け企業の場合は、親企業の発展テンポにたち遅れるということは、脱落とせざるを得ないことであり、他の分野においても、企業間競争は極めて激しい。従って、まず近代化投資を行うということが、先決問題となっている。この過程で企業の優劣がきまっていくのである。

 もちろん、資本が弾力性を失うということは、不況に対する抵抗力の弱化を意味している。現在の好況過程ではそれは表面化しないが、労働力不足がもたらした人件費の増大と共に、景気変動に際して1つの問題点を残している。中小企業の近代化という要請の中でこの矛盾をどのように解決していくか、今後の経済成長に伴う問題点として、自己資本充実のための対策が特に考えられなければならないであろう。


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