昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

中小企業

生産上昇と業種別動向

機械工業

 35年度の生産増加の中心は、前年度と同じく機械工業であったから、その下請け依存度の大きさからいっても、関連中小企業の生産は大中に増加した。

 第1表に示したように、中小機械工業の生産は、37%増と大企業とほぼ同率の増加を示している。

 このような大中な生産増加は、34年度にひき続くものであるが、35年度には、生産上昇の中心が、34年度の電気機械(耐久消費財)から、資本財機械と自動車に移ってきている。30年以降毎年倍増を続けて生産上昇をリードしてきたテレビは、35年に入って増勢が鈍化し、対前年度増加率は25%に留まっている。「鉱工業生産」の項にみるように、35年度る機械工業の生産増加の8割は、資本財機械と自動車で占めらにおけれた。従って、中小企業の生産も産業機械、重電機械、自動車部門の増加率が高かったが、本年度の特徴は、工作機械の生産が急増していることである。

 中小産業機械の生産増加のうちでも、とりわけ金属加工機械(84%増)が大幅に増加したほか、機械工具(72%増)ボイラー、原動機(63%増)、運搬機械(49%増)などの増加率が大巾で、これらは大企業の増加率を上回っている。

 機械工業の中でも、従来の自動車部門に加えて、産業機械(小零細企業の多い)の生産上昇が高かったことは、本年度の中小機械工業の好況を零細企業の末端にまで滲透させた理由である。

大中に上昇する工作機械

 第5-1図 に示したように、工作機械の生産は、34年度までは機械工業の平均上昇率と歩調を合わせていたが、35年度以降急速にそのテンポを速めている。工作機械を中心とした産業機械の発展は、大企業の設備投資の急増と、それに伴う中小企業の近代化投資の進展に大きく依存している(後述参照)。同時に、工作機械は手労働に依存する割合が多く、景気変動の影響も大きいため、これまで親企業は概して設備投資には保守的で、下請け利用度を極度に高める形で急増する需要に対処してきた(第3部II─2「中小企業の分化」の項参照)。このような中で下請け零細企業に至るまでフル操業をするという状態がみられたし、独立的な中小工作機械メーカーの中にも、1年から2年分もの受注残をかかえるものも現れた。

第5-1図 増大する工作機械の生産

 以上のように、産業機械が設備投資の本格化を背景に成長期を迎えているのに比して、同じ機械工業部門でも既に発展期をすぎた部門、例えば、二輪車、ミシン等の動向は、まさに対照的であった。

第5-1表 機械生産の対前年度増加率

大企業におされる二輪メーカー

 前掲表にみる通り自転車及び自動二輪車の$年度の生産は11~24%減少している。機械工業で減産しているのはこの部門だけである。

 自転車は、国内需要が飽和点に達し鮮明に、近年モペット、オートバイ等の著しい進出によって次第に、停滞的産業化しつつある。総生産台数は、35年度も5%とわずかながら増加したが、この増加は主として大企業によるもので、中小企業は34年度に引き続き減産している。大手企業では、廉価車の販売による需要増加を期待し、優良部品メーカーの系列化を進めて、少種大量生産体制を整えつつある。このような業界再編成の過程で、企業間の優劣格差がひらくと共に、大手企業(300人以上)の市場占拠率が34年度の32%から35年度には38%に高まりつつある。

 自動二輪車の生産は、自転車を滲蝕して、急速に伸びてきているが、機種別にみると、モータースクーターがモーターサイクルの進出によって減産傾向をたどっているのが特徴である。しかもモーターサイクルも、某大手メーカーが一時的ではあったが操短を行ったことにみられるように、一、四輪車の急増もあって、35年度の内需はようやく頭打ち傾向を示してきた。このような中では、販売競争が激化せざるをえず、大手企業(300人以上)の生産割合が、34年度の84%から35年度の91%に高まっていることは自転車にみられる傾向と軌を一にしている。

 以上、工作機械と自転車、自動二輪車の例でみたように、その産業の発展段階の差異により様相を異にしているが、全体的に非常な成長期にある機械工業では、中小下請け企業に至るまで繁忙をきわめた。

織物工業

好調な内需と輸出の減退

 35年度の各種中小織物工業の総生産高は、 第5-2表 にみるように前年度に比べて13%増加した。過剰設備を抱えた産業でありながら、全体としで2年続いてかなりの生産増加がみられたのは、消費需要が堅調であったうえに、原糸の安値によって機屋の採算が好転し、増産意欲を高めたためである。最もこのことは毛織物と綿織物についていえることで、絹人絹織物は、原糸高と、年度後半における輸出不振のため、生産増加は小幅に留まった。

第5-2表 織物生産の対前年度増減(△)率

 年度を通じて好調に推移した織物工業も、毛織物では、36年以降原糸槽が上昇し、綿織物でも工賃ブームによる増産によって秋以降市況は軟化するなど、一時の高採算は次第に失われていった。

工賃ブームの終息

 第5-3表 にみるように、34年後半から続いた「工賃ブーム」は、35年秋以降明らかに峠を越している。工賃ブームをもたらした原因は、原糸が過剰のため割安であったところに、織物の内需の拡大があり、紡績や商社による機屋の争奪戦が拍車をかけたためであった。この「工賃ブーム」が機屋の増産意欲を刺戟し、供給増加をもたらすことになったわけである。需給の変化によって、紡績、商社は賃織工賃を引き下げようとする意向が強くなったので機屋の採算は次第に悪化した。

第5-3表 織物採算の変化

 それに加えて、綿紡績の兼営部門の再拡充、特に合繊部門での賃織系列の強化、さらに毛紡績が従来の量産服地のみでなく、中小企業の分野であった高級服地へ進出を試みる動きが強まっている。

 紡績メーカーの高級服地部門への進出は、中小機屋を賃織系列化する形で行われている。このような動きは、綿紡績メーカーでも強まっている。これは直接的には毛糸の市況悪化から、織物段階で採算をカバーしようとしているためであるが、大企業が、高級服地の分野に進出してきていることは、これまでになかった新しい動きとして注目されよう。

新しく伸びる中小企業商品

 35年度の中小企業動向のもう1つの特徴は、産業構造の高度化と消費構造の近代化が進行する過程で、加工度が高く、量産的な商品が中小企業の支配的分野で急速に伸びてきたことである。それは、衣、食、住、全般にわたる広汎な分野に及んでいるが、めぼしいものとしては、加工食品、既製服、家具などがあげられよう。

 例えば代表的加工食品である缶詰の生産は、30年以降急速に増加し、35年には2.5倍に達している。この過程で、従来になかった多くの新しい缶詰製品が出現しており、その種類は700種にも及んでいる。

 既製服も、紳士服が技術の向上によって次第にオーダーメイドから、レディメードに移行する傾向が強まっていることにみられるように、生活様式の近代化にマッチした商品として伸びている。35年度の毛織物生産増加の1つの要因は、既製服の増加によるものであった。既製服メーカーでは、下請け能力が追いつかず、自営の流れ作業による縫製工場を新設する動きが活発化している。

 さらに消費革命の進展に伴って、急速な伸びを示している関連部門も多い。その一例として段ボールがあげられる。これは従来の木箱に代わって新しく伸びているもので、35年の生産は31年に対して、3.5倍の増加を示している。特に35年以降、青果物の分野に進出するなど、新しい需要がひろがりつつある。

 このように、中小企業の支配的な部門で新しい発展が目立ってきているが、この分野へ大企業の進出が始まっていることもみのがせない。既製服メーカーの工場設立に対する紡績メーカーの資金的援助、大手水産会社による缶詰メーカーの系列化、通運会社の段ボール工場設立の動きなどはその一例である。これらの部門では発展の初期にあるため、中小企業が群生する余現在は、地を残しているが、今後の成長過程で企業間の優劣がきまってくるであろうし、また現在以上に大企業の直接、間接の進出が強まることも充分予想されよう

対米輸出減少の影響を受けた合板とミシン

 34年中に著増した対米輸出はアメリカ景気の後退の影響で、35年に入って停滞し、関連中小企業に大きな打撃を与えた。合板、絹織物、毛織物、スフ織物、陶磁器、ミシン、衣類、履物などの35年度の対米輸出は軒並減少した。先に触れた絹織物以外に、特に影響の大きかったのは、合板とミシンである。35年度の合板の対米輸出は31%減、ミシンは12%減を示した。

 まず合板についてみよう。合板工業では従来から主として大手企業が輸出を、中小企業が内需を担当していたが、対米輸出価格が上半期末にチェックプライスを割り、8月にはさらに15%内外下回るという状況に直面して、大手企業は内需に転換した。その結果、中小企業はそのしわよせを受けることになり、出血操業を余儀なくされている。名古屋地区についてみると、大手企業の35年下半期の生産は、前期比0.6%増、前年同期比4.4%増であったのに対して、中小企業は11.6%、1.2%とそれぞれ減少している。内需の価格が年初に比し、年末には25%も低下するなかで、中小企業のうちに倒産や廃業がみられた。

 ミシンは上半期には、第1地域(北米)、第2地域(北米以外)向けとも不振で、全般的に沈滞の色が濃化した。下半期に入り、第2地域向は若干回復したのに対して、アメリカを中心とした第1地域は、ジクザグミシンの濫売によってアメリカ市場における在庫が増大し、極度の不振が続いた。輸出不振のため、9月ごろまでは大手メーカーでも50~60%程度の操業状態が続き、輸出専業の弱小組み立てメーカーが、全国で約60社整理されたといわれる。しかし下半期以降は第2地域向けの回復が第1地域向けの不振をカバーして全体的にはもち直してきている。

 このように輸出不振の影響が大きかったため、10月には、メーカー、商社の輸出枠が設定され、その譲渡も禁止されるなどの生産調整措置が講じられた。輸出不振は競争を激化し、弱小部品メーカーは組立メーカーから価格低落のしわよせを受け、これに人手不足が拍車をかけて合併や脱落とする企業も現れた。大阪地区の小零細企業27社が親企業18社の傘下に入ったこと」などはその一例である。一方、優良部品メーカーの中には自動車や電気機械等他業種の下請けを兼業するものもでてきている。

 しかし、対米輸出の不振による影響も一様ではない。米国市場で強力な販売系列を持っている商社と結合している上層メーカーは、ほとんど影響を受けなかったとみられている。既に大手メーカーによって、大部分を占拠されている国内市場はもちろん、輸出市場においても、強力な販売系列を持つ企業と持たない企業の格差が強まりつつある。


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