昭和36年
年次経済報告
成長経済の課題
経済企画庁
昭和35年度の日本経済
鉱工業生産
高度成長過程の産業活動
生産活動の概況
35年度の生産活動は前年度に引き続いて大幅な上昇を示した。すなわち、35年度の鉱工業生産指数は238.8で、前年度に比べて23.7%の上昇となった。2年続いて20%以上の上昇を示したのは戦争直後を除いては初めてのことであった。過去2回の景気上昇過程に比べて、その持続期間は最も長く、33年4月上昇に転じてから36年5月までに既に37ヶ月に達している。また、上昇率は著しく高まったにもかかわらず、過去2回の事例のように景気の過熱を招かなかったことは、我が国工業力の充実と安定化を如実に物語るものである。しかし、35年度の生産をあとづけてみると、一本調子の上昇を続けたのではない。季節調整指数に若干の問題があることを考慮しても、3、4月とやや停滞がみられた。これは34年末の伊勢湾台風による在庫投資の一巡、繊維の貿易自由化を控えて先行不安からの原糸取引の停滞、テレビ、トランジスター・ラジオの需要が頭打ちしたが、それらに代わる耐久消費財の伸びが遅れた等の理由によるものである。そのため、生産上昇率は下期に入って一段と強まった。
出荷も生産と同様に3、4月に一時減少したが、ほほ生産と見合う増加を続け、鉱工業出荷指数は、216.7で前年度を21.3%上回る好調振りであった。生産者製品在庫は秋ごろ若干増加したが、これは非鉄金属や自動車、家庭用電気機器の在庫が増加したためで、いずれも仕込み生産や需要増加に基くものである。在庫率としてみれは前年度を下回っており、経済規模の拡大にみあった増加であるとみられる。
以上のように、34年度の生産は著しく増加したが、これを海外諸国に比べても、 第2-2図 のように、格段に大きく、我が国経済力のたくましさを示している。
需要要因
盛んな最終需要
35年度の生産上昇は、前年度に比べても最終需要の増大によって誘発される度合いが大きく、その内容も耐久消費財から資本財へと比重が移動している。在庫投資ーー特に、国内生産に直接影響を与える国産原材料ーーは後にも述べるように、35年度においては生産活動に対して、中立的ないしはむしろ抑制的に作用した。35年度の生産活動をより特徴的にとらえるために、通産省の特殊分類生産指数を使って分析してみよう。
第2-1表 にみられるように、生産財の生産は35年度に入って、増勢を鈍化している。
資本財の生産は大幅増加を示した前年度をさらに51%上回る伸長をみせたが、これは、盛んな設備投資と、後に述べる自動車の著増を反映したもの
資本財が主導する産業活動の拡大
生産上昇に対する業種別寄与率は 第2-3図 の通りである。35年度も前年度に引き続いて機械工業が生産増加の55%を占め、機械工業が生産の拡大を主導する経済拡大の形を続けている。つきに、機械工業の内訳をみると、設備投資の盛行を反映して、一般機械や電気機械などの資本財機械が、機械工業の生産増加の3割を荷っている。これをさらに上回ったのは自動車でモータリゼーションの急速な進展に支えられて、機械工業の増加分のほぼ5割を占めている。従って、資本財機械と自動車で機械工業の生産増加の8割を占め、鉱工業生産の増加分の実に4割以上を両者で賄ったわけである。
まず、設備投資関連の機械からみていこう。35年度に入って、各産業の設備投資が本格化するに伴って、資本財機械関係の機器の生産は加速度的な上昇を記録した。産業機械のなかでは、前年度を9割方上回った工作機械を筆頭にボイラー、圧延機械、コンクリート機械、化学機械などが著しい増加を示した。工作機械のなかで旋盤、研削盤の増加額が大きかったが、汎用機械のうちで、比較的専用機の色彩の強いものの伸びが目立っている。
重電機械関係では、産業全般の設備投資の盛況に加えて電力業の設備投資強化によって重電機の生産が著増した。品目別にみると、交流電動機、変圧器、しや断器などいずれも5割以上の増加を示した。
通信機も電々公社の近代化計画の進ちょくによってかなり増加し、オートメーション化の進展を反映して、工業計器類の増加も目立った。
一方、もう1つの資本財機械である自動車の生産は前年度の2倍を上回る飛躍的な発展を遂げた。35度年の自動車需要の主な特徴は、第1に、車種や排気容量の違いのいかんを問わず、各種各様の市場を求めて高率な伸びを示し、産業活動と国民生活を通じるモータリゼーションの急速な進行を物語っていること。第2には、多数の新車種が市場に現れて、需要を拡大したことであり′ 第3には気筒容積360ccを中心とする軽自動車の比重が高まっていることである。
第2-2表 のように軽自動車の生産増加が著しく、全自動車生産台数の約3分の1を占めるに至った。軽自動車が急速な普及をみたのは、我が国の道路条件、所得水準に適応した車種であることや、免許、税制の軽便さなどの理ミ111日本の自動車は未だ資本財的な性格が強く、35年度の自動車全生産台数に占める乗用車の割合は25%に過ぎず、乗用車保有台数に占める個人自家用車の比重は、未だ7%に止まっている。現在では、中小企業で実際には、輸送用と乗用併用という形で普及していることにみられるように、耐久消費財的な性格をかねながら、自動車需要が増大している面もかなり多い。このような過程を経て、自動車が耐久消費財として本来的に需要され始めるとき、消費革命とモータリゼーションが一層本格的に展開するであろうし、35年度の自動車の急拡大は将来に対するいくつかの発展条件を提示した。
34年度に華々しく発展を示したテレビやトランジスター・ラジオが35年度に入って、内外需要が頭打ちすると、耐久消費財全体の増加もかなり鈍化た。35年度の耐久消費財のなかには、特に優れた花形はなかったが、その品種の多様性を生かしながら、総体としてはテレビやトランジスター・ラジオの減少をカバーして堅実な伸びを示した。中でも、最も大きな伸びを示したのは電気冷蔵庫であり、テレビから冷蔵庫への移行がみられた。
冷蔵庫の伸びが大きかったにしても、生産金額では、まだテレビの3分の1程度であり、本格的な大量生産機種としての座を占めるには至っていない。その他の民生用電気機器ではステレオ等の音声周波装置の伸びが目立っている。
このような自動車や耐久消費財などの量産機種の増加に伴って、 第2-4図 のように機械工業全体の中に占める量産機種の割合も4割に達し、注文生産機種(資本財機械)とほぼ匹敵するに至っている。
機械工業のこのような飛躍的発展は、技術革新と消費革命の現段階を如実1に反映するものである。自動車や耐久消費財などの量産機種は総合組立工業として、多元的な需要効果を呼び起こす図りでなく、高度の技術水準を要求する。自動車は鉄鋼、非鉄金属、工作機械工業、合成樹脂、ゴム、合成繊維、ガラス、塗料等の諸工業の力が結集された製品であり、テレビに比べると、需要効果と技術効果はより多角的で広範囲にわたっている。
通産省の34年産業連関表から試算すると、最終需要の100億円の増加は、輸送機械では165億円の直接・間接の関連需要を、電気機械では同じく145億円、一般機械では134億円の需要を誘発する。
35年度経済において、自動車の果たす役割が大きかったことは、これらの関連産業の需要を大幅に拡大し、さらにそれは加速度効果を通じて設備投資を促進し、累積的に成長効果をうみ出しながら、急速な重化学工業化を押し進めることになったのである。
在庫投資態度の変化
在庫投資のうち、原材料在庫、流通在庫は34年度に比べて、かなり弱含みに推移したが、製品在庫や仕掛け品在庫はおおむね横ばいであった。これらの在庫投資の中でも、国内生産活動に対する直接的な需要変動要因としての国産製品原材料投資についてみよう。 第2-5図 は通産省の特殊分類在庫1指数から推定した国産原材料、輸入原材料、製品在庫の在庫投資の推移である。これによると国産原材料在庫投資は34年第4、四半期をピークにして減、少し始め、需要減少要因になっている。産業別にみても、機械工業の鉄鋼在庫や綿糸、苛性ソーダ、溶解パルプ等の在庫が減少している。34年度に大幅に増加した生産財の生産が、35年度に入って上昇率を鈍化しているのはこのことを裏付けるものであろう。輸入原材料在庫投資もほほ国産原材料と近似・的に動き、32年当時に比べてかなり安定的に推移している。しかし最近の動向では、35年中に若干の減少を示した国産原材料在庫投資は幾分もち直しである。
しかし34年ごろから企業の在庫投資態度は確かに変化してきている。 第2-6図 は、日銀の「主要企業の短期経済観測」によって、原材料在庫投資(輸入分も含む)の実績と予測を比較したものである。
34年以前では予測と実績がかなり食い違っているが、34年以降は、ほほ一致した動きを示している。企業の在庫投資への態度は予測値についても既に安定的であり、実績値は予測値の上下を小幅に振幅している程度である。
このように企業の在庫態度が変化したのは、1)2年続いて内外原材料価格が安定しているので、思惑的な動きを封じたこと。2)在庫管理が近代的な流れ作業方式の採用とあいまって、比較的よく行われている部門の比重、が拡大している。例えば、自動車生産の著増は部品のジャスト・イン・タイム制の採用によって部品の在庫量を減少させた。3)企業が在庫投資を安定的にし、資金繰りをできるだけ楽に保ちながら、事業活動の重点を極力設備投資に当てる動きが35年中を通じて強かった。4)自由化体制への移行が原材料仕入れを慎重に、させる働きをした。などの理由があげられる。
上述の企業の在庫態度の変化が少なくとも景気の上昇過程において安定性をまし、在庫投資に関する限り、かなり景気変動を平準化する要因となったことは否めない。
建設投資─土木工事の増大
産業活動が活発である中で、建設投資もかなり活況を呈した。建設省調べの「建設工事受注調査」によると、35年度の建設工事受注額は前年度に対して47%の増加となっている。
工事種別にみると、土木工事の増加が目立っている。主な内容をみると、建設工事では設備投資の盛況にみあって、鉱工業用建設あるいは火力発電所の建設等の伸びが著しい。サービス関係建物も着実に増加している。土木工事では、水力発電所工事の比重が後退し、道路建設、用地埋立て、港湾整備、上下水道拡充、地下鉄など産業基盤の整備や都市環境改善のための公共投資の増加が目立っている。このような建設投資の盛況は、セメント、鉄鋼、建設機械などの関連産業に対する需要を高めながら、一層生産活動を促進する働きをした。
業種別の生産動向
35年度の生産活動の主要な特徴はおおよそ以上の通りであるが、業種別の生産活動をみると、機械工業の対前年度比40%増を始めとして、好況が隅々まで浸透するなかで、ほとんどすべての産業がかなりの上昇を示した。
鉄鋼や非鉄金属は機械工業、建設活動の著増に支えられて、前年度に続いて大幅な伸長を示した。合成樹脂は身の回り品需要のみならず、絶縁材料、シェル・モールド、建設材料など広範な市場を拡大した。合成繊維はテトロンの躍進を始め、アクリル系その他もかなり生産が増加した。
石油化学は、先年度末に第1期工事を完了し、ポリエチレンの高操業を始め、芳香族系製品などの生産は着実に増加した。
石油化学製品生産は前年の2倍に及ぶ著しい増加であり、生産開始後わずか3年にしてソーダ工業品や合成染料、塗料と肩を並べる産業に成長した。
石油精製業は、鉱工業、電力向け重油需要の増加と自動車用燃料の上伸に支えられて、大幅な伸びを示した。石炭も火力用炭需要増加のために、年来の過剰貯炭の苦境を脱した。生産は前年度を10%上回り、需給はおおむねひっ迫を続け、一般炭の緊急輸入措置がとられた。
化学肥料は、内需が順調な伸びを示したにもかかわらず、輸出が大幅に減少したために、全体として伸びは小幅に留まり、概して小康状態を呈した。紡織、レーヨン工業も設備制限、生産調整が継続して実施される中にありながら、輸出と国内消費水準の向上に裏付けられて戦後最高であった前年度をさらに14%上回った。しかし、貿易自由化に備えて国際競争力強化のための合理化、系列化が進められる一方、企業間の競争激化によって一般的な利益率低下や倒産企業の増加がみられた。