昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

農業

当面した問題点

食管会計赤字の増大

 34年度農家経済好調の主因が、米麦の豊作と生産量の増加が、そのまま農家収入の増加となるような価格支持制度にあったことは、既に繰り返して述べた。しかし価格支持対象作物の生産増は、政府買上量の増加となり、ひいては「食糧管理特別会計」の赤字を増加させる結果となっている。だから生産増による農家の収入増の一方には、財政負担の増加のあることも忘れてはならないであろう。

 34年産米は、自由米価格の下落の影響等によって、年度末の政府買上量は前年度末より約50万トンの増加となり、米生産量の増加分50万トンの全てが、政府に買上げられた計算となる。この結果食管会計の赤字は、前年度より約70億円増加して180億円に達するとみられている。

 麦は現在政府による無制限買上制度があるにもかかわらず、農村価格は政府買入価格より下回っており、生産量の増加以上に、政府買入量は増加している。生産量の前年度に対する増加率は、大麦10%、裸麦14%、小麦11%であるのに、買入量のそれは、大麦30%、裸麦28%、小麦14%と非常に大幅である。麦類は米と違って、生産物単位当たりの赤字は非常に大きい。売渡価格に対する赤字の割合でみると、大麦17%、裸麦22%、小麦16%にもなっている。この結果本年度の食管会計の「国内表」部門の赤字は、見込額以上になるものとみられる。

第7-7表 食管会計の赤字

 そのうえ米を除くならば、価格支持の対象となっている農産物の多くは、他の競合作物や安い輸入品におされ、あるいは食糧需要構造の変化によって、現在の価格水準では需要の停滞の避けられないものである。この結果政府買上げ量の増加分を売り尽くすことができず、麦やでん粉の手持在庫は年々増加の一途をたどり、特に大麦、裸麦の在庫累積は著しく、最近の政府売渡量の約1ヵ年分の手持量になった。

 このように農家経済好調のかげに、食管会計赤字の増大と在庫の累積が顕著となったことが、本年度の一つの大きな問題といえる。

 農産物価格支持制度は、これまで農民の経済を安定させるうえに大きな役割を果たしてきたし、零細農耕制のもとでの所得維持のためには必要なことであった。

 しかもこの制度と農業生産の高まりとが、結びついて小農民の所得を少しずつ上昇させてきたのであるが、同時に他方では、生産の高まりと支持制度との間の矛盾が強まり、これが食管会計の赤字、在庫の累積となって現れたのである。特に支持制度が農産物需要構造の変化に十分即応し得ていないことが、この矛盾を一層拡大している。

 いずれにしても、価格支持による農民所得の成長は、限度に近づきつつあるというべきであろう。

改善せぬ畑作低位生産性

 上述のごとく価格支持制度再検討の必要性が生じているが、これをさらに強めるものとして、当面する貿易自由化の問題がある。貿易自由化に関連して国民経済的には食糧コストの低下が望まれ、また国内農業保護のための輸入制限処置に対しては、海外からの批判もある。零細農耕制下で生産性の低い我が国の農業において、急速な輸入の自由化は困難であることはもちろんであるが、漸次自由化を進めるための配慮は必要であろう。こうした意味で、輸入農産物との関連の深い麦類、豆類、いも類等、畑作物の動向が注目されるに至った。これらの農産物価格は、輸入価格よりもかなり高い水準に支持されている。33年産の支持価格は同年中のC・I・F価格より、小麦45%、大麦36%、大豆34%の割高である。しかしこの価格水準であっても、農家にとっては、決して有利な作物であるとはいえない。例えば農林省「農産物生産費調査」による作物別家族労働報酬(一日当たり)でみると、大麦215円、裸麦58円、小麦196円であり、米の935円に比較すると非常に低い。さらに畑作物は、支持価格制度下にありながら、生産性向上の動きはみえない。 第7-8表 に小麦の例を示したが、これによると土地生産性はわずかながら減退傾向をみせ、労働生産性は停滞している。また反当物財費はここ数年間ほとんど変化せず、資本投下による生産性向上の姿もみられず、逆に反収の減少によって単位当生産費は増高している。

第7-8表 小麦の生産性に関する諸指標

 大、裸麦その他の畑作物についても、事情はほぼ同様である。だから生産性の向上によって国際競争力を強めるという方向とは、全く逆の方向を示している。米が政府の価格安定処置を支柱にして、飛躍的に生産性を高めたのとは全く事情が異なっている。

 さらにいえば、支持制度が劣弱な経営部門を温存するという結果になり、需要の減退する作物から、成長財への転換を阻害するということさえみられるに至ったのである。かくて、この部門での支持価格制度は、農業所得の成長という観点から、農業構造の変化を起こさせやすいように、あるいは成長財生産の発展が保障されるような形に転換する必要性が、非常に強まったと考えられる。

 34年度の農業経済は豊作と、経済全体の好況の持続とによって順調な動きを示した。しかし他方では、今まで農家経済の順調な歩みを支えてきた農産物価格制度に、いろいろの矛盾が目立ち始めた。また我々が昨年度の「年次経済報告」で指摘した、生産力の発展と小農生産構造との間の矛盾も、投資効率の引き続く低下、所得の増大がほとんど金銭貯蓄に向けられて、農業外に流出するということなどするどく現れた。農家■得が近年にない伸びを示していながらも、農工間の所得格差は依然拡大の傾向にある。かくて農民所得の成長のためには、農業経営をある程度企業的な経営として確立する政策が、農業内部からも強く要望されるに至った。一方貿易自由化という日本経済の大課題に直面して、農業は国民経済全体の食糧コストの低下の要請を受け、この点からも体質改善が必要となった。こうした中で、35年度の始めに「農林漁業基本問題調査会」は政府に答申し、農業構造改善の政策が、当面の課題となった。我々もまた農業構造高度化の方向を、第三部において検討する。


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