昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

鉱工業生産

数量景気の展開と産業の発展

生産活動の概況

 景気が回復から拡張段階に移行するのに伴い、昭和34年度の鉱工業生産は、著しい拡大を遂げ、好況局面を展開した。

 すなわち、34年度の鉱工業生産指数(通産省調、季節変動修正値)は、第2-1図にみるように年度初めから急テンポに上昇し、年度間平均では193.3と前年度に対し29.1%増と高率な伸びを記録した。前回の景気回復から上昇への年次に当る31年度の鉱工業生産の上昇率が24.1%であるのと比べても、この景気上昇がいかに速やかであったかが分かる。

第2-1図 産業活動の推移

 生産の急増に対し、出荷は下期に幾分その増勢に懸隔を生じたが、ほぼ生産の上昇テンポに見合う増加を続けた。年度平均の鉱工業生産者出荷指数は178.5と前年度を25.5%上回る高水準に達している。

 この結果、鉱工業生産者製品在庫指数は年度初めに一時減少したが、第2四半期から上昇に転じ、年度末には180.5と前年度末に対し17.7%増加した。これは、景気が上昇局面を本格的に展開するのに従い、製品在庫投資が下期に増加したためである。しかしながら、在庫率指数としては後述のように低水準に推移した。

 1959年はイギリス、西ドイツなどの西欧主要諸国にとっても消費の堅調と貿易の拡大によって、生産上昇の年であった。 第2-2図 にみられるように、いずれも着実な上昇を示している。しかし、そのテンポはイタリア、西ドイツなど上昇率の高いところでも10%前後に過ぎない。一方、アメリカは58年年央から急激に上昇したが、59年下期に入って鉄鋼ストなどの影響により生産は停滞を示したため、対前年比12%の伸びにとどまった。34年の我が国の生産上昇率が、24.1%であったことを考えると、これら諸国との比較においても、いかに我が国の産業活動が活発であったかが分かる。

第2-2図 主要国の鉱工業生産指数

高率生産の支柱

生産上昇のプロセス

 この高率な生産の上昇は、数量景気の様相をもって展開されたが、年度の上半期と下半期とでは生産の上昇要因に差異がある。

 すなわち、33年度の年央から始まり、景気回復の初期条件を形成した在庫増加の余波が、34年度上半期に持ち越された。もとより形態別には今回のインベントリー、リカバリーの起動因であった原材料在庫投資が一巡した後、景気局面の回復から拡張への進行につれて販売業者、仕掛品、さらに製品在庫が時系列的に遅れてそれぞれ増加し、これらが上昇要因の一つの役割を果たした。これに対し、設備投資、輸出及び消費の最終需要要因は、 第2-3図 に示すようにいずれも上半期の生産上昇を支える役割を均等に分けあった。

第2-3図 需要要因の対前期増加比較

 しかし、景気循環の拡張段階が進むにつれて内需の増加は加速度的に設備投資を誘発し、下半期における需要要因としては特に設備投資の役割が大きくなった。下半期には在庫投資、消費の伸びが、鈍化傾向を示したのに対し、設備投資の急増と輸出の好調が相まってその減少分を補い、一段と需要を押し上げている。この事情を反映して、鉱工業生産も下期において、さらに上昇のテンポを続けた。

 このように、34年度の鉱工業生産は、極めて高い水準に推移したが、年度間を通じてその上昇要因をみると、一貫して主役を果たしたものはなく、もっぱら国内市場の拡大を背景に景気局面の進行につれて、在庫投資から設備投資へと比重が移行しつつ典型的な景気循環の拡張局面を展開したということができる。

 それでは、産業発展の現段階からみた場合に、どの産業部門の内生力が特に鉱工業生産全体の上昇を高める機能が大きかったか、以下産業活動の面から高率な生産上昇の展開過程を分析してみよう。

主導的地位に立つ機械工業

 今次の好況過程において、とりわけ機械工業の生産増加が著しい。 第2-4図 は鉱工業生産の上昇に対する主要業種別の寄与率を示すが、機械工業は全体として産業活動を浮揚させる原動力の48.5%と半分近くを占めている。同じく、機械工業を中心に高率な成長を遂げた31年度においても、当時の機械工業が輸出ブーム、それに引き続く投資ブームを反映して、異常に伸長したにもかかわらず、鉱工業生産に果たした役割は39.6%に終わったのに比べても、誠にめざましいものがある。しかも、その機種別構成をみると、前回ブーム時には、船舶、設備機械が中心であったのに対し、今回は消費需要の堅調とその内容の高級化及び貨物輸送量の増加を反映して耐久消費財(テレビ、ラジオ、電気冷蔵庫などの家庭用電気機器)及び自動車(乗用車、軽3輪車、小型4輪トラック)の伸びが著しい。前年度に比べテレビの2.4倍、ラジオの2倍を中心に耐久消費財は全体で70%伸長し、自動車も軽3輪車、乗用車を中心に50%とそれぞれ驚異的に増加している。機械工業の生産上昇の実に6割近くは、これら機種に依存したのである。

第2-4図 鉱工業生産上昇の寄与率

 このように、耐久消費財や自動車工業が、新興産業としてたくましい成長力を実現しつつあることは、単に日本経済における技術革新の展開と消費革命の進行の現段階を如実に反映するのみならず、消費財、資本財及び生産財各市場の連結点にくらいするこれら機種の産業上の地位からみても、その各種生産への波及効果は大きかった。例えば、耐久消費財生産の上昇は、単に直接的な部品メーカーを潤すばかりでなく、 第2-5図(A) のテレビ受像器の例をみても分かるように、鉄鋼、非鉄、ガラス、合成樹脂、塗料などの関連資材の生産増を促している。また、 第2-5図(B) に示した自動車は、高度の総合産業として、その主要資材である鉄鋼はもとより、非鉄、ゴム、塗料、ガラス、オイル類、工業用繊維の需要増大と生産上昇を多角的連関で呼び起す。加えて、自動車の量産のための工場新設、拡充は工作機械、産業機械の多量発注を通じて資本財市場を拡大させ、さらに最終効果として、鉄鋼生産の規模を一段と拡大させるというように、消費財、資本財及び生産財の各生産部門間の有機的関連性を強めながら需要の拡大効果を発揮する働きをもった。

第2-5図(A) テレビ受像器生産の所要資材(昭和34年度)

第2-5図(B) 乗用車生産の所要資材(昭和34年度)

 耐久消費財、自動車の需要増が顕著であり、機械工業への限界需要として占める比重も年々増加している、一方、資本財機械についても、今次好況局面においては機械の高水準生産の支柱となっている。ことに、設備投資の盛行した夏以降にあっては、資本財機械も安定した増勢を示した。鉄鋼、機械、化学を中心とする設備投資の増加や電源開発の進展を反映して、産業機械、工作機械及び重電機の伸びは特に著しかった。

 このように、最終需要財産業としての機械工業は、トランジスタ・ラジオなど一部製品の例外を除いては、もっぱら国内市場の拡大に基づいて著しい伸長を遂げた。

 過去、鉄鋼、非鉄など生産財部門の舞台において展開された技術革新の成果及び有効需要の増大を通ずる家庭電化とモータリゼーションの潮流によって、従来から蓄積された機械工業の基礎的条件が一層強化され、これが今次好況局面を迎えて開花したといえる。

 そして、かかる機械工業の発展が基軸となって関連産業、ことに鉄鋼、非鉄など基幹産業部門の投資拡大、技術革新を推進しながら、全体として高度加工化(マルティ・プロセスド)された金属消費型の産業構造を形成した。同時に、この路線は加工度の向上を通じて日本経済の安定的発展を底固くする一方、高成長を呼び起す積層効果をもったのである。この意味で、機械工業は今次好況過程で主導的産業の役割を果たしたといえよう。

革新著しい化学工業

 技術革新の展開過程における高成長は、単に重工業部門のみならず、化学工業の分野においても顕著であった。33年度は化学肥料の増産によってその生産水準を維持した化学工業も、今次好況局面においては、革新的技術(例えば、アンモニアのガス源転換)と新製品(石油化学、合成樹脂)を中心として高い成長を示した。石油化学は、34年度をもって第1期設備工事を完了し、新規設備が相次いで稼動戦列に加わり、順調な生産を続けた。合成樹脂も関連需要産業の活況を反映して塩化ビニール樹脂、ポリエチレン(高圧)を主にその生産は拡大の一途をたどった。

 反面、長年化学工業の主力であった化学肥料をはじめソーダー工業、無機薬品などの無機化学薬品の伸びは相対的に低下する傾向を示した。 第2-6図 は出荷に対する業種別寄与率を示したものであるが、これに応じて化学工業の生産構成は、この1年間にもかなりの変化を示し、技術革新の展開段階を背景に化学工業内部における業種別生産の消長を反映している。

第2-6図 化学工業出荷の寄与率

 一方、同じく高分子化学を母胎とする合成繊維もナイロン、ビニロンが一層需要分野を拡げ、エステル系、アクリルニトリル系の新合成繊維もその特性を生かして予想以上の伸びを示した。

 このように、34年度経済において技術革新の持続的展開の影響があらわれている。しかし、これは日本における技術革新の特殊条件にあずかっている。すなわち、欧米において戦前に成長発展した電気冷蔵庫、洗濯機などの耐久消費財、自動車、合成化学製品と、戦後の技術革新の波に乗って新規に出現したテレビ、トランジスタ・ラジオなどの家庭用電気機器、オートメーション機器などの電子工業製品、石油化学製品が、この数年の間に我が国の市場に一斉に根をおろし、それが今回の好況局面において同時的に開花し、産業成長力を欧米に比べても大きくしたためとみられる。

一層活発化した建設投資

 このように技術革新の展開過程の中で、新成長産業が地固めを行い、市場拡大と生産上昇に大きく寄与したが、一方建設活動の活発化が関連産業を潤している効果も看過できない。すなわち産業界における設備投資の盛行に加え、道路設備5ヵ年計画の進歩、産業関連施設である港湾設備、土地造成の増大、風水害対策としての治山治水工事、その他鉄道、電信電話の拡張工事及び住宅や商業用ビルなどの建築も旺盛であった(建設の項参照)。

 この建設部門の活況は、セメント、鋼材、建設機械などの直接的需要を高め、これらの部門の生産をさらに一層上昇させる関連需要をもたらした。

業種別の生産動向

 この1ヵ年余の好況の展開と経済成長を積極的に推進した産業諸部門は及そ以上のごとくであった。

 32年5月の金融引締政策に始まる景気後退期にも、以上のような消費の堅調、設備投資の高水準を背景にデフレの影響をそれほど受けずに成長した機械工業(造船を除く)はもとより、石油化学、合成繊維など新産業の好調、エネルギーの流体化傾向によって続伸した石油精製業の34年度の伸びは著しかった。また、鉄鋼、化学、非鉄金属、ゴムその他多くの産業は、景気変動と共変的に動き、一様に高率の生産上昇を遂げた。一方、これら産業部門に比べ、過剰設備を擁した綿、毛、人絹、スフ、ソーダ、溶解パルプ、さらに長期沈滞の様相を増す石炭鉱業、鉛、亜鉛などの部門の回復は少なからず遅れた。しかし、これら遅行部門も成長力の強い部門の産業活動が活発化し、全体として景気高揚を促がした下期に至るに従い、ようやく回復も進んでいった。繊維においては、夏場から綿毛紡、人絹、スフの操短緩和が目立ち、その生産は前年度の水準を大幅に上回り、鉱業も不振の鉛、亜鉛、石炭が秋冬場から市況・出荷ともに回復への歩調をかなり示すようになり、石炭が前年度を少し下回ったものの、鉱業総合ではわずかながら上回ることができた。

第2-7図 業種別の前年度生産上昇比較


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