昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
各論
労働
雇用賃金構造における特徴と問題点
前述したように景気循環に伴って我が国の雇用、賃金構造は大きく変動しているが、循環を経ながら我が国経済は拡大しており、一循環の前と後では雇用賃金構造にもいくつかの変化があらわれている。
まず、雇用構造の変化からみよう。雇用構造の第一の特徴は零細経営従業者の縮小である。
零細経営従業者の縮小
総理府統計局「事業所統計調査」からみると 第11-16表 のように29年から32年の間に従業者4人以下の零細企業の従業者数は停滞し、その比重は縮小している。特に製造業では絶対数において減少を示した。これに対して10~99人、100~499人の中、小規模層においては就業者が著しく増加しその比重も高まっているが、500人以上の大企業では増加率は平均を下回りその比重も低下している。
このように零細経営の就業者が相対的に減少しているのは最近における家族従業者の減少と軌を一にしている。
我が国では自営業主、家族従業者の比重が極めて高いということは周知の通りであるが、最近の動向をみると農林業では自営業主は25年頃からほぼ横ばいから減少へ、家族従業員は28、9年頃から減少に転じ、さらに31年からはそれが目立っている。しかし非農林業では自営業主は32年まで増加が続き、家族従業者も30年頃までは増加を続けてきた。それが31~32年の好況期を境として減少の傾向を示し始め、同時にその頃から雇用者が増勢を急激に強めている。
このような家族従業者の停滞、雇用者の増加は非農林業のほとんど全ての産業にわたってみられ、就業者のかなりの部分を業主と家族従業者によって占められていた製造業の消費財部門、商業、サービス業などの零細経営を主とする部門においても家族従業者の停滞は明らかであり、30年以降増加した就業者のほとんど大部分は雇用者であった。
このような零細経営の停滞、家族従業者の減少を生み出した原因はなんであろうか。第一は雇用労働者を使用する程度に経営規模が拡大したことであり、第二は競争の激化により零細経営では存立そのものが困難となってきていることによるものであろう。
第一の点は、「国民生活」の項でみるように最近の消費需要は質的にも量的にも著しい変化をとげつつあるが、これに応じてそれらの生産流通に従事する部門においても経営規模の拡大、従って零細企業数の減少、従業者中の常用雇用者の割合の増加、一事業所当たり従業員数の増加など就業構造の変化が生じている( 第11-18表 参照)。
第二の点を「個人商工業経済調査」によってみると 第11-19表 のように最近5ヵ年間の従業者一人当たりの付加価値額の伸び率は、10人以上のやや大きい規模では3割近いが、それ以下ではその半分ないし3分の2程度に過ぎない。企業の経営はそれだけ零細規模では不利となっている。
家族従業者それ自体についてみると、零細経営の次代の担い手である学卒者が、雇用労働者として近代産業部門へ就職する割合が次第に高まりつつあるが、このことも零細経営を減少せしめる一因である。
以上のような零細企業と家族従業者の停滞ないし減少は、我が国の就業構造の近代化を示すものである。これらの就業形態ないし経営形態は従来不完全就業者発生の強固な基盤の一つであった。それは低賃金の温床であり、また景気変動によって近代的部門から排出された失業者の隠れ場所であったからである。
大企業の技術者と小企業の女子及び若年層の拡大
雇用構造変化の第二の特徴は大企業における職員層特に技術者の増加と小企業における女子及び若年労務者の顕著な増加が挙げられる。労働省「個人別賃金調査」及び「賃金構造基本調査」によると、千人以上の大企業を中心に職員の比重が高まり、職員の中では技術者の比重が高まっている。すなわち 第11-20表 のように千人以上の製造業の大企業では職員の比率は29年の20.7%から33年の23.8%へ増加し、職員(男子)の中の技術者の比重は29年の48.4%から32年の49.2%に拡大している。職員の比重の増大は技術革新の進展によって直接生産部門に従事する労務者が相対的に減少し、管理事務部門が増加したことを示すものであり、職員中の技術職員の増加はより直接的に技術革新の影響、すなわち機械設備の高度化、技術の発展による雇用構造の変化を示すものであろう。
さらに大企業における雇用構造の変化は中、壮年層労働者の増加による平均年齢の上昇と勤続の長期化の傾向にあらわれている( 第11-21表 参照)。
これは大企業における労働移動が少なく新規雇用者の比重が相対的に少なかったことの結果である。すなわち大企業では基幹的労働者として雇用するものは新規学卒者ないしは未経験の若年層に限られており、それらはその企業に適した技能の訓練を受け年功序列的賃金制度によって勤続とともに昇給し定年に至るまでその企業を離れることが少ない。景気変動に対しては臨時工、下請企業をもって調節し、大企業自体の雇用は大幅は変動を示さない。これが中小企業における雇用の増加、それに伴う労働者の平均年齢の低下とは逆に高齢化と勤続年数の長期化を生ぜしめたのである。
労働省の労働移動調査の結果によると大企業になるほど臨時工の比重が大きく、景気循環による変動率も大きい。製造業の規模30人以上の事業所についてみても31年の好況期には常用名儀の常用工は3.7%の増加であるのに、臨時日雇名義の者は52%増加している。
その反面、33年においては常用工はなお増加しているのに臨時日雇労働者は8.5%も減少している。このような臨時工等をクッションとした封鎖的雇用制度は最近中規模にまで拡大される傾向が見え始めている。すなわち、大企業の系列化に入った最近の中企業は大企業との技術的断層を埋めるために近代化、合理化を進めており、系列とは無関係の中企業でも大企業との競争のため近代化が進展している。これらの新しい技能、新しい設備に適応する労働者を育成するため、中企業は技術訓練を自ら行い、その長期勤続をはかるための年功序列賃金の制度が始められている。この結果大企業ほどではないが、中企業でも勤続年数の上昇があらわれている。
大、中企業においては前述したように技術革新、近代化の進行とともに労働力構造にも新しい変化がみられるが、小企業になるとそのような変化は極めて少なく、もっぱら労働集約的な生産が続けられ、低賃金労働に依存する形態は変わっていない。工業統計によると規模別従業者一人当たりの有形固定資産の新規取得額は29年においては千人以上が12.8万円に対し30~49人では3.6万円でその格差は100対28であったが、32年には前者は27.1万円、後者は5.4万円となりその格差は100対20にまで拡大している。この傾向は法人企業統計の資本金階級別従業者一人当たり有形固定資産の現在高においても同様で 第11-22表 のように資本金1億円以上の会社では29年の従業員一人当たり66.5万円から32年の89.7万円と35%ほど増加しているが、200~500万円の会社では15.5万円とほとんど停滞的である。
労働省の「個人別賃金調査」及び「賃金構造基本調査」によると、100人未満の小企業においては職員の比重が縮小するとともに男子職員中の技術者の比重も縮小している。すなわち、29年においては10~99人規模の職員の比重は16.8%であったが、32年には15.9%に縮小し、男子職員の中の技術者の比率も29年の25.3%から32年には24.0%にまで縮小しいる( 第11-20表 参照)。
さらにもう一つの特徴は小企業における女子及び若年層の拡大である。前述した労働省調の結果によると 第11-23表 第11-24表 のように10~99人規模の労務者中の女子の比率は29年の34.3%から35.7%へと拡大し、男子労働者中の19歳以下の者と20~29歳の若年層はそれぞれ18.3%から20.2%へ、34.2%から37.5%へと大幅に膨張している。このような小企業における雇用構成の変化は低賃金労働に対する依存度の増大を示すものと考えられる。すなわち、前述したように大規模な投資によって設備の改善を成し得ない小企業では、生産の増加はもっぱら若年の未熟練工、女子労務者等の低賃金労働に依存している。その結果として31年~32年の生産拡大期を通じて若年層の比重が著しく高まったものであろう。
低賃金層の賃金格差の縮小
前述したような雇用及び労働力構造の変化とともに賃金構造にも二つの特徴点があらわれている。その一つは大企業における年齢別賃金格差の拡大であり、その二は小企業若年低賃金層の賃金格差の縮小である。前述した「個人別賃金実態調査」及び「賃金構造基本調査」の結果によると千人以上の大企業の年齢別賃金は職員、労務者とも若年層よりも高年齢層の上昇率が高く、29年から33年までの間に18歳未満の労働者(男子)の賃金は9%の上昇に過ぎないが、40歳以上の各層では25%前後も上昇しており、年齢別賃金格差(18歳未満層を100とした場合の50歳以上の層の賃金倍率)は29年の320から33年の329に拡大している。これは職務給等の賃金制度が普及したことの影響もあるが、大企業の年功序列賃金制度がさらに強化されていることを示すものであろう。しかし最近の技術革新の進展により一部の企業では従来の熟練が陳腐化し、これまでの年功序列賃金制度と労働能率との間に矛盾が生じ、賃金制度の改革が迫られている。
第二の特徴は小企業における若年低賃金層と大企業若年層との賃金格差の縮小である。 第11-25表 のように製造業10~99人規模の18~20歳の労働者男子の賃金は29年から33年までにそれぞれ23%、18%上昇しているが、大企業の同一年齢層の賃金は9%、13%の上昇に過ぎないので、若年層における規模別賃金格差は縮小している。このような傾向は製造業内部の食料品、紡織、機械製造、電気機械の各業種及び卸小売、運輸通信等の各産業にわたっており、職員よりも労務者、男子よりも女子と低賃金層ほどその傾向が強い。職員層では30歳前後を境とし、それより若年層では格差が縮小し、それより高齢層では拡大している。
このように小企業の若年層の賃金上昇率が高まっている要因の第一として小企業における若年低賃金層に対する雇用需要の増大が挙げられる。
前述したように小企業における生産の拡大は低賃金で雇用できる若年労働者の拡大によって支えられているが、大中企業における技術革新の進行は大中企業においても新しい技術に適応しやすい新規学卒者を中心として若年層に対する雇用需要を強めている。その結果として若年層に対する雇用の需給関係に変化を生じ、小企業においても新規学卒者を吸収するためには初任給などの労働条件についても若干の改善を行わざるを得なかったことなどが影響しているものと考えられる。最近における業者間の最低賃金協定の成立、商店労働における一斉休日の採用、退職金共同積立制度の開始等はこのような事情を反映している。労働省の調査によると業者間賃金協定は34年4月末までに協定数127、事業所数で10500、協定の直接対象人員は12万2千人に及んでいるが、これらの適用による初任給の引上げが低賃金若年層の賃金上昇に影響を与えているものと考えられる。特にこれらの賃金協定が景気後退から沈滞期においても崩れることなく普及していることは大きな特徴である。
これは新規学卒者を中心とした労働需給が景気後退下においてもそれほどの悪化を示さず、33年においても好況期であった28年頃よりもかなり改善されており、31年当時と同程度にあることが大きな影響を与えているものと考えられる。 第11-26表 にみられるように33年の中学、高等学校の就職率は32年よりは若干低下したが31年よりも高く、28年をかなり上回っている。
小企業における若年労働者層の賃金上昇が大企業に比し相対的に高くなっている第二の要因は、小企業における若年低賃金層の比重の拡大によって平均賃金としてはそれほどの上昇にならないために、若年層の賃金引上げを可能にしていることである。
前述したように年齢別規模別の賃金上昇率は小企業の方が高くなっているが、平均賃金の上昇率では大企業の方が高くなっている。このことは小企業では低賃金層の拡大によって、年齢別の賃金としては引上げ率が高くとも、支払い賃金としてはかえって少なく済んでいることを示すものである。現在程度の単純な生産技術や生産行程の小企業では若年層と中年層との生産能力の差は少なく、若年層の拡大は平均労働生産性の低下をもたらさず、かえって個々の労働者に対する賃金支払い余力を高めているということであろう。
雇用構造における二つの問題点
前述したように最近における我が国の就業構造は、零細経営従業者の縮小と雇用労働者の拡大という近代化の途を進んではいるが、他面においてはこの一循環を通じて一層強められた二つの問題があらわれている。
その第一は前述した小企業における若年低賃金労働者層の著しい拡大がもたらした問題である。従来零細経営における家庭従業者層にかなりの部分が吸収されてきた女子や若年層が、雇用者として就職する傾向を示し始めたことは大きな前進である。しかしその就業先が労働条件の低い小企業が大部分であるということは、低賃金層がますます膨張することとなり、今後に重大な問題を残している。
すなわち、小零細企業の労働者の賃金は若年期においても絶対的に低いうえに、さらに年齢が高まり、勤続年数が増加してもその上昇率は大中企業労働者に比べると著しく低い。従って、現在膨張しつつある若年層が家計の主たる担当者となる場合においても低賃金を脱することは困難であろう。そのような場合においては、家計の主たる担当者の低賃金を埋め合わせるために家族の就業化が一般化し、いわゆる多就業貧困世帯がひろがる可能性をもっている。
前にも述べたように現在の技術革新は大企業を中心とするものであり、最近ようやく中企業の一部に進み始めている段階であって小、零細企業においては依然としておくれた技術と古い設備の下に、もっぱら低賃金動労に依存する経営が続けられているので、大企業と小企業との賃金支払い能力の差は一層拡大することが予想される。前述した若年層の規模別格差の縮小は低賃金層の拡大による平均賃金上昇の相対的低位によって可能となっているものである。また大企業における封鎖的な雇用制度は今後ますます強められ、最近は中企業にまで波及する傾向がみえているので、小企業から労働条件のよい大、中企業への労働移動の可能性はさらに狭められるものと考えられる。従って、小企業自体の生産性の向上、近代化の進展がないと現在の若年低賃金層の拡大は将来において低所得貧困世帯の拡大と労働供給の一層の増大をまねく危険性を含んでいるといえる。
第二の問題点は不安定就業層の増大である。31~32年の好況期を通じて著しく膨張した臨時工や日雇労働者等の就業の不安定な労働者層は、32年後半以降において大量の離職者を出しているが、臨時工等は大企業のみではなく中企業にまでひろがるようになり、一部の企業では本工への繰入れもみられるが次第にその比重は拡大する傾向にある。31年の就業者構造基本調査によると臨時労働者は96万人、日雇労働者は100万人に達し全雇用者の11%を占めている。さらに日雇労働者のなかにおいても、労働条件の最も低く就業構造の最底辺を形成している職業安定所の登録日雇労働者が累増している。労働省の調べによるとこれらの日雇労働者は景気循環と合理化の過程で離職し、再就職さらに離職という就業状態の悪化を通じて次第に労働力を磨滅し社会の最下層に沈殿する層を中心としているが、このような日雇労働者は33年末には55万人に達している。これらの労働者は比較的高年齢層が多く、技能の荒廃と労働力の磨滅により一般産業界の常用工へあがってゆくことはほとんど不可能に近い状態にある。今後も技術革新が進行し、合理化が進展する過程において新鮮な若年労働力に対する需要は相対的に増大し、これまで比較的優位にあった熟練労働者や半熟練の高令労働者等は熟練の陳腐化によって離職の危険性が増加している。これらの離職者は一部はさらに技術水準の低い中小企業への再就職も可能であろうが、一部は前述したような転落の経路を通じて職業安定所の登録日雇労働者に沈殿する可能性が増大している。