昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

物価

海外の動向と国際競争力

 以上の検討によって、我が国の産業構造の一つの反映として物価構造が与えられてきたことを示したが、これが貿易構造に対してどういう問題をもっているかを次に考えてみよう。すなわち、我が国の物価構造と水準が、海外比価ないし国際競争力という点からみるとどのようになっているかをみるわけである。その前に、海外物価の動向を一べつしておこう。

 まず、アメリカをみると、1957年の景気後退の過程にあっても、卸売物価、消費者物価ともむしろジリ高に推移していた。この点は、我が国の卸売物価が引締政策により1割余の下落を記録したのとは、著しい相違といわなければならない。そしてその後1958年の動向をみても、総じて堅調のうちに推移している。もっとも、これを商品別にみると、必ずしも全部の商品が上昇を続けているわけではなく、卸売物価、消費者物価を通じて、食料ないし農産物、及び繊維品は下落気味であるのに対し、他の工業品の価格上昇が目立っている。イギリスでも同じ傾向で、原料品が下落しているのに対して、工業製品はほぼ横ばい、消費者物価の方はジリ高傾向を示している。ともかく、このように、アメリカ、イギリスの物価動向は、景気後退のなかにあってもむしろジリ高傾向を示しているのは注目されるところであろう。それにはやはり、賃金コストが高いということや、企業の価格維持策が強力なことも一つの原因になっているようである。

 賃金コストが高いという点についてみると 第10-13表 に明らかなように、アメリカ、イギリスの生産物単位当たりコストは、1953年から58年までの間に、それぞれ1割4分、2割1分もの上昇を示しており、我が国がこの間むしろ低下傾向にあるのとは対照的だ。アメリカ、イギリスにおいて、この2~3年来、コスト・インフレ論議が盛んであったのもうなずけるところである。

第10-13表 賃金コストの推移

 しかし、ここで見逃し得ないことは、コスト・インフレと一口にいっても、詳しく調べてみると、それは国により、また産業によって一様ではないということである。すなわち、一般的にいって、労働力が相対的に少ない先進工業国において、こうした傾向に陥りやすいであろうことは推測にかたくないが、コスト・インフレ的色彩の最も強いと見られるのはイギリスであり、現にこの2~3年来、この問題に関する議論が盛んに行われたのもイギリスであった。また、アメリカについて、主な産業別にみると、 第10-14表 に明らかなように一様でない。すなわち、上昇の目立っているのは金属、機械、ゴムなどであって、他の産業はあまり上昇していないし、繊維産業などは、1958年の方が53年よりむしろ低位にあることがわかる。こうした傾向は物価面にも反映しているようで、金属、機械の卸売物価が1953年から58年までの間にそれぞれ18%、22%上昇しているのに対して、化学品の上昇は4%程度に過ぎず、繊維品は逆に4%方低下している。ともかくこのように、コストの変動と物価の動向が対応していることは、我が国の物価が引締めにより、コストとはほとんど関係なく急落したのとは異なった現象である。そしてこうした現象をもたらすのも、その背後には企業の価格維持策が強力に働いていることの結果と推測される。

第10-14表 アメリカの主要産業における賃金コスト

 このほか、OEEC諸国の物価動向を見ても、ベルギー、スイス、スウェーデンなど一部の国の卸売物価は57年度後半から若干の低下をみたが、我が国に比し下落率は小さく、他の国々はむしろ堅調に推移している。

 以上のようにみてくると、海外諸国の物価はジリ高に推移し、一方我が国の物価は、33年秋頃から若干反騰に転じてはいるものの、引締め政策実施以来かなり大幅に下落していることを考えると、国際比較の面でも好転するのは当然でもあろう。

 第10-15表 は、主要商品の海外価格を100とした我が国の価格指数である。これによると、33年に入ってからの比価関係はかなり好転していることがうかがえる。ことに、従来は割高であった鉄鋼製品の分野まで、割安の物がでてきたことは注目されるところである。そしてまた、全般的にみても、これまで、比価関係が最も好転したとみられる30年6月頃に比べても、有利になってきている。

第10-15表 海外価格を100とする我が国価格指数

 ところで、国際競争力という場合、それは単なる価格面での比価関係のみをもって、判断することはできない。なぜならば、単なる価格の比較のみでは、それがダンピングによって輸出が増加したような場合には、決して競争力があるとはいえないからである。従って、厳密には、品質をも考慮した、コストないし生産費の比較から導かれなければならない。しかし現実には資料的に制約があって多くの商品の厳密な検討はできないから、ここでは、今後、産業構造の重化学工業化を推進する基礎的な産業としての鉄鋼の競争力を若干検討してみよう。

 第10-16表 は、労働生産性と賃金とについて、欧米の主要国と比較したものだが、我が国の労務費は最も低位にあり、これを考慮にいれた生産性は、相対的に高いといえる。また 第10-17表 は、製銑トン当たりに占める原材料費の比較である。これによると、1956年から58年にかけて、各国とも上昇しているのに対し、我が国だけは逆に低下を示している。従って、これら原料費、賃金コスト、労働生産性の点からは、我が国の鉄鋼産業の国際競争力もかなり培養されてきたとみてよいであろう。

第10-16表 鉄鋼の労働生産性と賃金の国際比較

第10-17表 製銑トン当たりの主要原材料費

 これに対して繊維は、いまなお価格面での競争は有利性を保持しているが、インド、中共などの後進国が綿花の自国生産をもとに積極的な輸出増進策をとりつつあることを考えると、漸次追われる立場にあることを見逃してはならない。


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