昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
各論
金融
景気回復過程における金融の役割
昭和33年度の金融は一貫して緩和の基調にあった。金融市場は前年度の異常な逼迫を脱し、企業の資金需要は落ち着き、金利が低下する一方、資本市場も拡大に向かった。年度間3回にわたる公定歩合の引下げもこの方向にそうものであった。しかし、一面において金融緩和の度合は30年度ほど著しくはなかった。
金融緩和の進展とその特徴
まず金融市場の状況をみることにしよう。
現金需要のバランスの改善
我が国の現状では金融市場における需給関係は、大きくいって日銀券の増減と財政資金の対民間収支の二つの要因によって動かされる。
33年度には日銀券が年度677億円の増発となったが、財政資金が2,510億円の大幅払超であったため、金融市場の需要は緩和し、日銀貸出は1,758億円減少した。日銀券の増発額は最近では31年度につぎ、年度の大半、景気が沈滞していたわりに大きかったといえよう。これは基本的には個人所得や消費が堅調だったからである。しかしそのほかの理由もあって企業や金融機関の手許現金が増加したことも見逃せない。すなわち、金融緩和によって企業の金繰りが好転したこと、景気回復につれて企業が取引の好機を逃がさず現金買付を行うために資金を用意したこと、1万円札の発行によって現金取引がしやすくなり、釣銭需要も増えたこと、これらに応じて金融機関の支払準備も増加し、銀行の流動性向上の要請も強くなったことなどである。年度後半に日銀券の増加が著しかったのはここに挙げた諸要因によるところが大きいと思われる。例えば銀行の場合をみると、その手許現金は年度間182億円増加し、その全てが11月以降に生じている。
一方財政資金の払超は国際収支の黒字による外為会計の1,935億円の払超が加わったものである(「財政」の項参照)。
以上二つの要因による現金需給の推移をみると、 第9-1図 に示すように、需給緩和が最も著しかったのは第3・四半期で、その後はやや繁忙化しているが、これは日銀券の増発があったとはいえ、主として財政の季節的な揚超によるもので、基調としては緩和の方向が続いている。
銀行の資金繰りとコール市場
現金需給バランスの改善は銀行の預金超過をもたらし、日銀借入の返済を可能にさせた。いま銀行の資金運用状況をみると 第9-1表 のように全国銀行の運用可能資金は預金債券合計で年度間1兆1,616億円増加し、貸出しその他の運用に対して1,362億円の資金的余裕が生じた。前年度は4、102億円の資金不足であったから差引5,464億円の資金繰りの好転をみたことになる。銀行別にみると右の動きは都市銀行に集中的に生じ、長期信用銀行も同様の傾向を示しているが、地方銀行、信託銀行等はもともと32年度にも貸出超過に陥らなかったので、資金繰りに大きな変動はみられない。
都市銀行の資金繰り改善は右のように著しかったが、さらに他の金融機関からの借用金やコール取入によって、年度間1,856億円日銀借入を返済している。
このような動きは30年度にも経験したところであるが、33年度は30年度ほどの緩慢にはならなかった。それは企業の資金需要がさほど減退せず銀行貸出増加額も30年度の2倍をこえ、一方日銀借入残高は33年度末になお3,859億円にのぼっていたことによる。高水準の日銀借入があると銀行はこれを返済するという消極的な資金運用の途があるのみならず、日銀の返済要求が強いと銀行としては市場資金を取り入れて返済しなければならない。
このような情勢からコール市場では都市銀行の資金取入需要が強かったのに対し、地銀、信託などが主な出し手となって、コール資金残高は年度間1,300億円程度(東京市場)の高水準を維持した。しかも月越、期越もののような長期のコールが多かったことは本来支払準備の短期的運用の場であるべきコール市場の性格からみて異常といわざるを得ない。
コール・レートをみると年度はじめには無条件物中心日歩2銭8厘の高水準にあったが、年度末には2銭4厘まで低下した。この背景となったのは前述のごとき現金需給バランスの改善と公定歩合の引下げである。すなわち33年4月には大幅の財政払超を背景に自粛最高限度の2厘引下げが行われ、その後も財政の払超がコール市場緩和の最大の要因となった。一方、公定歩合は33年6月に2厘、同9月及び34年2月にそれぞれ1厘の引下げをみたが、これに応じて、コール・レートの自粛最高限度も同じ幅だけ引き下げられた。
このようにしてコール・レートは、33年後半には32年6月の日歩4銭5厘の異常高からみれば5割前後の低下となっている。だがこれだけ下がったとはいっても、季節的な財政の払超期以外はおおむね自粛最高限度いっぱいの高さを続け、34年3月末にも公定歩合を5厘上回り、その後もあまり下がっていない。これは31年末以降はともかく、それ以前にはみられない高さで、都市銀行の資金取入需要が依然強いことを示している。
貸出金利の低下とその背景
一方貸出金利の低下もかなり著しかった。全国銀行貸出平均金利は 第9-2図 にみるように32年の引締政策実施後急速に上昇に向かい、32年4、5月にピークに達した。この間の上昇率は5.2%で前回の循環の場合に比べて上昇率は高かったが、ピークの水準は前回ピークの29年10月を1.3厘下回っていた。しかもその後の低下のテンポは前回の金融緩和時よりもむしろ速やかであったと見られる。
このようにして34年3月には貸出金利は23年以来の最低水準となったが、これはいかにして達せられたのであろうか。第一の要因は公定歩合引下げとこれに伴う貸出金利引下げの要請である。臨時金利調整法に基づく貸出利率最高限度の引下げは行われなかったが、銀行間の自主的な申し合わせにより公定歩合の引下げに応じて貸出金利が引き下げられた。これには政策当局の要請も強く作用していたのである。そして34年3月からは標準金利方式が採用されて、この対象となる金利は公定歩合の変化に応じて変化する慣例がつくられつつある。
貸出金利低下の第二の要因としては、前回の金融緩慢の経験から銀行が進んで引下げに応じたことが挙げられる。33年6月の公定歩合引下げに先立って、既に企業からは金利引下げの要求がでていた。これは当時企業の収益が悪く、一方借入金の累増によって金利負担が増加しており、しかも金融緩和の見通しがかなりはっきりしていたからである。一方銀行としても、先行き危険のない企業に対しては、取引関係を維持強化するため、貸出金利の引下げに応ずべきだとの判断を下したものと思われる。そして日銀借入の減少、コール・レート低下などによるコストの低下が、これを可能にさせる要因であったことは30年当時と同様である。
しかし、30年当時と比べれば、一方に貸出金利低下を阻止する要因が伏在していた。それは預金金利が32年に引き上げられたままで預金コストは上昇し、銀行の利鞘が縮小したことである。都市銀行の貸出有価証券利回りから預金借用金コストを引いた最終利鞘は、30年当時1.6%程度であったものが、33年度には1%程度に低下している。このような要因を押し切って貸出金利が低下し得たのは銀行の貸出しも預金も伸びが比較的大きく、利鞘の縮小を補うに足る経営規模の拡大が達成できたためである。
それではなぜ預貸金の併進が生じたのであろうか。
まず企業の賃金需要が比較的大きかったことである。大企業の借入れ意欲は32年度後半以降引き続いて低下したとはいえ、30年度のように設備投資が低調なうえに輸出超過によって滞貨がさばけ、大企業向け貸出が回収超過となるような状態とはかなり様相を異にしていた。設備投資水準が高く、しかも輸出増加よりもむしろ国内の需要面から景気回復が生じただけに、金融の役割は相対的に大きかったと思われる。
しかし、一面において 第9-2表 にみるように企業の預金増加が大きく、それが返済に向かわずに滞留したことも見逃せない。それは後述のように企業が流動性回復意欲をもっていたほか、企業の潜在的資金需要が強く、銀行からの借入れ枠を維持しようとしたからであろう。
銀行貸出の特徴
33年度の銀行貸出は、景気が比較的沈滞していた時期としては高水準であった。その特徴をみると、中小企業向け貸出の拡大、製造業向け貸出の後退と卸小売等への増加及び設備資金の高水準が挙げられる。このうち前二者は金融緩和に照応するものだが、設備資金はむしろ緩和を阻む要因となっている。
まず中小企業向けをみよう。我が国の中小企業は、ほとんど恒常的に強い資金需要をもっているが、「総説」 第23図 及び 第9-4表 にみるように金融逼迫時には十分に満たされず、緩慢期には急速に顕在化する傾向がある。33年度には大企業向け貸出増加が5,244億円と前年度増加額の7割にとどまったのに、中小企業向けは3,045億円で4倍半の著増となった。増加額全体に対する比率でみると大企業63%(前年度92%)、中小企業37%(同8%)で、特に年度の後半には中小企業の比重が45%にのぼっている。
それでは大企業の資金需要の減退をカバーした中小企業の旺盛な資金需要の実体は何であったか。中小企業は一部業種を除き全体として不況の影響は軽微で(「中小企業」の項参照)、そのため設備投資、在庫投資意欲は強く、この面の資金需要が中心をなした。特に、取引先大企業からの要請による設備近代化の傾向が強かったといえるだろう。そのほか、流動性向上の資金需要も見落とせない。中小企業の現金流動性は元来比較的安定しているが、引締め時における借入困難の経験から手許資金を潤沢にし、さらに進んで対銀行関係改善という意味での流動性向上意欲はかなり強かった。このことは中小企業貸出の預金歩留まり率を高め、預貸金併進の一因ともなったのである。
このように中小企業の資金需要は大きかったが、大企業の資金需要も30年度ほど衰えきってしまったわけではなく、30年度には大企業向けはわずかに41%にとどまっていたが、33年度は63%で、依然資金需要の一翼を担っていた。
次に貸出増加の業種別内訳をみると、 第9-4表 のように、製造業向け貸出の増勢は衰え、卸小売りの増勢が逆に強くなっている。これは右の規模別の動きとも照応するもので、卸小売の比重はかなり高まったが、30年度に比べればまだ製造業の比重が大きく卸小売が小さい。
また使途別には設備資金は金額でも増加率でも前年度を上回ったのに対し、運転資金は市場沈滞を反映して低調を免れず前年度を下回る増加にとどまった。銀行別にみると、設備資金を供給する長期信用銀行や信託銀行の伸びが最も大きく、取引先に中小企業の多い地銀は大企業中心の都市銀行に比して貸出増加が著しかった。
最後に産業資金供給に占める銀行貸出の地位は、事業債発行の増加信託、生保、政府金融機関の進出などを反映して前年度51%から33年度には46%へ低下したことが注目される( 第9-5表 参照)。これは一つには金融緩和に伴って銀行の社債消化が増加したことにもよるが、地方貸付信託、事業債などの個人消化も増加して銀行以外の資金供給力が増加したこともあずかって力が大きかった。
景気回復と銀行貸出の役割
以上のような資金供給を通じて33年度の銀行貸出はどのような役割を果たしたのだろうか。おおまかにはインベントリー・リセッションの段階では、売上高が減る一方で累増する滞貨を抱えた企業経営を下支えて不況の深刻化を阻むとともに、在庫流動化と相まって企業手許資金を潤沢にし在庫投資意欲を刺激して、インベントリー・リカバリーへの途を開いたといえるだろう。同時に高水準の設備投資を可能にし消費関連産業の旺盛な資金需要に応えて回復を促進したのである。
滞貨赤字融資の継続
資金需要の内容と貸出形態
33年度に製品在庫の調整が長引いたことは、「鉱工業生産・企業」の項にみた通りである。製品在庫の増勢を示す尺度として売上高に対する比率をみると 第9-3図 のように33年度上期にもなお上昇を続けており、鉄鋼、綿紡、毛紡、石炭などでは特に顕著である。これは売上高の減少に比べて生産低下の度合が小さく、企業は不必要に過大な在庫を抱えなければならなかったことを示している。
製品が売れなければ製造に要した費用を支払うために手持ち資金を吐き出すか、足りなければ借用に依存しなければならない。結局、自分が調達した資金で自分の製品を自分が買って持つ格好になる。これが滞貨融資と呼ばれる資金需要を形成するが、これは同時に赤字融資と呼ばれる資金需要と密接に関連している。なぜならば滞貨の保持を可能にするための貸出しはとりもなおさず企業収益の減退による自己金融力の低下をカバーするものだからである。33年度には準備金取り崩しその他の会計的操作で名目利益を計上して配当や賞与を支払った企業はかなり多かったし、それらの企業は当然に自己金融力は底をついていたから資金を借入に仰いだのであって、決算資金の名目の下に、かなりの赤字融資が行われたとみてよい。
では、これらの資金需要に応ずる貸出しは、どんな業種に認められるのだろうか。 第9-6表 によってみると33年度に入ってからも上期には繊維、鉄鋼、紙パルプ、石油、化学肥料、石炭などに対する運転資金貸出が大幅に増加しているが、これらの業種については、この時期には、生産、取引き減少で積極的運転資金需要は無かったのだから、一時的にはかなりの滞貨融資が行われたとみてよい。そのほか鉄鋼問屋や機屋に対する貸出しにも滞貨融資と目されるものがあった。
さらに滞貨下支えのために買上げ機関等の活動がみられたのも、33年度の特徴である。これは滞貨の圧力が大きかったことと同時にその圧力を金融面から緩和しようとする組織的な動きがあったことを示している。主なものとしては、日本レーヨン織物輸出会社(市中10行から借入20億円、33年4月から買い支え)及び日本硫安輸出会社(市中16行から借入56億円、33年7~12月に買い支え)があり、綿製品輸出振興組合も同趣旨のものであった。
このほか鉄鋼公販制度も同様の効果を有していたし、農中資金による生糸買上げや財政資金による織機買上げなども不況下支えの効果があった。
滞貨赤字融資の役割
それでは滞貨赤字融資の役割はどのようなものだったろうか。
製品在庫が増大すればそれが適正水準に戻るまで生産を抑制しようとするのが企業の常である。29~30年はそうであった。ところが今回の場合は、製品在庫は大して減少しなかった。減少させようとすれば、生産を一段と低下させるか、ダンピング輸出その他の方法で投売りするほかなかった。しかし当時既に生産水準はかなり低下しており、それ以上の生産の縮小はコストをさらに上昇させるので、雇用の削減をも必至ならしめるものであったし、投売りは市況の暴落と、その波及効果による関連業界の動揺をもたらすおそれがあった。金融面からの下支えはこのような事態の回避を可能にしたのである。
下支えは主として大企業に対して行われたが、それはただ大企業段階における滞貨を支えるにとどまらなかった。
大企業の売掛の動きをみると、製造業全体としては、33年度に入って売掛は徐々に増大している反面、買掛は急速に減少し、結果としてその差額は大幅に増大している。これは大企業が支払いは順調に行いつつ回収の方はある程度猶予したことを意味し、いわば企業間信用を売掛超過の形で中小企業に供与したことを示す。このため金融機関からの借入能力に乏しい中小企業に資金的プラスを与え、中小企業段階における滞貨保持を支援することができた。業種的には、紙パルプ、綿紡、鉄鋼、肥料などにこの傾向が著しい。
このような融資に支えられて企業は、製品在庫をかかえながら生産を続行するとともに需要増加の兆しがみえ始めるとすぐに生産を増加させて、売れ行きの増加によって生ずべき製品在庫の減少分を埋めてしまった。生産増によってコストの低下をはかる途が選ばれたのである。その結果、物価の立直りがおくれたことは否定できないが、需要者側の在庫が減っていたことと、最終需要の堅調とによって秋以降は生産上昇と同時に価格や採算までも立直りをみせるに至った。そして売上げが増加すると、在庫水準は同じでもその負担は軽減されるし、滞貨の捌ける例も多くでてきたので、滞貨融資は返済期に入った。上述の買上げ機関向け貸出も同様である。かくて33年度末まで滞貨融資が継続していたのは、石炭と化学肥料くらいのものとなった。
今次不況下の特色
以上を通じ今次不況下における滞貨融資について注目すべき点を挙げてみよう。
第一に滞貨融資が製品在庫の保持を可能にさせたことは事実であるが、これによって原材料在庫の調整までが抑制されはしなかった。製品在庫水準が下がらなかったので需給改善には時間を要する結果となったが、この間に原材料在庫の調整が進んだので、景気の自動的回復が生じたのである。
第二に銀行が、滞貨融資に応じ得たのは銀行の貸出余力が増大したからでもあるが、一方神武景気を経過して企業の経営基盤が強化されていたことにもよる。29年のように主要企業で高利金融に頼るものは全くなく、不良債権も整理されていたことなどがその内容をなしている。そして不況を乗り切ってからの資金の需給関係や企業の成長見込みを考えて、銀行は一時的な貸出内容の悪化は問題にせず、取引関係の維持をはかる場合が多かったのである。
景気回復と流動性の上昇
流動性の低下と回復意欲
33年度には特に前半において滞貨赤字融資の景気下支え効果が大きかったが、後半にはこれらの貸出しはかなり返済されたので、年度を通じてみれば、貸出増加額に占める割合はあまり大きくはなかったと思われる。また景気が回復に向かった下期でも、回復要因が在庫減らしの緩和ないし停止にあって積極的な在庫累積が大して行われていないならば、そこからはプラスの資金需要は生じない。ところが現実の銀行貸出の増加はかなり高水準で、その間にくい違いがあるようにもみえる。それは後述の設備資金、消費関連産業資金需要と企業の流動性回復ないし維持のための資金需要があったからである。
企業の流動性とは、現金預金や必要に応じて容易に換金し得る流動的な資産の保有の度合であって、いろいろな形で把握されるが、ここで問題になるのは、その中の一つである現金流動性で預金を含む広義の現金を対象とする。現金流動性の大小は現金の絶対額だけでは決まらず、支払準備とか取引拡大に応ずるための手許余裕金であるとか、あるいは銀行借入に関連して預金を置くとか、現金保有の目的からみて判断されなければならない。
だから企業としては現金をやたらに使い込むことは許されないので、現実にも31年度には現金がある程度削られて投資資金に向けられたが間もなく限界に達し、その後はわずかながら増加し続けたのである。しかし売上高や借入金に対する現金の比率は 第9-4図 に示すように、引き続き低下しており、引締め下に資金調達が十分でなかったことを意味している。従って資金供給面の条件が許せば手許現金を増加させようとする動きが生ずるのは当然で、これが流動性回復のための資金需要を構成した。
企業の流動性回復意欲は、例えば、日銀調の短期経済予測の結果からも知られる。すなわち、33年には企業の現金預金は毎期予想を上回る増加となったが、企業はそれでも借入れを手控えたり原材料の在庫減らしをやめたりはしなかった。反対に借入は増やし、設備資金の支払いや在庫の仕入れは抑えようとする態度を続けたのである。それは景気回復の見通しが立たないうちは金繰りの安全をおもんばかって資金的に余裕を残そうとする考えが有力であったことを示すものであろう。
現金流動性の上昇と銀行の役割
それでは流動性の充足は企業の資金運用の中でどのようにして行われ、銀行貸出とどのように関連していただろうか。法人企業統計速報によって大企業の場合をみることにしよう。一部には売上高や収益の水準が高く資金繰りも楽であるところから、 第9-4図 の電機とかそのほか機械、セメントなどのように利潤の一部が預金される場合がある。この特徴は第一に現金保有高と売上高や借入金に対する比率が一様に上昇しており、第二にそれが借入増加によって賄われたのではない点にある。
しかし不況を経験した大部分の産業では、手許現金を増やすためには銀行借入の力を借りなければならなかった。 第9-4図 の鉄鋼を電機と比べてみると、33年には借入金に対する現金の比率がほとんど上昇していないが、これは現金の伸びが直接間接に依存していることを示す。繊維、紙・パルプ、石油などにも同様の傾向があり石炭は特に著しい。
では景気の推移との関連でみると、現金流動性回復はどんな意味をもつのだろうか。不況深化とともに弱気化した企業心理は当然に現金準備を潤沢にしようと作用した。現金を増加させる方途は利潤によるか負債増加によるか資産減少によらなければならないが、第一は一部産業のみで可能であったに過ぎない。従って、もし借入れによる流動性向上が許されなかったとすれば、企業は積極的在庫減らしを行って、無理に第三の方途によって目的を達しなければならなかったろう。その場合には物価は著しく下落し不況は一段と深刻になったであろうことは想像に難しくない。やがて回復段階に入って売上げが増加し滞貨がさばけていくとおのずから第三の方途による流動性回復がみられるようになり、売上高や借入に対する現金の比率は徐々に上昇に転ずるのであるが、それ以前には借入による流動性の向上が在庫減らし強行による流動性向上の必要性を減じる役割を果たしたのである。
高水準の設備資金供給
資金需要の増大
技術革新・合理化のための設備投資は企業にとって一日もゆるがせにできない性格のものであることはいうまでもなく、それゆえに不況下といえども投資意欲は旺盛であった。(「鉱工業生産・企業」の項参照)。だが、第一の資金源泉である内部資金は32年度中のように減少傾向にはなく後半にはむしろ増大気味だったにせよ、30年当時のように設備投資の大半を賄い得る状態には程遠く、せいぜい3~4割を賄うに過ぎなかった。そこでこれに株式・社債新規発行による資金調達を加えても、なお借入に大きく依存しなければならなかったのである。
かくて設備資金の供給額は(開銀調・内部資金を含む)対前年度比1.1%の増加となり、このうちでは信託、生保の伸びが著しかったが、銀行貸出しのウェイトも前年と同じ14.3%の水準を維持した。もっとも年度前半においては、銀行の資金繰りもかなり苦しかったので、企業の設備資金借入申し込みに全面的に貸し応ずるわけにはいかなかった。だが後半に入り金融緩和の進展につれて資金供給は順調となって計画を上回る投資を可能にした結果、景気立直りを促進したことは認めなければならない。
達成率の上昇と銀行の役割
すなわち工事進捗ペースでとらえた設備投資実績の計画に対する比率(以下これを達成率という)は、全産業でみて33年度上期は91%であったが、下期は逆に104%と実績が計画を上回っている 第9-7表 。
上記の計画は前年度下期実績(見込み)をこえており(全産業では4.2%増)、特に、鉄鋼、電力、海運など投資規模の大きい業種では2割から3割に及ぶ投資増大を計画していたが、その他一般産業の計画は大幅な減少を示していた。そこで上期の投資実績は、一般産業では計画を上回ったものがかなりみられるが、計画を大幅に増加させた前記業種では軒並み8割程度あるいはそれ以下の達成率にとどまったのである。当時の市況の影響を受けて先行き見通し不安から工事をさし控えた面があったにせよ、一面ではこの場合の計画が資金的に無理であったため、実行できなかったものと思われる。それは32年度下期の工事代金支払いが33年度にずれ込んだうえ資金調達面では内部資金が期待を下回り、銀行貸出余力はいまだ十分でなく、その他外部資金の調達を急増させることも困難であったからである。
しかし下期には達成率は104%に上昇した。これは計画が上期の実績に対して、5%低下したこともあるが、結局は銀行貸出余力の増大によるものである。計画では、鉄鋼・電力はほぼ横ばいであり、海運は大幅な増大(32%増)をはかったが、その他はガス、石炭を除けばおしなべて7、8割にとどまった。しかし達成率は海運が上期に引き続いて大幅なマイナスを示したほかは各業種ともほぼ計画通りの実績をあげた。特に達成率の良好であった業種としては、大規模投資の業種では電力があり、また電気機械、化学も、計画を上回る高水準の投資を行っている。
長期性資金の増加とその特色
このように下期には達成率が上昇し、投資が増加したにもかかわらず、固定投資に対する長期性資金の割合は速やかな上昇を示した 第9-5図 。すなわち金融逼迫期における短期資金の設備流用傾向は33年4~6月期まででなくなり、7~9月期以降は、逆に固定投資を全て賄ってなお余裕のある段階にまで達し得た。これは長期借入金が増加したことが主因であり、投資増加に果たした銀行貸出の役割はこの点にもはっきりあらわれている。こういう状態は30年度前半及び32年1~3月期のみにみられるが、前者は設備投資水準が極めて低かったためであり、後者は税制改革に伴う増資集中によるものである。33年度には高水準の投資が行われながら、しかも安定した形で、このような状態がもたらされたことが特徴的であり、それは次のような資金事情を反映するものであった。
33年に入ってからの長期貸出をみると、長期信用銀行、信託勘定等の貸出しが伸びているのに対して、都市銀行の後退が目立つ。これは爆発的な設備投資の急増の時期には、企業は都市銀行にも大きく依存せざるを得なかったが、その資金の返済期に入るとともに依存度は次第に低下したことを示すものである。これに対し、長期信用銀行等の貸出しの伸びは投資が高水準となり大型化する傾向にあるために、企業が長期投資により適した源泉を選んだ結果である。この動きは、ただに、基幹産業のみにとどまらず、いわゆる一般産業についてもかなり傾向的なものとみることができる 第9-6図 。
かくのごとく33年度設備投資漸増の主役となったものは長期信用銀行であり、その背景には金融債消化を通ずる個人の長期投資資金供給があずかって力があったのである。
消費内容変化への対応
今回の景気後退を下支えた要因として、消費の順調な増加が挙げられるが、金融面でも消費関係の貸出しはかなり増加している。もともとこれらの企業への貸出しは、金融逼迫期には抑えられ金融が緩和すると伸びる傾向がある。しかし一面では、消費内容の変化に対応して趨勢的増加を示す部門もあるようだ。例えば電気器具や家具什器の卸売業、サービス業、私鉄などへの貸出しは、そのような性格を持つとみてよいであろう。 第9-7図 には33年度に貸出しの伸び率が2割を上回った主な業種を掲げたが、これらのうちに消費関連部門がかなり多いことがわかるであろう。ただもともとこれらの部門への貸出しは、貸出残高のうち2、3割を占めるに過ぎず、従って33年度においても貸出増加額のうち3割程度がこれに当たるといえよう。
消費者と直接接触する企業はおおむね中小企業または小売店のような零細企業である。従って消費の堅調によって資金需要が増加するのも、大企業よりはむしろ中小企業に著しく、事実銀行貸出の面でも中小企業向けが多かったことは前述の通りである。加えて電機のように消費関連度の高い大企業は中小企業に対して売掛超過の形で大幅の信用供与を行っているので、両面から中小企業に与えられた資金的プラスはかなり大きかったといえる。一方これに対応する資金用途は店舗その他設備投資と取引高増大に伴う在庫投資のほかに、銀行からの受信能力に乏しい、あるいは銀行取引きのない小売店その他零細企業への企業信用供与に向けられた部分が大きかった。そしてこれがさらに消費者に対する末端小売店の賦払信用供与などを可能にさせたのである。
この売掛超過は売上増加を反映した売掛増加が買掛増加を上回ったために生じたものであって、不況の影響を強く受けた産業におけるがごとくむしろ買掛の著減により生じたものとは異なる点に注意すべきである。
以上みてきたように銀行貸出能力の増大が中小企業向け貸出増加を可能にし、企業信用を円滑に拡大しえたことは、企業の販売態度をより積極化して消費を一層堅調ならしめるゆえんだったのである。