昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
各論
財政
経済発展と財政構造
33年度の景気動向に関連した財政の動きは以上の通りだが、次にやや長期的に27年度以降財政がどのように変化し、また変化しようとしているかをみることとしよう。
はじめに財政の経済に占める比重をみると、31年度の経済拡大期にはかなりの低下を示したが、最近は再び増加して30年度以前の水準にもどっている。例えば 第8-7表 にみるように国民所得に対する一般会計歳出の比重は31年度には14.0%へと低下したが34年度には15.1%程度にまで高まり、また国民総支出に占める政府の財貨サービス購入の比重も31年度の17.9%を底に34年度には再び19.3%程度へ上昇している。このように財政の経済に占める比重は若干の変遷があったものの、ここ7、8年おおむね同じ水準で推移しているといえるが、しかしその内容、役割は27~28年度のいわば復興期当時とは明らかに異なってきている。
一般会計歳出の変化
まず一般会計歳出の推移をみよう。 第8-8表 は27年度以降の歳出予算を27~28年度、29~31年度、32~34年度の三つの時期に分けて、目的別にその間の推移をみたものである。これによると27~28年度のいわば復興期以降産業経済費が著減し、防衛関係費が金額的には横ばい、比重としては低下をみせ、その他の経費はおおむね増加するという傾向がみられている。復興期に産業経済費が多かったのは一つは出投資、二つは物価調整費、三つは災害対策費が多かったからであった。さらに第一の出投資についていえば、その増大は当時不足の著しかった民間資本蓄積を補強するための政府金融機関への出資と、財政面で資金を吸収して当時の強いインフレ傾向を防止することを目的としたインベントリー・ファイナンスとの二つの経費が多額にのぼったことに基づいている。第二の物価調整費は主に国内産米の不足を補うための輸入食糧に対する価格差補給金の増大によるものであった。第三の災害対策費はここでは主に農業関係のものだが、その理由については多言を要しまい。復興期のこうした事情の消滅がその後の産業経済費の減少を招いたのだが、このような事情は物価調整費の行方に最も端的にみられ、米作水準の向上、世界的な米穀需給の好転等によって輸入価格差補給金の必要がなくなったばかりか、逆に輸入差益を生じて配給価格を相対的に低く抑えることを可能としている。
ではこうした経費の減少によって可能となったその他の政策費の増加はどのような方向に行われたかというと、次のおよそ三つの方向に行われたと考えることができよう。第一は経常的な行政費の増加で国家機関費、教育文化費等がこれに当たる。第二は開発的な行政投資の増加で国土保全開発費がこれに当たるが、教育文化費中の科学技術振興費も同じ性格のものといえよう。第三は振替的な社会保障費の増加で恩給費もこれに含まれよう。なお地方財政費の増加も著しいが、それも結局は以上の三方向に吸収されるとみることができる。例えば27年度以降32年度までの地方財政歳出増加の48%が教育費、庁費、警察消防費、12%が土木費、11%が社会労働費となっている。
財政投融資の展開
一方財政投融資はどのような推移をみせているだろうか。まず最近の財政投融資の増大が何によってもたらされたかを 第8-9表 によってみると、第一に貯蓄資金の増加の大半が簡保年金、厚生年金保険のような保険基金の増大に基づいていることが注目される。前者の増加はいうまでもなく保険加入契約の増大に基づくものだが、後者も雇用増による被保険者の増加と報酬月額の上昇によって保険料収入が増大する一方、本格的な年金給付の開始が37年度以降に属するので積立金が累増し、現在は利子収入で給付をまかないうるという状況に基づいている。もとよりこの両者には加入が一方は任意であり、他方は強制的であるという点でかなりの差異があるが、しかし将来の生活保障のための拠出に基づく点では共通で、このような保障的基金の増大が租税等の強制貯蓄の減少、郵便貯金のような任意貯蓄の停滞にもかかわらず財政資金の増加を可能としていることは重要な事実といえよう。第二に最近の財政投融資の規模増大には過去の運用金回収の増加が大きな比重を占めていることが注目される。これら運用金回収は国民経済的には新たな貯蓄とはみられない。つまり最近の財政投融資の増大は確かに財政が毎年度直接運用し得る資金量の増加を意味するが、しかしそれは直ちに財政に集中され配分される貯蓄の増加を意味するものではない。 第8-9表 によっても両者比の貯蓄資金の増加は合計額の増加を増加率で約10%、増加額で約520億円下回っている。第三の特徴は民間資金活用の増大で、当初民間資本蓄積の不足を補うことを主な目的とした財政投融資が資本蓄積の進行につれて、民間資金を財政的に活用するという側面を強めてきていることは注目に値しよう。これと同時に財政を介する資金供給という観点からは、財政投融資外の外資導入の増加の動きを見逃すことはできない。すなわち25年度以降33年度まで民間の外資導入は累計599百万ドルにのぼるが、この中最近増大の著しい政府保証の世銀借款は259百万ドル、開銀保証の米国輸出入銀行等の借款は137百万ドルに達している。これらは主に最近の電力、鉄鋼向け借款の増加に基づくものであるが、このように基幹産業の投資資金により低金利で長期の外資が政府の保証の下に活用されて財政投融資を補う役割を果たしていることは、財政における直接の外資活用の形態が対日援助資金、余剰農産物借款、外債発行と変化していることとともに戦後経済の発展を反映するものとして極めて興味深いものがある。
では財政投融資の運用面にはどのような変化がみられているだろうか。 第8-10表 は前掲 第8-2表 とやや異なる分類で復興期以後の財政投融資の資金配分の推移をみたものだが、これによると第一に政府の直接投資向けの資金供給が著しく増大していることが注目される。特に道路、農林漁業のような公共事業的なもの、及び住宅建設にこの傾向が著しい。公共投資の動向については後述するが、財政投融資がこのように次第に公共投資の財源調達的性格を強めていることは重要な傾向といえよう。これに対して民間への資金供給は29~31年度に大幅に縮小したのち最近再び増大して27~28年度の水準を上回っているが、その内容は決して従来と同じでない。第一に使途別にみて重要産業に対する資金供給が減少し、輸出入、中小企業、住宅建設、地方開発等への資金供給が増大している。民間資本蓄積の進行に伴って、産業資金に対する量的補完の役割が減退し、民間金融にはのり難い部面への、財政のいわゆる質的補完の役割が高まっているというべきだろう。第二に重要産業や輸出入の内部でも、質的な変化がみられている。前者を開銀融資についてみると、最近技術革新の要請にこたえて合成化学、機械等への融資が増大し、その結果融資額に占める電力、海運の比重が減少してその他一般産業の比重が高まるという傾向がみられている。また第15次造船の例にみるように、融資の条件にスクラップ・アンド・ビルト方式を採用し、合理化が直ちに設備過剰をもたらさないように配慮されているのも極めて注目される動きといえよう。他方輸出入銀行の融資をみても、当初は単に決済条件の緩和によって資本財輸出を円滑にすることを目的としていたが、その後海外投資のための融資が加わり、さらに最近では大口の設備計画に対する信用供与が増大して、これが34年度の輸銀に対する財政資金供給増加の原因となっている。
重点施策の方向
総財政収支の推移
以上一般会計歳出、財政投融資の内容に即して復興期以後の財政の推移をみてきたが、さらに機能的な観点から全体として財政支出がどのように変化しまた変化しようとしているかを施策の重点にそってながめてみよう。
第8-11表 はこの目的のために経常的な政府収支に資本勘定(食管、糸価安定を除く)を加えて財政収支全体の推移を示したものである。これによると経常、資本、振替のいずれの支出とも増加を続けているが、32年度以降は特に資本支出の増加が大きくその比重が増大していること、振替支出も29年度以降に比重を増していること、他方経常支出はやや比重を減じ海外への純支出、企業等への補助金は絶対額でも減少していることなどが特徴的である。また収入面では租税税外負担の比重が低下し、社会保険負担、官公事業剰余、借入金の比重が増大するという傾向がみられている。ではこのような収支の動向はどのような背景に基づき、どのような特色をもつものであろうか。
新段階に入った公共投資
まず32年度以降の資本支出の増大をみると、量的な増加ばかりでなく質的にも復興期当時と大いに異なってきている。すなわち復興期の公共投資は災害復旧とか国土保全とか文字どおり復興的なものが多かった。しかし最近の公共投資は経済の拡大に立ち遅れた産業基盤を整備拡充して投資の均衡ある発展をはかることを第一義としている。自動車輸送の飛躍的発達に伴う道路事業費の増大や、船舶の大型化、専用化に伴う港湾事業費の増加はその典型である。またこれと同時に住宅、上下水道等生活環境改善のための投資も増加している。このような公共投資の内容の変化は経済情勢の変化と相まって、公共投資の形態に従来と異なったいくつかの特徴をもたらしている。その第一は最近の公共投資が多く長期計画の背景の下に進められていることである。 第8-12表 はこの状況を示したものであるが、このことは32年度以降公共投資が新たな段階に入ったことを示すものともいえよう。特色の第二は財源調達形態の変化である。前掲 第8-11表 からもある程度うかがえるように最近の公共投資は多く受益者負担(目的税や官公事業剰余等)と借入金の増加に頼り、一般財源(経常余剰)にたよる度合は低下している。その典型は最も増加の著しい道路事業費で、29年度以降の事業費増加1,116億円のうち約70%は揮発油税等の増収、約26%は借入金の増加によっている。特色の第三はこの結果公共投資の特別会計ないし公団化が進んでいることである。30年度以降広義の公共事業で特別会計に移されたものは、道路、港湾など4、公団が設けられたものは道路、愛知用水など6に及んでいる。
こうした公共投資の投融資化が戦後経済の発展に即した一つの行きかたであることは疑いない。つまり資本蓄積が進んで民間資金活用の余地が生ずる一方投資内容も高度化して公共投資の投融資化が可能となったのであり、またこうした変化があったからこそ、公共投資の増加による財政支出の増大にもかかわらず租税負担を相対的に低く維持し得たのである。その意味で公共投資の一つの発展形態ともいえるが、しかし公共投資の中には収益性のないものもあり、従ってこの方式の採用にもおのずから限度があることを忘れることはできない。
拡大する社会保険
一方振替支出の動向をみると三つのことが特徴的である。第一は社会保険の著しい拡大である。 第8-13表 にみるように社会保険費用は、27~28年度以降1,909億円、98%の増加を示し、社会保障関係総費用増加の約60%を占めている。これは31年度以降の雇用増加と保険普及率の上昇等によるものだがこうした社会保険分野の拡大が一方で前掲 第8-11表 にもみるような社会保険負担の増加をもたらすとともに、他方租税負担の相対的な低位の下で社会保障の大幅な前進を可能としているのである。最近の振替支出の特色の第二は、旧軍人恩給復活に伴う恩給費の増大である。28年度に始まり累次のベース改訂で増大した旧軍人恩給費、遺族留守家族等援護費は34年度に1,045億円に達し、29年度以降社会保障関係国庫負担額増加の48%を占めている。これは社会保障体系の統一的前進の見地から検討の余地の多いところだが、しかし今後の推移としてはベース改訂等のない限り36年度を峠として減少する見込みである。傾向の第三に公的扶助費の相対的な停滞がある。すなわち生活保護費は生活扶助基準の引上げや医療扶助の増加等により、また失業対策費は吸収人員増加、単価引上げ等によりいずれもその絶対額は相当増加しているが、しかしその他の増加がより大きかったため社会保障関係総費用中の比重は低下している。
以上三つの傾向のうち今後の方向として最も注目に値するのは社会保険拡充の動きであろう。戦後我が国の社会保険の発達は著しかったが、しかしそこには我が国特有の二重構造経済を反映したいわば社会保険の二重構造ともいうべきものが存在していた。それは一つは社会保険未適用層の広範な存在であり、二つは社会保険給付内容の格差の存在である。前者についてみると、32年度末に医療保険の未適用者は約2300万人、25%、老令廃疾保険は約5700万人、62%(いずれも総人口対比)失業保険は約650万人、33%(被用者対比)と推定される状況であった。また後者を31年度一人当たり療養費の例でみると、組合管掌健康保険と国民健康保険の間に1.8対1の格差が存在している。このような状況は社会保険に加入の義務のない被用者5人未満の零細企業や自営業主、農民が極めて数多く存在すること、被保険者の間に所得の大きな格差が存在することなどに基づくものである。32年度に始まる国民皆保険4ヵ年計画や34年度に創設された国民年金制度は、いずれもこのような状況に対し医療、所得保険の普及充実をはかることによって我が国社会保険の二重構造を是正することを意図したものにほかならない。このうち国民皆保険は国民健康保険の拡大によって35年度末までに医療保険の未適用を皆無にしようとするものだが、33年度末までに既に未適用者数は32年度の2300万人から1600万人(推定)に減少し、一方国庫補助の増額等によってその給付内容も大幅に改善されてきている。また国民年金制度は34年度にはとりあえず無拠出制の給付100億円をもって出発したが、36年度からは拠出制を実施し、これによって33年度末に約5700万人にのぼるとみられる公的年金未適用者に老令、身体障害、母子等の所得保障を普及させることを計画している。このことはもとより社会保障の画期的な前進を意味するが、同時にその拠出に伴う積立が発足後10年後に5,000億円をこえ、この資金によって経済発展に寄与することが期待されていることは見逃すことのできない側面といえよう。なお、以上の動きに伴って社会保険に対する国庫負担の重点が次第に国民健保、日雇健保、国民年金等低所得者を主な対象とし、保険財政の確立しないものへ移っていることも注目に値しよう。
このように最近における社会保障整備の動きは著しいが、なお前途には社会保険の分野でも各種保険の給付内容の統一、加入期間の通算、さらに複雑な諸制度の統合などの多くの残された問題があるほか、公的扶助の充実もゆるがせにはできない課題であり、今後とも財政の社会保障に対する役割はいよいよ重大であるというべきであろう。
経常支出増加の内容
最後に29年度以降国民総支出増加の10%、政府の財貨サービス購入増加の53%を占める政府経常支出の増加がどのような内容をもつかをみておこう。 第8-14表 はそのおよその傾向を使途別にみたものであるが、これによると経常支出増加の約69%が人件費、23%が物件費の増加によるものであることがうかがえる。さらに、国、地方別にみると人件費は地方、物件費は国の増加が多く、また国の内部では人件費、物件費とも防衛庁が増加の大きな比重を占めていることが注目される。このうち人件費の増加は給与水準の上昇と公務員数の増加によるものだが地方財政にそれが大きいのはその職員数が国の約1.5倍( 第8-14表 備考参照)に及ぶため給与水準上昇の影響が大きいこと、その他教員の充実に努めたことなどの結果である。また防衛庁の経常支出増加は自衛力漸増の結果直接財貨サービスを購入する分が増加したためであって、例えば防衛庁の予算定数増加約13万人は、29年度以降の国、地方の定員増加約22万人の60%を占めている。このように政府経常支出の増加は一般行政、国防支出の増加に基づくものといえるが、特に今後の財政に関連しては後者の動向が注目されよう。すなわち戦後我が国財政は、戦前に比しても戦後各国に比しても(後掲 第8-16表 参照)防衛費が著しく低下したことが大きな特色であった。そして復興期以後もその他行政費の増大にもかかわらず防衛費は横ばいを続けたが、それが可能であったのは、 第8-15表 にみるように一つは29年度以降492億円に及ぶ防衛支出金の削減が防衛庁費732億円の増大をかなり相殺し得たからであり、二つは26年度以降累計4,069億円にのぼる米国からの装備の無償供与があったからにほかならない。しかし防衛支出金も34年度には176億円にまで低下しており、また無償供与額も29年度当時よりはかなり減少している。従って防衛力の増強も次第に従来と異なった環境におかれつつあるということができるだろう。
むすび
戦後我が国経済の発展は実に著しいものがあった。これを29年度以降の国民総支出の増加率でみても 第8-16表 のように39%と西ドイツとともに、米英両国のそれをかなり上回っている。一方国民総支出増加に占める財政支出(政府の財貨サービス購入)増加の比重をみても我が国は西ドイツよりは低いとみられるが米英両国のそれよりは高く、しかもそれは特に資本的支出において著しいという傾向がみられるのである。このような財政支出の増加が、同時に復興期以後の経済発展に対応する財政の態度のあらわれであることは上述からも明らかなことだろう。いわば復興期には戦後処理的な経費が多く、行政内容の向上をはかる余地が少なかったが、その後この種の復興期的な財政需要が減少し、これに伴って立ち遅れていた産業基盤の整備、生活環境の改善、社会保障の充実がはかられ、それが今日の財政増加の一因となっている。このような方向は我が国経済近代化の過程で財政に課せられた任務であり、今後とも一層推進される必要がある。しかし同時に消費的経費の抑制合理化に努めて財政規模の安易な増大を避けるように配慮する必要があることはいうまでもない。長期5ヵ年計画は国民総支出に対する財政規模の割合を低下させ、それによって国民所得に対する租税負担率の軽減をはかりながら、財政支出内部では消費的経費を抑制して公共投資、社会保障の充実に努めることを目標としているが、これはまさに今後の財政の進むべき途を示すものといえよう。
これと同時に経済安定のための財政の役割も軽視し得ない。31、32年度の経済拡大の際に剰余金を生じたことが33年度の財政の増加を可能とさせて、結果的に景気回復を容易にしたことは前述の通りである。また33年度には景気情勢等を考慮して我が国ではじめて財源の一部「棚上げ」が実行されたが、こうした考えかたは今後も重要であろう。もとより財政支出は固定的な性格が強く、このため財政による景気調整的な機能には大きな限界があるが、その範囲内では今後ともできるだけ景気情勢に適切に対処して経済安定に資する必要がある。
33年度以降財政はこの二つの要請に比較的よくこたえ得たと思われるが、それには前にみたように31年度以降の巨額の蓄積資金があずかって力あったことを忘れることはできない。しかしこのような状況を常に期待することは困難である。今後の財政には従来に増して施策の重点化と支出の効率化が必要となっているというべきであろう。