昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
各論
建設
産業経済基盤の強化
32年12月決定された「新長期経済計画」において、基礎部門の拡充、産業立地条件の整備の緊急性が指摘されたが、以下、我が国の産業基盤の現状とそれに対処すべく33年度にいかなる施策がとられたかについて概観することとする。
輸送力の増強
輸送部門は戦時中及び戦後の基礎施設整備の閑却と経済成長に伴う輸送量の増大によって生産の隘路となっている。
輸送面における隘路打開のためには、車両、船舶のような可動施設の整備、充実も必要であるが、道路、鉄道、港湾等の基礎施設の整備増強とその近代化もこれに劣らず緊要である。
特に立ち遅れているのは道路である。最近6ヵ年間の自動車保有量と道路資産額の関係をみても 第4-3図 、両者の関係は跛行的である。そのため道路の交通容量以上の交通が行われ、交通混雑は悪化の一途をたどり、その結果は速度の低下を余儀なくされている。
また、道路の舗装率は 第4-4表 にみるごとく、国道でさえ4割以下、府県道までを含めればわずか8.4%という低い水準である。
このような事態に対処して、33年度を初年度とする道路整備5ヵ年計画が樹立された。本計画は総投資額1兆円(このうちには地方単独事業実施のための1,900億円が含まれている)をもって、一般道路及び有料道路の整備を実施していくものであり 第4-5表 、これにより37年度末には、一級国道の改良率は72.8%に、舗装率は63%に引き上げられる。
また、道路交通の近代化のためには既存道路の改善を進めるとともに、自動車専用の高速自動車道路の建設が緊要である。このため、東京~神戸間の高速自動車道路の一環として、名古屋~神戸間のいわゆる名神高速道路が事業費793億円をもって37年から供用を開始することを目標に建設着工の運びとなった。
一方鉄道輸送については、神武景気の31年度には滞貨の累積をみるなど逼迫した状態を現出した。その後景気の後退によりやや小康を保っていたが、はやくも33年度末には一部に若干の逼迫をみたほどである。
これに対し、32年度を初年度として、総額約6,000億円にのぼる国鉄5ヵ年計画が策定され、老朽資産の取りかえ、輸送力の増強、輸送方式の近代化等を目標にその実施が推進されている。33年度においては線路増設あるいは操車場拡充といった基礎的施設の整備に重点をおいて工事が推進された。さらに34年度においては、国内輸送の主要幹線である東海道輸送体系整備の一環として東海道新線が、工費約1,725億円をもって着工の運びとなったことも注目される。
さらに港湾の状況をみるに、我が国経済の発達、特に産業構造の高度化、重化学工業化に伴う港湾貨物取扱量の増大は、港湾施設整備の立ち遅れを表面化し、また、戦後の世界的趨勢である船舶の大型化、専用化は航路泊地の水深パース(繋留埠頭)の不足を問題化した。
企業の立場からも輸送費軽減のための港湾荷役の合理化と専用埠頭の整備などが、今までより一層大きな問題となってきている。我が国の特定重要港湾の荷役形態は 第4-6表 にみられるように、沖荷役の率が高い。しかも接岸荷役の比率の高い神戸港でさえ輸出入貨物を通じて、接岸荷役は全荷役の7~9%という貧弱さである。これは、我が国の港湾における荷役の機械化がおくれていることに大きく起因するものである。
そこで、港湾についても長期的構想の下に整備が進められることとなり、特に輸出の増強並びに基礎的産業の基盤を整備するため、特定港湾施設工事特別会計が34年度から設置され、国の直轄工事として推進されることとなった。
以上のような輸送力増強のための諸施策は、基礎的輸送施設の近代化を促進して経済構造の跛行性を是正することにより、今後の経済発展の基礎を強化し、我が国経済の生産力の一層の高揚をもたらすとともに、その開発的効果によって、生産と所得の地域的不均衡の改善に役立つものと期待される。
工業地帯の整備
戦後は国土保全、災害復旧事業に追われて国の事業実施の重点はこの面におかれ、そのため産業立地の整備が鉱工業生産の拡大に即応しなかった。さらに、根本的には、総合的な産業立地施策の確立がなく、長期にわたり無計画な膨張発展が行われてきた。この結果が今日各工業地帯に将来の発展のための大きな障害、隘路を引き起こしたのである。
工業用地の面をとらえても、新たに近代的な経済単位の工場を建設するには、最近の技術進歩の結果広大な敷地を必要とする。しかるに最近の都市周辺の土地価格の高騰、旧軍用地のような大団地の欠除は、これら用地の取得の困難さを増大した。また、重化学工業等の臨海性の強い工場の建設には、その工場適地は埋立地によるほか入手は困難な状況にある。しかも、我が国の工業生産は海にのぞんだ四大工業地帯(東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡)に集中し、面積は全国の6.6%でありながら、工業生産額、工業設備投資実績はそれぞれ56%(30年)、46.2%(32年)という高率を示している。また、主要重化学工業の業種別生産実績を臨海工場とそれ以外の工場に分けてみても、セメント、石灰窒素等の一部製品を除いては大部分が臨海工場で生産されていることを考え合わせれば、今後、産業構造の重化学工業化が進めばこの傾向はますます強くなるものと考えられる。
通商産業省で行った立地条件調査の結果を製造工業2,325工場についてみるに、これら工場の敷地の平均は10.9万平方メートルであり、製鉄業(高炉)、造船業のごときは百万平方メートル以上の敷地を占めており、レーヨン、アセテート、パルプ、ア系肥料、自動車工場もいずれも40万平方メートルないし百万平方メートルという広大な敷地を擁している。これによっても近代工業の工場建設にはいかに広い敷地が必要であるかが分かり、狭い土地に大工場がひしめきあう形がますます強くなるといわねばならない。
また工業用水についても、工場地帯の膨張発展と個別企業の工業用水確保手段がともに無計画、無統制のままに放置されてきた結果は、各地に工業用水の不足、地盤沈下を引き起こしている。尼崎市の例をみても地下水位の変化と地盤沈下速度とは明らかに相関関係を示している。
前述の立地条件調査について工業用水の使用状況をみれば、工業用水取水量は一工場当たり一日、火力発電219千トン、高炉194千トン、ア系肥料100トン、パルプ62千トン、レーヨン57千トンと莫大な工業用水を使用しており、2325工場の平均は1日10212トンで、淡水使用量は6665トンとなっている。今後、鉱工業生産の伸びにつれ工業用水の需要はますます増加する予想である。
このような多量の工業用水の水源別の内訳は、 第4-7表 で分かるように自家引用水が全体の41.9%で、そのうち半分程度は表流水ないし伏流水を水源としている。しかし、我が国の河川は豊水期と渇水期では流量の変動が激しく、しかも夏期渇水期には農業、工業、上水道等の各種用水の需要ピークが重複して水不足をいよいよ深刻なものにしている。
京浜、阪神、北九州のような工業地帯に近い河川は、現状においては新規の取水は全く不可能とまでいわれている。その結果は各工場とも水源を地下水に求めざるを得ず、ために生産の拡大--地下水汲上げ量の増加--地盤沈下速度の増加という過程をたどり、産業立地条件を悪化する危険をはらんでいる。
このような工業用地、工業用水の不足という事態に対しては、今後鉱工業生産の一段の飛躍をはかるため、前述の輸送力の増強とともに工業地帯の整備について積極的な施策を講ずる必要がある。
工業用地の確保という必要に対処して、33年度には重化学工業の臨海指向性、農地保全、用地造成費の低廉等の面を考慮して、新都市の開発、あるいは臨海工業地帯の造成をはかり、工業用地の確保にあわせて、工業の適正配置をはからんとする機運が生じた。
また工業用水の確保については、多目的ダムを築造して河川流量を定常化して必要な水量を生みだすほか、あるいは海水の使用、回収水の活用等水の使用面での工夫が必要である。
33年4月には、工業用水確保のための共同施設たる工業用水道について、工業用水道事業法が制定され、本事業の運営を適正かつ合理的ならしめ、工業用水の豊富低廉な供給をはかり、工業の健全な発達をはかっていくこととなった。今後工業用水道施設が進み、地下水に代わる水源の確保がはかられれば、工業地帯における地下水汲上げの規制も徹底し、地盤沈下の防止に寄与するところが大きい。
なお、工業用水としてのその量の確保をはかるとともに、水の質の保全をはかることもまた重要である。鉱工業の発達、都市への人口の集中は水利用の平衡を破った。下水や産業廃液の放流によって水が汚濁され、他への利用の害になり始めた。今後はさらに鉱工業の発達による産業廃液の処理の問題とともに、都市し尿の処分難が大きく水質に関係をもってくることが予想される。今日の我が国下水道の現状は 第4-8表 及び 第4-9表 にみるごとく誠に立ち遅れており不完全処理のし尿の自然水への放流が予想されるからである。
水質の汚濁を防止し、水質の保全をはかることは、国民大衆の保健はもとより、農業、水産業及び鉱工業のために清浄な水資源の豊富な供給を確保する一方、重要な産業に対して廃水処理について無理な負担をかけずに、国全体としての福祉を増進することが狙いである。
右の目的のもとに、33年12月には「公共水域の水質の保全に関する法律」及び「工場排水等の規制に関する法律」が制定され、水質汚濁防止にのり出すこととなった。
ここで注目すべきことは、この水質保全との関係において下水道、終末処理場が整理されれば、これによって生じてくる下水処理水は工業用水として再使用できる途が開かれてくることである。汚水処理に悩む工業地帯としては、まさに一石二鳥であり、一部都市では既にその具体的使用計画が進められている。
今日、我が国の産業経済の地域構造をみるに、産業は一部工業地帯へ過度に集中し、このことはさらにこれら地帯ないしはその周辺の都市への人口の集中を招き、種々の都市問題を起こしている。市街地の無計画な膨張、居住環境の悪化、公園緑地の欠除、交通条件の悪化、公共施設の不備、住宅不足等がその代表的なものである。しかも、他方、その他の地域は工業的には未発達で、生産性の低い第一次産業にたより、そのために低所得、潜在失業、低生活水準の状態を脱しえない状況である。我が国経済の安定的成長を期するためには、各地域の経済構造の均衡のとれた発展をはかっていくことが必要である。今後、工業地帯の整備を進めるについても、道路、港湾、鉄道、工業用水、排水路その他の産業関連施設の整備とともに、住宅、都市計画をも含めた長期かつ全国的視野に立っての総合的な整備計画を樹立して、その推進をはかることが肝要である。
以上、33年度にとられた施策を概観し、33年度が問題の解決に一歩を進めた年であることを示した。
今後、我が国の経済が増大する労働力に雇用の機会を提供するとともに、国民生活水準の一層の向上をはかるためには、引き続いて安定的な経済の成長を達成することが必要である。このためには、経済発展の前提条件としての産業経済基盤の強化が他の分野に先んじてなされなければならない。それには、長期の展望の下に我が国経済の発展の動向を見極め、これが積極的な推進をはかる計画を策定し、再び基礎部門整備の立ち遅れが産業経済規模の拡大の隘路となることのないよう心掛けるべきである。しかも計画の実施にあたっては、重点的、効率的な実施に努めることが肝要であろう。
第4-10表 都市面積に対する道路面積の比率の各国主要都市の比較