昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
総説
経済構造の近代化とその問題点
産業構造高度化の跛行性
産業基盤の立ち遅れ
我が国の工業生産の6割は従来、京浜、阪神、中京、北九州の四大工業地帯に集中してきた。このため重化学工業の生産増大が著しくなった現在、各地で工業用水の不足、輸送の隘路化、用地の取得難が目立ってきた。工業用水についていえば、鉄鋼業では製品トン当たり400トン、化学工業では100ないし700トンの用水を必要とする。重化学工業の比重が増えると工業生産の5割に対し工業用水の需要は2倍にも達する状態で、工業用水の不足はますます著しくなった。
輸送については鉄道の幹線輸送の隘路化や都市交通の行き詰まりの問題もあるが、道路輸送の立ち遅れが顕著である。総額1兆円に達する道路整備5カ年計画が33年度から実施され、最近の道路拡充はかなり進んできた。しかし急テンポで上昇する道路輸送に追いつけないのが現状である。例えば我が国の道路の鋪装率は先進国のほぼ10分の1という低さである。また道路資産は28年当時に比べ4割以上増加してはいるが、自動車保有台数は2倍にも達している。
港湾施設の不足も目立ってきた。外国主要港湾では貨物取扱量100万トン当たり10~40バース(けい留埠頭)であるのに対し、我が国では2~8バースで外国の5分の1に過ぎない。加えて荷役の機械化が著しく遅れ、それだけ輸送費がかさむことになる。しかも最近ではマンモス・タンカーや大型鉱石船など船舶の大型化が進み、水深の深い港湾や荷揚設備の大型化と高性能化が必要となっている。
重化学工業化の著しい進展に対し、以上のような道路、港湾、工業用水施設の立ち遅れがはなはだしい。産業基盤強化は産業構造高度化のための基礎的条件である。
なお右に述べた狭い意味の産業基盤の問題のほかに、住宅や上下水道、都市交通などの生活環境の整備の立ち遅れも経済構造の近代化にとっては重要な課題である。
国民一人当たりの使用畳数は33年度において3.8畳といまだ戦前に復しておらず、全国の住宅不足戸数は178万戸に達している。特に大都市の中低所得層の住宅難は厳しい。下水道の普及も市街地人口の1割という先進国とは比べものにならない低水準である。人口の大都市集中化に伴い、これらのおくれた面はますます深刻化しており、今後一層の配慮を必要としよう。
機械工業高度化の方向
重化学工業の中でも機械工業の発展は最近めざましいものがある。しかし諸外国に比べると我が国機械工業の立ち遅れはなお克服されていない。
機械工業を拡充しなければならない理由に二つある。第一は輸出を伸ばすためである。重化学工業の著しい発展にもかかわらず、機械の輸出が遅れていることは前述した通りである。機械は世界貿易においても急速に伸びる分野であるが、世界の機械輸出に占める我が国の比重はまだ低く、船舶をいれてもわずか3%にとどまり、西ドイツやイギリスの6分の1に過ぎない。日本の機械輸出では船舶やミシン、鉄道車両、光学機械の比重が高くて 第35図 にみるごとく、自動車や一般機械など世界的に貿易額の大きい商品では立ち遅れている。
第二は雇用の拡大及び近代化のためである。重化学工業が進んでも装置産業の雇用吸収力は小さい。 第36図 は産業別に設備投資を1億円した場合の雇用増加数を示すものであるが、機械がずばぬけて高い。従って重化学工業化が進む場合に近代的雇用の増加は機械工業の発展にまつところが多い。
そこで機械工業の発展が一段と要請されるのだが、その場合特に機械の中でもおくれている分野を強くすることが必要である。例えば日本と西ドイツの資本蓄積率を比較すると、製造工業全体ではあまり差がないのに一般機械や輸送機械でかなりの開きがみられる。一般機械は工作機械、機械部品など機械工業全体の技術を左右する基礎部門と化学機械、金属加工機械など他の産業に大きく影響する部門を含むものであるから、一般機械の立ち遅れを克服することは、機械工業を一層発展させるべき第一の方向である。 第37図 は工作機械の輸出入を各国と比較したものである。資本蓄積のおくれを反映し技術水準が低いことによって輸出に対して輸入が著しく大きくなっている。
また船舶建造量は世界一であるが、自動車工業では最近の著しい発展にかかわらず先進国に比べるとなおかなりの開きがある。自動車工業など高度の組立工業が発展することは、工作機械や鋳鍛造品、ダイカスト製品、ネジなどの機械共通部品など基礎部門の市場拡大のために大きな効果がある。これら部門の立ち遅れはこれまで我が国機械工業の技術発展を制約してきた要因である。例えば自動車工業が発展すれば、これら基礎部門が多機種小量生産体制から量産専門化体制へ移行することも可能となり、機械工業全体としてより大きな技術発展を期待し得るであろう。
電気機械や重電機や耐久消費財を中心にして目立って発展し、機械工業における地位はますます大きくなっている。諸外国と比べてもその水準はあまり大きな遜色はない。しかし電気機械の中では最近世界的に急速な発展を示した電子工業は、まだ遅れている。オートメーションの展開は戦後技術革新の一主柱であるが、計測制御器、電子計算機などオートメーション機器は電子工業技術に左右されるものである。自動調整装置や電子計算機など電子工業の輸入依存度は非常に高く、日本産業の本格的オートメーション化のためには電子工業の発展が大いに望まれるのである。
以上工作機械、産業機械では一層の技術発展、自動車工業では大量生産方式への移行、電気機械では電子工業の強化こそ、機械工業高度化の鍵といえよう。
大企業と中小企業の断層
機械工業の急速な市場拡大、新製品、新産業の発展等技術革新の潮流はまた中小企業製品の市場を著しく拡大した。生産の急速な拡大や競争の激化による品質の高度化は程度の差はあってもあらゆる部門の中小企業の合理化、近代化をおし進めている。そこでは当然、近代化できた企業、あるいは新製品に転換できた企業と、できなかった企業とを生じ、また新産業の発達のかげには多くの衰退産業を生んで、中小企業内部にも階層間の格差を拡大している。
近代化できたといっても中小企業は資本力が小さく、優秀な技術者群をもたないので、大企業のそれとは投資額その他で格段の相異があり、技術的断層は大きい。この断層が今日特に問題となってきている部門は、機械工業である。機械工業の中でも自動車や電気機械では、大企業は主な部品もつくるが、主として組立を行い、中小企業が部品の多くを生産している。このような機械工業の部門に大量生産方式が導入されてきたので、下請中小企業も部品量産化、製品精度の向上、確実な納期、しかも相次ぐ価格引下げなど親企業からの厳しい要求にこたえなければならなくなった。このため、親企業は下請企業とは従来より一層密接に結びつくことになり、自己の系列に組み入れて積極的に育成する必要にせまられた。最近における機械中企業発達の背景には以上のような事情が強く働いているといえよう。
機械工業などにみられるこのような生産的系列では、親企業は技術指導に力をそそぎ、その他融資あっせん、不用機械の貸与などを行うことによって下請企業特に中企業を育成した。これらはある程度経営も安定し、技術を高め、生産力を増大している。系列下の中企業はもはや今までのような単なる景気変動の調節弁ではなくなったのである。しかし、こうして伸びてきた系列下の中企業も、親企業からの単価切下げ要求が極めて強いため、近代化によるコスト低下の効果も大半は帳消しにされ、資本蓄積力には限界がある。 第38図 は自動車部品工業における工作機械取得状況を示すものであるが、中小企業では新規購入の約7割が中古機械で、資本力の弱さを示している。中企業は近代化といっても、主として運搬過程の合理化、中古機械の改良組合わせによる半自動化、流れ作業的な生産工程の導入など資本投下の少ないわりには生産性を大きく引き上げる手段にたよっている。新鋭機械を入れているものはまだ少なく近代化はその緒についた段階といえよう。
今後親企業の生産がますます大規模となり、技術が高度化していくとき、これに対応するために、下請企業は新しい高性能機械を買うなど合理化投資を必要とする。中企業は系列下で発展してきたが、資本蓄積力に限界があるうえに、特定親企業の系列内に縛られていることから専門メーカーとして独自性をもつことが難しい状態にある。発展の基盤を整えてきた中企業を真に専門メーカーに発展させるためには、たんに親企業に依存するのみでなく、技術面での専門化、資本蓄積を容易にするなどの政策的な援助が一層必要であろう。
一方これら中企業はさらに再下請、再再下請へと段階的に注文を出しているが、親企業からのコスト引下げ要請が強いので、再下請へそれをしわ寄せしている面が少なくない。このようにみてくると、系列下の中企業は近代化してきたとはいえ、再下請などの小企業と大企業との断層は依然として埋められていない。
このように機械工業では中企業の発展は著しいが、小、零細企業の改善はほとんどみられていない。機械工業のみならずその他の産業の小、零細企業でも過当競争是正のための組織化、受注の安定、公正取引など小、零細企業をとりまく外的諸条件の改善が必要であろう。