昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
建設
建築活動に対する景気後退の反映
投資ブームの波に乗って空前の活況を呈した昭和31年度のあとを受けて、32年度における建築活動は全体として一応前年に引き続き高水準を持続したが、前年に比べて着工延べ面積で1%、工事費予定額にして8%の上昇にとどまり、これは31年度の対前年増加率がそれぞれ18%、27%であったのに比べると建築投資の伸びは著しく鈍化したといえる(この数字は未補正のため前掲 第54表 の数字と一致しない)。
32年度の年間の推移をみると 第57表 にみるように第1・四半期は前年の好況の余波で着工延べ面積で対前年同期比116%と前年に引き続いて上昇を示したが、第2・四半期に入ると公定歩合の引上げをはじめとする一連の金融引締政策の効果が建築着工に現れ、対前年同期比98%と前期に比べて相当大幅に減少した。この引締めの波及過程を28年10月以降とられた前回のそれと比較してみると、前回の引締めの効果が建築着工にはっきりと現れ始めたのは8ヵ月後の29年6月であったのに対して、今回はかなり急速に現れ、3ヵ月余でほぼ全面的な影響が全建築物について波及することとなった。下半期に入って、第3・四半期においては政府対策住宅の着工が集中したため前年同期比が100%を超え、やや反騰の気配をみせたのであるが、デフレの全般的な浸透によって第4・四半期には87%と昨年同期の水準を大きく下回ることとなった。
しかし、このような建築活動において現れた景気後退の影響は必ずしも一様ではない。まず建築主別にみた場合では、着工延べ面積でみると、民間発注の建築物については、上半期では前年同期に比べて111%であったものが、下半期に入って94%と下落を示し、なかんずく、会社その他の法人発注は7月以来下降を続け、デフレの進行過程を敏感に反映している。これに反し、国、地方公共団体の政府発注の建物については、上半期において対前年同期比79%と前年水準を大幅に下回ったのに対して、下半期には100%と前年並みに持ち合い、景気後退の影響をそれほど感じさせなかった。
これを用途別に着工延べ面積を前年と比べてみると、総量では産業用建築及び公務文教用がともにそれぞれ97%と減少をみせているのに反し、住宅が産業併用を含めて104%(専用住宅のみでは108%)と増加したのが注目される。
すなわち産業用建築は、全体として昨年の投資が旺盛であったためひとたび縮小に入るとその反動も大きく、その下げ足は相当急テンポであった。特に鉱工業用建築については全体の着工量こそ設備投資ブームの余波で前年とほぼ同一の水準を維持したけれども、第1・四半期の対前年比165%をピークとして漸次下落の一途をたどり、第3・四半期81%、第4・四半期65%となってデフレの浸透が生産部門に比較的急速に現れ、工場施設等の新設が激減を続けたことが知られる。しかし同じ生産部門でも公益事業用建築については第2・四半期に入ってむしろ増勢をたどり、下半期に至って財政投融資の繰り延べ等の影響もあって若干減少を示したにとどまった。これによって一般産業の工場新設は一応一巡したかの観があるのに対し、公益事業部門の設備投資意欲は依然衰えていないものと思われる。また、商業用建築については、上半期は神武景気の余恵としての消費支出の上昇を反映して増加を続けたが、下半期に入って消費の伸び悩みとともに減少し、第4・四半期には対前年同期比66%と激減するに至った。
一方公務文教用の公共建築は上半期においては大幅な減退を示したが、下半期においてかなりの増大を示し、対前年同期比でも105%と上昇をみせ、下半期の建築活動の下降に対するブレーキの役割に微力ながらも力をかしていたといえる。
しかし、何といっても32年度の建築投資を一応昨年並みの水準にとどまらせたのは全着工量の半ば以上を占める住宅建設が前述の通り堅調であったことによるものであって、その年間の推移も前年の各期に対する増減率にあまり大きな凹凸がなかったことによって、建築活動が急激に下落するのを支えていたのである。住宅建設戸数についてみると 第59表 の通り総建設戸数にして対前年比104%であって、民間自力建設が97%と微減したのに対して、公営、公庫、公団等の政府対策住宅については、32年度においても重要施策の一つとしてとりあげられ建設計画戸数が飛躍的に増加させられたため、住宅が財政投融資繰り延べの対象の一つにおかれたにもかかわらず、前年度と比べて113%と相当大幅に増大した。従って、民間自力建設住宅が衰えをみせてきた下半期においても政府対策住宅の増加があったため住宅建設は高水準を維持できたのである。
以上が32年度における建築活動の主要な動きであるが、最近数年間(26~31年)の建築投資の足取りを振り返ってみると、建築全体としては景気変動の影響に対してはかなり敏感に反応しており、その変動はかなり大きい。ちなみに国内総資本形成のそれと比較しても決して小さくはない。すなわち実質国内総資本形成の対前年増減率は最高19.2%増、最低6.9%減であったのに比べて建築のそれは着工面積でみて最高19.6%の増、最低9.0%の減となっている。これは鉱工業商業用建築が好不況の波を直接的に受けて大きく揺れたことと、民間自力建設が比較的に安定的上昇を示してきたのに対して、政府対策住宅が29年度において緊縮財政によって大幅に削減されたことによるものである。
一方昭和5年から15年頃までの軍事施設を除く一般建築投資と国内総資本形成とについてその国民総支出に対する割合を比較してみると、建築投資は3~4.5%であって、後者が7~23.5%であるのに比べてその投資率の変動ははるかに小さかった。これは住宅建設と産業用建設とが互いに補完し合って比較的安定した水準を保っていたためである。このような戦前における建築投資は景気変動に対してそれほど急激な変化をみせていないことが特徴の一つであって、むしろ景気変動に対するブレーキの役割を果たしていたとも考えられるのである。
以上のような戦前戦後の動向から、今後の建築投資については、いまだ一般産業用建築が景気循環と軌を一にして変動し、また民間自力建設住宅については、借家権が強く、地価、建築費とその賃貸料との乖離から借家経営が一般の投資対象としては決して安全有利なものでなく、低質の木造アパート等を除いて多くを望めないから、これに戦前のような建築循環の自律的調整作用は期待できない。従って、このように民間建築が景気の波動を助長するような傾向に進むと思われる状態においては、今後の政府の建築投資について、景気対策の一環としての見地から景気変動に対する一つの調節弁として見直す必要があるのではなかろうか。もちろん、いまだ住生活の面が立ち遅れており、今後当然住宅難が低所得層に集中するであろうから政府対策住宅については一定の水準の確保が必要であることはいうまでもないことであるが、公共事業におけると同様に今後の課題として検討されるべきものであろう。