昭和32年
年次経済報告
速すぎた拡大とその反省
経済企画庁
各論
国民生活
低所得世帯の動向と基本的問題
31年度の国民生活の改善は勤労者世帯の内部においては所得階層別にみてもそれほどの差はみられなかったが、低所得世帯についてはさらに詳しくみることにしよう。
まず、厚生省調べの「生活被保護人員」をみると、31年においては前年よりも約10万人減少して182万5000人となり総人口の2.0%となった。また厚生省が生活被保護世帯と同程度に低い生活水準にあるものと推定している「低消費水準世帯」も前年より約11万世帯減少して181万4000世帯となった。
さらに被保護世帯や低消費水準世帯を多く含んでいる「日雇世帯」「家内工業世帯」零細農家及び露天商行商等を含む「その他の世帯」は日雇世帯が前年とほとんど変わらなかったことを別とすればいずれも前年よりかなりの減少をみている。
このように31年における低所得世帯が減少したのは主として好況の波及による影響と考えられるが、長期的にみた戦後の推移においてもやや減少の傾向にあるようにみえる。まず生活被保護人員をみると終戦直後は極端な低生活水準にあったので、極めて低い保護基準でも22年で281万人を超えていた。しかし、その後は経済の急速な回復による所得水準の上昇、所得階層分布の縮小等により26年頃までには200万人前後に減少した。26年以降は経済の成長率がやや鈍り所得階層分布も拡大したが、他方、軍人恩給等の支給開始等のその他の要因も加わったので、31年には182万人に減少している。しかし、この減少はその全部が世帯主が労働力を有する世帯の減少によるものである。特に自営業と常用労働者世帯の減少率が大きかった。これに反して世帯主が労働力を持たない世帯においてわずかながら増加傾向にある。
さらに被保護世帯と同程度の生活水準にある低消費水準については29年以降の調査しかないが、これによると景気変動による増減はあるがその総数はほとんど横ばいであり、国民総世帯数に対する比重で縮小傾向にある。
一方、生活保護、低消費水準世帯等の低所得貧困世帯を多く含んでいる日雇世帯、家内工業世帯、零細農家露天商行商等を含む「その他」の世帯を厚生行政の基礎調査によってみると28年以降、日雇世帯は微増、家内工業世帯は大幅に減少し、「その他」の世帯も景気循環的な変動は激しいが減少傾向にある。このように長期趨勢的にみても生活被保護世帯や低水準世帯等は停滞ないしやや減少気味にあるが、その形成の基盤をなす日雇世帯、家内工業世帯、「その他」の零細な業態世帯も停滞ないし減少傾向にある。しかし、前述したように被保護世帯と低消費水準を合わせた貧困世帯は31年においても222万世帯に達し、国民総世帯の11%という大きな比重を占めている。しかもその一人当たりの消費水準は常用勤労者世帯の42%に過ぎず、エンゲル係数も60%という状態にあるのでその改善は大きな問題といわなければならない。
このような低所得貧困世帯形成の原因には大きく分けて二つの類型がある。その第一の類型は所得能力の喪失、停止または制限による所得水準の低下によるもであり、これには世帯主の低収入から傷病労働力の停止、貧困化という過程をたどるものと世帯主の、老齢化により労働力を喪失するかあるいは正常の就業が困難となるもの及び、母子世帯のように幼児保育のために就業が制限され所得水準が低下するという三つの形態がある。これ等の世帯は被保護世帯に多く、その世帯の特徴は一般世帯に比べ世帯人員は少ないが傷病人が多く、かつ、労働力年齢層の比率も少ない。そのため有業率が最も低くしかも世帯主及び世帯員の所得水準も低いということにある。もっともこのような傷病は低所得との悪循環も考えられるので基本的には世帯主の低所得ということが大きな影響を与えていることはいうまでもない。
これに対し、第二の類型のものは世帯主が低収入であるとともに多子家族のために世帯内の労働可能の年齢層が少なく、かつ幼児の保育のために妻その他の世帯員の就業も制限されて、世帯主の低収入を補う世帯員の収入もまた十分でない世帯である。
このような世帯は厚生行政の基礎調査による低消費水準世帯に多い。従ってこの世帯の特徴は一般世帯に比べると世帯主の収入水準が非常に低くかつ世帯人員が多い。しかもその多くは生産年齢に達しない幼齢人口である。さらに、生産年齢人口中の有業率も一般世帯よりもはるかに少ないので有業人員当たりの扶養率は一般世帯に比べると非常に高い状態である。
これら二つの類型を通じた共通的な特徴は労働力が停止あるいは制限されない場合においても世帯主の所得水準が非常に低いということにあるが、これは個人的な要因によるものよりも国民経済的な基盤に根ざすものが大きい。すなわち、我が国の産業構造は近代化した生産性の高い大企業と前近代的な低生産性の小企業とが併存しその格差は拡大傾向にある。しかも労働需給は常に供給過剰の状態にあるため、大企業や中企業等に雇用されない労働力は生産性の低い小企業や零細企業に就職するかあるいは家内工業商業、サービス業等などの零細経営の自営業主となる。また失業、再就職、失業という転落の過程をたどる労働者は失対事業の登録日雇労働者等として固定化する傾向もみえる。これら労働者の所得水準は一般的に低く低所得貧困世帯形成の基盤をなしているといってよいであろう。
このように低所得貧困世帯には二つの類型があり、その貧困化の原因も同一でないので、改善の方向も同一に考えるべきではない。第一の類型の労働力の喪失、停止、制限されている世帯は社会保障の強化充実によることを考えなければならない。このうち傷病により労働力が停止されている世帯は傷病の治癒によって一般世帯に回復することが可能であるが、その間の治療及び生計費は社会保険及び公的扶助の強化によって支えることが必要である。さらに労働力が制限されている母子世帯等については保育施設の拡充等により世帯主の就業を促進することなども考えられるべきであろう。
第二の類型の労働力を保有しながら低所得世帯を形成しているものについてはまずその所得水準を引き上げることが必要であるが、それには二つの基本的な方向が考えられるべきであろう。その(1)は経済の高い成長と完全雇用政策の推進によって労働需給を緩和し前近代的な低生産性の不安定就業から近代産業への就業を可能にすることである。その(2)は前近代的産業自体を近代化して生産性を高め賃金水準を引き上げることである。小企業の設備の近代化、最低賃金性の実施等もこのような観点からも考慮されなければならない。
しかし、こうした基本的方向のみにとどまらず低所得、傷病の悪循環により労働力を停止、制限される可能性の多い世帯において、社会保険の普及がいまだ十分でないので、この面の強化や世帯員の就業化を妨げている幼児の保育などについても特別の考慮が払われるべきであろう。