昭和32年
年次経済報告
速すぎた拡大とその反省
経済企画庁
各論
財政
財政と投資
31年度は民間資金活用という点で財政投融資に新たな展開がみられたのが特色であった。これは直接には予算編成当時の経済情勢によるところが多かったが、長期的にみてどのような背景に基づいているだろうか。
政府投資の動向
政府投資の増大
戦後政府の直接投資は戦前に比べて著しい増大を示した。これを9~11年度に対する29~31年度の実施国民総支出の伸びでみると、総額で約47%の増加であるのに対して、政府投資は約265%という最高の増加率を示している。このため、国内総資本形成に占める政府投資の比重は戦前の19%から31%へ増大し、 第87図 でみるように総需要に占める割合も2.4%から7.4%へと大きく増加している。このことは財政規模の増大に基づく面もあるが、何よりも戦後の財政の投資に対する積極的な態度がもたらしたものであって、政府の財貨サービス購入中に占める投資的支出の割合は戦前の17%から43%へと著しい増加をみせている。
このように戦後における政府投資の増大は顕著なものがあるが、しかし戦後の復興期を終えるにつれてその内容も方式も次第に変化をみせている。まず一般会計からみることとしよう。
一般会計における投資の動向
一般会計においては、28年度を境に投資的経費の停滞、消費的経費の増大が特徴的である。すなわち一般会計歳出をいわゆる「資本的支出その他」の分類でみると、 第88図 のように消費的支出が26年度の69%から32年度の75%へとほぼ一貫して漸増を続けているのに対し、建設的支出は28年度の22%をピークに減退をみせ、かなりの増加をみせた32年度においても21%の比重にとどまっている。このことは建設的支出の約70%を占める公共事業費の動向においても明瞭であって、その国、地方の歳出に占める割合は同じく28年度を境に以後減退し、32年度にようやく絶対額で28年度水準を上回ったものの、予算に占める割合はいまだにこの水準への回復をみるに至っていない。このような投資の停滞とともに、その内容の変化も著しいものがある。戦後の公共事業費は28年度基準で戦前の7~11年度に対し実質的に約3.5倍の増加をみせ、あらゆる費目おいて戦前を上回っているが、しかし内容的には 第89図 のように戦前に比べて災害復旧費が圧倒的に大きく、道路、港湾など産業基盤への投資が比較的少なかったことが特徴的であった。事実28年度までの公共事業費の増大は主として災害復旧費、ついで治山治水事業費の増大によるものであった。しかし28年度以降は災害発生の減少とともに災害復旧費が急減し、代わって道路整備事業費が著増を続けている。
第88図 一般会計歳出の「資本的支出その他」の分類による推移
このように戦後における公共事業費、ひいては一般会計における投資の増大は、主として敗戦による国土の荒廃がもたらしたものであった。しかし気象条件にも恵まれて一応の復興段階を終えると、その内容は遅れていた産業基盤の整備などより高度化したものの、復興期におけるような一般会計の投資の著増をもたらす力は失われるに至ったといえる。このことは異なった意味で復興需要的であった公立文教施設費の動きにも現れており、その予算額はやはり28年度をピークに減少し、また地方団体の自力建設分も含めて公立学校の建築坪数は26年度を境に以後減退をみせている。
財政投融資の動向
このような動きに対応していわゆる財政投融資にも種々の変化がみられている。財政投融資には極めて多様の資金が存在し、このためどの分類も多少の恣意を免れえないが、ここでは投資の主体に着目して分類を行うこととしよう。すなわち通常民間への資金供給として一括されているもののなかには、諸公団等実質的に政府の事業とみなされるものがある。また電源開発会社など特殊会社も、その経済的機能においては開発銀行を通ずる九電力などとほとんど異なるところがないが、資本構成、管理権などを通じて投資の意志決定が利潤動機に左右されず完全に政府のものである点、実質的に政府の直接投資と解しうるだろう。一方民間への資金供給においても、中小企業、農林漁業、住宅資金、地域開発等、生産性の低さまたは欠如のため多分に社会政策的見地から融資されるものと、危険負担または公益性等の見地から生産性の高さにもかかわらず重要産業向けに融資されるものとには質的な差異がある。かくて財政投融資の資金運用を(イ)重要産業向け融資(ロ)社会政策的融資(ハ)政府の直接投資(二)地方債引受(ホ)その他(復金債償還、インベントリ・ファイナンスなど)に分けて戦後の推移をみると 第90図 のようになる。これによると、29年度以降重要産業向け融資の減少、地方債引受の停滞傾向と対照的に政府の直接投資、社会政策的融資の増大が顕著であり、これが最近における財政投融資の増大の主因をなしていることがうかがえる。一方その資金源の推移をみると、 第91図 のように一般会計からの出資の減少、初期における見返資金などの援助資金の消滅、これに対する資金運用部など貯蓄資金の増大、公募債の漸増などが顕著な傾向であり、さらに最近では余剰農産物のごとき新たな借款を資金源とするに至っている。しかもこの間26~28年度には資金源の減少を補って約2,000億円にのぼる蓄積資金の使用が行われたのであった。このように財政投融資は当初基幹産業への復興合理化資金を供給することを主にしたものだった。そしてその資金源としては初期には復金債、その後は見返資金等援助資金が充てられた。これと同時に戦後経済の安定を目的とした例えば復金債償還、インベントリ・ファイナンスなどの用途に一般会計、見返資金等の資金が用いられたのも特徴だった。しかし戦後経済の展開につれてこれら重要産業向け融資は次第に減退し、代わって主に貯蓄資金からなる政府資金の社会政策的な融資と、民間資金活用による政府自らの直接投資とが次第に増大しつつあるということができる。
政府投資の変化
このように一般会計における政府投資の停滞、財政投融資における政府投資の増大の結果、政府直接投資の重点は次第に一般会計から財政投融資へと移行しつつある。地方財政においても同様に普通会計における投資的経費の減少、公営企業における投資の増大傾向がみられるから、両者を含めて政府直接投資の重点が歳出ベースから投融資ベースへ移行しつつあるということができる。これを政府固定資本形成(建設投資)の推移でみよう。 第92図 のように一般会計投資は28年度をピークに以後減少したままほとんど増加をみせていない。地方の普通会計においても29年度を境にかなりの減少である。これに対して企業会計等の投資は公団、電源開発等の増加もあって29年度以降著増を示し、これが政府固定資本形成増大の原因となっている。地方の公営企業ではこれほど著しい動きはないが、しかし漸増を続けているのが対照的である。かくして政府固定資本形成を占める歳出ベース投資の比重は28年度の73%から31年度には59%へと低下し、逆に投融資ベースによる投資は27%から41%へと増大するに至っている。またこのように直接の政府投資に限らず、前述の間接投資における農林漁業や住宅向け融資も実質的には政府の建設事業を補完しているという見方も成り立つだろう。そこでこれらを国、地方を通ずる公共事業費と住宅建設費に加えてその事業費の推移をみると、 第93図 のようにやはり投融資ベースによる事業量の増大は顕著である。しかも投融資ベースに対するその依存度は事業自体の性質を反映して住宅建設費において最も著しく、農林漁業対策費がこれにつぎ、道路対策費においてその依存度が最も低いという現象がみられている。
このように政府投資はその方式においてもまた当然にその内容においても大きな変化をみせているが、これをもたらした直接の原因としては29年度来の緊縮財政の影響を挙げることができる。すなわち、31年度予算編成の経緯にその一例をみるように、29年度以降歳入の伸びが鈍化し、しかも一方で消費的な諸経費が増加した結果、政府投資の維持増大をはかるためにはいきおい財政投融資に頼らざるを得なかったのである。しかしこのことを可能にしたより基本的なものは、やはり復興期の終了、資本蓄積の進行という戦後経済の発展であったといえる。つまり、前述のように国土の復旧維持を目的とする事業の大きかった時期においては、投融資ベースによる事業の増大ということは極めて困難であった。しかしそれが一応の終了をみ、事業内容が産業開発ないし生活水準向上というより高度なものに向かうにつれて、低位ではあるが採算ベースによる事業というものが可能となるに至った。しかも一方では民間における資本蓄積が進行し、それが政府保証債の発行による政府投資の増大を可能ならしめるに至ったと考えられる。
財政による民間資本蓄積方式の動向
財政による産業設備供給の減退
以上のような政府投資の動向に対応して、財政による民間資本蓄積方式にも変化がみられている。戦後荒廃した生産設備の復旧、拡充、近代化には膨大な貨幣資本を必要としたが、民間における資本蓄積の低下は必然に財政資金によるその補強を大ならしめた。復興金融金庫にはじまる財政からの設備資金新規供給額は31年度までに約9,300億円に達し、24年度以降産業設備資金調達額の約13%、同外部資金調達額の約26%を占めている。これが電力、海運等の基幹産業に重点的に投下されたこと、それにより例えば電力では25年度以降511万キロワットの発電出力の増加を示し、海運では24年度以降267隻の計画造船をみ、その他鉄鋼、石炭等でも拡充近代化が進むなど日本経済の再建と高度化に大きく貢献したことは周知の通りである。しかし資本蓄積の進行につれて財政資金供給の比重は漸次後退しつつある。すなわち、前述のように財政投融資における重要産業向け融資の比重は28年度の25%から32年度には9%へと著減をみせているが、一方鋼鉄、石炭、機械、化学、繊維等の諸産業においては27、28年度以降財政資金の返済超過を示すに至り、これらの結果産業設備資金調達に占める財政資金の比重は 第94図 にみるように27年度の19%をピークに31年度には6%にまで低下するに至っている。
租税特別措置の役割
このような財政資金の役割の減退によって、漸次表面化してきたのは租税上の各種特別措置の役割である。租税特別措置の多くは25年度以降設けられてきたものであるが、32年度税制改正前の姿でみるとその内容は 第113表 のように多方面にわたり、これによる32年度ベースの平年度減収見込額は1,055億円に達している。このなかには米作所得の特例や社会保険診療報酬の特例など特別の政策的配慮に基づくものもあり、また準備金のうちにも会計理論上当然とされるものもあるが、その多くは資本蓄積を中心とする経済政策的な配慮に基づくものである。すなわち、(イ)貯蓄の奨励は利子、配当所得及び生命保険料の減免税を行うものであり、(ロ)企業資本の充実は増資配当及び登録税の減免を、(ハ)内部留保の充実は貸倒、価格変動、渇水等の諸準備金、退職給与、特別修繕等の諸引当金の損金繰り入れによる課税の繰り延べを、(ニ)設備投資の奨励及び近代化は重要ないし近代化設備の3年間5割増ないし初年度2分の1の特別償却を、(ホ)輸出の奨励は輸出所得の特別控除を、(ヘ)重要産業の助成は重要物産所得の免税をそれぞれ認めるものである。このうち貯蓄の奨励を除く各措置は直接企業の資本蓄積に関連するものであるが、事柄の性質上その利用が多く大法人によって行われているのが特徴的である。いまこれによる特定の大法人の受益の実例をみると、 第95図 のように重要物産等による免税所得はこれら法人の場合特別措置利用前所得の6ないし33%に及び、これに準備金、引当金、特別償却等による課税の繰り延べを加えると、これら法人の実際に課税される所得は総所得の26ないし86%と減少するに至っている。またこれを全法人についてみると、 第96図 のように25年度以降30年度までに免税された所得は747億円、準備金引当金として課税を繰り延べられた所得は4,053億円に及び、法人税率を40%として約1,900億円の法人税の減収をみた計算となっている。また5割増償却の対象となった重要設備の取得額は26年度以降5年間に3,176億円、初年度2分の1償却の対象となった近代化設備の取得額は27年度以降4年間に833億円に及び、例えば自動車工業において27年度以降5年間に設備投資額に対して8.3%、償却総額に対して20%の特別償却額をみている。これらが企業の内部資金を厚くするものであることはいうまでもないが、他の事情と相まって前掲 第94図 にみるように29年度以降産業設備資金調達において内部資金の比重は著しく増大し、31年度の投資を促進した一つの要因となるに至っている。さらに31年度は増資が盛行し投資増大の一因となったが、これも租税特別措置による増資配当免税の期限切れ等の問題が大きく作用したことは周知のところである。
今後の方向と問題点
戦後の傾向と諸問題
以上のような変化をみせながらも戦後の財政は戦前の財政に比べ投資に対して著しく積極的であった。これは財政政策の前進ということにもよるが、多くは戦後の環境がもたらしたものであった。すなわち、終戦による国土、生産設備等の荒廃は広汎な復興需要を提起するものであった。しかも生産設備の復興は単なる復旧にとどまらず、技術革新の趨勢に伍してその近代化をも要請するものであった。しかし同じ戦後の事情が資本蓄積の大幅な低下をもたらし、民間による自発的な蓄積によってこれらの需要を賄うことが到底不可能であった。かくして財政の役割は必然的に増大した。政府投資の増大、援助資金を中心とする財政資金の基幹産業への補給、租税上の各種特別措置の採用などは多くこのような背景から生まれたものであり、またこれらは戦後多くの国に共通にみられた現象であった。しかるに戦後経済の展開につれて情勢は若干変化している。政府投資は復興期にはいわば復興需要に支えられて増大したが、その一応の終了とともにこのような要因は減退し、その増勢の鈍化する可能性がみられるに至っている。一方民間における資本蓄積の進行は漸次財政資金の比重を減退させ、これに代わって税制などによる自主的な蓄積の比重が増大しているが、さらに租税特別措置についても租税負担の不均衡という問題を伴わざるを得ないから、今後は経済の正常化が一層進むにつれて、32年度の若干の改正にその例をみるように、漸次一般的な減税による蓄積へ重点が移行する方向にあるといえよう。
しかし、これらのことは必ずしも財政の投資に対する役割の重要性の後退を意味するものではない。第一に、今後国際競争に伍して高い成長を維持していくためには引き続き産業構造の高度化、近代化が要請されている。財政はこの面において、例えば国鉄、道路のような産業基盤の整備や原子力開発のような技術革新の推進など幾多の果たすべき役割をになっている。また復興期のような主導性は失われたとはいえ、産業政策における財政資金の役割も今後依然重要であるだろう。第二に、復興期を一応終えたとはいえ、災害復旧や治山治水などの国土の保全開発、文教施設の整備等行政固有の分野に残された課題は極めて大きい。これらの解決はいわば財政本来の任務であるだろう。第三に、住宅、上下水道等国民生活水準向上のために果たすべき財政の役割は増大している。また財政資金の社会政策的な融資は今後さらに増大する方向にあるだろう。このように財政の投資に対する役割は今後も依然重要であるが、前述の投融資ベースによる事業の増大は少なくとも経済正常化に即して政府投資を拡大する一つの方向ではあるだろう。ただし新たな機関の設立に当たっては、それが実質的な財政規模の拡大を招くおそれがあるから、その対象の選択、投融資への依存の程度、機構の効率化等十分な検討が必要であろう。
さらに情勢の変化に対応して特に注目されるのは、新たに財政の景気政策的な役割の重要性が増大していることである。復興期の終了につれて今後景気循環は一層表面化する方向にあるが、利潤に誘発される民間投資はこの傾向をさらに拡大する作用をもっている。これに対して財政は、好況期には政府投資を縮小しまたは民間投資への助成措置を高めることによって景気の過熱を抑制し、不況期には政府投資を拡大しまたは民間投資への助成措置を高めることによって景気の回復をはかるなど、景気の波を平準化しつつ経済の健全な発展を可能にするための大きな手段と役割をもっている。このことは、インフレと国際収支の悪化の危険の多い我が国においてとくに重要である。従って今後は投資の単なる推進ではなく景気の動向に即した弾力的な展開が必要といえるが、このような観点からは前述の投融資ベースによる政府投資の増大はより景気対応的ではあり得るだろう。
結語
以上のように戦後経済の展開につれて種々変化をみせながらも、戦後の財政は投資を通じて日本経済の発展に大きな貢献をしてきた。今後も長期的な成長と短期的な景気調整との合理的な配慮のもとにその果たすべき役割は極めて大きいものがある。しかも他方社会保障の充実も財政の大きな任務であり、また防衛費などのごとく漸増の傾向をたどっている経費も多い。今後の財政には一層の効率化と投資の弾力的推進が強く要請されている。