昭和32年
年次経済報告
速すぎた拡大とその反省
経済企画庁
各論
交通・通信
海運ブームの展開とその推移
世界的な背景
昭和31年度における世界の海運市況は、年度を平均して考えると、堅調に推移した30年度をさらに上回る高水準を示したということができる。例えば、英国海運会議所の不定期船運賃指数によれば、31年度平均は前年度に比べ20%の上昇を示している。これを月別にみれば、市況は29年秋以来大体一貫して尻り高の傾向をたどっていたが、スエズ動乱勃発直後の31年11月から著しい上昇をはじめ、12月には朝鮮動乱以来の高水準に達した。しかし32年1月から市況は逆に急落に転じ、その勢いは年度を越しても衰えず、5月現在指数はついに昨年12月の62%まで落ち込むに至っている。( 第78図 参照)
30年12月まで、海運の市況が堅調を持続したのは、世界経済の拡大による荷動きの活発化がもっとも大きい理由であるが、欧州の冷害による北米穀物の対欧輸送量増加などがこれを下から支える力となったことはあらそえない。それに、31年11月初め、突如として行われたスエズ運河封鎖が、世界の船腹運航を極端な混乱におとしいれたため、同年末には市況は急激な高騰を示す結果となったのである。それにもかかわらず本年1月以降、市況が著しい軟化を始めたのは、年が明けてからスエズ運河開通の見通しがはっきりしてきたこと(4月9日開通)、欧州の暖冬と豊作見込みにより、大西洋水域の石炭及び穀物荷動きが停滞の兆しをみせ始めたこと、30年以来大量に発注された船舶が竣工期に入ったこと及び米国予備船隊の一部解除により、船腹がかなり出回ってきたことなどの諸要因が重なった結果とみられる。
ひるがえって世界の船腹供給の動向について眺めてみよう。
30年、31年と2年間続いた海運市況の堅調は、海運業に好収益をもたらすと同時に船腹に対する強い附加需要を喚起した。このため、世界の船舶投資の動きは極めて活発となり、30年31年の2年間で29百万総トンに及ぶ新造船が発注された。これは、世界の現有船腹の4分の1強に相当するものであって、いかにその投資の規模が大きいものであるかが想像されよう。我が国造船業もそれまでに行った合理化の成果を十分に生かして大量の船舶を受注することができ、32年1月現在、イギリスとならんで手持工事量が5百万総トンを越すという空前の造船ブームを現出するにいたった。
そしてこの世界における船舶の発注についてながめてみて目立つことは、第一に近来の石油荷動きの著しい増勢を反映してタンカーが圧倒的に多くなっていること、第二には船型の大型化特にタンカーの超大型化、速力の高速化、ばら積貨物船の専用船化という一連の船腹近代化の傾向が強く現れてきていることが挙げられる。さらに第三には、造船所の工事消費能力の関係から納期が次第に長期化し、1960年を越すものが多くなってきたが、それにもかかわらずなお発注が旺盛に行われたことが特徴的である。
以上のような大量の新造船発注は、これら発注船が31年から次第に竣工期に入ってきたため、最近めざましく世界の船腹を増加せしめつつある。すなわち、31年中には5.5百万総トンといままでにない多くの新造船の竣工をみ、世界の保有船腹も31年年央においては105百万総トンに達し、前年同期に比べ4.5%(30年以前5カ年平均増加率3.6%)と高率の増加を示している。このような傾向はここ数年にわたって、なお続くものと考えられるので荷動きの増加割合のいかによっては、現実的に今後の市況の動向にかなりの圧力を加える可能性のあることに留意しておく必要があろう。
海運の活況と船舶投資の著増
31年度邦船輸送量は 第97表 にみられるように30964千トンに達し30年度をさらに15%上回る実績を記録した。一方この輸送量の増加に運賃率の高騰が加わって、31年度の運賃収入も飛躍的に増大し、対前年度比35%増の432百万ドルという空前の高水準に達した。従って30年度から上向きに転じた海運業の収支はますます好転し、いままで収益不振のために生じていた償却の繰り延べや借入金の返済遅滞も次第に解消していった。
このように31年度の輸送活動は極めて盛況を呈したが、これは30年度に比べ、輸出において7%増加、さらに輸入においては25%の激増を示した貿易量の増大におうところが非常に大きかった。ところがこの需要増加に対して、後に述べる大量の新造船着工にもかかわらず、竣工の時期的なずれから31年度の月平均就航船腹量は対前年比12%増にとどまったため、この年度の邦船積取比率は、輸出においては、30年度47%に対し50%と若干の改善をみたものの、輸入においては30年度51%に対し逆に47%と低下するに至った。
31年度の輸送を地域的にみると近海回りの輸送は、セメント、肥料などの輸送増加につれて極めて活発化し、内航に就航していた中型船や遠洋にあった売船、戦標船など多くの貨物船をこの水域に吸収さえした。他方、この年度には近海貿易以上にアメリカ、ペルシャ湾、インド洋等遠洋地域からの原燃料輸入が激増したが、これら物資の積取りにあたる大型不定期船やタンカーは、31年度中の新造船就航量がそれほど多くはなかったことと、一部の低性能船が近海に移ったことのため輸入量の増加に対応して、十分な船腹を供給することができず、輸入積取比率の低下のもっとも大きい要因となった。従って一方遠洋輸送のあなを埋めるため、31年度には外国用船が大幅に増加し、その就航船腹量が年度間平均で529千重量トンにも達した(対前年218千重量トン増)のである。
以上のように31年度の邦船船腹供給が需要に追いつけず、貿易特に運賃の高い遠洋からの輸入物資の輸送が外国船への依存度を高めざるを得なかったことは運賃水準の高騰とあいまって、これまで幾分づつ改善の傾向にあった運賃の実質外貨収支を 第98表 に示すようにかえって悪化させるもととなったのである。
31年度外航海運において忘れることのできない、いま一つの大きい特徴は世界の海運がそうであったように、大量の新造船投資が行われたことである。これには先に述べた収益の増加並びにたまたま訪れた金融の緩慢化により、増資を含めて資金の調達が容易になったことがもっとも大きな起動力となった。31年度には計画造船(第12次)310千総トン、計画外造船260千総トン、計570千総トンの新造船が着工されたが、30年度着工分300千総トンを加えれば実にこの両年度間に870千総トンに及ぶ大量の外航船の着工が行われたことになる。ことに31年度には財政資金に頼らない計画外造船の増加が目立ち全建造量の45%をしめるに至っている。さらに32年度においては第13次計画造船410千総トンの建造が予定されているので、これらの新造船着工は今明年中に引き続いて相当量の外航船を我が国商船隊に加えることとなろう。
さて30年、31年と2年間にわたって高原的な推移を示した運賃市況も、32年初めから急激な落勢に転じている。従って今後この市況の推移如何によっては過去2年の好況によってやっと自立する力を蓄え始めた我が国の海運業の前途に必ずしも楽観を許さない事態のおこる可能性がでてきたということができよう。
30年度以降着工された船舶及び着工されようとしている船舶の近代化にはみるべきものがあり、質の面では世界的水準に達しつつあるといえるが、国際競争力の他の重要な要素である輸送コストの面においては問題がある。すなわちこれらの新造船の契約が行われた時期は、造船業が大量の輸出船を受注して完全に売手市場化したときであり、また鋼材価格等造船原材料価格が需給のアンバランスから暴騰したときであったため、船価の水準はかなり高められた。それにこの船価水準を同一引渡期の輸出船と比べてみると、これら輸出船が発注された時期は国内船よりかなり早く、船価が現在ほど高くはなかったときなので彼我の船価にはかなりの差が生じている。加うるに我が国海運においては外国海運に比べて船舶建造に対する借入金の依存度が大きいこと、またその利率が著しく高いことなどの事実があるため、これらによる資本費の増大は輸送コストの構成に相当なマイナス効果を与えるものと考えられる。しかもこれら着工船の竣工は現在までのところわずかな数にとどまり、大半の就航は今後にもちこされているだけに、以上のことは競争の激化とともに、償却が十分に行われない間に不況が訪れた場合を想像するとき、我が国の海運にとってゆるがせにできない将来を示唆しているといえよう。