昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

投資ブームの展開過程

 数量景気を満喫した昭和30年度に引き続き、31年度も投資ブームを反映して、鉱工業生産はめざましい発展をとげた。当庁調べの生産指数(昭和9~11年=100)では、 第38図 にみるごとく、年度末には246という高い水準に達し、年度平均で231.7、対前年度比23.4%の高い増加率を示した。

第38図 鉱工業生産の推移

 この増加率は輸出景気を謳歌した前年度の13%の伸びを大幅に上回り世界一であった。 第39図 は主要各国における鉱工業生産の発展状況であるが、この図からわかる通り、この発展速度があと2~3年続けば、フランス、イタリアの水準に達するだろう。

第39図 鉱工業生産の各国比較

 このような早い成長を支えたのは後述するような投資の異常な増大によるものだが、これは一面において、投資財需給を逼迫せしめ、その価格は騰貴し、31年年央より数量景気は崩れ始めた。

 さらに、産業基盤である電力、石炭及び輸送などにも生産隘路の問題を生ぜしめることとなった。31年度においては、この生産隘路も経済成長を大きく阻むまでには至らなかったが、このことは復興段階を終わって、新しい転機に立つ日本経済に対して、諸問題を提示したところに注意する必要があろう。

 一方、消費財産業には、まだ生産余力があったため、消費は比較的堅調に推移したが、消費財物価は割合に安定しており、投資財と消費財との間に劃然とした差のみられたことも31年度の特徴であろう。

好況の波にのった高い生産

 投資ブームになった過程を考えてみると、29年後半より始まった輸出の活況は次第に経済全体に波及して、旺盛な内需となって現れ、このうち外需の増大が必然的に投資需要を喚起することになった。輸出関連産業から消費財産業へ、そして、投資財、基礎材部門へという順序に連鎖反応を起しながら投資が活発化していったのが31年度の姿であろう。

 いま、この投資の生産増加に与えた影響を産業連関表で試算すると約54%となり、消費、輸出はそれぞれ24%、19%ということになる。31年度が旺盛な投資需要に支えられた投資ブームの年だったことがわかる。

 だが、31年度は同じ投資ブームといわれた28年当時と比較する場合いくつかの差がみられる。例えば、通産省調べの出荷指数でみると、両年度とも投資財の伸び率が消費財を上回っているが、その投資財の伸び率は28年度の22%に対し、31年度は30%と著増している。また、投資財の内容をみると、31年度の方が建設財より資本財の増加が著しい。それだけ設備機械の需要が強かったことを示しており、このことは31年度の投資の規模と性格を端的に表現しているといえよう。また、消費財需要をみると、いずれも17%前後の伸びであるが、31年度の方が耐久消費財の増加が顕著である。これは28年当時に比し、生活水準の向上による消費需要の高度化を示していると思われる。

 以上のように、投資、消費いずれも28年度に比し、機械に集中したことが特徴である。この旺盛な機械需要を反映して、機械生産は戦後最大の増加率を示した。当庁調べの生産指数では、 第36表 にみる通り機械の対前年度増加率が58.5%と、全産業中最高で、鉱工業生産の増加のうちの37%が、この機械産業によって支えられていることになる。また、この機械産業に素材を供給する金属工業の生産増加も著しく、対前年度比24%の伸びを示している。

第35表 28年度,31年度における出荷指数の対前年度上昇率

第36表 31年度鉱工業生産指数の産業別増加率及び増加分寄与率

 かかる著しい増加率を示した機械、金属も過去数カ年の成長経路をみると、著しい変動を繰り返している。 第40図 は鉱工業生産の対前年度増加率と各産業の寄与率について、27年度以降を画いたものである。これでみると、化学などは比較的安定した成長率を示しているに対し、機械、金属、繊維などはそのときどきの投資、消費の動向を反映して、循環的成長の形をとっている。そして、現在この循環の頂点にあるようだ。とすると、今後の日本経済の動向は少し長期的にみれば、現在の著しい技術革新のブームにのって投資需要が永続化し、順調に発展していくであろうが、短期的には循環的な投資、消費の動向如何にかかっているといえよう。

第40図 鉱工業生産の対前年度増加率と産業別寄与率

生産隘路の出現

 以上のように、31年度の生産が投資財中心に伸び、しかも、それが機械に集中したことは、日本経済全体が鉄鋼を多く使用する型の産業構造になり、産業基盤を形成する産業に重荷のかかる形の発展をしたということである。このことは、機械受注残高の増大、鉄鋼需要の急増、鉄鋼不足そしてエネルギーの不足という形で、経済各部門に生産隘路を出現させた。以下これらの隘路産業の動きを31年度についてみよう。

鉄鋼業

 31年度の鉄鋼生産は粗鋼で1168万トン、対前年度比19.3%という素晴らしい増加を示し、従来鉄鋼界の宿願であった鋼年生産1000万トンの目標を突破した。しかし、このような増産も世界的な造船ブームと設備投資とを背景とする需要の増勢に及ばず、供給不足の様相は次第に濃化し、普通鋼鋼材の市中相場は高騰し、ピークの9月には一部不足品種については建値の2倍に近い市中相場を現出した。このような強い鉄鋼需要には日本経済がスチール・ユージングの産業構造へ移行しつつある影響が大きくでてきたものと思われる。

 この過熱した需給を冷却するために、年度後半には大量の鋼材、銑鉄の緊急輸入(年度間鋼材32.7万トン、銑鉄43.2万トン)が行われ、価格の異常高も訂正された。一方、輸出も、この需給逼迫を反映して、普通鋼鋼材は前年度に比し、28%減の63.1万トンと急減した。

 このようにして31年度の経済はまず鉄鋼業に生産隘路が生じた。28年も旺盛な投資が行われたが、この問題が起こらなかったのは、当時の鉄鋼の生産能力が他産業に比し相対的に大きかったためであろう。鉄鋼における26~29年度の第一次合理化投資は質の面での合理化であった。26~29年度の投資金額1,072億円に対し、圧延部門は527億円で、金額の約半分を占めており、当時世界的に遅れていた圧延部門に集中したことがわかる。従って、 第41図 にみるごとく、製銑・製鋼・圧延の三部門の均衡はとれたが、現在の鉄鋼需要に対して、既に能力不足におちいっている。これ以上の能力増大には各部門の設備拡充が必要であり、ことにスクラップ依存も限度に達しているので、まず高炉建設から始めねばならず、それだけ設備投資は大規模となり、長期化するわけで、従来のような補修程度により能力が増大した事態は一変しているので、早急な能力増大は期待できない。

第41図 普通鋼の生産能力と設備投資金額

 そこで鉄鋼生産を増やす早道として電炉が稼働され、増設も行われて、その増産ぶりは誠にめざましく、電炉鋼・電炉銑とも50%前後の増加率を示している。この電炉による増産がスクラップの需給を逼迫せしめ、またエネルギー不足に拍車をかけていることにもなっている。すなわち、鉄鋼部門における電力消費の増加の約7割までがこの電炉の増産のために使われている。

エネルギー部門

 さらに、下期より産業基盤であるエネルギー部門にも生産隘路は波及していった。急速な生産拡大は前述の電炉の例にもみられるように異常なエネルギーの消費増となって現れ、その増加テンポは年度当初よりエネルギー産業の能力をこえるものであった。

 幸いにして、10月頃までは 第42図 にみるごとく 電力 は豊水に恵まれ、電力損失の軽減、石炭消費効率の向上も加わって、電力用炭の消費は前年同期と大差なく、これがその頃より高まりつつあった石炭需要の緩和作用として働き、上期中は平静に推移した。しかし、11月以降の渇水は電力用炭消費の急上昇をきたし、全般的なエネルギー不足を現出した。32年1月には27年以来4年ぶりに電力制限が行われ、東北、四国地区では大幅な電力制限が実施された。

第42図 電力における豊渇水の影響

 また、 石炭 需給も逼迫し始め、石油消費が増大している最中に、31年10月中東動乱が勃発し、石油輸入の見通し難、海上運賃の上昇から重油価格の高騰と相まってますます炭価が強調となり、そのうえ輸送の隘路も加わって、量の不足は絶対的となり、出炭は年間4828万トンと異常な増産が行われたが、それでもなお一般炭の緊急輸入の措置が講ぜられるに至った。

 このように、エネルギー問題が深刻化したことは戦後一貫した我が国のエネルギー基盤の脆弱性に基づくものであろう。電力設備にはいつも余力なく、石炭は自然条件の悪化などによる高炭価問題に悩まされており、そのうえ、これら産業の設備能力の拡大には長期間を要し、速い経済成長には容易に追随し得ない性格を有している。31年度では電力にしても、石炭にしても、数年前の投資が効果を発揮したため、比較的軽微だったが、問題は今後に残されている。

隘路産業間の相互依存度の上昇

 以上みてきたごとく、31年度経済の高い成長は鉄鋼、電力、石炭等の産業基盤に生産隘路を生ぜしめたが、同じ投資ブームといわれた28年当時にはこの問題は起こらなかったのはどうしてだろう。まず、第一に考えられることは、31年度における投資財需要の異常な増大であるが、一面投資財産業の生産能力が他産業に比して相対的に低かったことも原因している。このことは 第43図 に示す通産省調べの能力指数と稼動率の関係からある程度うかがえるようだ。第二に挙げなければならない点は、これらの隘路産業が隘路打開に努力した結果、さらに隘路産業の負担を増したことである。いま、この隘路産業間の相互作用をみると、総説第10図の通り、28年度に比し、隘路産業間の相互依存度が非常に高まっている。

第43図 主要業種の設備能力と稼動率の推移

 すなわち、31年度の鉄鋼、機械の増産に必要な電力は、全体の増加電力量の27.8%を占めていたが、これが28年度には16%であった。また、同じように電力・鉄鋼・機械の3産業における石炭、重油の需要増加が総需要増加中に占める割合が、31年度では28年度の29.7%から52.3%へと飛躍的に増大している。そのうえ、これら隘路産業の能力拡大のための投資が、機械受注額中に占める比重を高め、31年度では28年度の37.6%から45.8%へと上昇している。いわば、隘路産業の隘路打開が相互の依存度を高め、他産業を圧迫し、ますます隘路を狭めていることがわかる。

 そしてこれら隘路産業はその産業の能力増大だけではすまず、資源問題から産業構造の変化の問題に直面している。

 電力についても、30年以降は火力重点開発に移行しており、今後完成する設備は圧倒的に火力の比重がますが、それだけ膨大な燃料を必要とするにもかかわらず、石炭の増産は容易でなく、コストも上昇するだろうし、国内資源の払底は急速に石油需要を増大せしめるだろう。また、鉄鋼についても、スクラップ対策は高炉、転炉の新設を要し、鉄鉱石の確保の問題は港湾、船舶の問題にも発展している。

投資ブームは機械に集中

 投資が設備投資の面で機械に集中し、そのうえ前年に引き続いて輸出船の建造は活発で178万トンと約2.4倍となったため、前述のように31年度の 機械 生産を大幅に増加させることとなった。機種別にみると 第44図 の通り設備機械を代表する一般機械及び輸送機械の伸びが著しく、31年度の投資が設備機械に集中したことを示している。自動車は日本ではまだ運輸業における投資財だが、国鉄の輸送隘路の問題から、陸運業の投資も活発で、自動車生産は約8割の増加を示し、これに伴ったタイヤの増産から ゴム 業界も活況を呈した。生産を年間の推移でみると年度半ば頃までは各機種ほぼ併行的な上昇傾向をたどっていたが、その後一般機械の生産が伸び悩み、耐久消費財(電気機器)生産が依然増加を示したにもかかわらず、全体としては機械生産の上昇が鈍化する傾向をみせている。これに対して投資意欲は衰えをみせず、当庁調べ「機械受注状況調査」にもみる通り、機械受注は累増の一途をたどり、このため受注残は累積することとなった。設備機械生産のかかる伸び悩みは生産能力が限界に達したためで、30年度を通じて低調であった業界が31年度の受注増大をもっぱら操業の上昇によって解決しようとし、能力増大のための設備投資が遅れていたからである。機械生産の隘路は製品の納期を著しく延期させ、投資の生産力化を遅らせることとなったし、このためある程度機械輸入の増加を余儀なくさせたが、一方、もしかかる制限なしに機械生産が増大していたとすれば、鉄鋼需給をさらに逼迫させることになったろうし、不足分を輸入すればますます国際収支悪化の時期を早めたに相違ない。結局かかる機械生産の隘路がかえって日本経済のインフレ化を抑制する面もあり危機を繰り延べる効果があったともみられよう。

第44図 機械工業機種別生産の対前年増加率

 機械の他に設備投資を反映しているものにセメントの生産がある。 セメント の生産・出荷はともに前年度を24%も上回り最高の記録をたてた。これを 第45図 によって出荷先別にみると、内需では建築(民需)の伸びが著しく、他方生コンクリートの激増もあって、産業界の設備投資の大規模化に伴う需要の活況を反映してる。工場の建設の他に、百貨店などの建築の増加、公共工事の増加、住宅の不燃化傾向に伴う小規模建築用消費の増加などが国内需要の増加した要因であった。しかしセメントについては既に29年度に設備を増強し生産能力を大幅に増やしていたので、過剰設備から当初はむしろ市況の不振が予想されていた。そのため輸出増大を目的とした輸出協力会を結成し、輸出の振興に努めた結果、インド、セイロンなどの新市場が開拓され、また東南アジア・中近東各国の自国開発が進捗したなど好条件にも恵まれて輸出は前半著しく増加を示した。そして年度後半に至っての内需の活況もあり、市況は堅調に転じたのであった。

第45図 セメント出荷量の推移

新産業への重点移行

 投資の異常な伸びに対しては、31年度の消費は堅調ながらも控え気味であった。このため投資財では需給が逼迫して生産隘路の問題を惹起するに至ったのに対し、消費財においては早くから設備投資が行われていたこともあってむしろ供給過剰の傾向がみえ、需要がいかに伸びるかが当面の問題でもあった。かかる消費の動向においても消費需要の質的な変化は著しく、新製品需要の急激な増加とこれに対する旧来の製品需要の停滞傾向が目立った。すなわち消費財生産の伸びが14%といっても、食料品、天然繊維など既住の消費財生産は目立った増加を示していないのに対し、合成繊維、耐久消費財等の生産上昇は著しかった。消費財産業として代表的な 繊維 産業、ことに天然繊維部門は朝鮮動乱以降、構造的不況産業といわれ、過剰設備問題が潜在的底流になってきたが、30年末から31年前半にかけていわゆる「駆込み増設」を行った結果その矛盾はさらに深まることとなった。しかし31年度の消費需要は、丁度28年度に増えた分の衣料の更新期にあたるサイクルの波に乗ったことも手伝って28年度以来の強さを示した。他方輸出の増大につとめた結果、綿、スフ綿を中心とする輸出も好調でおおむね市況は予想外の堅調を続けたといえよう。一方戦後の世界的な趨勢でもあるが、 第46図 の通り我が国においても綿、羊毛など既住の製品に対して合成繊維の増加は著しく、衣料消費の内容が変化しつつあることを反映してる。31年度中にはナイロン・ビニロンが本格的な軌道に乗り、また塩化ビニール繊維・ポリアクリル系繊維の市販も開始された。

第46図 31年度繊維(糸)生産推移

 さらに引き続きポリエステル系繊維の生産計画も具体化されようとしている。かくてナイロン・ビニロンなどの工業化成功が刺激となって、新繊維に対する企業熱はいよいよ積極化し繊維業界は旧部門から新部門への資本移動の動きもみられ、また合成繊維の原料需給を通じて化学工業との関係も緊密化している。

 さらに新製品的特徴を発揮しているのは 耐久消費財 で、家庭用電機器具を中心とする耐久消費財生産の上昇は顕著であるが、比較的早くから着手された設備投資により生産能力の増大をみたため供給が需要を上回る傾向もあり、年度末には在庫の漸増がみられるに至っている。

 また消費財と同様に新旧製品の間に著しく伸びを異にしかつ新製品関係の生産上昇を通じてますます他部門との関係を深めているのに 化学 工業がある。化学工業の生産は対前年度比16%の増加で、前年度の伸びには及ばなかったが順調な推移をたどった。しかしここにおいても品目別にみると、 第47図 の通り新製品部門の生産の急増と化学肥料のように比較的小幅な増加にとどまっているものとの対照が目立っている。特に新製品を代表する塩化ビニールの伸びは顕著で、一般消費財用だけでなく建築材料用にもますます需要の新分野を開拓しつつあり、相次ぐ増設を行ってもなお終始需給の逼迫がみられた。また新繊維ナイロン・ビニロン用原料の生産増加はめざましいものがあり、これら新製品関係の生産上昇を反映して諸原料の需要も急増した。この他既住製品のうちにも機械の好況を反映する塗料の増産、化繊用苛性ソーダの増産もみられたが、硫安を中心とする無機肥料部門においては内需に著しい変化がないままに、生産の伸びは鈍化し、増設、合理化の結果もたらされた過剰設備のためにいまや内需産業としてよりも輸出産業に転換して活路をみいだすことを余儀なくされている。かくて硫安業界においても天然ガスの利用、その他ガス源の転換により大幅な原価引下げをねらうと同時に、新産業への積極的な動きをみせていることが注目される。

第47図 主要化学製品生産の推移

 これら化学工業においては、有機製品関係の新製品を中心とする著しい上昇傾向と無機製品関係の旧製品の停滞傾向というのが著しい特徴となっているが、かかる新産業への拡がりは新規計画の面でもますます著しく、石油化学製品としてのポリエチレンの生産もやがて具体化されんとしており、化学工業は技術革新を通じて新産業の相つぐ興隆をみ、逐次内部の構造変化をとげつつあるようにみられる。

 以上31年度の産業活動をみると、投資の活発化から機械生産の急上昇となり、それが鉄鋼需要の急増をもたらしさらにエネルギー部門に波及してこれらに生産隘路の問題を引き起こすに至ったし、さらに消費需要の面からは、新製品への重点移行が目立ちこれが供給部門内部に構造変化を推進する力となりつつある。このことは同時に消費財関連産業の投資規模を拡大し、他方耐久消費財の需要増大とともに鉄鋼需要を増加させることになり、一層日本産業をスチール・ユージングの型へおし進めることになった。かかるスチール・ユージング型の産業構造への変化は成長の速さが引き起こした一時的な部面もあるが、構造変化を通じて、長期的な資源問題をも同時に露呈したことに注目する必要があろう。


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