昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

総説

経済構造と均衡的成長

経済の二重構造

雇用構造の特殊性

 昭和31年における我が国の完全失業率は60万人であった。就業者は4300万人であったから就業者に対する完全失業者の比率は2%に足りない。先進国においては失業者の比率が3%より少なければ完全雇用と称している。それならば我が国の雇用は満足すべき状態なのであろうか、決してそうではない。なぜなら、我が国のように農業や中小企業が広汎に存在する国では、低生産性、低所得の不完全就業の存在が問題なのであって、先進国のように雇用状態を完全失業者の多寡でははかることができないのである。このような後進性は次のごとき諸現象に現れている。

 その第一は家族労働者の比重の大きさである。就業者はその従業上の地位で三つに分類される。すなわち、1)俸給資金を得て働く雇用者、2)農業や中小商工主のような自家営業者、3)農村の婦女子のような家族労働者である。雇用者はいわばより近代的な労働関係に基づいた就業であって、この比率の大きいことは、その社会が近代化しているを示すのであるけれども、 第21図 にみる通り、雇用者の率は4割6分に過ぎず、イギリスの9割、アメリカの8割に比べてはるかに及ばない。自家営業者の割合も2割4分と極めて高いが、驚くべき高さを示しているのは家族労働者の比率である。我が国の3割は英国の0.2%に比べればほとんど比較にならない。

第21図 就業者別国際比較

 第二に企業規模別の資金格差が極めて大きいことも我が国特有の現象である。大企業と30人から10人の小企業の賃金の間には、前者の一人当たり賃金を100とすれば後者が50という関係があるが、さらに、それ以下の極小企業、零細企業をとれば100対40と開きが拡大する。外国では大企業と小企業との間の賃金の格差は100対90、せいぜい開いて100対80にとどまっている。

 農業と中小企業の比重を国際的に比較してみよう。就業人口中、農業人口の占める割合は30年において38%にまで減少しているが、それでもアメリカの10%、イギリスの4%に比べて圧倒的に大きくほぼイタリア並みである。また我が国工業の企業規模別従業員構成を国際的に比較してみると、我が国の1000人以上の大規模企業の雇用は米、英、独についでかなり大きな比重を占めているが、100~999人の中規模の比重が極端に低く、10~99人の小規模及び10人以下の極小及び零細規模の比重が大きい。

 このように我が国雇用構造においては一方に近代的大企業、他方に前近代的な労資関係に立つ小企業及び家族経営による零細企業と農業が両極に対立し、中間の比重が著しく少ない。大企業を頂点とする近代的な部門では世界のどんな先進国にも劣らないような先進的設備が立ち並んでいる。そこではある特定の種類及び品質の商品を生産するために、また、世界市場における競争を耐えぬくために、進んだ技術が必要とされるのであって、資本に対する労働の必要量は技術の要求に基づいて決定され、賃金の高さは、大資本と強力な労働組合との間の交渉によって左右される。近代部門からはみだした労働力は何らかの形で資本の乏しい農業、小企業に吸収されなければならない。必要労働が資本と技術によって決定される近代部門と異なって、この部門では所得低下を通じて資本と労働の組み合わせが変化する。生きていくためにはどんなに所得が低くても一応就業の形を取るから、この部門では失業の顕在化が少ない。完全雇用ではないが、いわゆる全部雇用である。賃金も労働力を再生産するだけよこさなければ働きに出ないということはなく、いくらかでも家計の足しになれば稼ぎに行く。近代部門の高い所得水準と非近代部門の一人当たりは低くとも頭数の多い購買力が単一の国内市場を形作って有効需要維持の支柱となる。有効需要がある高さに維持されるならば、国民経済のある部面では所得水準が極めて低くなっても需要と供給、あるいは物価と賃金の間に一種のバランスが成立する。かくして低い賃金においてのみ雇用され得る労働力が低い生産力を持つ用途に吸収されるのである。極めて生産力の低い、しかしながら、労働集約的な生産方法を持つ部門が近代部門と共存するのは、右のような理由に基づいているのである。いわば一国のうちに、先進国と後進国の二重構造が存在するに等しい。我が国が世界の中進国だというのはこのような意味に解すべきであろう。労働市場も二重構造的封鎖性を持っている。すなわち、大企業で新しく労働力を求めるときは新規卒業者の中から優先的にとり、急に雇用者を増やさなければならないときは臨時工や社外工を採用する。大企業の労務者が解雇されて中小企業に流れることはあるが、中小企業の労務者が大企業に就職するときは臨時工の形をとる。中小企業と農業間にも特殊な均衡関係が存在する。農業の所得は農業及びそれ以外のものを含めると都市中小企業労務者の所得と世帯単位でほぼ等しい。ところでほぼ等しい所得を得るためには約2倍の人数が働いているから、農業の生産性は中小企業に比べても約半分である。しかし農家が土地を離れて非農業の仕事に移ることは、住宅問題や就業の不安定性など種々の困難を胎むうえに働きに出た人の一人当たりの所得としては多くとも、家族全体の収入としてはかえって減少する。このために農村からの労働力の流出には限界がある。二重構造は貿易にも表現されている。 第22図 によれば我が国の中の後進圏からの輸出(合板、雑貨等)が世界の先進国にいき、日本の先進圏の輸出(肥料、鉄鋼等)が世界の後進国に向けられていることがうかがわれる。つまり大企業の資本集約性は労働集約的な後進国に対して輸出を有利にし、労働集約的な中小企業の有利性は資本集約的で労賃の高い先進国に対する輸出の増大を促している。しかしながらこのような経済の不均衡的発展は所得水準の格差拡大を通じて社会的緊張を増大させている。

第22図 我が国輸出商品の工業国、非工業国向構成

経済成長と二重構造

 以上によって日本経済の最終目標である完全雇用とは、単に完全失業者の数を減らすことではなく、経済の近代化と成長のうちに二重構造の解消をはかることである点が明らかになったであろう。しかし、その達成はなかなか容易でない。なぜならば、ここ当分は労働人口が急テンポに増加して、これを適当な職場に吸収するために年々相当の経済の伸びを必要とし、急速に二重構造の解消をはかる余裕を見出すことが困難であるからである。

 我が国の人口増加は年に100万人を下回るようになった。しかし過去の高い出生率と平均年齢の上昇により14才以上64才までの生産年齢人口は31年には128万人も増加した。経済的にみると総人口の増加よりも、職を与えなければならない生産年齢人口の増大の方が重要な意義をもっている。もちろん、生産年齢人口全部に職を与える必要はない。家庭にとどまる人もあり、学校に通う人もあるからだ。いままでの割合でみると、130万人生産年齢人口が増えれば、90万人余の人々が就職戦線に押し寄せるようだ。先に述べたように日本の経済には既に4300万人の人々が働いており、年々相当数の人々が身体の都合や家庭の事情で職を退くから、その後釜になれる部分がかなりある。これを差し引くと全く新規の職場を必要とするものは60~70万程度になろう。この人々の職場は今まで日本経済にネットプラスとして付け加えなければならない。しかも家族労働者のように前近代的な就業形態ではなく、近代的な形態の雇用者として吸収したい。それには経済を年々どれだけ膨らませればよいのか。25年から30年までの5年間に経済の成長率は約8%で雇用者の増加は年平均75万人であった。そこでおおざっぱに推定すれば6~7%ほどの成長率を維持すれば新しく就職戦線に出てくる人々を雇用者として吸収し、二重構造の悪化を防ぐことができそうである。10年後になると、生産年齢人口の増える割合が大分減ってくるし、経済規模が大きくなるので、もっと低い成長率でも新しく増加する人口を滞りなく吸収できるようになる。それよりさらに先になれば総人口の増加もだんだん下火になる。日本の人口は昭和45年以後、伸びが緩慢になり、60年に1億1000万人足らずで頭打ちになって、それ以後は減るという見通しがなされている。つまり、雇用問題の胸付き八丁は今後10年間なのである。この間はできるだけ高率の経済成長を保って年々の増加人口を吸収し、二重構造を少しでも改善の方向に向けるように努めなければならない。それ以後は増加人口の圧力が減るから二重構造の積極的解消をはかる余力が生じ、雇用問題を先進国と共通の基盤に立って取り扱い得るようになるだろう。

 従って、さし当たり完全雇用政策にとって、もっとも重要な課題は高い成長率を長期にわたって持続し安定した繁栄を保つことである。しかしこれはなかなか難しい課題だ。戦後31年までの経済成長率は、いわゆる戦後の回復過程という特種事情によって年平均11%の異常な高率を示した。戦後の特殊事情は将来の参考にならないから、明治時代から昭和初年までの長い期間にわたって日本経済がどれ位の率で伸びてきたかを調べると、年平均4%であったことがわかる。この4%という成長率も諸外国のそれと比べて飛び抜けて高く外国の経済学者が日本の成長率は驚異的だというほどである。しかし4%では年々増える人口を吸収し、二重構造の悪化を防ぐことも難しい。11%の特急は無理でも4%の鈍行は物足りない。せめて6~7%くらいの準急の成長率を長く保ちたいものだ。

 次に、経済のいかなる部分の近代化によって高い成長率と雇用の吸収を達成するかという問題がある。これには二つの考え方がある。一つはもっぱら大企業を頂点とする近代部門の急速な成長をはかり、これを機関車として非近代部門を引っ張らせようという考え方である。その二は、非近代部門を近代化し生産性をあげる行き方である。我が国のように農業、中小企業の比重の大きい国では、第一の方法によるだけではどうしても二重構造の格差が開き雇用の吸収も十分に行われないのではないだろうか。

 第23図 に示す通り、我が国の農業人口比率は明治5年の77%から今次大戦直後を例外として一貫して減少傾向を示しており、そのテンポも世界各国に比べてそれほど劣ってはいない。しかし農業人口比率の減少はそのまま我が国の二重構造の緩和を意味するものではない。なぜならば、 第24図 にみる通り製造工業において大企業の就業者の比率はむしろ減少し、小企業の比率が増大しているからである。ごく大胆に言えば二重構造の下の層のうちで農業から小企業への転移がおこっただけで、上層と下層との比重は余り変化をみせていない。このことは、同じく経済成長策のうちにも非近代部門に対する特別な考慮を加味しなければ、二重構造改善の扶けにならないことを示唆している。

第23図 就業者総数に占める農業就業者の比

第24図 製造工業従業者の企業規模別構成の推移

中規模経営の近代化

 前にも述べた通り今後10年位は零細規模の経営までを対象として二重構造を積極的に解消することは難しい。従ってこの間における非近代部門の近代化方策としては我が国において特に比重の低い中規模の経営を採算に乗るようにし、育成強化することに重点を置くべきであろう。

 まず農業については経営規模を拡大し、就業人口の適正化をはかり、適地適作、有畜経営を進め、機械化を推進することである。さらに中小企業、ことに中規模製造業等の生産力を高める方策は次に示す理由によって特に重要である。

 第一に輸出面での役割である。中小企業の製品は輸入原料に対する依存度が少なく、外貨獲得率が高い。しかも、その輸出は先進国に向かう部分が多いのでドル獲得に重要な役割をもっている。

 第二に、中小企業が大企業との間に有する相互補完関係である。主要製造業の下請依存度を公正取引委員会の調査によってみると、ミシンでは5割、繊維二次製品では4割、造船、機械等では2~3割等の比重を示している。造船が世界一になり、国産自動車がこれほど発達したのも下請部門の技術進歩によって扶けられた面が大きい。大企業が競って下請の系列化を急いでいるのも、下請部品工業の育成強化がなければ大企業自体の近代化をはかることができないという段階がきていることを示している。

 第三は中小企業の資本効率がよいということである。 第25図 に示す通り、大企業に比べて中小企業は、生産性、賃金水準、利益率等の諸面で劣っているのに、資本の生産性及び資本回転率ははるかに大企業より高い。従って大企業でオートメーションのような近代的設備を入れて増産する場合に比べて同じだけの増産額を達成するための資本の所要額は少なくてすむことになる。前述のごとく我が国産業は今後資本係数が高まり、換言すれば資本生産性が低下する傾向を持つと思われるので、資本効率のよいことは注目すべきであろう。

第25図 経営内容の規模別格差

 第四に雇用の吸収力である。戦後の就業人口増加の大半が中小企業に吸収されている。単位当たりの投資に対する雇用の吸収力は、中小企業の方がはるかに高い。今後も大企業は生産性の高い近代設備を備えつけていこうから、この面における大きな雇用吸収力は必ずしも期待し得ない。年々増加する労働人口を吸収するために中小企業の役割は今後も極めて大きい。

 中小企業のもっているこのような大きな力がいままで十分に発揮されなかった原因は、第一に従業員が多い割合に設備機械が貧弱でかつ老朽化していることだ。中小企業は資本の蓄積が貧弱で銀行から資金を借りることも容易でなく、設備改善の力が乏しかった。第二に技術水準も極めて遅れていた。中小企業の技術革新とは世界最先端の技術を導入することではない。大企業では常識となっていた技術を移し植えるだけで大きな効果を発揮するであろう。第三に中小企業相互間の過当競争が中小企業発展の障害となっていた。ことに輸出向け企業は一般的に手工業に依存することが多く、業者の濫立によってその傾向が著しく、輸出の伸長を阻んだ。中小企業の育成強化、組織化によってこれらの障害の解決が企てられるならば、中小企業は経済成長のための足がかりとなるであろう。逆にこの部門の近代化が等閑に附されるならば近代部門の成長も阻まれるのである。最近、政府で中小企業振興策を大きく採り始めたのは右に示したような経済的背景によるのであって、単なる社会的不均衡の考慮に基づくものではない。

 遅れた部門の対策には二つのかたがある。一つは保護策である。しかし、これは往々にして劣った条件をそのままに固定化してしまう惧れがある。もう一つは多少摩擦はあっても劣った条件をむきだしにしこれを改善しようという心構えを内側から盛り上げる方策だ。目下問題になっている最低賃金制などは一見中小企業に不利にみえるかもしれないが、賃金上昇を何とか生産性の上昇で補おうという気持ちを奮い起こさせるという点において第二の部類に属するであろう。しかし、中小企業向上の核心はあくまでも設備改善と技術の向上である。中小企業が設備を入れ替えることは、機械工業に対する大きな国内市場の出現を意味するであろう。相当規模の国内市場が存在すれば輸出もおのずから振興することは船舶、車両、光学器械の例に明らかである。こうして機械産業の重要性は産業基盤と二重構造の二つの問題を通して浮きだしてきた。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]