昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

総説

経済構造と均衡的成長

立ち遅れた産業基盤

 前にも述べた通り昭和31年には、電力、輸送等に生産隘路が出現した。これらの隘路は単に一時性のものではなく、前から存在していた経済成長と産業基盤との間のアンバランスが急激な経済拡大に伴って一時に露呈したものと認められる。

限界に達したエネルギー資源

 素晴らしい日本経済の発展は、エネルギーに対する過去の認識の変化を余儀なくされている。従来、豊富低廉といわれた水力電気は既に過去の夢と化し、経済的に開発し得る地点はようやく少なくなり、往年は土地の傾斜が急な故に流れ込み式水力発電に便利だといわれたにかかわらず、現在はダム式発電をするために、傾斜が多いと同じだけの水量をためるのにアメリカに比べて3倍のセメントを要するというような状態に変わっている。 第18図 に示すように昭和29年度以降電源開発において圧倒的に火力発電の比重が多くなり、いわゆる水主火従が火主水従に逆転しているために、今後その運転用の燃料を多く必要とするであろう。しかるに石炭については現在5000万トン前後の出炭能力しかなく、それ以上の増産は容易でないばかりか増産のためにはコストの増加が不可避となる。また石油については消費量の3%程度より国内の算出はない。前に示したように、産業構造の変化によってエネルギーの使用割合は次第に多くなり、需要の増大は必然的に海外エネルギーへの依存度を高めている。国内で使用するエネルギーの総量のうち、輸入依存の割合は昭和26年度に10.6%であったのに対し、31年度は22.8%と急速に増大している。数年前までは下位にあった石油の輸入は31年度には綿花についで輸入品目の第二位に上り、さらに32年4月以降は綿花をしのいで首位を占めている。通産省調べの「20年後のエネルギーの需給の見通し」によってみても石油の必要輸入額は11億ドルに達している。

第18図 電源開発状況

 現在、国産エネルギーの供給を増大するために、エネルギー面に対する投資は極めて多い。31年度についてみれば、電力投資は2,164億円と民間設備投資のほとんど3分の1を占めている。 第2表 にみるごとく、同じ100億円の増産をするために必要な設備投資額は軽工業から重化学工業に移るほど嵩むが、その生産設備を操業するために必要なエネルギー産業の追加投資額も重化学工業ほど多くを要する。同じ重化学工業についてみれば、化学は増産に余分に資金を要するばかりでなく、その操業のために余分に電力を必要とし、従ってエネルギー供給のための追加投資額を加算すれば結局全体として資本所要額が大きい。これに対して機械産業は増産に必要な投資額こそ巨額にのぼるけれども、操業のために必要なエネルギー追加投資額は比較的少なく総合してみれば資本の効率はかなりよい。さてこのように資源に限界がきて資本需要額や外貨負担に大きな影響を与えているエネルギーが、果たして効率的に使用されているであろうか。 第19図 はそのエネルギーの生産性を西欧諸国と比較したものである。一人で何ドルの附加価値を生産するかが労働生産性の国際的比較の規準になるのと同様に、1KWH当たり何ドルの工業純生産をあげ得るかは、いわばエネルギーの生産性である。その生産性を電力についてみると、我が国では1000KWH当たりの純生産が140ドルであるのに対して、英、独では420ドル及び370ドルである。すなわち電力の生産性が英独、に比して約3分の1である。電力に石炭重油を加えた全エネルギーについても同じ事がいえる。では、どうしてこんなにエネルギーの生産性が低いのであろうか。それは一つには産業構造に問題があるようだ。我が国の産業構造は西欧に比べてエネルギーを多く消費する基礎財部門の比重が高く、エネルギー生産性の高い投資財産業の比重が小さい。そこで、日本の産業構造を仮にイギリスの産業構造なみに組み換えてエネルギーの生産性を比較すると、日本の産業構造そのままならば、1KWH当たりイギリスの100に対して33だった生産性が66まで向上する。このような産業構造の成立の原因としては次の二点が考えられるであろう。その一つは産業の後進性に基づく機械産業の劣位である。第一は過去の豊富低廉な水力の開発によって電気を原料として使う電気化学、冶金産業が発達したことである。従って日本のエネルギーの産業性の低いことは、単に工場での使用方法が合理化されていないというだけではなくて、産業構造がエネルギー多消費型になっていることに基づく。しかし、そのような産業構造もエネルギーのコストが低廉な間は成立すべき十分な根拠をもっていたのである。しかし現在は前に述べたように、エネルギー資源に限度がきて、コストは上がり、事情は一変しようとしている。

第2表 生産増加に必要な投資額

第19図 エネルギーの生産性

 エネルギーを能率よく利用するということが、単に工場の使用合理化の問題だけではなく、産業構造に重大関連があるとすれば、産業構造を考慮する際に予めエネルギー面からの配慮を加えなければならない。いままで産業構造を考慮するに当たっては、第一に国際収支、第二に雇用の吸収の二つの枠を立て、その枠の中で成立する限り、いかなる産業構造に対してもエネルギーを十分に供給しようという考え方であった。しかしエネルギー事情が前述のごとく変わってきたとすれば、国際収支、雇用吸収と並んでエネルギーを第三の枠として立てて、その三つの枠に収まるように産業構造を考慮する必要が生じてきたのではないだろうか。従っていわゆる「重化学工業化」もその具体的内容について再検討する必要がある。このような考慮を加えれば、重化学工業のなかでは比較的エネルギー生産性の高い機械産業の重要性が増大するであろう。

経済成長と輸送力

 昭和5~6年の輸送基礎施設と、経済成長との間のアンバランスは拡大し続けてきた。 第20図 にみる通り、国鉄の貨物輸送量(トン・キロ)は鉱工業生産指数の上昇をも上回り、既に戦時中のピークをこえて戦前の3倍に達しているが、複線化などによる軌道延長は2割の増加に留まっている。これは、戦争に突入するとともに、できるだけ資材を節約して、輸送力をフルに発揮するために、貨車、客車を余計作って輸送能率をあげ、反面レールその他の固定した部分に対する投資を節約したのであるが、この状態が戦後にも持ち越されたためである。自動車輸送においても戦後急速に拡大したトラックの輸送量は既に戦前(11年)の3倍に達し、車両が9倍に増えているのに道路は戦前とほとんど変わっていない。また港湾における荷役設備等の不備は、海上輸送の隘路となっている。

第20図 鉄道の輸送量と輸送力の推移

 輸送力の貧弱さを外国と比較してみよう。まず鉄道についてみれば一人当たりの軌道延長はアメリカの10分の1、イギリス、西ドイツの3分の1に過ぎない。しかるに鉄道一キロ当たりの輸送量は外国の2、3倍にのぼっている。同様に貨車や客車1台当たりで運ぶ荷物や旅客がイギリスの10倍、アメリカ、西ドイツ、フランス、イタリアの3倍から6倍である。道路の悪いことには定評がある。先般来朝した道路調査団はその報告書の冒頭において、日本のように産業の発達した国で道路に対する投資を全く閑却している国は世界にもその例がない、と述べている。全道路のうち舗装道路の割合はアメリカの90%に対して7%にとどまっている。

 要するに我が国では少ない車のなかで人や荷物がひしめきあい、その車が悪い軌道や道路の上で錯綜している状態である。それだけ高率の高いことは誇りとするに足るが、半面、設備が酷使され、弾力性に乏しく、爪先立ちの背伸びした状態にある。

 こんなに輸送基礎施設の拡大が遅れた原因は過去20年にわたる投資不足のためである。昭和10年には国民総生産に対する輸送関係の投資額は、外航船舶を除いて3.2%あったが、25年には2.3%に減っていた。しかも戦時戦後の投資は車両船舶などの可動部分に集中して、レールその他の非可動部分には閑却されていた。軌道、道路、港湾等の固定施設に対する投資は昭和8年以来逐年低下して、26年には実質額で戦前の半分に落ち、29年でやっと戦前の水準を回復したに過ぎない。鉄道軌道などは、明治から大正に建設し、その後はこの遺産を食いつぶしてきたといっても過言ではなかろう。

 従って、31年に経験した輸送逼迫という隘路は決して一時的なものではない。貨車や自動車を増やしただけでは解決できず、鉄道の単線を複線にするとか、道路港湾を整備するとか、固定した施設に手をつけなければならなくなった。以上エネルギー、輸送さらには最近問題になり始めた工業用水など産業基盤の立ちおくれは、これらの部門の拡充なしには、今後の経済成長が円滑に行われぬことを示唆している。


[次節] [目次] [年次リスト]