昭和31年
年次経済報告
経済企画庁
国民生活
昭和30年の国民生活
景気好転と国民生活の向上
昭和30年の国民生活は、輸出の好調による景気の好転と豊作によって大きく改善された。
これを実質所得でみると、国民所得統計による一人当たり実質個人所得は6.7%の増加となり、前年が0.5%の微増であったのに比べるとかなりの増加といえる。また家計調査による全都市勤労者世帯の実質収入水準は6.3%の増加を示し、全府県農家の実質所得(会計年度)も7.4%の増加となっており、いずれも前年の伸びより大きかった。
消費水準についても、都市農村を合わせた全体では前年の0.8%増から3.8%の増加と伸びが回復した。このうち全都市全世帯の消費水準は前年全く停滞していたものが4.9%の向上となったが、農家は前年とほとんど同率の1.9%の向上にとどまった。
このような国民生活の改善は29年の後半から好調を続けてきた輸出の伸長が、国内経済の各部門に漸次波及していったことと、農産物の未曾有の豊作は大きく影響を及ぼしたものである。
年間の推移をみると、1~6月では鉱工業生産の上昇にもかかわらず、賃金はあまり上がらず雇用も悪化の状態を続けていたので、消費水準は前年同期に対して都市では2%の上昇、農村では全く停滞しており、前年後半の状態と大して変わりがなかった。
しかし6月頃からは、賃金も増加してきたので、都市勤労者の実質収入や消費水準は上昇に転じた。それがまた、都市の商業やサービス関係の賃金や雇用を増やし個人業主の所得増加をもたらした。国民所得統計によると農林水産以外の個人業主所得は一人当たり実質で6%の増加を示している。また久しく停滞を続けていた投資も下半期から増加に転じたので、鉱工業生産は一段と高まり所得増加を通じて消費水準をさらに高めることとなった。かくして、下半期の全都市全世帯の消費水準は前年同期に比べて7.6%の上昇となり、31年1~3月では9%とさらに上昇率が高まってきた。
一方、農家も6、7月頃には米の大豊作がほぼ確実となってきて、予約売渡制による前渡金や供米代金が入ってきたので、農家の所得は著しく増加し、消費も8月頃から伸び始めて、下半期の農家の消費水準は前年同期に対し4%の上昇となった。
農産物の豊作は一面では農家の所得上昇や消費水準の向上をもたらしたが、他面では食料品の供給増加となって消費者物価を安定せしめ、都市世帯の生活向上に貢献するところが大きかった。すなわち、全都市消費者物価は4月以降微落を続けて年間平均でも前年より1.1%の低落となり、特に食料品は3%の低落となった。
こうした消費者物価の低落傾向は、景気好転に対する個人所得増加の遅れを比較的少なくしている。すなわち26年の動乱ブーム期には一人当たり実質国民所得は9.5%も上昇したが、都市勤労者世帯の実質収入水準は全然上がらなかった。これは賃金が2割近く上昇したのに物価もほぼこれに近く騰貴したからである。これに対して30年は、一人当たり実質国民所得7.1%の上昇であるのに対し、都市勤労者の実質収入水準も6.3%向上している。しかし、消費者物価が安定していたことは、他方では個人の貯蓄性向を一層強め、増加所得に対する消費支出の割合である限界消費性向を低目にし、実質所得の向上に比べて消費水準の上昇を控え目にした。
30年国民生活の特徴
貯蓄の増大
30年における国民生活の第一の特徴は、個人貯蓄の増大とこれに伴う家計の安定化である。国民所得統計によると、30年の個人可処分所得のうちで消費に向けられた分は83.5%、貯蓄に向けられた分は16.5%である。これは前年の貯蓄の比率13%に比べると著しく高まっている。特に増加所得分だけでみると、貯蓄に53%が向けられている。この傾向は都市農村を通じた共通的なものであるが、特に農家の貯蓄増加が顕著であった。全都市勤労者世帯でみると、家計の貯蓄率(黒字率)は前年の6.6%から8.2%に増加し、増加可処分所得でみるとその40%が貯蓄に回されている。もっともこのうち預貯金もしくは保険、無尽掛金として、現実に金融機関に預け入れられたものは実収入に対し5.0%であるが、前年の3.6%に比べると倍増している。一方、農家は所得のうち経済余剰として残されたものが15.5%で、前年の11.7%に比べて大きく拡大している。特に増加可処分所得だけでみると、消費支出には38%回されただけで、62%が経済余剰として残されている。
このように30年の個人貯蓄が増加したのは、前述したように消費者物価が安定していたことの反映でもあるが、最近の消費生活は緊急必要なものが一応充足されているので、買い急ぎの必要がなかったことも影響していよう。また農家については、その所得増加が未曾有の豊作という特殊な要因によっていたため、消費への支出が手控えられたことも事実であろう。
消費内容の高級化
第二の特徴は、消費内容の高級化である。国民所得統計によると、名目個人消費支出の増加率5.1%に対し、住居費は8.6%、雑費は11.3%増加し、その構成比をみると前者は前年の7.7%から7.9%に、後者は23.1%から24.4%に拡大している。これに対し、食料費はわずかしか増加せず、その構成比は前年よりも縮小している。被服費も前年に対して2.0%しか増えなかった。つまり消費増加の方向が、食、衣から次第に家具什器など耐久消費財やサービス関係に向いていることがわかる。もっとも都市世帯の被服の購入量は前年が5%の大幅な低下をみたため、本年は6.4%とかなりの上昇となった。また被服のなかでは合成繊維、絹織物などの増加がみられ、飲食物費のなかでも、肉、卵、牛乳などの動物性蛋白質や菓子、果物など、高級品の消費が増加をみている。
このような30年の特徴も所得階層別にみると必ずしも同じ傾向にあるとは言い難い。後述するように都市勤労者世帯についてみても預貯金が増加しているのは中上層であり、中下層では家計の赤字の状態は前年と変わらず、預貯金の引出しその他の家計の赤字補填が前年よりも若干減少したという程度である。
都市家計の動向
勤労者世帯実収入の上昇
30年の都市家計は前述したように収入、支出、収支バランスの各部面におけて改善されたが、まず勤労者世帯について収入の動向をみることにしよう。
実収入総額(5人、30.4日換算)でみると、1~6月は前年同期に対して1.3%の上昇にとどまった。これは世帯主収入が3%近く上昇したのに対し、逆に世帯員収入が13%も減少したからである。しかし、4、5月頃から定期昇給の他に、生産の増加に伴う時間外労働の賃金増加などにより、世帯主勤労収入が増加してきた。さらに8月頃から世帯員収入もようやく前年同期の水準にまで回復してきたので、7~12月の実収入は前年同期に対して8.6%の増加となった。特に11~12月の2ヵ月平均では前年同期を1割近く上回った。かくして年間の実収入は前年に対して5.2%の増加となっている。
実収入の構成では、世帯主収入が6.6%上昇しているのに世帯員勤労収入は6%の減少となったため、実収入に占める世帯員勤労収入の比率は前年の11.6%から10.3%に縮小した。これは世帯内有業人員が前年と変わっていないところからみると、若年層や老齢層など家計補助的な賃金は前年よりも好転しなかったことの反映と考えられる。もっとも世帯員勤労収入を補うものとして、金額はわずかではあるが事業内職収入が増加していることも一つの特徴である。
なお実質収入水準は消費者物価が前年よりも1.1%下がったために6.3%上昇した。また7月から勤労所得税の減税が行われたため、可処分所得では実質で前年より7.1%の増加となった。
消費支出の増加と消費内容
実収入が停滞した上半期は、消費者の買い控えも加わって消費支出は29年の後半と同様、ほとんど伸びなかった。しかし、後半に入ってからは前述したように名目所得が増加し、一方では消費者物価が下落していたので実質所得が向上し、それに伴って消費もかなり伸び始めた。勤労者を含めた全都市全世帯の消費水準は、上半期は前年同期に対して約2%の上昇であったが、下半期には8%増え、年平均でも4.9%の上昇となった。
費目別の増加率をみると、飲食費は消費水準で3.5%上昇し、そのうち非主食では4.5%の増加をみたが、豊作の影響からヤミ米を中心に価格がかなり下落したため、消費支出金額は前年とほとんど変わらなかった。
被服費は27、28年頃に高い増加率を示したが、29年には5%の低下となり、戦前基準でいまだ83%という低い水準にあったので、30年の10月頃から再び増加し始めて、10~12月の3ヵ月では前年同期に対して14%もの増加をみた。かくして、年間の消費水準では6.4%の上昇となったが、一方物価が下がったために消費支出金額では2.4%の増加にとどまった。
さらに住居費をみると、下半期に顕著な支出の増加がみられ、年間でも10%の支出増加となったが、家賃地代などの値上がりで消費水準は6.2%の上昇にとどまった。住居のなかでは特に家具什器の購入増加が目立ち、下半期では前年同期に対して22%近く増加した。
また文化的支出の中心とみられる雑費の支出は、支出金額でみると1割近い増加を示したが、全般的な物価上昇のため、消費水準では5.6%の向上であった。そのうち支出増加の主なものは交際費、交通通信費で、特に下半期の増加は家具什器などの耐久消費財の増加とともに特徴的な動きであったといえる。
全都市勤労者世帯の年間の実収入増加は5.2%であったのに対して実支出の増加率は3.4%にとどまり、収支バランスは29年よりも一段と改善された。
すなわち、実収入に対する年間の黒字率は29年の6.6%から30年の8.2%に拡大された。さらに7月から勤労所得税の減税が行われたので、その効果を加えた可処分所得でみると前年に対し6%の増加になった。これに対し消費支出は4%の増加であり、増可処分所得のなかで消費に向けられたものは6割で、残りの4割は黒字として残されたことになる。特にこの傾向は下半期において強い。また、黒字の処分では預貯金及び保険、無尽掛金として金融機関に預け入れたものが目立って増え、黒字全体に対する割合は29年の55%から61%に増加している。その他に借金の返済も進んで、勤労者の家計はかなり堅実化した。
収入階層別の動向
勤労者世帯の平均的な状況は前述した通りであるが、所得階層別にはいろいろな違いがある。全都市勤労者世帯を収入水準に応じて五等分の世帯階層に区分し、その動向をみよう。
まず実収入総額で年間の動きをみると、全ての階級において前年より増加している。しかし、その増加額は最下層の階級の300円(2.5%増)より最上層の階級の2,000円(3.6%増)と所得水準の高い階層ほど、増加額も増加率も大きい。これを上半期と下半期に分けてみると、上半期で実収入総額が増加したのは最上位より2番目までの階層だけであったが、下半期に入ってからは各階層ともかなり増加して、その対前年同期増加率もほぼ一様の上昇率を示した。
次に家計費も収入の動きと同様に上位にいくにつれて高い増加率を示している。もっとも実収入の増加率より支出増加の比率が少ないことは各階層とも同じである。また、支出構成では、前年に対していずれの階級も住居費と雑費の比率が増加し、反面で飲食費と被服費の相対的な比率が低下している。しかし最下層でのエンゲル係数は55%で最上位の階層の37%に比べるとかなり高い。
最後に収支バランスと貯蓄の関係をみよう。家計収支は各階層を通じて前年より好転しているが、低所得層ほど悪く、最下層及びその上の階層までは赤字であって、貯蓄の大部分は最上位及びその次位の階層のものである。その黒字率をみると最上位層及びその次位の階層の黒字は実収入に対し、それぞれ17%及び11%を占めており、全世帯平均黒字率の2倍前後である。従ってこの両階層の預貯金や保険、無尽掛金などの積立金も多い。これに反し、最下層及びその上の階層では前年よりは赤字が少なくなっているものの、赤字の補填に貯蓄の引出しが行われている状態にある。それでも7月から実施された勤労所得税の減税の効果は低所得層ほど高かったので、下半期の収支バランスはかなり改善されている。
以上のように階層別にみると、全般的に29年よりも30年が、また上半期よりも下半期が好転している。しかし、なお階層間の開きは前年に続いて拡大していることがうかがわれる。
農家の生活
30年の農家の生活は未曾有の豊作によって著しく改善された。
まず所得をみると、農業所得においては豊作による米作収入の大幅な増加、果樹、工芸作物などの販売収入の増加によって農業収入は前年度より13%増加したのに対し、農業支出は価格の低落を反映して微増にとどまったので、農業所得は前年と比べて16%の増加となった。一方、林産物価格の低落による林業収入の減少や農村の賃労働市場の停滞による労賃収入の停滞などを反映して農外所得はかえって前年度よりもわずかに減少したが、それでも農業所得全体としては9.4%の増加を示した。このように、30年の農家所得は従来の農家所得の増勢を支えた農外収入、特に労賃収入の停滞と豊作の影響により、主収入である農業収入の比重が高まってきたことに特徴点がみられる。
一方、家計支出は現金支出で3.3%、現物を含めると4.3%の増加となったが、消費者物価が1.3%(現物評価を含む)上昇したので、消費水準としては3%の向上にとどまり、前年の増加率よりもやや上回った。特にその増加は米の予約売渡制による前渡金受領後の8月以降の支出増によるものであり、上半期は全くの停滞であった。
消費の内容においても、冠婚葬祭費の臨時費と非主食の増加が著しく、他の費目は全く停滞的で都市ほどの高級化の傾向はみられない。もっとも、非主食のなかでは肉、卵、牛乳などの動物性蛋白質の増加が著しく、この点では高級化の傾向がうかがえる。
こうして30年の農家の生活は所得の増加が著しい反面、消費支出が極めて控え目であったため、経済余剰(黒字)は前年度よりも45%という大幅な増加となった。これは税込農業所得の16%に達しており、昭和8年の大豊作期と同率である。これを増加可処分所得でみると、38%が消費に向けられ62%が経済余剰として残されたことになる。 経済余剰の処分ではその55%が預貯金として金融機関に預けられており、貯蓄の割合が非常に高かったことを示している。
生活物資供給事情
前述したような30年の国民生活の改善を、生活物資の供給事情からながめてみよう。
まず主食については、米が前年の一人当たり103.3キロから109.6キロに増加した他、精麦、小麦、雑穀とも増加している。非主食については、蔬菜類は増加し、鶏卵や牛乳、魚介類もそれぞれ3.5キロ、11.9キロ及び21.4キロで前年よりもかなり増加したが、果実や甘藷、馬鈴薯などは減少している。
被服については、綿製品が前年の一人当たり5.7ポンドから5.53ポンドに減少したが、合成繊維などは0.18ポンドから0.30ポンドに増加をみている。
さらに耐久消費財についてみると、電気洗濯機は前年の千人当たり、2.94台から4.99台、ラジオ受信機は百人当たり1.6台から1.9台に著しく増加している。また、光熱費については、ガス、電気、石油ともに増加をみている。
一方、保険衛生関係でも浴場、美容などの利用及び石鹸の使用高が増加し、交通関係では旅行の増加を反映して、バス関係を中心に国鉄、私鉄ともに全般的に増加を示している。修養娯楽関係では新聞、書籍、写真フィルムなどが増加し、玩具関係ではプラスチック物の増加が著しい。
このようにして、年間の生活物資供給量指数は前年の1.7%増に対して30年は5.4%の増加を示した。