昭和31年
年次経済報告
経済企画庁
物価
昭和30年度の物価概況
昭和30年度の世界の物価は、ヨーロッパやアメリカを中心とする景気の上昇を反映して、鉄鋼、銅などの金属価格を中心に上昇し、卸売物価、消費者物価ともにだいたい2%から4%の上昇率を示した。
こうした世界的な物価騰貴の影響を受けて我が国の物価も金属価格を中心に上昇し、総合卸売物価は、年度中5.4%も上がって、最近ではデフレ政策によって物価が急速な下落過程をたどることになった直前の、29年2月のピーク時とほぼ同じ水準にまで達した。しかし、一方鉱工業生産は、年度中1割以上の増加率を記録したため、比較的物価騰貴を伴わない景気の上昇つまり「数量景気」と呼ばれるような経済拡大の現象を呈することになった。
物価の推移
そこでこの一ヶ年の物価の推移をまず卸売物価についてみると 第71図 にみるように、当庁調べ「週間卸売物価指数」は30年3月の152.8(朝鮮動乱直前基準)から31年3月の161.0まで約5.4%の上昇率を示しており、特に農産物の未曾有の豊作によってほとんど横ばいに推移した食料価格を除くと、30年3月の152.8から31年3月の163.4へと約7%もの上昇であった。このために、30年度の卸売物価の年間水準は、前年度に比べ、総合物価で1.3%、食料を除いた物価では約3%ほど高い水準になっている。
ところで、年度間卸売物価が5.4%上昇したといっても、その間の動きは決して平坦であったわけではなく、図に明らかなように、30年の6~7月ごろを境として判然と異なった傾向を示していることが特徴的である。すなわち 第105表 にも示したように、30年4月から6月に至る間の物価は、総合指数で月率1.4%の率で下落しており、しかも雑品価格を除けばほとんどあらゆる商品の価格が低落し、特に食料価格、建築材料、化学品価格などの低下が著しい。
しかし、7月以降の物価は、総合指数でほぼ月率1%内外のテンポを保ちながら上昇しており、特に金属価格の高騰が目立っている。また季節的な変動の大きい食料価格を除いた指数でみると、その上昇テンポは7~9月の月率0.7%、10~12月の1.0%、31年1~3月の1.3%へと漸次そのテンポを早めていたことが特色である。
一方消費者物価は総理府統計局調べ「東京都消費者物価指数」でみると、この1ヵ年の間に1.5%の微騰でほぼ横ばいを続けたとみることができる。これは主として、食料の消費者価格が、農産物の豊作などのために0.8%下落したためであって、食料、光熱以外の価格は、 第106表 にみるように住居関係の価格の10%を初めとして、いずれも上昇傾向を示していた。またその上昇テンポも、住居、雑費関係の価格などは、7月以降漸次テンポを速めていて、卸売物価の動向とその傾向を一にしていたことがわかる。
金属価格の異常な上昇
こうした物価の上昇はなにによってもたらされたのだろうか。 第107表 に示したように、年度中の卸売物価の変動は、食料、建築材料など一部の商品を除くと、ほとんどあらゆる商品の価格がかなり上昇している。しかし、なんといっても、この物価上昇は、主として金属価格の異常な上昇によってもたらされた。すなわち、金属価格は30年3月既に朝鮮動乱前の2.2倍というかなり高い水準にあったにもかかわらず、その後も上昇を続けて31年3月には273.9となり、この間2割6分もの上昇を記録している。
この金属価格上昇の内容を少し立ち入って調べてみると、鉄鋼価格の2割の上昇、銅など非鉄金属価格の4割の上昇がその主なものであったことがわかる。例えば、鉄鋼関係のうちくず鉄の市価は30年3月から31年3月までの間に5割2分の上昇を示しているし、また厚板価格は2割6分、薄板は1割9分上昇している。また非鉄金属でも銅地金がこの間約2倍になっているし、銅管、銅板などの銅製品も5割から5割5分の上昇となっている。
こうした金属価格の値上がりは、いうまでもなく、29年下半期頃からヨーロッパ、アメリカを中心として耐久消費財需要や設備投資の急激な増加が起こり、これに基づいて海外市況が好調であったことに原因がある。例えば、ベルギーの棒鋼輸出価格は29年9月頃のトン当たり92ドルが30年4月には100ドルに値上がりしたが、その後もこの値上がり傾向が続いて、7月には102ドル、さらに9月には105ドル、また31年1月からは108ドルへと漸次上昇した。一方銅地金のロンドン相場も30年4月にはトン当たり309ポンドであったものが、7月には360ポンドとなり、31年1月には400ポンド、さらに2月には421ポンドと急速な上昇を続けた。
またこうした海外市況の好調を反映して、我が国の鉄鋼、銅の輸出も順調で、鉄鋼は毎月平均15万トン程度の水準を維持し、非鉄金属も月平均5千トン以上の水準を保っていた。
以上のように、鉄鋼、銅の海外市況の好調や造船における厚板の需要増大あるいは輸出の高水準などが、我が国の金属価格の異常な上昇の原因にはなっているけれども、その価格上昇率においては、我が国の方が海外のそれよりも大きいという点は注意しなければならない。例えば、ベルギーの棒鋼価格は、30年3月から31年3月までの間に約1割4分上がっているが、我が国価格は、29年の緊縮政策の影響で価格水準がもともと低いところにあったという事情もあってこの間に約2割の上昇率を示している。また西ドイツの厚板はこの1ヵ年の間に3%ほど上昇したが、我が国の厚板は26%もの上昇となっている。
これは、我が国の輸出価格が、後に述べるように限界供給者的な価格としての色彩を強くもっていたことが主な原因であり、また30年後半以降は内需の増加もこれにつけ加わって、一層国内価格の上昇率を大きくしたことも見逃せない。例えば、普通鋼々材の出荷量をみると、 第108表 にみるように、全出荷量は30年上期に月平均50万トン台であったものが10月以降は60万トン台に増加している。このうち輸出寮は高水準を維持しながらもあまり変わっていない。従ってこの間の出荷量の増加はほとんど内需の増加に原因しているわけで、このため鉄鋼価格も30年の末頃からは海外市況との関係だけではなく、この内需の増加をも反映した上昇テンポを続けたものとみられる。
我が国物価の国際比較
こうした海外価格に対する我が国価格の上昇率の相対的な差は、当然我が国物価の海外比価を悪化させる方向に働いたと思われるので、次に我が国物価の動きを海外のそれと比較して述べてみよう。
今まで述べてきた30年度の我が国物価の変動は、これを海外の動きと対比してみると、非常に相似した足取りをもっていたことがわかる。すなわち物価全体の足取りが各国とも上昇したということの他に、内容的にも鉄鋼、非鉄金属の大きな上昇、化学品、機械などの堅調、繊維の軟化食料農産物の下落などは世界各国共通の現象であった。
しかし、その物価変動の幅をみると、我が国の価格は海外に比べ、綿布、化繊など繊維価格で割安の幅を狭め、棒鋼、厚板などで割高の幅を広げたことになる。すなわち、 第109表 に示したように、我が国の綿布価格は30年3月にアメリカより2割以上割安であったが、31年3月には割安の幅は1割以下に狭まったし、スフ糸は30年3月でイギリスに比べて約5割も安かったものが、最近では3割7分程度になっている。さらに厚板の価格は西ドイツに比べて4%弱高い水準にあったものが最近では2割近く割高になっている。このような傾向は、先に述べた30年度後半からの内需の増大が海外市況と関係なくわが国の物価をを引き上げたという原因の他に海上運賃の2割以上もの上昇と海外高による輸入原材料の高騰がその一因をなしている。すなわち、主要輸入原材料価格の動きは 第110表 にみるように、この1ヵ年間に塩の3割7分を初めとして石炭の2割6分、鉄鉱石の1割2分など、いずれもかなり大幅な上昇を示している。
ところが、このように我が国価格の海外比価がものによっては悪化したにもかかわらず、輸出は好調を続けることができたのはなぜだろうか。それは輸出増加の主要な原因となった鉄鋼と繊維に、それぞれ特殊な事情があったからと考えられる。いま鉄鋼の29年以降の世界の貿易量を調べてみると、輸出総額は29年の上半期(1~6月)から下半期(7~12月)にかけて約11%、また30年上半期には35%の上昇となっている。主要な国についてみると、アメリカではそれぞれ3.3%、28%、ベルギーは11%、38%、西ドイツでは13%、17%のいずれも上昇である。これに対して我が国は45%、72%と他の国々よりも著しく高い伸び方を示している。しかもこの間、我が国は価格の面ではむしろ海外に対する割高傾向が拡大している。このことは、鉄鋼の需要増加量が極度に大きいために、ベルギー、アメリカなど主要輸出国の輸出能力だけでは賄いきれず、価格の高い我が国にまで需要が及んだためと考えられる。換言すれば、鉄鋼輸出において、我が国は限界供給者的な役割を果たしたといえよう。
次に繊維の輸出量をみると、やはり我が国だけは世界の他の国々に比べて著しく増加率が大きいが、これは割安な我が国の繊維に対して需要が集中したことや、企業の輸出意欲が激しかったことなど、我が国の輸出力の強さが世界市場に食い込んだためだと考えられる。
以上のようにみてくると、30年度の我が国物価は、金属など若干の商品において対外比価が悪化したが、国内的には物価上昇よりも生産の増加が著しく、数量景気と呼ばれるような健全な物価上昇テンポを伴っていたことがわかる。しかしこうした数量景気的な物価上昇は果たして一時的な偶然性によってもたらされたものに過ぎないのだろうか。それとも経済の性格上起こるべくして起こったものだろうか。この点を明らかにするために、まずここ1ヵ年あまりの物価変動の様相を少し立ち入って検討してみよう。