昭和31年
年次経済報告
経済企画庁
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世界的背景
市場の動向
昭和29年秋からにわかに堅調に転じた世界不定期船運賃市況は、30年に入ってからもますます硬化している。すなわち、英国海運会議所の不定期船運賃指数の最近の動きをみると、29年8月に比較して、31年3月には約9割騰貴し、その後も軟化の兆しはみられない。
一方油槽船運賃の動きは不定期船に比べ、スポット物については大幅に変動しつつ上昇傾向をたどり、長期物についても上昇傾向は同様であって、ノルウェーシッピング指数では29年の年間平均指数に対して、30年平均は約50%上昇している。そして31年に入ってからも強調を持続している。( 第62図 参照)。定期船については不定期船市況の活発化に引きづられて、まず欧州周辺の運賃同盟が運賃率引上げを行ったのを初めとして、市況低迷と競争激化とにより運賃率の引上げやオープン化を余儀なくされていた同盟も漸次強化されつつあり、今日に至るまでにほとんど全ての運賃同盟が健全な運営に復することができた。
このような海運市況の好転は、基本的には、世界的経済拡大につながる海上荷動きの活発化が、船腹の需要に大きく作用した結果とみなすことができるが、その過程を海運市場を代表する不定期船と油槽船の二つの分野から振返ってみよう。
大西洋水域の不定期船市況硬化は、1954年の欧州の不作をその直接の原因としたものであったが、1955年に入ってからは欧州諸国の経済繁栄は世界的規模へと発展し、海上荷動きも次第に量を増し、かつ範囲をひろめていったので、不定期船市況をして単に一時的冬高にとどまらせず、30年度を通じて強調を持続させることができたものとみられる。世界の不定期船貨物の成約数量を昭和29年と30年とについて比較してみると、 第61表 にみられるように30年は実に29年の55%増を記録し、しかも30年の成約においては長期先物が著しく増大している。このため大量の船腹量が固定化され、市況低落の余地が少なくなったばかりか、不定期船のスポットマーケットの弾力性は小さくなり、増加輸送需要に対する市況の限界変動性はいよいよ増大したといえよう。
次にここ数年来世界的なエネルギー源の石油依存増大と、中近東石油の産出量増加に伴う石油供給地の変化とは油槽船船腹の需要をさらに強く増加してきた。25年の2億3000万トンから29年の3億2000万トンへの急速な伸びを示した石油海上荷動き量は、今後とも着実なテンポで増大するものとみられているため、長期用船契約の増加が著しく大きくなってきており、油槽船運賃市況は不定期船のそれよりもむしろ安定した基盤の上に立っているといえる。
船腹増強の状況
ロイド統計によれば1955年6月末の世界船腹はついに1億総トンを突破し、前年同期に比べて310万総トンの増加を示している。( 第62表 参照)しかしこのような船腹増加も、1954年秋から今日に至るまでの海上輸送量の増加速度には及ばなかったものと考えられる。さらに、今日の市況の堅調は今後なお続くであろうとの見通しが次第に有力となってきたので、世界船主の船腹増強に対する意欲は極めて旺盛となり、1956年1月現在の建造中並びに受注済みの船舶は実に1800万総億トンに上り、前年同期に比べて約60%の増加となっている。このような状況のもとにあって、我が国造船業が早い納期と低船価を背景として1955年中220万総トンの輸出船を受注し、現在英国についで世界第2位の手持工事量を擁するに至ったことは注目に値する。しかしながら、我が国造船業が他の輸出産業におけると同様の限界供給者の立場にあることを見逃してはならない。
これらの発注船の内容についてみると、その多くの部分を油槽船で占めていること、及びその船型がいよいよ大型化していること、また貨物船の分野においては鉱石専用船を初めとする撒積専用船が増加してきたこと、不定期船が高速となってきたことなど、著しい特徴が見受けられるが、これらは今後の世界海運の動向を示唆する一連の事実として極めて注目される。
外航海運の最近の足取り
輸送状況
海運市況の世界的好転は我が国の海運をも決して置き去りにはしなかった。まず眼を邦船の輸送実積に向けると、 第63表 にみられる通り、30年度は船腹量の増加の割に輸送量の伸びが著しく、29年度に比べて定期船、不定期船がともに24%、油槽船が22%の増加を示し、邦船の積取比率も48%から51%に上昇した。前者は29年度の海上荷動き量増大に基づく稼行率の上昇によるものであり、後者は邦船が主として我が国の貿易物資の輸送に力を注いだためである。また定期船における輸出輸送量が対前年比37%の著増をみせているのは、景気上昇に伴う輸出の異常な伸張と表裏をなすものと理解される。一方不定期船においては輸入輸送が対前年比34%増と躍進しているのに対し、三国間輸送は逆に17%程度減少しているが、これは前年度の原材料輸入が大幅に増加したことと、やや上昇が立ち遅れ気味であった本邦回りの運賃率がようやく一般水準にまで達したことにより、高運賃を求めて三国間輸送に従事していた不定期船船腹が本邦向け輸入物資の輸送に復帰したために、三国間向け輸送に振向ける船腹の余裕がなくなったことに原因する。油槽船においては30年度の石油輸入量が対前年比23%増と大幅に伸びているにもかかわらず、輸入輸送量はわずかに7%増にとどまらざるを得なかった。これは油槽船船積みには長期契約が多く、我が国の油槽船船腹規模の小さいために配船の潤達性が少ないためと考えられる。
最近の主な動き
海運会社の経理内容の好転
このような海上輸送の伸びと運賃率の上昇とは我が国海運会社の運賃収入をも飛躍的に増加させた。このため、ここ数年毎期欠損を続けてきた海運企業も、3月期には軒並みに償却前利益を計上することができ、一部の例外を除いて、この期からようやく正常な減価償却や社内留保を行い得る態勢となった。一方、海運界には30年度に入ってから、船腹を急速度に増強して、世界的好況に乗り遅れまいとする意欲が次第に高まってきたが、たまたま、この3月期における画期的な収支好転を機に、配当を復活して増資を誘引し、一方において資本構成是正に役立てながら新造船建造資金を獲得しようとする気運が顕著になってきた。しかし、現在海運会社が国庫から受けている利子の補給を継続しつつ配当を復活することについてはかなり厳しい批判もあって、結局相当の制限条件付きで本年3月期から10社の復配が認められることとなった。
)自己資金建造と計画造船の早期着工
30年度計画造船は30年9月決定し、19隻18万総トンの外航船腹が年内に着工された。さらに31年度計画造船も早期着工の必要が認められて、30年度内に準備が始められ32隻31万総トンが例年より早く31年5月までに決定した。このほか、開発銀行資金に全然依存しない、いわゆる自己資金建造が30年秋から急激に増加し始め、30年4月以来31年6月までに22万総トンの外航船の建造が許可された。このような大量の新船建造は、世界海運市況についてのかなり長期の高調を前提としたものであるが、世界的にみてなお多量に存在し、特に我が国においては全保有外航船腹量の約3分の1に達する低能率戦標船及び古船の代替に着手しているものとみるべきである。国際的に見ても今日の新造熱は不況期に備えて高能率船を保有しようとする海運業の合理化の現れであり、合理化のための資金調達の比較的容易に行い得る時期を選んでいるものである。この意味で自己資金建造は財政融資の方法による計画造船がもっぱら船腹量の拡充に重点をおいてきたのと趣を異にするものがあるといえよう。
当面の問題点
海運市況好転に伴い、前述したように海運会社の収支の好転のほかに自己資金船の激増、計画造船における財政依存度の減少など全く新しい事態が発生しつつあるが、この機会に我々はこれらの事象を注視しつつ、改めて世界的視野から、今後の日本海運のあり方について再検討すべきである。
30年4月以降31年6月までの建造許可トン数は、計画造船及び自己資金船を合わせて約70万総トンにも及んでいるし、今後もなお市況の好調と見合って新船の建造は続けられると考えられるが、我が国の商船隊の国際収支の改善への寄与よりみて、これを阻止すべきものではないとしても、海運企業そのものとしては相当に慎重でなければならないであろう。新船の償却が極めて不十分のうちに市況の低落に襲われたときの対策と、今後の市況の見通しについての科学的検討が要請されるゆえんである。今後の我が国の貿易構造及び輸送量よりみて、建造船の船種別構成、船型等をどうするか、また早晩耐用年限がくるものと予想される戦時標準船、購入船の処理は新船建造とどのようにからませて取扱うか、また海運業が国際的な合理化の方法として選んでいる新船建造が我が国は自己資金建造の形で行われつつあるが、これと船腹量の増加として行っている計画造船とをいかに調整するか等々今日直ちに検討すべき問題は極めて多い。
従来、論議の的であった日本海運の国際競争力の劣勢は幸にして今日の好況によって背後に影をひそめているが、問題が根本的に解決されたわけではない。日本海運はその船腹構成、海運資本の質よりみて、欧州海運諸国に比べて、なお世界海運界の限界供給者の立場にあるものとみられる。あの不況時にもびくともしなかった英国海運は、今日の好況時においても他産業では中止されたにもかかわらず、依然として投資控除制度の適用を受けて内部蓄積を増し、それによる船質の改善が行われていることは注目に値しよう。
旅客輸送
我が国の出入国者数は年々大幅な増加を示しており、28年を100として、29年111、30年124(208千人)に達している。
これらの旅客を輸送機関別にみると、30年では航空機63%、船舶37%で航空機の割合が大きいが、この割合はここ数年についてみても漸増の傾向にある。すなわち28年には航空機の割合は52%、29年は60%であった。各分野における国際活動が敏活化するにつれ、世界的趨勢として高速度の輸送機関がますます利用されつつあるといえよう。
30年度において日本航空は総計23千人の旅客を輸送したが、これは29年度の90%増に当たり、東京空港における海外旅客輸送全体に占める割合も14%と、29年度の12%に比しやや増加をみた。
上述のような輸送増に伴い、補助金の交付や、国内線の好調もあって、日本航空の経営状態も漸次好転し、30年度上半期よりわずかながら黒字を出すに至っているが、他面、新機種購入資金が巨額に上るため、年々政府出資を継続せざるを得ない状態である。戦後の世界航空界においては、その激しい進歩のために陳腐化は極めて速い。これに対応するためには多額の資金を必要とし、各国の航空会社にとっても重大な問題となっている。 一方我が国の船舶による30年度の旅客数は、その73%を占める対沖縄輸送を含めて、31千人であり、29年度に比し4%増であった。
国際観光
30年における来訪外客数は102千人で、このうち滞在客のみで59千人に達したが、これは28年比45%増、29年比18%増に当たっており、戦前のピークを示した昭和11年に比べても40%の増となっている。このうち米人客は29千人で、全体の51%を占めている。
同年における米人海外旅行者数は約170万で、前年比16%増となっているが、我が国へはわずかにその2%弱であり、アジアへの米人旅客の30%が来訪したにとどまり、今後における誘致の余地を多分に残している。なお、米国の海外旅行奨励の傾向よりみても、これら国際来訪客の誘致に適した施設の拡充整備による今後の来訪外客の増加は大いに期待できる。
次に、30年における外客の推定消費額をみると、45百万ドルで、これは同年における主要輸出品の輸出額と対比してみると第7位を占めている。なお、右の推定消費額は28年に比べ37%、29年に比べ17%とそれぞれ増加していて、駐留軍人消費の減少を来訪外客の消費によって補うことが考えられる。