昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

 

林業・水産業

水産業

 昭和30年の水産業を概観すれば、前年に引き続いて沖合及び遠洋漁業の発展に著しいものがあり、漁獲高も1割近く伸びて、比較的順調に推移したものといえよう。しかしその反面、生産、販売の両面から水産業の今後の発展を阻もうとする条件が次第に現れ始めたことも見逃せない。以下項を追ってその動きをみよう。

漁業経済の動向

漁獲高の増加

 30年の漁業生産をみると、北洋漁業、マグロ延縄漁業、以西底曳網漁業、母船式捕鯨業などの遠洋漁業はいずれも順調に伸びているが、なかでも北洋母船式サケ、マス漁業では前年の3倍に達する増産を達成したのが目立っている。沖合、沿岸漁業にあっては、サンマが前年比70%増の132百万貫という、戦前戦後を通じて未曽有の記録を示し、またカタクチイワシは前年比28%増の104百万貫という最近での最高漁獲高をみせた。このような豊漁の反面、ニシンように27年以来減少の一途をたどり、30年には12百万貫と前年の35%、27年に比べればわずかに14%という不振のものもあった。また我が国漁業の主要魚種であるマイワシ、アジ、サバ、スルメイカなどは程度の差こそあれそれぞれ若干の減産を示した。

 かくして30年の、鯨を除く漁獲高は13億8百万貫で前年より8%の増加であった。なお鯨の捕獲高は、生産量に換算すれば95百万貫と推定され、前年より32%の増加である。従って鯨を含めた総漁獲高は14億4百万貫で前年より1割近い増産となった。

第60図 昭和27~30年漁獲高

輸出の増大

 水産物の輸出はここ数年来、年々1~2千万ドルの増加という顕著な拡大傾向をたどってきた。30年にもかかる傾向は続いているものの、やや鈍化の兆しをみせ、輸出額は106百万ドルと、前年より600万ドルの増加にとどまった。輸出の主な動きをみると、戦後輸出缶詰の王座を占めてきたマグロ缶詰は、前年米国向けの輸出が一時不振となって多くの滞貨を生じたが、30年にはその圧迫を受けて生産も減り、また価格も下ったため、輸出は再び順調となり、前年の滞貨も一掃された。この結果輸出数量は2割方の増加となったが、輸出金額がほぼ前年並みにとどまった。また冷凍マグロの輸出も前年に比べて数量は2割方増加したが、金額では約1割の減少であった。一方、サケ、マス及びカニ缶詰類の輸出は、北洋漁業の急速な進展によって前年に比べて数量で4~5割、金額で3割の急増を示した。そのほか鯨油、養殖真珠などの輸出もかなり伸びており、北洋の缶詰と合わせて輸出増加の主因となった。

 水産物の輸出増大のかげには、既に個別的にふれたように輸出価格の低落傾向が次第に強まっていることや、マグロ、サケ、マス缶詰などのように相手国側で輸入制限をしようとする傾向があることなど見逃し得ない事実が生じているので、今後の輸出の進展には一層の努力が必要であろう。

国内消費の停滞

 このような外需の増大に対して内需は頭打ちの状態で推移した。まず30年の都市における一世帯当たりの水産物に対する支出金額をみると、年間1万3,000円台で、28年以降ほとんど横ばいに推移している。この間消費支出金額は1割近く増えているので、支出の増加分はもう水産物にむけられていないわけである。一方農家の一世帯当たりの水産物に対する支出金額は29年までは年々1割内外の堅実な増加をみせ、年間9,000円台に達したが、30年には、都市世帯の場合と同じくほとんど横ばいとなった。かかる状態が一時的のものかどうかは、なお若干の時日の経過をまたねば正確な判断を下せないが、豊作の影響を受けて農家の消費水準が次第に高まった9月以降にも、水産物に対する支出額は前年同期と同程度か、またはこれを下回るなど、停滞傾向を続けていたことは注目を要しよう。

 このように国内需要が停滞し、輸出も価格引下げによって増加傾向を維持している状況にあったため、30年の水産物価格は前年に比べてやや低落した。これを品種別にみるとイワシ、イカなど大衆魚の価格は弱含みに推移し、タイ、マグロなど高級魚種のそれはむしろ強含みのものが多かった。

第61図 魚介類の家計支出額の推移

生産資材と漁業金融

 最も重要な生産手段たる漁船についてみると、鋼船の建造は前年よりかなり増加した。30年に竣工した漁船の内訳をみると鋼船は138隻、42千トン、木造(15メートル以上)は834隻、49千トン、計972隻、91千トンであるが、これを前年に比べると鋼船では隻数、トン数ともに4割方増加したのに反して、木造はほぼ前年並みにとどまっている。一方、魚網の生産をみると、総生産量はほぼ前年並みであったが、そのなかでナイロン、ビニロンなどの合成繊維魚網は飛躍的な増加を示し、綿、麻漁網は減少した。

 次に漁業における資金需要をみると年間を通じてかなり活発に推移した。すなわち、29年末と30年末とを比べると、全金融機関の漁業向けの貸出残高は設備資金で16%、運転資金で33%の増加となった。かかる貸出増加の内容をみると、母船式漁業の拡充に多くの資金を必要とした大漁業会社向けが主として伸びており、中小漁業向けは受信力の小さいものが多いため、伸び悩んだ。

漁業経営の実体

 29年の漁業センサスによれば、漁業経営体の総数は25万余、このうち9割は従事者5人未満の零細経営、残りの大部分が各種の規模の中小漁業で、大漁業会社といえるものはごく少数を占めているに過ぎない。一方漁獲の割合をみると、この90%の零細経営が全漁獲量の25%程度、約10%の中小漁業が65%内外、大漁業会社は約10%前後と推定され、この3者の経営上の開きが極めて大きいことを示している。

 零細経営体の大部分はいわゆる漁家であるが、その漁獲はほぼ前年並みか、もしくは若干上回ったと考えられる。漁獲物の中で比較的大きな比重をしめている瀬付魚介、海藻などの価格が強含みであったこと、また燃油、魚網などの資材の価格が低下したことにより漁業所得は前年より増大した。また下半期に入って被傭収入や農業収入など漁業以外の収入も増大した。それ故30年の漁家経済は全般的に前年より改善されたと推測される。しかしながらその程度は微弱なもので、もとより漁家経済の劣弱性を克服するに至っていない。

 次に中小漁業の経営をみると、まず30年の漁獲は北海道のニシン定置網漁業、西日本の旋網漁業を営むものを除けば大体順調であったとみられる。しかし漁船一隻当たりの漁獲量をみると、ここ数年来漁船の大型化、近代化が急速に進められて、かなり高性能化している割には伸びなかった。一方、燃油、漁具などの資材価格は、前述のように低下したが、漁船建造単価は上昇傾向をたどったので、金利、償却などを考慮すると操業経費はむしろ増大したとみられる。また魚価についてみると、漁家の場合と異なり、主として中小漁業が水揚げする漁獲物には比較的内外需要が不振のものが多かったため、やや低落気味に推移した。このように魚価安と、規模増大による経費増加とにはさまれて中小漁業の経営は全般として伸び悩みの状態であった。

 大資本漁業の経営をみると、その主要部門である母船式漁業の規模が拡大され、それに伴って生産も著増し、販売も比較的順調に伸びたので、沖合遠洋漁業部門の伸びが十分でなかったにもかかわらず、売上高も利益額もともに大幅な増大を示した。

 しかし大資本漁業の業積伸展の原動力である母船式漁業が、次第に漁場に制約を受けるようになり、今までのような飛躍的な発展を望めない状況に達しつつあることは注目すべき事実であろう。

当面する諸問題

 30年の漁業生産は既に戦前水準を著しく上回り、国民所得のなかで占める漁業の地位も戦前の2倍近くまで上昇したが、これらの事実はいまさらのようにここ数年来の漁業の発展が極めてめざましいものであったことを物語っている。

 かかる発展は内外需要の急速な拡大、なかでも漁獲物の大部分を消化する国内市場の着実な増大によるところが大きいと思われる。それだけに30年に入って水産物に対する国内の消費購買力が停滞するに至ったことは、それを放置しておく限り今後の漁業の発展に大きな影響を及ぼす可能性がある。水産物流通機構の合理化を中心として、農山村に対する魚食の普及、都市における水産物利用形態の改善をはかることは、漁業の発展のためばかりでなく、国民栄養の向上のためにもなるべく早く着手することが望ましい。また海外市場の維持拡大も重要な問題である。

 次に中小漁業における経営の合理化も当面強く要請されている問題の一つである。ここ数年来の沖合、遠洋漁業の飛躍的な発展も、その経営改善のための重要な解決策たる一面をもっていた。しかしマグロ漁業、北洋サケ、マス漁業をはじめ有力な転換先漁業は、漁場の制約もあって頭打ちの状況に達しつつある。そのため、中小漁業には資本及び労働の投下量の増大を伴う漁獲競争が激化しており、漁業全体が発展を続けているにかかわらず経営内容がいっこうに改善されていない。この点の解決をはかることはやはり今後の漁業発展に密接な関連をもつものである。

 また沿岸漁家経済の安定をはかることも水産業における基本的な問題の一つであるが、資本の過少と労働力の過剰とが資源の貧困に結びついている現状を打破らねばならず、その解決は容易でない。しかしこれを放置することは許されないので一段の努力が必要であろう。

 なお漁場対象についていえば、朝鮮近海のいわゆる李ラインをめぐる日韓漁業問題や黄海及び東シナ海における日中漁業問題、北洋漁場における日ソ漁業問題、アラフラ海域の真珠貝採取に関する日豪漁業問題、西南及び中南太平洋海域におけるマグロ漁船の操業と航行の安全確保に関する問題など今後の水産業の発展に直接つながるものが懸案となっているのは周知の通りである。このうち、黄海及び東シナ海における問題については、民間当事者の努力によって「日中漁業協定」の成立をみ、以西底曳漁業に好ましい結果をもたらしており、また北洋漁業についても最近の交渉によって、日ソ国交回復を条件として漁業協定が結ばれ、その成果が注目されるなど、徐々に解決の方向に進みつつある。

 最後に、東南アジア、中南米など水産資源の開発が遅れている地域に対する漁業協定も忘れてはならない。すなわち、漁業協定は豊富な動物蛋白を現地に提供することによって相手国民の栄養改善に寄与しうるばかりでなく、漁場や市場の拡大が次第に困難になってきた我が国漁業にとって、今後の発展が期待される一面であろう。


[前節] [目次] [年次リスト]