昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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鉱工業生産・企業

安定発展の課題

 かくて、昭和30年の産業界は、繁栄の上げ潮に乗っていたといえる。いわゆる「静かなる拡大」は華やかな景気こそみせなかったが、各産業部門に浸透し、大企業ばかりでなく、ある程度中小企業においても明るさを増してきた。企業経営の面では、戦後初めてのゆとりのある落ち着いた経営を可能にしたともみられる。

 かかる経営発展を可能にしたものは、単に29年度の緊縮経済がもたらした経済の正常化とか、海外の好況によって支えられた輸出の増大とかいった一時的な要因だけでない。それは、戦後10年の絶えざる努力の賜物であり、かつ26年以降特に力強く推進された近代化、合理化投資の効果としての経済力の強化という事実を認めざるを得ない。

 しかしながら30年度の日本経済の好況は、欧米における技術革新を動機とする投資ブームの余恵を受けた面が非常に多い。我が国は海外の好況にさいし、結果として逆に投資を差控える形で数量景気を現出した。いわば、過去の努力の成果をつみとっている段階である。しかし果実をつみとるだけで新たに種子をまくことを忘れてはならない。欧米諸国の技術革新が一段と進んだ暁には、せっかく26年以降の合理化投資によって先進国の技術に追いつく努力がなされたものが、再び大きく引き離される惧れがある。世界景気の好況に酔って新しい発展への努力をおこたるときには、また日本産業の立ち遅れが一層目立つに違いない。

 今や、現在までに培った基盤の下に新なる発展への道をたどるべき時期にきたといえよう。

 新なる発展とは経済構造の革新を通じての発展を意味する。それは生産方式の近代化であり、産業構造の高度化を目指すものである。企業経営でみれば、絶えざる生産性向上を努力の結果を通じて、古い資産、陳腐化した設備を切捨ててゆくことであり、国民経済にみて資本の充実が行われるとともに資本の若返りが行われていくことでもある。

 かかる発展の機動力となるべきものが近代化投資であることはいうまでもないが、今後の近代化投資は日本経済の構造変動を可能にするところの投資であり、かつ世界経済の構造変動に適応するところの投資でなければならないはずだ。

 その意味において近代化投資の基軸になる産業は、化学、機械であろう。欧米先進国の産業構造は化学、機械の比重が高いが、さらにイノベーションの主体もこれら産業にある。我が国の産業構造は戦時生産の遺産によって比重こそ重化学工業化したが、いまだ産業の基軸と呼ぶほどのものではない。輸出にしても、戦前の繊維中心から鉄鋼などへ比重が移行しているが、機械はまだ輸出額の12%に過ぎず、先進諸国の30%以上というのに比べると、我が国の機械産業の遅れが目立つ。また、いわゆる合理化投資期においても機械産業への投資は立ち遅れていた。化学は石油化学などにみるごとく新産業的色彩が強く、かつ新しい基礎財産業となりつつある。戦後の技術の発展はめざましかったが、海外技術の導入に終っており、先進諸国の技術は日進月歩の勢いであるから、今日採用した技術が明日にも陳腐化する惧れさえある。

 世界の時流に遅れないためにも、日本の産業構造高度化のためにも、化学、機械への近代化投資が促進されねばならないが、今後の近代化を担うものが民間企業でなければならないというものの、政府の役割も新な面から考え直さねばなるまい。例えば、化学における技術発展が、技術導入の段階より、技術の自己発展の培養の段階に移行するためにも政府の支援を必要としよう。また機械産業は、技術が立ち遅れているとともに、収益力も低く、老朽施設を抱えて設備更新もままならぬという現状である。これらの産業に対しても、政府の力強い支援が必要であろう。特に機械工業には中小企業的色彩の強いものが多く、生産性向上を妨げている面があるが、これに対しては、企業の製品分野の専門化を進め、生産分野の画定を計るなどの産業組織化の努力が必要だし、中小企業の弱点である流通機構の充実も併せ行われることが望ましいであろう。さらに政府としては、企業個々ではやれないところの立地条件の整備、例えば工業用水、道路、通信網の整備などによって間接的に生産性を高めるような、いわゆるオーバーヘッド・キャピタル(社会的資本)の形成に国家資金の使い方が重点化されるべきであろう。


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