昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
提示された問題
緊縮政策はかなりの効果をあげ、少なくとも当面の目標はひとまず達成されたが、こうした効果もまだ安定したものにまで築き上げられているとはいえない。国際収支の実態も見かけほどにはよくなっていない。しかも昭和28年度に国際収支の危機を招いたインフレ的な経済膨張は、表面の現象としてこそ消え去ったものの、こういう現象を過去に引き起こした基本的な要因や、あるいはインフレ過程のなかで生じた歪みはいまだ取り除かれるに至っていない。そしてこれらの問題はインフレのベールが取りはらわれたことによって、一層はっきりと我々の眼前に提示されている。金利体系の歪み、企業資本の弱さ、合理化効果の不完全燃焼等がこれである。また一方では膨張経済のときにはさほど目立たなかった雇用の問題も表面化してきた。
国際収支の実態
昭和29年度の国際収支は大きな黒字を記録したが、その実態をよく検討してみるとなかなか楽観を許さない。
第一は、国際収支改善の要因に不安定なものが多かったことである。輸出増加の背景になった海外市況の好転、輸入減少の要因となった輸入価格の低落などは変わりやすいものである。またユーザンスや借款などによる支払いの繰り延べ、輸入品在庫の食いつぶし、黄変米問題に基づく食糧買付のおくれ等、一時的な輸入減少の要因にすぎないものが2億ドル近くはある。ともかく偶然的な要素がうまく折り重なって達成された国際収支の改善は、うっかりするとたちまち逆転する不安定さをもっていることは否めない。
第二は、特需が減ってきたとはいっても29年度においてなお6億ドル近くあるという問題で、これを差引いた正常な国際収支バランスは2億ドル以上の赤字になってしまう。こうした特需の支えは次第にはずされて行くものとみなければならない。しかも特需の減少はドル不足の問題を表面化させる。我が国は綿花や小麦等の重要原料を中心として輸入全体の6割をドル地域に依存しており、輸出ではその半分しか賄えない現況である。
第三は、人口の増加に伴って輸入がふくらむという問題である。我が国では主食の2割、綿花、羊毛、生ゴム、燐鉱石、ボーキサイトの全部、砂糖、原油の9割5分、鉄鉱石、塩の8割を輸入に依存している。一方では人口は年々100万人も増えるが、人口が一人多くなると、国内で増産しない限り食糧と繊維原料だけでも輸入を30ドル増さなければならないので、100万人の増加は年に3,000万ドルの輸入増大を意味するわけだ。そのうえ経済規模を拡大させようとすれば、もっと輸入がふくらむ。
こうしてみると国際収支の実態は、表面上の黒字にもかかわらず、先行き赤字の可能性を内包しているといえる。また手持外貨が30年3月末で11億ドル余りあるとはいっても、借金や回収の難しい債権を除いて堅くみると4割以上も減ってしまう。従って国際収支の問題は、赤信号からせいぜい注意信号にかわった程度である。