昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

国民生活

緊縮政策下の国民生活

以上のごとく昭和28年の国民生活は各方面に亘って27年に引き続くめざましい向上をみ、平均的な消費の水準は既に昭和9~11年を約1割も上回って戦前でも最も高水準とみられる昭和12~3年の水準になんなんとしている。しかしこのような消費水準の上昇が既に述べたごとく一方では外貨の喪失を伴う輸入の著増によって支えられており、しかも輸出の増大が困難な現状から今後輸入の急減を余儀なくされるような事態に立ち至るとすれば、国民生活も容易ならざる局面を迎えなければならなくなる。従って国際収支の改善が焦眉の急となり、その手段として昨秋の金融引締めから財政緊縮へとつながる経済政策の転換が実施されることになったが、それとともに国民生活はどのように動きつつあるかをみるに、消費者物価は食料価格の騰貴や一部思惑物資高などもあって、卸売物価が本年3月以来かなり明白な反落過程に入ったにもかかわらず、いまだそれに追随する傾向を示すに至らず、わずかに上げ止まりの気配を呈した程度にとどまっている。もっとも都市消費水準は所得の伸び悩みや一般的なデフレ気運とともにやや鈍化の兆しをみせ、特に本年に入ってからは食料、被服などが前年水準に停滞ないしは下回る傾向さえ生じているが、その反面住居、雑費関係の消費が圧倒的に強くなって消費増加の内容が著しく変化しつつあるように思われる。また前にも述べたごとく貯蓄性向が幾分高まる気配をみせつつあるのも消費景気の後退を示唆するものであろう。

しかし、消費の実勢は鈍化したとはいえなお上昇を持続しており、経済の他の部門例えば金融、財政、商品市況など既に現れつつある景気後退現象はまだほとんどみられない状況である。

特に昨年のごとく個人所得の大幅な増加にもかかわらず、そのほとんどが消費の増加に流れて貯蓄性向が停滞していることはむしろ異常な消費とも考えられる。このような消費傾向が続く限り今後の経済調整過程を不円滑なものとするおそれも生じよう。消費の水準が著しく高まったとはいえ、なお一方において住宅事情の改善は遅々たるものがあり、経済変動に耐えうべき個人資産の蓄積もいまだ十分ではない。従って消費面においてはできる限り不急の費用を節約し、増加した所得のなるべく多くを貯蓄に振り向けて生活内容を健全なものとすることが個人生活にとっても、また国家全体の経済にとっても緊要な事柄といわねばならない。


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