昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
賃金と労働時間
名目賃金の上昇
28年の経済膨張は賃金にも好影響をもたらして労働省調の常用労働者規模30以上事業所の現金給与総額は産業総数で16.0%上昇した。この上昇率は前年の20.6%より若干低いとはいえ、世界主要国の1953年における賃金上昇は10%以上の国はほとんどみられず、我が国の賃金上昇は世界的には最も高い率のようである。
このように名目賃金が上昇したのは前年において動乱以降における物価、利潤に対する賃金の遅れを取り戻した過程とは異り、生産の増加による生産性の向上に伴って上昇したのであり、企業利潤の増加に伴い能率給や年末及び夏季等の臨時給与が増加したこと、C・P・Iの上昇等によって春季労働攻勢による賃上げが行われたこと、前年末に公務員、公社職員等のベースアップが行われたことなどが主なる原因をなすものと考えられる。
産業大分類別には運輸通信その他の公益事業と建設業が23%を超えているのに対し、オ売小売業は9%の上昇にとどまって前年と同様低い上昇率にあるのが目立っている。これを雇用の場合と同じように需要区分別にみると建設関係が最も高くこれについで運輸流通部門、投資財産業、消費財産業、基礎財産業の順になっている。この傾向は大体雇用増加の傾向と大差がなく28年の投資増加の賃金への影響を物語っている。
実質賃金の向上
名目賃金の上昇が前年よりも若干鈍化した上に、消費者物価は前年よりも幾分上昇したので、実質賃金の向上は産業総数常用労働者では税込で8.8%、税引で11.1%の向上となり前年上昇率を大分下回った。
一方、1953年における世界の主要国の工業実質賃金上昇率をみると、消費者物価が低落した西ドイツが若干日本を上回っているが、他のいずれの国も日本よりは低い向上率を示している。昭和24年以降の日本の実質賃金は約65%上昇しているが日本と同じように非常に急速な発展をとげた西ドイツでも42%の上昇に過ぎない。しかし、戦前基準の実質賃金回復率においてはなお西欧各国よりは若干遅れを示している。
なお年間平均としては前述したような向上を示したが後半からは鈍化し、29年の1─3月になると名目賃金上昇の鈍化とも相まって前年同期を下回る水準となった。
賃金構造の変化
昭和28年の産業総数の名目賃金は16.0%上昇したがそのうち定期給与は14.9%の上昇で、臨時給与は23.0%上昇して給与総額の中の臨時給与の比率を拡大している。このように28年の臨時給与の比率が増加した理由には、労組の賃上げ要求に対しては景気後退期においても切下げの困難なベースアップを避け一時金の支給によって解決がはかられものがかなり多かったことと、ボーナス制度が普及し年末及び夏期に一時金を支給する事業所が多くなったことなどが考えられよう。これらの結果、臨時給与の支給は年末及び夏期に集中し、その性格は企業利益に対応するボーナス的のものとなったといえよう。
この傾向は定期給与の中の給与構成の変化にもにも表れ、労働省調「給与構成調査」によってみると 第93表 のごとく生活補助給の縮小と、基本給、奨励給、超過勤務給等の比率の若干の拡大がみられる。
さらに28年の賃金構造を産業別、規模別、労務者と職員、男と女の賃金較差でみると、産業別の賃金較差では 第94表 のように産業大分類別には金融保険業やガス、電気、水道業等の高賃金産業の上昇率が高いため製造業との較差は拡大している。これは金融保険業やガス電気、水道業等が好調を続けているのと、これらの産業の労働力構成は事務、技術等の職員層が多いため労務者職員間賃金較差の一般的な拡大傾向をも反映しているためと考えられる。製造業内部の産業中分類別には 第95表 に示すように第一次金属、紙類似品等の高賃金産業が比較的停滞したため最高最低の幅は若干縮小した。しかしなお最低の衣服身回品製造業等は最高の石油石炭製品業に対し約38%というかなりの開きがみられる。このように産業別の賃金にかなりの開きがみられるのは、労務者、職員、男子と女子、及び年齢階級等の労働力構造の相違と、その産業の規模別構造の相違及び一人当たり附加価値生産性の相違等の反映と考えられよう。
さらに事業所内部における労務者と職員、男女間の賃金較差では、製造業職員と労務者の差は 第73図 にみるごとく前年の62.4%から本年の61.6%に、男女の差も前年の40.6%から本年の39.5%に若干ずつ拡大している。この傾向は職員及び労務者内部の男女較差についても同様である。このように28年度において賃金差が拡大したのは、ボーナス等の臨時給与が多かったことと、職能給的給与の拡大によって年齢的にも上下差が拡大したことによるものと考えられる。またかかる賃金差の存在する原因は労務者と職員間については、労働の質的な差と性別、年齢構造の差等、男女間については労働の質的な差あるいは生産性の差、年齢構造的な差などが考えられる。
また賃金較差を製造業規模別によってみると、 第96表 のように28年平均では若干較差は縮小したといえるが、年末の臨時給与の増大等により後半では幾分拡大傾向もみられる。
このような規模別賃金較差の原因には労、職、男女年齢階級等の労働力構造の相違の反映もあるが、その主たる要因は小規模事業所の低生産性と大企業への依存性、労働組合の未組織等が考えられよう。
さらに28年において特に増加の著しい臨時、日雇等の不安定雇用の賃金を当庁調査課の「雇用形態別賃金調査」の結果よりみると、男子臨時工と日雇において較差の拡大がみられるが、特にボーナス支給期の10─12月の開きは大きい、かかる賃金差の原因は日雇については常用労務者に比べて労働力及び労働の質的差異が大きいが臨時工についてはこのような差異は少なく、労働力需給における相対的弱さ、労働組合組織のないこと等が影響しているものと考えられる。
労働時間
28年の労働時間数は製造業、鉱業等で全般的に増加し、「毎月勤務統計」による調査産業総数では月間総労働時間194.4時間となって前年よりも1.9時間、約1%の増加となった。労働時間増加の主たる原因は製造業においては生産の増大に対応し、常用雇用も若干増加したが、需要に対する先行不安は臨時日雇等の不安定雇用の増大をもたらし、同時に所定外労働時間の延長によってこれを補った面もあったためと考えられる。しかし、鉱業においては事情が異なり前年秋に石炭の長期ストがあって労働時間の減少をみたが、28年にはこのような労働損失がなかったことによるものと考えられる。なお規模別には小規模程、所定時間数も多く所定外労働時間数も多いが28年においては 第99表 に示すように各規模ともほぼ同様に増加をみている。