昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

物価

昭和28年度の物価動向

物価の推移

昭和28年度の卸売物価は強含みに推移し、当庁調べの週間卸売物価指数によると28年3月から29年3月にかけて3%ほど騰貴している。もっともこの間には若干の波動があった。

(1)まず年度当初から5月末までは、朝鮮休戦会談の成立気運などによって軟調を示し、ことに目立った動きとしてはゴム、錫などの戦略物資が急落したこと、従来原料高の中心であった石炭が生産や輸入の増加、重油への転換などに伴って低落したことが挙げられる。(2)しかし6月以降は凶作、風水害などの特殊事情や国際収支の逆調にからむ輸入削減の思惑などから食糧、木材、繊維を中心として急激に上昇し、10月中頃までに約7%の高騰を示した。(3)その後年末にかけては、下記外貨予算編成に際しての原材料輸入の確保、政府指定預金の引き上げ、あるいは日銀の金融引締めなど一連の物価抑制措置からほぼ横ばいに推移した。(4)ところが29年に入ってからは、引続く国際収支の悪化を反映して砂糖、大豆、錫、銅、鉛、屑鉄、油脂、生ゴムなどを中心とする輸入依存商品が一時思惑高を示したため、物価指数も2月半ばまでジリ高商状をたどった。

かくして卸売物価は28年度中に約3%の騰貴となったが、これを商品類別してみると第74表の通りでかなりの跛行性がみられる。すなわち、国際物価の軟化傾向に対する我が国物価の独歩高といわれながらも、その実顕著な上昇を示したものは、食糧と建築材料だけで、繊維、燃料、金属化学品及び雑品は低落し、機械はほとんど持合いに終わっている。このうち食糧は東北地方の冷害や各地の風水害に伴う需給関係の変調を反映して、米のヤミ値をはじめ雑穀、野菜など全般的に高騰し、建築材料は九州、紀州両地方の水害から木材を中心に急騰したもので、いずれも国内の特殊事情に基づいているといえる。

第74表 卸売物価の商品類別騰落

このように一部の商品が需給関係の逼迫から騰貴し、また補正予算の成立あるいは財政資金の撤超などから一部にインフレ期待の心理的要因が働いてはいたものの、物価の基調はさほど強くなかったものと思われる。

第67図 各期における卸売物価変動率

生産財と消費財

こうした卸売物価の動きを生産財と消費財にわけてみると、生産財が昭和28年度中ほぼ横ばいであったのに対し、消費財は8%も騰貴した。これは食糧が消費財のうち約6割を占めているので、前述のごとき食糧価格の急騰が消費財価格全体に強くひびいたためである。一方生産財では木材を中心として建築材料の価格が著騰したものの、石炭、金属、化学品などが低落したので全体としてはほとんど動かなかった。その結果、朝鮮動乱後の騰貴率における生産財価格と消費財価格の開きもかなり縮まっている。

第75表 生産財及び消費財の卸売物価

原料と製品

次に原料と製品の価格動向をみると 第76表 の通りである。

第76表 表原料及び製品の卸売物価

動乱直後の原料安製品高という価格の動きも、昭和27年の中頃を境として、逆に原料高製品安の傾向にかわり、次第にその較差を拡大してきたが、この傾向は28年度中さらに一層進んだ。すなわち、原料品の価格は年度中約7%騰貴したのに対し、半成品は1%の下落、完成品はほぼ持合いとなっている。もっともこの原料高の内容をみると、木材、石材などの騰貴が大きくひびいており、他方輸入原料は8%方低落し、国内原料でも石炭は6%、鉄鉱石は7%下がった。ところで一般に工業生産部門において原料高という場合木材及び石材の影響する割合は比較的小さいと思われるので、この両者を除いた原料品価格の年度間の動きをみると逆に約4%の下落となっている。この主因はなんといっても石炭のかなり大幅な値下がりである。しかし動乱前に比べる限り原料高製品安の事実は依然として存在し、しかも輸入原材料価格がほとんど動乱前の水準まで戻っているのに対して、国内産原料の価格は総じて高くなっており、例えば石炭及び電力はそれぞれ動乱前の5割及び7割高、鉄鉱石などは2.2倍の高水準を示している。

緊縮政策下の物価動向

昭和29年の年初来ジリ高をたどってきた卸売物価も、2月半ばをピークとして反落に転じ、6月の中頃までに約7%落ちている。物価の低落は、まず前述したような思惑商品が主として金融引締めの強化から反落したことにはじまるが、それについで各商品とも漸次下降傾向に入った。動乱後3、4回みられた物価の低落期には一部に騰貴する商品も散見されたが、今回は 第78表 にみるごとく各商品とも軒並み低落しており、緊縮政策下における物価動向の特徴を現している。

第77表 主要原料品の卸売価格指数

第78表 最近の卸売物価指数

このような物価低落の原因は、これまで金融によって支えられた流通在庫の増加などで隠されていた生産過剰傾向が、緊縮政策に伴う流通在庫の調整などから表面化し、買い控えや在庫吐き出しとして現れたためである。従って流通在庫が多く相場にも敏感な繊維などは金詰まりから流通機構の弱体を露呈して倒産商社数も増加し、卸売物価は平均して16%という最も大幅な下落率を示した。こうした流通段階の在庫調整は生産者在庫の増加を招く結果となり、価格の低落は次第に生産段階へも波及して一部にはようやく操短など生産調節の気運がでてきている。

卸売物価の下落に対して、消費者物価は4月まで下がらず、5月にやっと微落した程度である。これは、(1)末端消費購買力が高水準を維持していること、(2)卸売物価の変動に対する時期的ズレがあり、ことに消費者物価ではサービス料金が簡単に動かないこと、などの事情に基づいている。しかし一部には特売、廉売などの動きが5月頃から目立ってきており、消費者物価もその実勢は既に下向いているものと思われる。

緊縮政策の一つの目標は、物価を引き下げて国際物価にさや寄せし、輸出の伸長をはかることにある。この点からみると緊縮政策の効果は比較的はやく現れ、物価はかなりのテンポで低落している。しかし物価も単に下げればよいというわけではなく、それがコストに見合ったものでなければ決して安定した物価水準にはならない。そこで次に、我が国の物価が国際的にどのくらい高いか、そしてなぜ高くなってしまったか、ということを経済規模の循環過程に則して解明し、現在その物価水準がどういう状態にあるかを検討してみよう。

第79表 消費者物価


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