昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

投資の動向

投資投資の増加

28年度設備投資

26年度以来増大してきた産業設備投資は、28年度においても前年度よりさらに約2割7分増大した。28年度における設備投資の部門別内訳をみると次のような特徴が挙げられる。

第一には、財政投融資依存度の高い電力、海運、鉄鋼、石炭のいわゆる四大重点産業の比重が低下したことである。これらのうち電力は前年度より約3割増加しているが、鉄鋼、石炭は横ばい、海運は2割方減少した。

第二には、これらの部門以外の一般産業における投資が著しく増加したことである。設備資金調達実績でみると、四大産業が前年度より約1割増であったのに対し、一般産業では4割近く増大している。また当庁調「機械受注状況調査」をみても、 第39図 のごとく、四大産業からの受注額の比重減少と、一般産業の増大とが対照的である。

第39図 機械受注状況の推移

一般産業のうちでは、電源開発に関連の深い部門、例えば、重電機やセメントにおける設備投資の増大もみられたが、毛紡、スフ、自動車、石油精製、その他財政投融資との関連が薄い部門における投資の増大が顕著であったことも28年度の特徴であった。

動乱後の設備投資の態容

ここで動乱後の設備投資の態容を業種別にみれば、まず四大産業では電力、海運のようにエネルギー基盤の拡充あるいは船腹の増強をねらいとして推進されているものと、鉄鋼、石炭のようにコストの引下げを目標とした合理化投資とがある。これらはいずれも26年後半から増大し、27、28年度における鉱工業の設備投資総額のうちで4割以上を占めた。このうち電源開発は戦後の電力不足を解消する目的で26年度以降推進されていたが、28年度を初年度とする電源開発5ヶ年計画が発足して投資額が一層増大し、26年度以降の出力も約200万キロワット(19%増)増加して、電力不足はかなり緩和された。また海運では商船隊の復興をはかる計画造船が進められ、25年度から28年度にかけて122万総トンが建造され、外国船級船の増加、船令の若返り、船舶の大型化が進んだ。しかし投資額としては27年度以降減少傾向にある。一方合理化投資のうちでは、鉄鋼業が26年度を初年度とした第一次合理化3ヶ年計画によって最も遅れの目立つ分塊圧延機、ストリップミルを中心とした圧延設備の更新がはかられた他、製銑部門における原料事前処理設備の新設、製鋼部門における近代的大型平炉の設置が行われた。そして28年度から29年度にかけて新鋭設備が完成しつつある。また石炭鉱業ではカッペ採炭その他坑内鉄化による合理化が26、27年度に進捗したが、27年度の後半から竪坑開発が着手され、高炭価の是正に向かって合理化の努力が払われている。

次に一般産業における設備投資は ①四大産業に対する財政投資や公共建設事業支出に派生した投資 ②新需要の開拓あるいは国内資源の活用のための投資 ③防衛生産関係の投資 ④一般投資及び消費需要によって誘起された投資に類別される。第一の財政投融資に派生した設備投資としてはセメント、電線あるいは電気機械のうちの原動機、変圧器、遮断機や建設機械などが挙げられる。これらは概して27年度以降に急増したが、セメントにおけるクリンカー冷却の際の廃熱回収強化やバラ積み輸送設備の増強あるいは電気機械における工場及び機械配置の改善、機械の更新や、試験設備の拡充などが27年度後半以降顕著になってきた。第二の新需要の開拓あるいは国内資源の活用のための設備投資としては合成繊維、合成樹脂、チタン、及び蛍光灯、テレビなどが前者に、また銅、亜鉛及び晒クラフトパルプなどが後者にそれぞれ該当する。これらの設備投資も第二のグループと同様に、概して27年度の後半以来増加したが、既に合成繊維、蛍光灯、テレビは国内市場にかなり進出しており、またチタンは大半が英米両国に輸出されている。さらに非鉄金属精錬部門では新しい精錬方式特にフルオソリッド法の採用が目立つ。同法によれば、建設費の節約になるほか精錬費の節減、工程の短縮等画期的な合理化が期待され、これによって銅、亜鉛地金価格の国際的な割高の是正がはかられ、また資源的に豊富な亜鉛の活用が可能となる。第三の防衛生産関係の設備投資としては武器、航空機、航空機用無線機器及び火薬などがある。これらは27年度の後半から起こったが、建物や工作機械の新増設が主体をなし、29年度には一層増大する兆しをみせている。

他方第四に需要の拡大に基づいて次のような業種の設備投資が増えている。まず消費財関連では製紙、パルプが27年度をピークとして28年度前半まで継続された。また精糖、毛紡、スフでは27年度後半からの国内需要増大に応じて28年末頃まで設備の増大が著しかった。反面26年度に急速な増錘が行われた綿紡設備は28年度にはほとんど増加をみせなかった。一方27年後半から国内需要が急増した耐久消費財ではスクーター、小型自動車、真空管、ラジオ受信機などの28年度における設備の新増設が目立ったが、年末までにほぼ一段落した。

これに対して投資財では一般産業における投資需要増加を反映した電動機、小型変圧器や、農村需要の増大に基づく農業用脱穀機、発動機の生産設備の新増設が28年度に増大した。

また石油精製でも重油転換その他による需要激増から 第40図 にみるように26、7年度には精製能力が増大したが、さらに高オクタン価ガソリンの製造設備の新設が28年度に入って進められた。

第40図 稼動能力増加率

前述したように28年度には一般産業における設備投資が著増したが、その内容をみると、27年度の後半以来能率の向上や品質の高級化を目指した合理化投資や、新需要の開拓をはかる設備投資が増えてきた。そしてこの動きに伴って、大企業では経営の多角化が行われる傾向にあることが注目される。例えば、 ①ソーダ会社が微粉の石灰石やソーダ廃液を利用してセメント製造に乗り出しているように、原料面での結び付きから化学工業としての多角経営化をはかる動き、 ②大紡績が毛、スフあるいは合成繊維部門への充実をはかり、また人絹メーカーが新たな化学繊維部門への進出を示す傾向、 ③造船業における陸上部門の強化、または ④強電機メーカーにおける弱電機部門、あるいは通信機メーカーにおける無線部門を拡充しようとする動きなどが目立ってきている。その他石油化学工業の芽生えもみられる。そして化学工業における多角化の例にみるように設備投資の方向が次第に企業内部の合理化から企業間の合理化に移行する兆しがあらわれている。

以上みてきた企業の設備投資の態容を総括すれば、動乱後26年度の前半頃までは比較的短時日に生産力を増すような設備投資が多かったが、26年度の後半からは財政投融資の増大に支えられて電力、鉄鋼、石炭をはじめとした基礎産業で比較的生産力効果のおそい大規模な設備の拡充と近代化が進められた。そして28年に入ってからはこれと並行して企業間の競争激化から一般産業における合理化、新需要の開拓を目指した設備投資が経営の多角化と表裏して促進された。

在庫および売掛債権の推移

次に在庫及び売掛債権(受取手形と売掛金を合計したもの)は拡大過程でどう動いたか。以下日銀調「本邦主要企業経営分析調査」を中心として検討しよう。

最初に棚卸資産全体の動きについてみれば 第41図 のように、28年に入ってから増加している。しかしこのような棚卸資産の増加も、売上高の増加とほぼ同程度の動きを示しており、売上高(年換算)を棚卸資産で除した棚卸資産回転率は、第43図 のようにほとんど変化していない。

第41図 棚卸資産と売上高の推移

第43図 棚卸資産及び売掛債権回転率の推移

この棚卸資産の増加状況をさらに原材料及び製品在庫に分けて考察しよう。

第一に原材料在庫は日銀の資料によれば26年より高い水準にあるが、原材料回転率(年換算の売上高を原材料在庫で除したもの)では 第43図 のごとく上昇傾向にある。これは売上高に比べて原材料在庫が幾分少なくなっていることを示す。さらに輸入原材料については「貿易」の項にふれたように主要物資では在庫が減少したものが多い。ただし比較的小口の輸入物資では在庫が増えたものが多い。

第二に製品在庫を生産者在庫と流通在庫とに分けて検討しよう。

まず生産者在庫について、通産省試算「生産者在庫指数」をみれば、 第42図 のごとく推移している。

第42図 鉱工業生産指数と生産者在庫指数

すなわち28年3月以降年末までは生産の急増に比べて在庫指数がそれほど増加しなかった。生産指数は附加価値を、また在庫指数は在庫金額をウエイトとして算出されていること、及び両指数の採用品目が異なっていることから、両者を単純に比較することには問題があるが、概して製造業者の段階では製品在庫の増加は生産の増加と比べてそれほど大きくないといえよう。

一方流通段階での在庫は繊維製品を中心として28年後半以降増加が目立ち、ことに小規模の卸売業における在庫の増大が著しかったようである。

次に製品在庫の推移を業種別にみれば、前述したように繊維製品の流通在庫が増加した他、28年度に増産が著しかった商品のうちで耐久消費財関係のラジオ受信機、電球、蛍光灯、小型三輪車、スクーター、あるいは非耐久消費財のうちの紙パルプ、医薬品などの製造業者ないし流通業者の在庫が28年度の後半から増大している。また基礎財では鋼材の製造業者在庫が28年後半から増加しており、石炭は28年度当初以来在庫が増大を続けた。これに対して石油精製、綿糸、セメントなどは生産が増大したけれども在庫がそれほど増加しなかった。

以上にみたように、28年に入ってから原材料在庫も、製品在庫も増加しているが、概して生産規模の拡大に応ずる程度のものであった。しかし製品在庫については、同年後半から流通段階への滞留化が目立ち始め、本年3月以降のメーカー段階の製品在庫は、生産高に比べても増加する傾向にある。

次に日銀調べの売掛債権の推移をみれば、売掛債権回転率(年換算の売上高を売掛債権で除したもの)は第43図のようにかなり低下している。すなわち売上高の増加率以上に売掛債権が著増したことがうかがわれる。

このような売掛債権の増加は、前に述べたような流通在庫の増大と密接な関連をもっている。特に内需増大の過程で、卸売、問屋、仲買人等の企業数の増加によって流通部門が膨張したことは、中間在庫を増加させる反面、売上代金の回収を遅延させ、決済条件の悪化を招く結果となっている。他方一部の商事業者のように、企業が資金繰りを一時的に緩和するために、仲間取引によって相互に手形を書き合ったことも、売掛債権が増加した一因とみられよう。

ここで売掛債権回転率の推移を業種別にみれば、石油精製などを除いて全般的に低下する傾向にあるが、なかでも卸売及び小売業、精密機械、電気機械、ガラス、ゴム、食料品、鉱業などの低落が目立つ。そのうち卸売及び小売業では、棚卸資産回転率がむしろ上昇したのに対して売掛債権回転率が著しく低下しており、表面上は売上げが増えたようだが実際には回収されない部分が多くなってきた様子がうかがわれる。また鉱業、ガラス、食料品などは売掛債権も棚卸資産もともに売上高に比べて著増した。( 第44図

第44図 売掛債権回転率の推移

以上みてきたように輸入原材料をも含めた原材料在庫は、生産や売上高の増大に比べてそれほど増えてはいない。また製品在庫は、製造業者の段階では生産増大に比べて異常に膨張したとはいえない。しかし流通在庫が28年後半以来増大し、また売掛債権の増加が全般的である。そしてこのことは「金融」の項に述べるように信用膨張に支えられて仮需要がつくられる傾向にあったことを物語っている。


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