昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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総説

経済膨張の機構

膨張を通じての均衡

経済が膨張を続けながら景気後退におびえるというのは誠に妙な話だが、それは次のような理由によるのである。動乱ブームが始まってからすぐに投資が活発になった。その場合の投資は繊維産業のように、完成するまでにあまり時間がかからず、じきに生産力になるような部分に集中したのである。従って27、28年になると、この時に行われた投資が既に生産能力に完成して、我が国産業の設備能力は毎年急増を続けてきた。ところが輸出は横這いであるから、このような設備能力の増大に見合って国内購買力が急テンポに増えないならば折角作った新工場を遊ばせておかなければならない。しかしながら国内の有効需要を増大するには何らかの意味で経済の刺激を必要とする。

前にも述べたように、その刺激は輸出や特需のように外からは来なかったから、国内での新投資や政府支出がその役割を果たさねばならなかったのである。ところが産業投資は一方に有効需要を増やす所得効果と共に、他面生産能力を増大させる生産力効果をもっている。もし前年と同額の新投資を行うとした場合は、有効需要は増えないけれども生産能力だけは累積的に増大してゆく。従って政府支出と共に新投資が増大しても次の段階では再び生産能力と有効需要のギャップが口を開いてしまった。

不思議の国のアリスの中に「赤い女王」が次のようにいう場面がある。「止まっているためにも2倍の速さで駈けねばならない」と。新投資の所得効果と生産力効果の間のギャップはどこの国にもあることだ。例えばアメリカについていえば、その国民経済は少なくとも年率2%で成長しないと円滑にゆかないという。しかし我が国のようにそれが年々10数%膨張しなければならなかったというのには、特殊事情がある。それは完成期の速やかな投資が行われたことだ。最近こそ電源開発のように生産力になるまでに長期を要する投資が行われているが、当初の投資は主として軽工業に集中していた。しかも当時なお継続していた既設設備の復旧、補修はわずかな投資で大きい生産力を生んだのである。毎年異常に高い率で経済が成長してきた一つの原因がここにある。成長率が低下すれば景気は横這いにならずにむしろ後退する。この面においては個々の企業についていわれた自転車操業の姿が国民経済全体の中にもうかがわれるようだ。こうして経済は膨張を続けながら、常に過剰生産の影におびえねばならなかった。企業者は増産しながら景気はどうも冴えないと愚痴をこぼしあっていた。従って企業投資が盛んに増えたのも、財政支出が増大したことも、減税も、さらには賃上げも、また米価の引上げでさえも、結果的には景気対策になっていたのである。このように膨張をもっぱら国内市場の拡大だけで支えて来たというところに全ての問題がある。輸出増大がこれに伴っていたならば何も息を切らせながら、この急坂を駈上がる必要はなかったのだ。一体何故に輸出を増大することができなかったのであろうか。


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