むすび

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(2022-2023年の日本経済)

2022年の日本経済は、春にまん延防止等重点措置が解除されて以降、ウイズコロナの下で個人消費や民間企業設備投資を始めとして多くの需要項目でコロナ禍前水準を回復した。年後半には、感染拡大がサービス消費を下押しする傾向は弱まっており、財消費に比べ回復が遅れていたサービス消費も持ち直してきている。

他方、コロナ禍からの世界的な需要回復が続く中、2022年春のロシアによるウクライナ侵略を契機として原材料等の需給が逼迫し、国際商品市場で価格が上昇したことなどを背景として、世界的に物価上昇がみられている。我が国でも輸入物価や企業物価の上昇率は2022年を通じて高い水準で推移し、消費者物価では多くの品目の価格にコスト増の転嫁を通じた波及が徐々に進み、2000年代後半の原油価格上昇局面よりも、価格上昇に拡がりが見られ始めている。こうした転嫁の動きを確実なものとし、適切な価格設定が進むことで企業が付加価値を維持・増加、投資や賃上げを継続できる環境を整えていくことが必要である。

今後は、2022年中続いてきた景気の持ち直しの動きを確かなものとし、構造的な賃上げや国内需要の回復による内生的な物価上昇を実現していくことで、我が国経済を、安定的な物価上昇を伴う持続的な回復軌道に乗せていくことが鍵となる。2023年には、欧米主要国などで景気の減速が予想されていることを踏まえれば、国内の成長分野への重点的な投資など、民間需要を喚起していくことが重要と考えられる。

また、中長期的には、成長分野を中心とした企業設備投資の誘発による需給両面の活性化に加え、構造的な課題である少子化への取組みなどを通じた潜在成長率の上昇が課題であり、コロナ禍からの回復過程での投資の持ち直しを持続的なものとしていくことが必要と考えられる。

本報告書の分析を踏まえると、持続的な回復を実現していくための主な課題は以下の三つにまとめられる。

(価格転嫁促進と適切な価格の設定)

第一に、輸入物価の上昇などによるコスト増の価格転嫁を促し、適切な価格設定が行える環境を整えることである。

これまでデフレが長期間続いてきた日本では、競争的な市場環境での販売価格や、下請取引の価格設定が上方に硬直的となり、企業はコストの上昇に直面しても価格を上げにくくなっていた可能性が考えられる。今後、企業が付加価値を維持・増加させていくには、まず、価格転嫁対策の取組の着実な実施などを通じて、こうした環境を変えていくことが不可欠である。

2022年の物価上昇をみると、輸入物価上昇を背景とするコストプッシュ型であり、経済全体では、国内需給の引締まりや賃金上昇による内生的な物価上昇の動きは限定的である。他方、品目別には、消費者物価の上昇が続く中で、価格上昇の裾野の広がりもみられている。

今後は、企業が適切な価格設定を進めやすい環境を整備した上で、賃上げ原資を確保して賃金の更なる上昇を図ることが鍵となる。デフレ以前の90年代には、例えばサービス産業では、需給の引締まりに対応して価格が上昇する傾向がみられており、賃金上昇が定着していく下で、消費などの需要増加を通じた内生的な物価上昇につながることが期待される。

あわせて、購入財を同一機能の品目内の低価格品へ代替する消費者の動きもみられるが、コストプッシュによる価格転嫁がひと段落するまでの間、2023年1月からの電気・ガス激変緩和対策事業をはじめ、国民生活・事業活動を守るために、総合経済対策を通じた支援を確実に届けていくことが重要である。

(賃上げ環境の醸成と個人消費の力強い回復)

第二に、個人消費の持続的な回復に向けて、低下傾向にある消費性向の回復と、構造的な賃上げ環境の構築による所得の増加が不可欠である。

コロナ禍で大きく低下した消費性向は、回復傾向が続いているが、2022年も依然としてコロナ禍前の水準を回復していない。特に、物価上昇の影響が相対的に大きい低所得層では実質消費が減少傾向にある。コロナ禍での消費性向の抑制により積みあがっている超過貯蓄も、低所得層では相対的に少なく、低所得層の消費の下支え効果は限られている可能性がある。

また、消費性向は、過去10年間程度を振り返っても低下傾向にある。年齢階層別には、若年層と高齢層で低下が顕著であり、特に若年層ではコロナ禍以降さらに低下している。こうした低下の背景として、若年層では期待生涯所得の伸び悩みや老後の生活不安の高まりがうかがえる。若年世代の生涯所得に対する見通しの改善に向けては、賃金が構造的に上昇する社会を実現するとともに、多様な働き方による労働参加を促す中で、高齢者も働き続けられる環境の整備が重要である。本報告書での実証分析の結果、消費性向は、家計の預貯金の増加や世帯主収入に占める定期収入比率の上昇に伴い高まるが、前者の影響は限定的であり、後者の影響、すなわちベースアップ実現や賃金上昇を伴う労働移動の促進などを通じて、定期収入比率を引き上げることが、経済全体の消費性向を高めていくための鍵であることが示唆された。

コロナ禍以降、労働市場は改善傾向が続いているが、1年を超える長期失業者数は増加する一方で求人充足率の低下がみられ、労働市場のミスマッチが拡大している可能性も示唆された。適材適所での人材活用や労働移動を後押しすることは、経済全体の労働生産性の伸びを高め、実質賃金上昇に寄与する。労働者のリスキリングへの支援に加え、労働市場の仲介機能を強化し、成長産業への労働移動を推進する取組を進めていくことが重要である。

(企業の成長力強化)

第三に、企業部門の収益の回復を今後の成長力強化につなげていくための設備投資や、企業が海外で稼ぐ力を高めていくための取組が重要である。

2022年は、製造業のけん引により収益の回復が続き、円安による営業外収益の増加もあり、コロナ禍以降抑制されていた大中堅企業の設備投資に回復がみられた。コロナ禍からの回復過程で企業の予想成長率に高まりがみられる中で、今後は官の投資も呼び水として成長分野での企業の設備投資を引き出していくことが課題である。

対外経済構造に目を転じると、経常収支の黒字要因が貿易中心から投資中心に変化するなかで、投資収益の黒字拡大の主因は収益率が高い直接投資収益へと変化している。直接投資の収益率は投資先国の経済成長等を背景に高く、対外純資産の収益率を支えているが、こうした海外から得られた収益を国内の成長力強化につなげていくことが、今後の課題と考えられる。また、円安の影響もあって、企業の経常利益は営業外収益の増加などを通じて2022年には最高水準となった。

海外進出を通じて所得を稼ぐ力は大中堅企業に偏在し、輸出面でも稼ぐ力は大企業中心となっている。一方、企業規模に関わらず、輸出を行う企業は行わない企業と比べ、国際的な競争環境の下高い生産性を実現しており、研究開発実施率も高い。中小企業の輸出には伸びしろが大きいと考えられ、中小企業が課題を感じているマーケティングや人材面を中心とした支援の拡大が重要である。

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