むすび

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(2021年の日本経済)

2021年の日本経済は、2020年に続いて新型コロナウイルス感染症の動向に大きな影響を受けた。全ての都道府県で緊急事態宣言等が解除された2021年9月末まで、緊急事態宣言等に伴う行動制限や自粛による経済社会活動の抑制により、個人消費は一進一退で推移した。2020年秋以降に顕在化した半導体不足や2021年夏の東南アジアでの感染拡大に伴う部品供給不足などの供給制約も生産や輸出、個人消費の足かせとなった。これらの影響により、2021年も景気回復は緩やかなものにとどまり、直近の2021年7-9月期の実質GDPは、感染症前の2019年10-12月期の水準を依然として下回っている。

全ての都道府県において緊急事態宣言が解除された2021年10月以降、経済社会活動の水準が段階的に引き上げられる中で、個人消費に上向きの動きが確認できるなど、景気はようやく持ち直しの動きがみられている。今後の課題は、感染対策に万全を期し、ウィズコロナの下で経済社会活動を継続していく中で、景気の持ち直しの動きを確かなものとし、日本経済を持続的な回復軌道に乗せていくことである。その際、2022年初から急速に感染が拡大しているオミクロン株への対応にも万全を期す必要がある。

本報告書の分析を踏まえると、そのための主な課題は以下の三つにまとめられる。

(個人消費の力強い回復)

第一に、個人消費の回復が力強さを増すことである。ワクチン接種の進展等を背景に感染状況が落ち着き、2021年10月以降は緊急事態宣言等も解除される中で消費者マインドは改善し、個人消費は持ち直している。そうした中にあっても、外食や旅行といったサービス消費は依然としてコロナ前の水準を下回っており、本格的な回復には至っていない。今後、ウィズコロナの下で経済社会活動を継続する取組の下、消費マインドの改善や賃金の継続的上昇、さらには約40兆円程度の貯蓄超過を活用する動きが広がることで、個人消費の回復が力強さを増すことが期待される。

まずは、医療提供体制の強化やワクチン接種の促進、治療薬の確保に万全を期し、経済社会活動を極力継続できる環境を作り、安全・安心を確保していくことが個人消費の回復にとって不可欠である。また、日本は海外と比べて、ワクチン接種が進む下でも感染拡大により自粛率が高まる傾向がみられた。感染症に関する最新の状況や科学的知見について分かりやすく情報提供を行うことで、より合理的な対応を促していくことも求められる。

2021年初以降、ガソリン等のエネルギー価格の上昇を主因として消費者物価は緩やかに上昇し、特に低所得者や寒冷地に対し大きな影響を与えている。こうした下で個人消費が持続的に増加していくためには、賃金が継続的に上昇していくとの見通しが不可欠である。中小企業による適正な価格転嫁に向けた2022年1~3月の集中的な取組、2022年度から実施される賃上げ税制の拡充や公的価格の引上げ等を通じて、賃上げの取組を後押ししていく必要がある。

(人への投資をはじめとする投資への強化)

第二に、人への投資をはじめ、投資を強化していくことである。経済の成長と分配の好循環を実現するためには、付加価値の源泉となる投資を量と質の両面で強化していくことが必要である。

量の拡充として、第一に求められるのが賃金の引上げである。付加価値の配分先をみると、投資家への配当比率が上昇傾向にある一方、人件費の比率は低下傾向にある。人への分配はコストではなく、未来への投資であるとの認識を社会全体で共有し、賃金を継続的に引き上げていく必要がある。量の拡充として次に求められるのが国内への投資強化である。近年、経済のグローバル化が進む中で、企業の投資先として海外M&Aが選好される一方、国内への投資は十分に行われてこなかった。2021年度の設備投資計画は前年度より増加が見込まれているが、国内投資を相応に含むデジタル化と脱炭素関連投資の強化は国内投資の量的拡充という面からも重要である。

投資の質の強化としては、デジタル化投資の効果を補完的に高める効果を持つ教育訓練投資やスタートアップ支援の強化が求められる。本報告書では、ソフトウェア投資が労働生産性を改善させる効果は教育訓練投資に積極的な企業ほど大きいこと、社齢の若い企業ほどIT投資の効果が大きいことを実証分析により示した。我が国の教育訓練投資やスタートアップ支援はいずれも諸外国と比べて見劣りしている。デジタル化の効果を最大化する観点からも、これらを含む人への投資に官民を挙げて注力していく必要がある。

(適材適所での人材活用や労働移動の後押し)

第三に、教育訓練投資を強化し、適材適所での人材活用や労働移動を後押しする必要がある。企業の人手不足感は感染症の影響により一時的に緩和したものの、景気の持ち直しに伴い、再び高まりつつある。人口減少下で、今後さらに希少性が高まる人材の活躍の場をいかに広げていけるかが成長のカギとなる。

企業は正社員の確保や定年延長等により人材確保を進めようとしているものの、同一企業内での正社員登用は限定的なものにとどまっている。正規・非正規間の賃金格差は縮小傾向にあるものの、女性を中心に待遇差への不満は引き続き残っている。処遇格差の是正を進めるとともに、意欲ある人材については職務等を限定した「多様な正社員」を含めて、正社員として登用していくことが求められる。自発的な学びを行った者は、そうでない者と比べて成長実感があり、キャリア展望も開けている傾向にある。研修制度の整備に加え、業務等に応じた目標設定と目標実現に向けた自発的な学習を促していくことも重要である。

30歳代の男性や50歳代の女性、男性高齢層では転職率が上昇傾向にあるものの、転職を通じた人材活用は全体として十分に進んでいるとはいえない。人手不足感が高止まりする医療・福祉では、非正規雇用者の正規化や感染症の影響を受けた業種の非正規雇用を正規雇用として活用する動きもみられている。学びの機会の提供等により、こうした動きを他の業種にも広げていく必要がある。

多様で柔軟な働き方の拡大を通じて、女性や高齢者をはじめ、様々な人材の就業機会をさらに拡大していくことも重要である。フリーランスを含む従業員を雇っていない自営業主は、女性を中心に2017年以降増加傾向にある。また。雇用保険の適用外である1週間の所定内労働時間が20時間未満の雇用者は35~64歳の女性や65歳以上の男性などにおいて引き続き多い。感染症下ではこうした多様な働き方に対し、従来のセーフティネットが十分対応できないことが明らかとなった。多様な人材の活躍をさらに促す上で、セーフティネットの強化も重要な課題である。

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