むすび

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今回の「日本経済2019-2020」では、2019年の日本経済の現状を点検するとともに、人口減少下における働き方と我が国の対外経済構造について、その動向や課題を分析している。各章の内容をまとめると、以下のようになる。

(2019年の我が国経済)

第1章では、最近の景気動向を概観するとともに、外需の弱さが長期化する中で内需が持ち直しを続ける背景、消費税率引上げの影響を含めた家計部門の雇用や支出の状況、外需の弱さが企業部門の生産、収益、投資に与える影響について確認した。

外需の弱さが長期化する中で内需が持ち直しを続ける背景には、①外需の減少ペースが景気を一気に冷え込ませるような急激なものではなく、②外需の影響を受けにくい非製造業の堅調さが企業収益や雇用・所得環境といった我が国のファンダメンタルズを支えていることがあると指摘できる。非製造業を中心とした活動が雇用・所得の増加を生み、所得の増加が消費の増加を支え、消費の増加が再び生産増につながるという自律性の高い好循環が緩やかながらも持続している。労働需給が引き締まる中で、パートタイム労働者や元々賃金水準の低い人手不足業種を中心に、賃金は緩やかに増加しているが、今後の更なる上昇のためには、一般労働者やより幅広い業種で賃上げの動きが広がっていくことが必要である。

家計部門についてみると、雇用・所得環境の改善が続く中で、個人消費は、振れを伴いながらも緩やかな持ち直しを続けている。2019年10月に実施された消費税率引上げの影響について全体的な評価を下すには時期尚早であるものの、12月半ばまでの商品別小売販売動向を確認する限りにおいては、総じてみれば、消費税率引上げに伴う駆け込み需要とその反動減は前回ほどではないとみられる。他方、長期的な家計消費全体の推移をみると、所得の増加に対する増勢が緩やかになっているとの指摘もあるが、その要因は、高齢世帯比率の上昇という構成変化によって、世帯当たり消費額の押下げが寄与していると考えられる。

最後に企業部門についてみると、外需が弱い中で、製造業の生産・収益・投資の下振れが確認される。その一方、非製造業の活動は底堅く推移しており、経済全体の成長を支えている。設備投資については、生産能力増強や維持・補修を目的とする生産設備の設置や工場施設の建設といった従来型の投資に弱さがみられるものの、研究開発やソフトウェア投資が伸長しており、我が国企業は、AIやロボット等の新技術実装を始めとする「Society 5.0」の実現に向けた取組を着実に進めているものと考えられる。

(人口減少時代における働き方を巡る課題)

第2章では、人口減少時代における働き方を巡る課題として、働き方の変化と働き方改革、働き方の変化と就業機会、働き方の変化と社会保障、という三つ論点を取り上げた。

我が国では、労働時間も長時間労働者数も減少しているが、男性の労働時間はOECD加盟国でも長い。ただし、労働時間の長い国では労働生産性がより低いという関係もあり、労働時間を減少させながら生産性を引上げることは可能である。また、最近の労働力人口増加は女性と高齢者によって実現しているが、女性就業のM字カーブは解消されつつあるものの、正規雇用を促すためにも、30歳台以上の女性が継続就業できる環境整備が引き続き望まれる。その際、長時間労働の男性が多い国では30歳台の女性就業率が低いという関係がある。女性の労働参加促進と男性の長時間労働抑制という2つの課題には、男性の子ども・子育てへの参加状況や働くために必要となる保育所等の社会インフラや環境条件等、様々なものが存在すると考えられるが、共通の要因も作用しており、同時解決を目指すべき課題である。さらに、2019年4月より実施されている働き方改革により、有給休暇の取得といった要因による勤務日数の減少を通じ、労働時間や長時間労働者数は顕著に減少している。

次に、就業機会に着目した分析をしている。経済危機後の雇用機会喪失は世界各国で生じているが、我が国のバブル崩壊後にも長いスランプが生じ、新卒採用枠が少ない時期が存在した。その結果、こうした就職氷河期の大学新卒就職率は平年よりも10%ポイント以上低く、同世代の男性が30歳台になった際の正規雇用比率も過去の世代より低い。新卒市場の影響が先々まで残ることがうかがえる。もっとも、本来は長期的かつ計画的に実施されることが期待される新卒採用だが、中途採用よりも景気に感応的である。こうした採用スタンスが就職氷河期問題を深刻化させた原因とも考えられる。雇用者の視点に立つと、勤労生活は長く、離職・転職がより容易になる環境整備が、長期に渡る安定的な就業機会の確保には必要となる。退職金制度等に含まれる転職が不利になる側面を解消し、より中立的な仕組み、ポータブルな仕組みにすることが求められる。他方、転職が容易になれば、企業は従業員への投資インセンティブを失うかもしれない。従業員自身による人的投資は、自己研鑽時間が減少傾向にあり、学び直しに向けた動きは低調である。雇用期間の長期化を踏まえ、個人の教育投資を社会的にサポートすることも必要である。

最後に、過半数の第3号被保険者は既に働いているものの、就業調整を行っている。社会保険の適用拡大、配偶者の勤め先における手当等の仕組みを見直す等を通じ、就労インセンティブを高めることが可能である。また、子育て世帯をサポートしつつ継続就業を促す育児休業給付金の受給者は増加しており、効果を発揮している。働き方の見直し、ワークライフバランスの改善に向けた取組の成果もあり、就業が出生率にマイナスとはいえない状態を生み出している。保育所増設も就業促進に寄与し、子育てと仕事の両立を図ろうとする者に貢献している。こうした取組の拡充を通じ、人口減少時代においても、経済の活力を維持増進していくことが求められている。

(人口減少時代における対外経済構造の変化と課題)

第3章では、人口減少が進む我が国の対外経済構造の変化と先行きの展望について整理し、貿易黒字が縮小する中でも、国内総生産(GDP)に海外からの所得と交易利得を加えた国民総所得(GNI)の持続的な成長に向けた課題について検討した。

対外経済構造は、長らく経常収支の黒字要因となっていた貿易収支が2000年半ば以降、次第にその黒字幅を縮小させ、第一次所得収支が黒字を支える構造に変化している。貿易収支変化の背景には、新興国の台頭による比較優位の変化や世界全体の貿易の停滞が挙げられるが、輸出数量が伸び悩むなかにあっても、財の高付加価値化は生じている。第一次所得収支の黒字拡大は、対外資産の大幅な増加によるが、その規模は大きく、我が国は28年連続で世界最大の純債権国となっている。

次に、とりわけ総人口よりも生産年齢人口の減少が先に生じる我が国は、国際収支の「発展段階説」によれば、「成熟した債権国」に差し掛かっており、その後は最終段階として位置づけられる「債権取り崩し国」に向かうとみられる。こうした中、我が国の対外資産の収益率は他の先進国と比べて高いものの、名目GDP対比で測った投資規模は小さく、拡大余地が残されている。特に、ホームバイアスの高い預金取扱機関に集中している資金をホームバイアスが比較的低い年金や投資信託等に振り向けることで、対外証券投資を通じて、より大きな収益を獲得できる可能性がある。また、対外直接投資は、国内企業業績や賃金・雇用の拡大を通じて国内経済にもプラスの効果をもたらし得ることが定量的に示された。

最後に、我が国の必須輸入であるエネルギーや食料の対外依存について、コスト面も含めて抑制する方策の検討を行った。我が国のエネルギーは、9割弱を海外に依存しており、対外依存を低減させることは交易条件面からも望ましい。現状、我が国の企業・家計が負担しているエネルギーコストは、他の先進国と比べて高く、エネルギーの対外依存軽減を検討する際には、負担低減に向けた対策も検討する必要がある。エネルギー権益の拡大・分散はもちろんのこと、原子力発電の安全再稼働や再生エネルギーの設置費用の低減などに取り組む必要がある。また、我が国は食料の6割弱を海外に依存しており、就農人口や耕作放棄地の増加を勘案すると、食料自給率は今後も低下するおそれがある。食料の対外依存を低減させつつ食料自給率の回復を図るためには、経済連携協定を活用した輸入先の分散化と輸出力強化による国内生産の維持・拡大が求められる。

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