むすび

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(2017年の日本経済の現状)

日本経済は、2012年末から緩やかな回復基調にあり、今回の景気回復の期間は戦後2番目の長さとなった可能性がある。最近の経済動向をみると、実質GDP成長率が2016年1-3月期から2017年7-9月期まで7四半期連続で増加となるなど、安定した回復が続いている。こうした2016年以降の堅調な回復の背景には、新興国経済が2016年後半から持ち直すなど海外経済が緩やかな回復を続けていることや、IoT及びビッグデータの活用の拡大及び自動車や家電の情報化の動き等を受けて情報関連財の需要が世界的に増加していることがある。こうした追い風を受けて、日本の輸出や生産は堅調に推移し、企業収益は過去最高水準となっている。雇用者数は高い伸びを続けており、一人当たり賃金が緩やかながら増加する中で、個人消費も緩やかに持ち直している。今後も緩やかな景気回復が継続することが期待されるが、当面のリスクとしては、中国における不動産価格や過剰債務の動向、欧米における政策の不確実性、金融資本市場の変動の影響などに留意する必要がある。

景気回復が長期化する中で、これまで低下傾向にあった潜在成長率が徐々に高まりつつあるが、実際のGDPの伸びが潜在成長率を上回っていることから、GDPギャップはプラスに転じている。少子高齢化という壁を乗り越え、サプライサイドの改革を通じて潜在成長率を引き上げていくため、「人づくり革命」や「生産性革命」を進めていくことが重要な課題である。

(景気回復長期化の背景と今後の課題)

今回の景気回復が長期化している背景には、企業の稼ぐ力が高まり、収益の改善に広がりがみられていることと、雇用情勢が継続して改善していることが基調としてある。また、日本経済を取り巻く外部環境についても、海外経済の緩やかな回復など、総じて良好な状況にある。加えて、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた関連施設の整備や都市部の再開発の動きなどを反映して建設投資が継続して改善していることや、訪日外国人客の増加もあって地域経済においても広く回復が及びつつあることも、持続的な景気回復を後押ししていると考えられる。

景気回復が続く中で、特に労働市場においては、需給が引き締まる方向にあり、企業の人手不足感が高まっている。雇用者数は女性や高齢者を中心に引き続き高い伸びを続けているが、同時に、求人と求職のミスマッチも生じており、貴重な人材が有効に活用されていない面もある。ミスマッチが生じている部門では、厳しい労働条件の割に賃金等の労働条件が見合っていないことによる求人の未充足や、一定の知識やスキルが求められている職種における専門人材の不足といったスキル面でのミスマッチが存在していることを踏まえると、人材確保のために賃金水準を引き上げると同時に、技術進歩や労働需要の変化に合わせた労働者のスキルアップも大きな課題である。

個人消費の動向については、賃金の緩やかな上昇と雇用者数の高い伸びを反映して総雇用者所得が増加していることや、労働市場の改善や株価の上昇などを背景に消費者マインドも改善していることから、緩やかに持ち直している。ただし、世帯主の年齢階層別にみると、60歳以上の高齢者世帯では消費性向が上昇している一方、59歳以下の世帯、なかでも39歳以下の世帯では、所得が増加しているにもかかわらず消費支出が伸びず、消費性向が低下している。こうした若年層の消費が伸び悩んでいる背景のひとつには、将来不安があると考えられることから、将来の生活設計が安心して描けるような、子育て環境の改善や教育費負担の軽減等に取り組んでいくことが課題である。

(デフレ脱却に向けた局面変化)

消費者物価の動向については、生鮮食品を除く総合(コア)でみると、エネルギー価格の上昇もあって2017年に入って上昇幅が高まり、前年比0%台後半となっているが、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(コアコア)でみると、前年比0%近傍で横ばいとなっている。

他方で、物価を取り巻く環境をみると、デフレ脱却に向けた局面変化がみられている。具体的には、GDPギャップは2017年にはプラスに転じ、経済全体でみた需給が引き締まりつつあるほか、企業の人手不足感は1990年代初め以来の強さとなっている。企業収益が過去最高水準を更新する中で、緩やかではあるものの一人当たり賃金も上昇し、一単位の生産に必要な労働費用を表す単位労働コストもプラスとなっている。また、企業間の取引における価格転嫁の動きをみると、素原材料価格の上昇が最終財の価格まで転嫁されつつある。

こうした局面変化を持続的な物価上昇につなげるためには、生産性を高めつつ、大幅な賃金の伸びを実現することが重要である。賃金上昇は、企業のコスト面から価格引上げ圧力となるだけでなく、家計の勤労所得の増加を通じて需要面から価格上昇に寄与すると考えられる。こうした観点からは、特に非製造業において、生産性及び賃金ともに伸びが低調であることや、既に述べた労働市場におけるミスマッチの存在によって人手不足が賃金上昇に十分結びついていないといった課題がある。「人づくり革命」や「生産性革命」を推進することで、生産性を向上させるとともに、賃上げの勢いをさらに力強いものとすることが重要である。

(多様化する職業キャリアの現状と課題)

平均寿命の伸長、技術革新、グローバル化の進展など経済社会構造の変化を踏まえると、今後の職業生活は、より高齢期まで長く継続すると見込まれるとともに、一企業で定年まで働き続けるという従来の単線的なものから、ライフステージに合わせて、就労と学び直しを繰り返す中で多様な就労スタイルを経験するようなものに変化していく可能性が高いと考えられる。

我が国における職業キャリアの現状をみると、男女の差、正規・非正規の差が大きい。定年直前の正社員の男性の約半分が1回以下の転職しか経験していないのに対し、非正規社員あるいは女性の場合は、職業人生において転職を頻繁に経験している。特に、一度出産で職場を離れた女性の場合は、復帰後にはパート等の非正規として職業キャリアを継続する割合が高い。また、年間の転職者数が就業者に占める割合は5%弱と限られているが、その背景の一つには、若年層などを除いて転職後の賃金が低下する傾向がみられていることがある。また、副業を行うことは、新たなスキルを身に付け、キャリアを多様化させる機会となり得るが、現状においては、本業の収入が低く、その補完として副業を行っている人が多い。起業もキャリア多様化の一つの選択肢であるが、国際的にみて日本での起業は低調であり、その背景には、失敗のコストが高いと認識されていることがある。企業から独立したフリーランスとして働く人は、クリエイター、インストラクター、エンジニアなどの分野にみられるが、企業との関係で立場が弱く、収入の不安定性が課題となっている。

人工知能の発達など技術革新やそれに伴う就業構造の変化の可能性を踏まえると、今後、単純なマニュアルに則った事務的な仕事は機械の導入によって影響を受けやすくなる可能性がある。こうした就業構造の変化に対応するためには、機械に代替されない専門的な知識や技能、コミュニケーション能力、状況把握能力等を身に付けることがより重要になる。ただし、現状では、企業の訓練費は減少傾向にあり、また、大学等で学び直しをする人も限られている。職業人生の設計を各自が適切に行うことができるような環境を整備することが重要であり、その際、自力での学び直しや職業人生の設計が困難な層に配慮しつつ、訓練機会や学び直しの機会を充実させていくことが重要である。それと同時に、人事面において、身に付けた技能や能力が評価されるようなシステムを構築することも重要な課題である。

(企業部門の成長に向けた取組と好循環の確立)

日本企業の収益は過去最高水準を更新しているが、企業が生み出した付加価値の分配という観点からは、配当性向がほぼ横ばいで推移する中、労働分配率が低下している。また、国内における設備投資は増加しているものの、企業収益の伸びの割には緩やかなものにとどまっており、結果として、企業は貯蓄超過となっている。ただし、内部資金の蓄積に応じて、海外も含めたM&Aなど広義の投資が増加しており、不確実性増大への備えとして内部資金を活用している側面もうかがわれる。賃金については、2010年以降の動向と、2000年代の動向を比べると、近年は失業率の低下といったマクロ環境の改善や業界他社の賃金動向といった外部要因による押し上げ効果がみられているものの、企業の利益率に対する感応度や産業別にみた人手不足感への感応度が近年低下している点が特徴である。このように、賃金を引き上げてまで人材確保を優先するところまでは至っていないのが現状であるが、今後については、さらに人手不足感が高まっていけば賃金面でも押し上げ圧力が高まる可能性がある。

企業収益が増加している背景には、企業による稼ぐ力を高める取組が成果をあげていることがある。新たな需要の取り込みや成長分野への取組としては、IoTやビッグデータの活用の拡大といった情報通信技術のさらなる進化、インターネット販売などの電子商取引の拡大、自動車産業における運転支援技術の進展やハイブリッド車・電気自動車等の開発・生産といった環境対応への動き、高齢化が進む中での健康志向の高まりなど、技術革新やライフスタイルの変化等を反映し、関連産業において活発な研究開発や投資が行われている。また、訪日外国人数の増加によって、鉄道のような観光と直接関係する産業だけでなく、化粧品のようなインバウンド消費の対象となる商品の生産も活発化している。さらに、グローバル化が進展する中で、新興国企業の追い上げもあって日本の企業の競争優位は変化しているものの、半導体製造装置などの資本財や電子部品・デバイスといった中間財などでは引き続き競争優位を維持し、輸出をけん引している。

こうした企業の稼ぐ力を高める取組については、日本の品質の高いものづくりやきめ細やかなサービスといった伝統を継承しつつ、新たな需要に対応し、創造性を発揮することによって収益の確保に成功している例が多く見受けられる。今後、日本経済の中長期的な成長力の確保について展望すると、好循環を確立するためには、希少な人材を有効に活用し、必要な設備投資を促しつつ、生産性を高めることが重要である。

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