第2章 新たな産業変化への対応(第1節)

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第1節 第4次産業革命のインパクト

ICTの発達により、様々な経済活動等を逐一データ化し、そうしたビッグデータを、インターネット等を通じて集約した上で分析・活用することにより、新たな経済価値が生まれている。また、AIにビッグデータを与えることにより、単なる情報解析だけでなく、複雑な判断を伴う労働やサービスの機械による提供が可能となるとともに、様々な社会問題等1の解決に資することが期待されている。

ここでは、こうした第4次産業革命の概要や現時点における適応状況等について確認するとともに、現在、政府や専門家の間で議論されている様々な可能性や展望について整理する。その上で、第4次産業革命がもたらし得る経済や雇用等への影響について、日本がこれまで経験した技術革新の影響を参照しつつ考察する。

1 第4次産業革命とは

(第4次産業革命とは)

第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、次のようないくつかのコアとなる技術革新を指す2付図2-1)。

一つ目はIoT及びビッグデータである。工場の機械の稼働状況から、交通、気象、個人の健康状況まで様々な情報がデータ化され、それらをネットワークでつなげてまとめ、これを解析・利用することで、新たな付加価値が生まれている。

二つ目はAIである。人間がコンピューターに対してあらかじめ分析上注目すべき要素を全て与えなくとも、コンピューター自らが学習し、一定の判断を行うことが可能となっている。加えて、従来のロボット技術も、更に複雑な作業が可能となっているほか、3Dプリンターの発展により、省スペースで複雑な工作物の製造も可能となっている。

こうした技術革新により、①大量生産・画一的サービス提供から個々にカスタマイズされた生産・サービスの提供、②既に存在している資源・資産の効率的な活用、③AIやロボットによる、従来人間によって行われていた労働の補助・代替などが可能となる。企業などの生産者側からみれば、これまでの財・サービスの生産・提供の在り方が大きく変化し、生産の効率性が飛躍的に向上する可能性があるほか、消費者側からみれば、既存の財・サービスを今までよりも低価格で好きな時に適量購入できるだけでなく、潜在的に欲していた新しい財・サービスをも享受できることが期待される。

また、諸外国も含め、第4次産業革命の流れとして既に取組が始まっている具体的な事例を整理すると以下のようになる。

第一は、財・サービスの生産・提供に際してデータの解析結果を様々な形で活用する動きである。具体的には、製造業者による自社製品の稼働状況データを活用した保守・点検の提供、ネット上での顧客の注文に合わせたカスタマイズ商品の提供、ウェアラブル機器による健康管理、医療分野でのオーダーメイド治療、保安会社による独居老人の見守りサービスの提供などの事例がある。

第二は、シェアリング・エコノミーである。これは、インターネットを通じて、サービスの利用者と提供者を素早くマッチングさせることにより、個人が保有する遊休資産(自動車、住居、衣服等)を他者に対して提供したり、余った時間で役務を提供するサービスである。具体的には、保有する住宅の空き部屋等を活用して宿泊サービスを提供する「民泊サービス」や、一般のドライバーの自家用車に乗って目的地まで移動できるサービス、個人の所有するモノ(衣服等)を利用するサービスや、個人の持つ専門的なスキルを空き時間に提供するサービス、空いている駐車スペースを利用するサービス等、様々なサービスが登場している。

第三は、AIやロボットの活用である。具体的には、AIを使った自動運転の試行実験、AIを活用した資産運用、介護などでのロボットによる補助の活用等の事例がある。

第四は、フィンテック(FinTech)の発展である。フィンテックとは、金融を意味するファイナンス(Finance)と技術を意味するテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語であり、金融庁金融審議会(2015)は、「主に、ITを活用した革新的な金融サービス事業を指す」としている3。具体的には、取引先金融機関やクレジットカードの利用履歴をスマートフォン上で集約するサービスや、個人間で送金や貸借を仲介するサービス、AIによる資産運用サービスのほか、情報をAIで分析して信用度を評価することで、伝統的な銀行では貸出の対象にならないような中小企業や消費者向けに迅速に融資を行うサービスの提供などが可能となっている4

(超スマート社会の実現)

こうした第4次産業革命の進展は、生産、販売、消費といった経済活動に加え、健康、医療、公共サービス等の幅広い分野や、人々の働き方、ライフスタイルにも影響を与えると考えられる。

超スマート社会では、企業は様々な情報をデータ化して管理することで、生産効率の改善、需要予測の精緻化、取引相手を含むサプライ・チェーンの効率的運用を図ることができることに加え、データの解析を利用した新たなサービスの提供、AIを活用した事務の効率化や新たなサービス提供などが実現できる。

また、消費者を取り巻く環境については、個人のニーズに合った財やサービスを必要な時に必要なだけ消費することが可能となり、例えば、シェアリング・サービスの普及により、財や資産を所有せずとも好きな時にレンタルして利用することが可能になる。また、デジタル・エコノミーの進展により、ネット上でのコンテンツ提供が増加しており、好きな時に好きなだけコンテンツを楽しむことができ、その費用については、基本的にはネット配信は限界費用がゼロであるために、アクセス料金は安価ないし無料のものも多くなっている。また、スマート家電等の普及は、電力使用の効率化になる。

加えて、フィンテックの普及は、金融のデジタル化による資産運用や決済、融資にかかる手間や費用の削減により、今までそういった金融サービスから排除されていた人々や企業も金融サービスを受けられるようになる。

さらに、人々の働き方や仕事への影響については、ICTの活用によるテレワークの更なる普及や、シェアリング・サービスによる個人の役務提供の機会の増加などにより、好きな時に好きな時間だけ働くというスタイルが増加する可能性がある。他方、AIやロボットの活用により、労働が機械に代替される事象が一層進む可能性がある。比較的スキルの必要のない一部の製造、販売、サービスなどの仕事に加え、バックオフィス業務などについてAIにより代替される可能性がある。従来では機械で容易には代替できないとされていた人事管理、資産運用、健康診断などのハイスキルの仕事についても、その一部が代替されるとの指摘もみられる。

また、社会全体でみると、高齢者にとっては、第4次産業革命の恩恵は相対的に大きいとみられる。具体的には、ウェアラブルによる健康管理、見守りサービスによる安心の提供、自動運転による配車サービスなど公共交通以外の移動手段の普及などにより、高齢者も活き活きと生活できる環境の整備が進むものと期待される。

政府が2016年1月に決定した「第5期科学技術基本計画」においては、「超スマート社会」、「Society 5.0」5を打ち出している。少子高齢化が進む我が国において、個人が活き活きと暮らせる豊かな社会を実現するためには、IoTの普及などにみられるシステム化やネットワーク化の取組を、ものづくり分野だけでなく、様々な分野に広げることにより、経済成長や健康長寿社会の形成等につなげ、人々に豊かさをもたらす超スマート社会を実現することが重要な課題である。

(諸外国と我が国における第4次産業革命の進展状況)

ここでは第4次産業革命の進展状況について、先進諸国と日本の取組を概観しよう。

まず、IoTの普及については、アメリカでは、個人情報を含む情報が民間事業者により積極的に活用されているが、日本では、プライバシー保護に対する不安を背景に個人情報を含むデータの事業者や業界を超えた流通及びその利活用は十分に進んでいない。アンケート調査により企業のIoT導入状況をみても、アメリカは40%を超えているのに対し、日本は20%程度となっているほか、今後の導入意向をみても、アメリカ、ドイツともに80%程度となる一方で、日本は40%程度にとどまっており、今後、諸外国との差が開いてしまう可能性がある(第2-1-1図(1))。

シェアリング・エコノミーは様々な種類のサービスが存在するが、民泊サービスや一般ドライバーの自家用車に乗って目的地まで移動できるサービス、個人の家事等の仕事・労働のシェアサービスなどに対し、日本は他国よりも認知度や利用意向が低い(第2-1-1図(2))。認知されなければ利用も進まないことから、こうしたシェリング・エコノミーを普及させていくには、まずは認知度を上げていく努力が必要である。同時に、日本はサービス利用への事故・トラブル等の不安が強いため、安全性・信頼性の確保による利用者の不安解消も重要である。

フィンテックについては、アメリカでは様々なスタートアップ企業がフィンテックに参入する中で、欧米銀行は、ICT分野のイノベーションを取り込むことを目的とした、ICT・インターネット関連企業等との戦略的な連携・共同、いわゆるオープンイノベーションを活発化させている。特に、こうしたフィンテック企業等が、銀行等のシステムをプラットフォームとして活用し、その上で多様なサービスを開発・提供できるようにしていくことが重要との趣旨から、銀行等のシステムの接続口6(Application Programming Interface、以下「API」という。)を公開する取組が進んでいる。これにより、例えば、APIを通じ銀行システムと、企業の財務情報が集約されている会計クラウドや企業の売上動向が記録されている決済サービス、さらには企業が顧客と構築している関係が示されるソーシャル・ネットワーキング・サービスなどのインターネットサービス等とを連結することで、企業のデータを集め、これをAIに解析させることで、企業の信用力の算出などが可能となる。

我が国では、情報セキュリティ確保の観点等も踏まえつつ、検討を進めるため、全国銀行協会においてフィンテック企業等を含む幅広いメンバーが参加した検討会を2016年10月に設置するなど動きはみられているものの、日本のフィンテックに対する投資額7は、現状アメリカやドイツのそれと比して少ない水準にとどまっている(第2-1-1図(3))。

第2-1-1図 第4次産業革命の進展状況
第2-1-1図 第4次産業革命の進展状況 のグラフ

2 第4次産業革命の経済的な影響

第4次産業革命はICTの新たな進展をもたらすが、これが日本経済にはどのような影響を与えるのであろうか。

(需要創出効果)

需要面から第4次産業革命の影響をみると、新たな財・サービスの提供や価格の低下等によって需要が創出される効果が期待される。

総務省(2016)8によると、ICTの新たなサービスの需要創出効果は年間最大で1.8兆円となり、さらに、情報通信産業連関表9により、所得効果も含む2次波及効果まで勘案すると、生産誘発額は約4.1兆円、付加価値額で約2.0兆円に上る10(第2-1-2図(1))。特に消費者が支払っても良いと考えている価格である支払意思額が大きい分野としては、コミュニケーション型・育児向け見守り型・介護向け見守り型のサービスロボットであり、需要創出効果も4,700億円程度と突出して大きい。次いで、見守り系やエネルギー系のスマートホームの効果がそれぞれ1,900億円程度、1,400億円程度と大きくなっている。

また、日本のみならず、全世界ベースでのIoTが付加する経済価値(売上増加効果やコスト削減効果の総和)については、主なシンクタンクが2013年~22年の累計で15.7兆ドルと試算しており、特に「公共サービス(含む行政)」が4.6兆ドル、「ものづくり革新」の製造業が3.9兆ドル、「流通・小売・物流」が2.3兆ドルと大きい(第2-1-2図(2))。こうしたことを踏まえると、我が国においても、教育・医療・介護等の公的サービスでの新技術の活用、政府や地方公共団体などの行政手続きの電子化・簡素化、マイナンバーの活用等を総合的に進めていくことが重要な課題である。

また、第4次産業革命の中には、デジタル・コンテンツのように再生産・複製が容易でかつインターネット上で幅広く配信が可能なために、限界費用がほとんどゼロとなるサービスや、シェアリング・エコノミーのように、個人対個人の取引により提供されるサービスも存在する。こうした分野では、正確な産出額や価格の把握が困難であったり、そもそも市場価格自体が存在しないサービスもあるため、その経済価値の把握が難しい。インターネット上での無料サービスについては、サービス提供者のコストは、広告収入や閲覧記録などのデータ提供による収入等で賄われている場合が多く、そのコストが各種商品の価格に体化される形で個人消費に反映される11。また、シェアリング・サービスについても、家計が支払った仲介事業者の手数料や役務提供者に支払われた料金は個人消費に反映されるが、特に後者は個人間の取引であるため、補足は困難である12。しかし、これらのサービスについても、その市場規模が無視できないほど拡大してくると、実体を正確に捕捉することが必要となる。他方、こうした新しいサービスの出現によって、既存のサービスが代替されることも考えられるが、その場合、ネットでみた経済全体の影響は、新しいサービスの提供によって、どの程度潜在需要が創出され、利用頻度が大きく増加するかにかかっている。この点については、2章1節3において詳しく論じる。

また、無料の新たなサービスが増えることで個人の満足度がどの程度高まるかといった貨幣価値の算出が難しい分野の経済効果の計測方法の一つとして、消費者余剰を計測する試みがある。消費者余剰とは、消費者が支払っても良いと考えている価格(支払意思額)と、実際に支払っている価格の差のことであり、実際に支払っている価格が消費者ごとに変わらないのであれば、支払意思額が大きいほど消費者余剰も大きくなる。総務省(2016)に用いられているアンケート調査13では、一例として音楽・動画視聴サービスを取り上げ、1人当たり消費者余剰を推計すると月当たり204円の余剰と推計され、こうした推計を基に年間の消費者余剰を求めると、約1,100億円となるとしている(第2-1-2図(3))。

また、フィンテックにより、安全かつ低コストの金融サービスが普及すれば、「全ての人々が機会を活用し脆弱性を軽減するのに必要な金融サービスにアクセスでき利用できる状況」である金融包摂(Financial Inclusion)が実現できる。言い換えれば、今まで金融機関が金融サービスを提供するためには、多数の店舗や複雑な決済ネットワークの構築や与信審査などに多額のコストが掛かっていたため、金融機関から高い手数料や金利が要求される、もしくは、そもそも金融機関から融資や資産運用サービスを受けられなかった、企業や個人が、フィンテックにより非常に低コストかつ迅速に金融サービスを受けることができるようになる状態である。

このように今まで金融機関から運転資金などを借りることができなかった企業や個人が融資を受けられるようになると、新たなビジネスが生まれる可能性も高まる。また、消費面でも、今まで資産運用や商品の売買に係る決済に手間とコストが掛かるため、金融資産を現預金の保有に限定していたり、インターネットを介した消費活動を抑制していた個人が、株や債券などに資産運用を広げたり、インターネットによる消費支出を増加させる可能性もある。

第2-1-2図 第4次産業革命による経済的なインパクト
第2-1-2図 第4次産業革命による経済的なインパクト のグラフ

(第4次産業革命による労働生産性への影響)

供給面から第4次産業革命への影響を考えると、いくつかの経路を通じて生産性の向上に寄与することが期待される。

第一は、既存の設備の稼働率の上昇による生産性の上昇である。設備の稼働状況の正確な把握、ビッグデータを用いた需要予測の精緻化、シェアリング・サービスによる利用者(需要者)とサービス提供者(供給者)のマッチング機能の向上などは、いずれも設備の稼働率の向上を通じて生産性の上昇につながると考えられる。

第二は、ビッグデータやAI等の活用によって、業務が効率化されることによる生産性の上昇である。バックオフィス業務や一部の単純労働のみならず、ハイスキルとみなされている知的労働についても、その一部がAIの活用等によって代替され、結果として労働生産性が上昇する可能性がある。

第三は、クラウドの活用や分散型のシステム構築によって、設備投資が節約され、資本の生産性が上昇する可能性である。特に、金融サービスについては、ブロック・チェーン14の導入などによって、既存設備に膨大なシステム投資をしなくとも、決済手段の構築や安全性の確保が容易になる可能性がある。

(個人サービス業ではICTの進展と柔軟な働き方により生産性が高まる可能性)

既存設備の稼働率上昇による生産性改善の可能性として、個人サービス業を例に考察してみよう。森川(2016)によれば、宿泊・旅館や調髪、美容サービスなどの個人サービス業においては、在庫が存在しないため、サービス提供が可能な状態であっても顧客が来なければ生産量はゼロとなってしまう。すなわち「生産と消費の同時性」があるため、いかに稼働率を上げるかが重要だが、IoTやAI等によりICTが一層進展することで、日々の天候変化や海外からの観光客の動きを迅速に察知し、そうした需要に合わせて効率的な人材配置が実現すれば、稼働率が高まる結果、労働生産性が拡大し得る。

実際、需要変動と労働生産性の相関を産業別に計測すると、出荷状況に応じて在庫を積み上げられる製造業では回帰係数が0.6程度と相対的に低いのに対し、個人サービス業においては需要変動と労働生産性との回帰係数が業種によって0.8から1程度の大きさがあり、より強い正の相関関係が観察されている(第2-1-3図)。こうしたことから、特にサービス業においては、ビッグデータの活用等によって需要変動に合わせた生産活動を行うことで、高い稼働率を維持すれば労働生産性の上昇を実現できると言える。

しかし、ICTの進展により、必要な時に必要な人員の数が把握できたとしても、従業員の働き方が硬直的であれば、機動的に人員を配置することはできない。職務やスキルに応じた賃金が支払われるような同一労働同一賃金の原則が浸透する中で、飲食や宿泊、または製造業など、繁忙期が異なる企業で副業や兼業、更には容易に労働参加ができるような柔軟で多様な働き方の実現も必要である。

第2-1-3図 個人向けサービス産業の労働生産性と需要変動
第2-1-3図 個人向けサービス産業の労働生産性と需要変動 のグラフ

3 第4次産業革命の労働生産性や雇用への影響

(生産性向上と雇用への影響)

第4次産業革命は、AIや機械によって労働の代替が促され、労働需要が減少する効果と、新たな財・サービスに対する需要の創出により、むしろ労働需要が増大する効果が考えられるが、どちらの効果が大きいかは必ずしも明確ではない。

第4次産業革命が雇用を削減する方向に働くとする見方では、当該革命により、生産に係る労働力の大部分がAIやロボットに代替されるため、全要素生産性と資本ストックを主体に生産する経済に移行する結果、多くの雇用が失われ、一部の高スキルの高所得者とそうでない低所得者の間で格差が拡大するとの指摘がある15

しかし、経済社会において、すべての財・サービスの生産活動において人間が必要なくなるとは考えにくい。人とのコミュニケーション自体に付加価値が生まれるようなサービスは必ず存在する。むしろ、第4次産業革命の進展により、人は、人間性が介在しない単純な繰り返し作業や過酷な肉体労働などの「レイバー(labor)」や、機械や情報システムを操作する「ワーク(work)」から解放され、人と人とのコミュニケーションや最先端技術の開発、文化・芸術、宿泊・飲食におけるホスピタリティなど、人間にしかできない質の高い仕事である「プレイ(play)」が新たに生まれる可能性がある16。そうした分野は必然的に労働集約的であるため、そうした分野の雇用は引き続き存在し得ると考えられる。

(第3次産業革命以前のイノベーションにおける労働生産性と雇用の動向)

そこで、第4次産業革命が労働生産性や雇用に与える影響について検討する前に、日本が今まで経験してきた第3次産業革命以前のイノベーションについて、これが労働生産性および雇用などに与えた影響をみてみよう。ここでは、自動車、テレビ、インターネットサービスなどの情報サービスを取り上げ、それぞれにおいて普及率が急速に高まる時期に労働生産性や雇用がどのように推移したか、また、普及率の上昇テンポが鈍化して以降、労働生産性の上昇に伴い、どの程度雇用が削減されてきたか確認しよう。

(需要拡大期には雇用が増加し、需要飽和期には雇用は減少)

まず、自動車をみると、1960年代後半から1990年に掛けて、普及率が10%から80%に高まっており、この時期を「高い需要の成長を享受する新しいモノやサービスの誕生」であるプロダクト・イノベーション17による需要拡大期とみなすと、当該時期における労働生産性は緩やかに上昇するものの、生産の拡大につれて従業員数も緩やかに拡大している(第2-1-4図(1))。ただし、普及率が80%に達した1990年以降は、2008年の世界金融危機前までは生産が増加したものの、労働生産性が急速に高まったことなどから、従業員数は1990年代半ば頃をピークに、減少に転じている。すなわち、1990年代半ば以降は、国内需要が高まらない中で、為替レートが円高方向で推移したことによるコスト削減圧力等もあって、生産効率が上昇するプロセス・イノベーションが生じていたと考えられる。

また、上では自動車産業内における雇用の動きのみをみたが、自動車のイノベーションは他の産業にも影響を与え得る。そこで、独立行政法人経済産業研究所の「長期接続産業連関データベース」を用いて、自動車の国内需要が1兆円増加した時の自動車以外の製造業や非製造業における雇用誘発効果を計算すると、自動車以外の製造業では1980年の産業構造で創出され得る雇用規模に対し、2000年の産業構造では雇用誘発効果は半分程度にまでに減少するほか、非製造業では5分の1程度減少する様子がみてとれる。こうした効果は自動車以外の産業における労働生産性の向上効果も含まれ得るが、それほど生産性の向上が顕著ではない非製造業でも雇用誘発効果が減少している点を鑑みると、こうしたプロセス・イノベーションは自動車産業だけでなく、これを取り巻く産業に対しても雇用削減の効果を持つ可能性がある。

次に、テレビをみると、白黒テレビの普及率が急速に高まる1956年~62年までは、緩やかに労働生産性が上昇する中でも、製造事業所の従業員数は1956年時点の5倍近く(1956年:約1.4万人から1962年:約6.7万人)まで増加した(第2-1-4図(2))。さらに、カラーテレビが急速に普及し始めた1960年代後半においては、労働生産性の上昇と雇用の拡大が一旦共存したが、1970年に従業員数が下落に転じ、その後は最近まで減少傾向が続いている。これは、生産拠点の海外移転の影響もあるが、加えて、プロセス・イノベーションによる労働生産性の持続的な上昇を背景に、カラーテレビの国内需要が飽和する中で、生産に必要な労働者の数が減少したことなどが考えられる。

なお、2006年から2011年頃にかけては、液晶テレビというプロダクト・イノベーションが生じたものの、当時の半導体や液晶製造装置等の登場により、労働生産性が急上昇したため、従業員数が減少傾向から増加に転じることはなかった。さらに、プロセス・イノベーションが進展する中でのテレビ以外の産業への雇用誘発効果についても、自動車の場合と同様に、近年減少している。

第2-1-4図 自動車及びテレビの需要拡大期と飽和期
第2-1-4図 自動車及びテレビの需要拡大期と飽和期 のグラフ

(情報サービス業では雇用は高水準で推移)

インターネットに代表される情報サービス業18について、労働生産性及び雇用の動向をみると、インターネット普及率が高まった1990年代後半から2000年代初頭においては、労働生産性が上昇する中でも、インターネット関連サービスが拡大し、従業員数も増加していた(第2-1-5図)。その後、ITバブル崩壊や世界金融危機に直面したが、2010年以降はスマートフォンの普及が急拡大し、スマートフォン向けのコンテンツが増加傾向にある中で、雇用者数は減少に転じておらず高水準を維持している。

この背景には、情報サービス業では、生産に際し大規模な資本設備を要する製造業とは異なり、アプリケーションを物理的に低コストで開発し、これをダウンロード配信により流通・複製費用をほぼ不要にできることから、多くの企業が参入する一方、そうしたアプリケーションに対する需要も高まっていることがある。

第2-1-5図 情報サービスにおけるイノベーション
第2-1-5図 情報サービスにおけるイノベーション のグラフ

(情報インフラの提供は労働生産性と雇用を同時に拡大させる可能性)

以上の分析では、個別の耐久消費財と情報サービスという性質の異なるものを比較している点に留意する必要がある。特に情報通信サービスは、インターネットやスマートフォンを通じたネットワークを提供するものであり、こうしたプラットフォームが整備されることで、様々な業種においてインターネットを通じた新たなビジネスを可能とするなど、イノベーションを醸成し、消費を拡大する波及効果を持っている。また、テレワークの普及が進むことで働き方もより柔軟かつ多様となり、対個人サービスを中心に稼働率が高まり、労働生産性も向上し得る。

IoTやAI等の第4次産業革命により情報サービス業が一層進展すると、インターネットを介した需要者と供給者の迅速なビジネスのマッチングがますます効率化し、オープンイノベーションの実現が期待される。株式会社リクルートワークス研究所(2011)によると、スマートフォンのほか、次世代型コミュニケーションツールの開発や、ITの高度化による新たな市場の開発が見込まれることから、情報サービス業で雇用吸収力が強まる余地があり、2010年の546万人から2020年には630万人まで約84万人増加すると試算している。

(第4次産業革命を雇用の拡大につなげるための課題)

第4次産業革命に伴う経済社会の変化の中で、我が国の国民一人ひとりが質の高い雇用に就くためには、次の4点の対応が重要である。第一は、新規需要の拡大につながるイノベーションを促進することである。そのためには、たゆまぬイノベーションによって新たな財やサービスを創出し続けることが重要である。第二は、AIやロボットの導入による省力化の影響に対し、新たな雇用が生まれる部門へと円滑な労働移動を図ることが重要である。このためには、労働市場においても、労働移動を円滑にするような同一賃金同一労働の原則の徹底、労働時間の柔軟化、求職・求人間の情報ギャップの是正等が必要である。第三は、新たな産業革新に見合った働き方の改革である。一層進展するICTを活かした効率的な働き方、テレワークの拡大や個人によるシェアリング・サービスの提供などに対応した働き方の改革が重要である。第四は、新技術に対応できるスキル向上を企図した能力開発である。大きく変化する技術の波に対し、一企業の内部訓練だけで対応することは困難であることから、官民及び大学も含め、企業外部の能力開発の機会を拡充していくことが重要である。


1 総務省(2016)では、AIが「薬物療法の判定や新たな治療方法の提案、さらには災害時の意思決定支援、サイバーセキュリティ対策などに用いられ、社会の安全性の向上につながっていくことが期待される」としている。
2 各次産業革命の概要については、Kagermann et al. (2013)を参照。
3 金融庁金融審議会(2015)を参照。
4 アクセンチュア株式会社(2016a)、柏木(2016)、吉田(2016)を参照。吉田(2016)によれば、フィンテック関連のスタートアップ企業には、既存の金融機関が数週間かけている融資審査を数分で終わらせている企業があるほか、決済システムについても、決済情報のリアルタイム処理や、暗号化技術による強固なセキュリティの構築、安価な決済コストといった面で、既存の金融機関より優れている企業もある。
5 超スマート社会とは、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かく対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことができる」社会とされている。なお、「Society 5.0」には、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続くような新たな社会を生み出す変革を科学技術イノベーションが先導していく、という意味を込めている。
6 分かりやすくいえば、APIとはあるソフトウェアから別のソフトウェアの「機能」を呼び出す手順や仕組、規則のこと(柏木(2016)を参照)。
7 アクセンチュア株式会社(2016a)によれば、アメリカや欧州でフィンテック投資の主たる領域は融資と決済。アメリカでは2015年時点では、融資領域の投資が68億ドル(金額ベースで56%)、決済関連が19億ドル(金額ベースで16%)となっている。
8 総務省(2016)では、消費者向けアンケート調査結果をもとに、新しいICTサービスごとの利用意向率と支払意思額の積を求めることで、需要創出効果を算出。なお、取り上げたサービスは、ICT全般にわたって2020年頃までに実現を想定した新しいサービスやアプリケーションが対象。
9 情報通信産業連関表とは、産業連関表を基にして、情報通信関連部門の細分化及び組替えを行ったもの。
10 総務省(2016)によれば、こうした経済効果の推計では「ICTに係る新しいサービスやアプリケーションを特定して算出していることから、広範囲なICT分野における市場拡大や創出効果の一部に過ぎず、実際の需要創出効果はさらに大きいと予想される」としている。
11 シェアリング・エコノミー、デジタル・エコノミーの補足については、より正確な景気判断のため経済統計の改善に関する研究会(2016)を参照。
12 ただし、民泊など住宅の賃貸による収入は、SNAの概念上は、もともとGDPに含まれている持ち家の帰属家賃と二重計上となるため、帰属家賃を超える収入分がGDPを追加的に増加させる。
13 株式会社情報通信総合研究所(2016)「GDPに現れないICTの社会的厚生への貢献に関する調査研究」を参照。
14 ブロック・チェーンとは、取引記録をまとめたブロックを鎖(チェーン)のように順次追加していく仕組であり、これにより、「取引すべてを記録した公開取引簿の作成・維持」を金融機関や取引所など中央集権的な機関を用いずにネットワーク上で実現できるとされている。このため、ブロック・チェーンは従来の集中管理型システムに比べ、①不正な記録の書換が困難、②実質ゼロ・ダウンタイム、③安価に構築可能、と言われている。詳細は柏木(2016)を参照。
15 井上(2016)を参照。
16 伊藤(2012)を参照。
17 吉川(2016)を参照。
18 ここでの情報サービス業には、標準産業分類上の情報サービス業に加え、インターネット付随サービス業も含まれる。
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