第1章 日本経済の現状とデフレ脱却に向けた動き(第4節)

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第4節 まとめ

(日本経済の現況)

本章での分析をまとめると、日本経済は、雇用・所得環境の改善が進む中で、緩やかな回復基調が続いている。海外経済や国際金融資本市場については、不確実性に留意が必要なものの、資源価格の安定化もあり、2016年前半に新興国や資源国にみられた弱さが和らいでおり、年後半からは、アジア向けの電子部品デバイスや半導体製造装置等を中心に日本からの輸出が持ち直す動きもみられている。生産については、こうした輸出向けというだけではなく、国内向けの販売が堅調な自動車なども持ち直しており、企業の業況観も一時みられた慎重さが和らいでいる。雇用・所得面では、有効求人倍率が上昇し、失業率が更に低下しているほか、総雇用者所得もプラスで推移しているなど、引き続き改善が続いている。

このようにマクロ経済環境や所得が改善をみせる中、個人消費や民間設備投資の回復はやや力強さを欠いている。個人消費を支える可処分所得については、賃金等を含む一次所得の伸びに比べればやや緩やかになっていたが、2015年以降は伸びが高まっている。個人消費は、若年層では所得の伸びに追いついていない様子がみられるが、可処分所得の伸びが高まる中で、2016年後半には持ち直しの動きがみられる。人口動態による消費の押下げ効果については限定的ではあるものの、2013年~15年の数年間は団塊の世代が65歳以上に到達したことなどから、やや強めの効果をもたらしていた可能性があり、今後は人口動態の影響による下押し圧力はやや緩和するとみられる。

企業の設備投資については、世界金融危機後に振るわなかった売上高の伸びや海外への生産拠点の移転の動きなどを背景に製造業を中心に抑制されてきたと考えられるが、この数年はいずれの影響も弱まっている。また、売上げや収益の動向にかかわらず、新製品開発など未来に向けた投資も出てきており、非製造業では、情報通信業による機械投資、不動産業や卸小売業による構築物投資の増加に加えて、金融業ではソフトウェア投資が増加しているなど、底堅い動きがみられる。このように、設備投資を取り巻く状況は改善しており、2016年に入ってから足踏みがみられているのは、年初からの円高方向への動きもあって一部の企業が慎重化していることによる面が大きいと考えられる。

以上を踏まえると、個人消費や民間設備投資については、これまでは、回復に十分な力強さがみられなかったが、一時的な要因などを除き、所得や収益の回復に見合って増加する素地は整ってきており、今後の回復のためには、家計や企業が明るい展望を抱くことができるような環境を整備していくことが重要である。

(デフレ脱却への動き)

物価の動向については、デフレ脱却への動きが続いているものの、2016年に入ってからは、原油価格の下落や円高方向の動きもあって、消費者物価の総合はやや下落し、物価の基調を示すコアコアでみても横ばいの動きとなっている。ただし、こうした外生的な要因による押下げの影響を除いてみれば、財・サービスのうち価格が上昇している品目の割合は高まっており、デフレ脱却に向けた動きは続いている。今後、この動きを進めるためには賃金の動向が鍵を握っている。日本の賃金上昇率は現実の物価動向に対して遅行して決まる傾向があるが、賃金上昇が長く続いていけば、やがてコスト面から賃金上昇が物価に波及する経路は存在するものと考えられる。その意味でも、3年連続で高い伸びとなった賃上げの動きを、4巡、5巡と続けていくことが重要である。

2013年以降、官民での取組によって、それまでに比べて高い賃上げが実現した。春季労使交渉の結果は、各産業の平均賃金の引上げだけでなく、賃上げを行う企業の裾野を広げることに寄与している。また、中小企業の生産性上昇の支援と合わせて最低賃金の引上げが進められてきた。最低賃金の引上げは、最低賃金近辺の低賃金部門での底上げに加え、それ以上の賃金階層についても一定の押上げ効果を持ち、特にパートタイム労働者の平均的な賃金の上昇にも寄与している。今後更に賃上げの動きを広げていくためには、企業の生産性向上を一層強く推進していくことが重要である。

(少子高齢化が労働市場に与える影響)

今回の景気回復局面では、実質GDPの伸びに比べて、失業率や就業者数といった労働市場関連指標が大きく改善している。この背景として、人口減少・高齢化が潜在的に労働力人口を下押しし、労働需給の引き締まり方向に作用している面があるが、最近では労働参加率が上昇しているため、その影響はほぼ相殺されつつある。むしろ、今次景気回復局面における失業率の低下の背景には、2000年代末にみられたような製造業における大幅な雇用喪失が一段落したことや、非製造業で引き続き雇用創出が行われていることが影響している。また、就業者数が増加している一方で、女性や高齢者を中心に労働参加率が上昇しているために、労働時間の短縮化が進みマンアワーでみた総労働供給の伸びは限定的である。加えて、短時間労働者は技能習得の機会が少ないこと等から、その増加は労働生産性の伸びを低下させる傾向にある。これら両方の要因によって緩やかな実質GDPの伸びと比べて失業率や就業者数といった指標が相対的に大きく改善していることとの整合性がとられている。

このように、少子高齢化の進展に対して、労働参加率が大きく上昇して労働力人口は維持されているものの、同時に、労働時間が減少し、労働生産性の伸びの低下がみられるなど、労働供給制約の影響が一部に顕在化しつつある。今後の経済成長のためには、更に労働参加を高めつつ、労働移動の円滑化、イノベーションをもたらす外国高度人材の我が国での活躍に向けた対応など、多様な取組を同時に進めていくことが重要である。

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