むすび
2014年の日本経済は、アベノミクスの実行・実現の下、経済の好循環メカニズムが形成されはじめ、景気が緩やかな回復基調をたどる中で、消費税率の5%から8%への引上げを契機とする大きな変動を経験した。
経済の好循環は、まずは、消費者物価の基調が緩やかに上昇するなど、デフレではない状況となる中、将来の成長見通しの好転とあいまって、企業行動の活発化という形で現れ始めた。すなわち、企業収益が改善し、高水準となり、これが設備投資の増加傾向を支えたほか、雇用者数の増加、名目賃金の増加につながった。
一方で、経済成長率は、2014年1-3月期に前期比年率5.8%増と大きく伸びた後、4-6月期同▲6.7%減、7-9月期同▲1.9%減の二期連続のマイナス成長となった。消費税率引上げの影響をみると、個人消費については、1兆円規模の税制措置等や、5.5兆円規模の「好循環実現のための経済対策」を含む「経済政策パッケージ」が決定・実行されたものの、前回引上げ時の97年と比較して、引上げ幅が3%と大きかったこと等から、結果として、前回よりも大きな駆け込み需要とその反動減が生じることとなった。
特に、今回の消費税率引上げ時には、社会保障に関する取組を進めたものの、企業を中心にデフレマインドが完全には払しょくされておらず、消費税率引上げや円安方向への動きに伴う物価上昇に見合うだけの賃金上昇には時間がかかっていることなどから、個人消費が押し下げられることとなった。また、アベノミクスの効果の波及が大企業、大都市から始まっていることなどから、地方経済、下請中小企業等には景気回復の効果が十分波及するのに時間がかかっている。
こうした中、2014年11月、安倍総理大臣は、消費税率の10%への引上げを2017年4月に延期すると同時に、こうした分野に焦点を絞った緊急経済対策を講じ、経済の好循環を強化することとした。
(今後の展望とリスク、重点課題)景気の先行きについては、年末に閣議決定した緊急経済対策が着実に実施に移されることで日本経済の現在の脆弱な部分が下支えされるとともに、2015年4月以降の更なる賃上げへの道筋が明確にされる中で、経済の好循環がより強化され、景気の回復基調がはっきりしてくることが期待される。また、原油価格の下落は、日本経済にとって、交易条件の改善を通じ、企業経営や家計所得にとって追い風となる。
こうしたメインシナリオに対する下方リスクとしては、消費者や企業のマインドが更に低下して、実体経済に悪影響を与えることである。それを避けるためには、国民が、デフレ脱却・経済再生に対する将来展望を確信し、積極的に投資活動を行い、安心して消費活動が進められるよう、景気回復と持続的成長力の向上に向けた重点的な経済財政政策運営に取り組むことが求められる。
海外経済の面では、アメリカの金融政策正常化に向けた動きが世界経済に与える影響、欧州での政府債務不安の再燃や低インフレの長期化リスクなどに留意が必要である。また、エネルギー価格下落を背景として、ロシア等一部新興国でみられる景気減速や国際金融市場の変動などを通じて世界景気に与える不確実性にも留意が必要である。こうした外生的なリスクに対して強靭な経済構造を構築していくことも重要である。
さらに、デフレ脱却への動きを通じた経済の好循環メカニズムの強化に加え、持続的な成長力を高めていくための構造的な取組を徹底して進める必要がある。その際、特に重要な課題として、本報告では、人口減少時代における国内労働力のさらなる活用と付加価値を生む力の向上を通じた「稼ぐ力」の強化に焦点を絞って論じた。
(労働面での成長力強化)2014年の労働市場の特徴としては、総需要の増加と先行き見通しの好転を反映して労働需要が増加したことに加え、女性・高齢者を中心に、これまでにない数の新規労働力参入がみられたことが挙げられる。15歳~64歳の女性の労働参加率は過去最高水準となり、定年を迎える高齢者の再雇用等が進展した。
こうした動きを強化・定着させるためには、物価上昇を上回って賃金が上昇する環境整備を進めること、及び労働参入の拡大や未活用の労働力の活用のための労働市場の整備を進めることが重要である。
前者の実現に向けては、景気回復による収益増加を賃金に分配していく前向きの動きを確実なものとしていくことが必要である。さらに、賃金の持続的な上昇のためには、生産性を引き上げ、付加価値を生み出し、交易条件の悪化を防ぐことが求められる。また後者については、正規・非正規という雇用形態の二極化を緩和し、多様な働き方の機会が提供される中で、労働力が効率的に移動・活用されることにより、企業全体としての生産性の上昇、人的能力の最適活用が図られることが重要である。こうした取組を通じて、成長力向上の成果に実質賃金の伸びが近づいていくことが期待される。
(稼ぐ力の強化)人口減少や高齢化等を背景とした国内の供給制約に加え、リーマンショック後の円高方向への動きを契機に、我が国産業の稼ぐ力は大きく変化した。それは、アジア新興国の台頭の中での財貿易の輸出競争力の低下と企業の海外進出・生産拠点移転という形で顕著に表れた。逆にみれば、国内の製造業は相当な円高でも生き残れる価格競争力の強い産業が残ったが、量産型製造業の国内供給力はかなり制約されているとみることもできる。一方で、サービス業等の非製造業では国内生産の縮小には結びつかず、海外展開が大きく進むこととなった。
こうした構造変化は、今回の円安方向への動きの下、財の輸出数量は伸び悩む一方、企業が現地市場での販売価格を引き下げずに価格維持で収益を稼ぐ傾向となって表れた。サービス収支の面でも外国人訪日観光客数が増加を続け、宿泊・物品購入等の形で需要増加として表れた。企業の研究開発投資の成果として特許使用料収入も増加傾向にあるほか、対外直接投資からの所得など所得収支も過去最高水準となった。このように、対外的な利得が、従来のように生産増加からではなく、企業所得の増加から、景気に波及しているのも今回の特徴である。
また、法人税改革をはじめとするビジネス環境の整備に加え、円安基調が定着するにつれ、今後、国内拠点の再評価が一層進むと見込まれる。ただし、これからの日本企業の構造変化は、量産型製造業への回帰ではなく、研究開発拠点や高付加価値品の生産拠点の回帰、徹底した国際競争力のある製品・サービス拠点への回帰であると考えられる。
こうした企業所得の増加や国内拠点の再評価の中、無形資産への投資促進を通して企業の稼ぐ力がより強化されることが期待される。研究開発、ブランド構築、経営組織の改善、さらには教育訓練による人材投資、こういった分野への投資が、企業の生産性や収益性を高めるカギとなる。