第1節 金融市場の国際連動性
実体経済のグローバル化が進展する中、金融市場は1990年代以降、ポンド危機(1992年)、メキシコ通貨危機(94年)、アジア通貨危機(97年)、LTCM破綻(98年)と幾多の危機を乗り越えながら、グローバルな金融機関や投資家等による各国市場への進出もあり、国際連動性を強めていった。
そうした中、リーマンショック直後には、グローバルに展開する金融機関等は、外国支社・支店のリストラを進めたほか、リスク管理強化の観点からリスクを取る姿勢(リスクテイクスタンス)を慎重化させた。その一環として、他国市場の投資資産(アセット)を売却し、自国市場に資金を戻すなどの世界的な信用収縮(globalriskreduction)が生じた。そのため、金融市場の国際連動性は弱まるとの見方が強まった。
しかしながら、リーマンショック後も 2010年5月のギリシャショック、2011年3月の東日本大震災、2011年8月以降の欧州政府債務危機等では、各国金融市場は一貫して連動した動きを示しており、ボラティリティ伝播(後述)は生じているように思われる。
本節では、リーマンショック後も、金融市場の国際連動性が高水準にあることを確認し、その背景には、①先進国の銀行の対外与信は高水準にある中で、リスクを取る姿勢の慎重化等を受けて投資行動が変化し、対外与信(外国向け貸出と外国有価証券投資の合計)においても選択と集中が進んでいることや、②国際金融ネットワークの構造(各国間の資金取引関係)があることを分析する。
1 金融市場の変動とボラティリティ伝播
リーマンショック後も、金融市場には、ボラティリティ伝播を通じて高い国際連動性があることを、ボラティリティ伝播の仕組みに言及しながら確認する。
(リーマンショック後の国際金融市場の変動)
各国株価の動向をみると、リーマンショック後も、2010年5月のギリシャショック(ギリシャ国債のデフォルト懸念が生じた)、2011年3月の東日本大震災、2011年8月以降の欧州政府債務危機で各国株価は下落している上、各国株価のインプライドボラティリティ(後述)も同様に上昇しており、各国株価の国際連動性は高いことが窺われる。更に、我が国の金融市場の各金融商品のインプライドボラティリティも同様に上昇しているように、各金融商品の国際連動性も高いことが窺われる(第3-1-1図)。
こうした背景には、①世界経済における景気の連動性が引き続き高いことに加えて、②リーマンショック後も国際金融市場での資金取引(貸出と有価証券投資)が活発であることがある(後述)。更に、リーマンショックを経て、国際金融市場のボラティリティ伝播が一段と意識されていることや、金融市場のインプライドボラティリティに着目した取引が増えていること(後述)等がある。
(金融商品間、各国市場間でのボラティリティ伝播の仕組み)
①金融市場のボラティリティや②各国市場間等でのボラティリティ伝播の仕組みについて、概説する。
ボラティリティは、価格がどの程度変動的であるかを示す指標(収益率の標準偏差)であり、価格が安定的に推移する際には低水準で推移し、価格の変動幅が大きい際には上昇する3。実際には、価格上昇は漸次的である一方、価格下落は瞬時的であることから、価格下落時にボラティリティが上昇する傾向がある。そのため、ボラティリティ上昇は価格下落リスクの上昇と見なされることが一般的である。更に、ボラティリティ上昇時には、価格下落リスクの上昇から、金融機関や投資家等が損失を被る可能性が高まる。こうしたことから、ボラティリティは市場参加者にとってリスク度合を示す指標とみなされている。
ボラティリティ伝播は、一部金融商品のボラティリティ上昇から、金融機関や投資家等による①実際の損失を受けた投資行動や②リスク回避に基づく投資行動などを通じて、他の金融商品(他国市場の金融商品を含む)のボラティリティが上昇することを言う。
例えば、実際の損失を受けた投資行動については、一部投資資産のボラティリティ上昇により、金融機関や投資家等が大きな損失を受けた場合には、その損失を穴埋めするために、利益の出ている他の投資資産を売却することがある。また、制度要因として、先物取引所で大きな損失から証拠金不足が生じた場合には、当該先物取引所の投資資産が強制的に反対売買される(ロスカットされる)ことがある。
リスク回避に基づく投資行動については、ボラティリティ上昇が実際の損失に繋がらない場合でも、金融機関や投資家等は、リスク回避から他の投資資産を売却することがある。リスク回避に基づく投資行動には、VaR(Value at Risk)等のリスク管理によるもの4や、インプライドボラティリティに着目した取引(後述)等によるものがある。
こうした金融機関や投資家等による投資行動から、他の金融商品でもボラティリティは上昇する。更に、グローバルに分散投資している金融機関や投資家等が、他国市場でこうした投資行動を示した場合にも、当該他国市場のボラティリティは上昇する。特に、①相対的にボラティリティの高い新興国市場や商品市場の投資資産や、②相対的にボラティリティの低い債券等であっても、自国市場と他国市場の投資資産では、情報面等で優位性の低い他国市場の投資資産から、売却する傾向がある。
なお、ボラティリティ伝播が広範囲に及び、金融機関等のバランスシート悪化観測や資金繰り悪化観測が生じた場合には、カウンターパーティーリスク(取引相手の破綻等により金融取引が執行できなくなるリスク)が強く意識され、金融機関等の資金調達が困難になるという意味での資金流動性危機が生じることもある。この場合、金融機関等は手元流動性を確保するため5に投資資産を更に売却することから、金融市場で金融商品の買手が現れなくなるという意味での市場流動性危機が生じる可能性がある。
実際に、リーマンショック時には、価格下落により甚大な損失を被った金融機関や投資家等が広範囲の市場で投資資産を売却したことや、グローバルに展開する金融機関と投資家等が手元流動性の確保を企図して一斉に投資資産を売却したこと等(global risk reduction)から、あらゆる金融市場でボラティリティが上昇した。更に、資金流動性危機と市場流動性危機が同時に発生し、金融市場は大混乱に陥った。
こうしたリーマンショックでの経験から、国際金融市場間のボラティリティ伝播が一段と意識されるようになっている。
(インプライドボラティリティに着目した取引)
こうしたメカニズムによりボラティリティ伝播が投資行動に大きな影響を与える中、フォワードルッキングな指標(現在の状況に加えて将来の予測を加味した指標)であるインプライドボラティリティは、足下の価格下落リスクを示す指標として一般的に使われている6。インプライドボラティリティは、デリバティブ取引の一種であるオプション取引から算出され、先行きの平均的な価格見通しやテールリスク(リーマンショック等の稀にしか発生しない事象が生じるリスク)など不確実性に対する市場参加者の認識を織り込んでいる。
金融市場では、このインプライドボラティリティに着目した取引もある。例えば、円キャリートレードや米ドルキャリートレード等の売却益(キャピタルゲイン)よりも利息収入等(インカムゲイン)を重視した取引では、ボラティリティ上昇によるキャピタルロスを回避するため、インプライドボラティリティを売買タイミングの指標とし、インプライドボラティリティが上昇した際にリスク回避的に投資資産を売却し、低下した際に投資資産を買い戻している7。また、投資家の中には、各種のリスク指標(VIX指数<NY株式市場の株価指数であるS&P500のインプライドボラティリティ>、原油先物・金先物・為替のインプライドボラティリティ等)で構成されるrisk indexを独自に作成する例もある。
特に、VIX指数は、NY株式市場の市場参加者の層が厚く、多様であることから、金融市場全体のリスク指標として注目され(「恐怖指数」といわれる)、こうした取引で最も中心的な指標となっている。なお、一部新聞でVIX指数を記事とした回数を検索すると、リーマンショック以降増加し、我が国でも知られるようになってきている(2006年0件→2008年8件→2011年<11月まで>27件)。
なお、こうしたインプライドボラティリティに着目した取引は、保有している投資資産以外でインプライドボラティリティが上昇した場合に、保有している投資資産を売却することから、ボラティリティ伝播を増幅する役割も持っている。
コラム3-1 ボラティリティ上昇を抑える投資家
ボラティリティ上昇時に、金融市場のボラティリティを増幅する金融機関や投資家等が存在する一方、ボラティリティを抑える生命保険会社や年金基金等の投資家も存在する。
例えば、生命保険会社の債券運用では、①長期・超長期債券を満期保有目的(時価評価の対象とならない)で保有していることや、②資産サイドのデュレーション8が負債サイドに対して短く9、リスク管理における金利上昇に対する金利リスク量がほぼないこと10等から、ボラティリティが大きく上昇しても、債券を売却する必要はない。反対に、ボラティリティ上昇により金利が上昇した際には、積極的に投資する11。
一部の企業年金基金の運用では、年度初に、株式、債券等の保有割合(ポートフォリオ構成比)を決定し、例えば、株価下落により保有する株式の時価総額が目減りした場合(株式の保有割合が低下)には、ポートフォリオ構成比を戻すように債券を売却し、株式に投資する12。
CTA(商品投資顧問投資会社)やヘッジファンド等によるHFT13(High FrequencyTrade、高頻度取引)では、主にテクニカル分析14に基づき取引し、相場の転換点(デッドクロス発生時<短期移動平均線が長期移動平均線を上から下に突き抜けたときを売却のサインとする>等)と認識した場合には、相場を加速させる要因になり得るが、ボラティリティが高い局面で、相場がオーバーシュートしている(価格がボリンジャーバンドに接触<ボリンジャーバンドは移動平均線±標準偏差で計算され、移動平均線からの大幅乖離を示す。価格が移動平均線の下のボリンジャーバンドに接触したときを買いのサインとする>等)と認識した場合には、ボラティリティ上昇を抑えると考えられる15(コラム3-1図)。
こうした取引等は、ボラティリティ上昇による価格下落時に下値で投資することから、価格下落を抑え、一段のボラティリティ上昇を抑える役割を果たす。
(金融市場の国際連動性は高水準で推移)
市場参加者の先行き見通しを多分に織り込んでいる点で、ヒストリカルボラティリティよりもインプライドボラティリティの方が、ボラティリティ伝播を測ることに適していると考えられる。そこで、インプライドボラティリティの予測誤差の分散分解を使って、各金融商品間、各国市場間の連動性を確認する。なお、予測誤差の分散分解は、ある金融商品で生じたショックがどの程度、他の金融商品に寄与しているかを示すため、金融商品間の相互関係を詳しくみることができる。
日米英独株価の予測誤差の分散分解を分析した第3-1-3図(1)をみると、我が国、アメリカ、英国、ドイツの株式市場間では、他国市場による影響が趨勢的に高まっている16(図では上方にシフト)上、リーマンショック後もおおむね高水準で推移している。
やや仔細にみると、リーマンショック直後には、英国、ドイツの株式市場による日米英独市場への影響が高まった。この背景には、リーマンショック直後は、リーマンブラザーズ証券の破綻からアメリカを起点としてボラティリティ伝播が生じたが、後に、英国、ドイツの銀行の破綻懸念等というヨーロッパ固有の問題(ショック)から、ヨーロッパを起点としたボラティリティ伝播が生じたと考えられる17。また、我が国の株式市場についてみると、2011年3月の東日本大震災が生じた時期には、他国市場による影響が低下した一方、日経平均の米英独市場に与える影響が高まった。
同様に、我が国の金融市場の金融商品間の影響度合が高まっているように、他国市場においても、金融商品間の影響度合は趨勢的に高まっている。我が国の株式市場についてやや仔細にみると、2010年5月以降、ドル円相場は1ドル=90円を割り込んで徐々に円高方向に低下したため、輸出企業の業績が下押しされるとの思惑から、ドル円相場による影響が高まっている18(第3-1-3図(2))。
このように、リーマンショック後も、ボラティリティ伝播は生じており、国際連動性は高水準にあると言える。
(ギリシャショック等におけるボラティリティ伝播)
2010年5月にギリシャの財政リスクが顕在化し、ギリシャ国債利回りが高騰した他、ギリシャ同様に財政収支が悪化し、政府債務残高が拡大していたアイルランド、イタリア、ポルトガル、スペイン(ギリシャを含めて、以下、GIIPS諸国という)においても国債利回りの上昇がみられた(ギリシャショック)。更に、2011年8月以降、欧州政府債務危機が意識され、GIIPS諸国を中心に再び金利上昇がみられた。このような、ギリシャ国債のボラティリティ上昇により、ボラティリティ伝播がGIIPS諸国間でどの程度生じていたか、予測誤差の分散分解を使って分析する19。
アイルランド、ポルトガルについては、ギリシャショックが生じた2010年5月を中心にギリシャによる影響が大きくなっており、ギリシャからのボラティリティ伝播が生じていた。他方、イタリア、スペインでは、ギリシャからのボラティリティ伝播はみられなかった。また、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインについては、2009年以降、ギリシャの財政危機に焦点が当たる中で、各国固有の影響(例えば、各国の財政リスク等)が大きく、国際連動性が薄れたものと考えられる。特に、2011年8月以降の欧州政府債務危機の際には、各国固有の影響が大きい(第3-1-4図)。
なお、ギリシャからのボラティリティ伝播が、我が国、アメリカ、英国、ドイツに生じていたかを検証すると、それは確認できなかった20。
更に、2011年 11月に財政リスク顕在化の可能性が注目されたイタリアやスペインからのボラティリティ伝播が、我が国、アメリカ、英国、ドイツに生じたかを検証すると、やはり確認できなかった21。これは、11月中旬時点ではまだイタリアやスペインにおけるボラティリティの本格的な上昇はみられないことによるもので、今後のボラティリティ伝播の可能性には十分注意する必要があろう。
(欧州政府債務危機<2011年8月以降>の国債価格の予想確率分布<インプライド分布>と尖度・歪度)
欧州政府債務危機等の国際連動性について、ボラティリティ伝播をみることで確認したが、ここでは、国債価格に関する市場予想が各種イベントに対してどのように反応しているのかについて国債価格の予想確率分布(インプライド分布22)を用いて分析する。具体的には、2011年7月以降、財政リスクにかかわるいくつかのイベント(アメリカの債務上限問題と欧州政府債務危機)が起こったが、そういったイベントに対し市場の国債価格に関する予想分布がどのように変化したのかを、分布の形状を表す歪度と尖度を用いて分析する。
ここで、歪度と尖度について簡単に概説する。歪度は分布の偏りを示し、歪度が正のときには、国債価格の上昇(利回り低下)方向に分布のテール(裾野)が厚い(偏りがある)ことを示す一方、歪度が負のときには、国債価格の低下(利回り上昇)方向に分布のテールが厚いことを示す。尖度は分布のテールの厚み度合を示し、尖度が上昇すれば、国債価格が平均から遠くに分布(分布のテールが厚く、市場の見方が拡散)し、テールリスクが上昇したことを示す一方、尖度が低下すれば、国債価格が平均から近くに分布(分布のテールが薄く、市場の見方が収斂)し、テールリスクが低下したことを示す。
米国債と日本国債の歪度と尖度の推移をみると、おおむね逆相関の関係が見られる(日本国債の相関係数は▲0.86)。大きなボラティリティ上昇があった際には、予想の分布が利回り上昇方向に歪むと同時に、よりテールリスクが意識される(歪度低下、尖度上昇)が、ボラティリティ低下時には、予想の分布が利回り低下方向に歪むと同時に、よりテールリスクが意識されにくくなり(歪度上昇、尖度低下)、相場水準への確信が高まる傾向にあることを示唆している(第3-1-5図)。
米国債についてやや仔細にみると、2011年7月下旬から8月1日にかけて、アメリカの債務上限引上げ問題に関する与野党協議の難航を背景に、米国債のデフォルトが意識され米株価が下落した。その時期には、歪度が低下するとともに尖度が上昇しており、市場は国債価格の下落を予想するとともに、テールリスクを織り込んでいたと考えられる。8月1日の与野党合意23を受けて、反対に、歪度は上昇、尖度は低下し、国債価格の上昇が予想されている。また、9月中旬にはデフォルト懸念の高まりからギリシャ国債利回りが急上昇する場面が見られたが、その時期の歪度・尖度は大きく変化しておらず、ギリシャ国債の米国債への影響は限定的であったと考えられる。
なお、10月7日に尖度が急上昇し、歪度が低下しているが、これは同日に発表された9月の米雇用統計が市場予想を上回った(景気後退が懸念されていた)ことから、米国債市場は国債価格の下落を予想するとともに、テールリスクを織り込んだことが示唆される。
次に、日本国債についてやや仔細にみると、ギリシャ国債利回りが急上昇した9月14日までは歪度・尖度は大きく変化していない。9月15日に歪度が低下する一方で、尖度が上昇しており、国債価格の大幅な下落を予想する見方が浮上したことを示している。この背景として、9月14日のドイツ、フランス、ギリシャの3か国首脳会談後の声明でギリシャのユーロ圏離脱回避に向けた決意が示されたことで、ギリシャのデフォルトに対する懸念が後退し、今後の株価上昇・国債価格の下落が意識されるようになった可能性が考えられる。
これらのことから、ボラティリティ伝播の分析に加えて、国債価格の予想確率分布の分析からも、ギリシャ国債のボラティリティ上昇による、日本国債、米国債への影響はなかったと考えられる。この背景には、グローバルな金融機関や投資家等のギリシャ国債の保有は僅少であることが一因としてあると考えられる。
2 日米欧英銀行のバランスシートの変化と対外与信の増加
前項では、金融市場の国際連動性がリーマンショック以後も高水準で推移していることを確認した。この背景には、ボラティリティ伝播の仕組みを通じて、グローバルに展開する金融機関や投資家等の投資行動が密接に関わっていることがあると考えられる。そこで、リーマンショック後の投資行動を確認するため、我が国、アメリカ、ヨーロッパ、英国の銀行のバランスシートと対外与信(外国向け貸出と外国有価証券の合計)の変化を確認する。例えば、対外与信が高水準にあれば、銀行経営における外国からの影響が大きくなるため、金融市場の国際連動性が高まる要因になると考えられる。
(日米欧英銀行のバランスシートの変化)
我が国、アメリカ、ヨーロッパ、英国の銀行の預金は、リーマンショック以降、各国中央銀行が金融緩和を継続していることを受けて、世界的に増加傾向にある(2010年には 2006年対比+20.7%増加)。他方、貸出は、①リーマンショック後の不良債権比率の上昇24もあって、銀行が信用リスク管理を強化していること25や、②企業、個人が負債圧縮を進めていること等から、預金対比では増加していない(2010年には 2006年対比+13.9%増加)。その結果、預貸比率は低下傾向にある(2006年の 97.7%から 2010年には 92.3%まで低下)(第3-1-6図(1))。
この預貸ギャップの拡大を受けて銀行が保有する有価証券が増加している(2010年には2006年対比で+25.6%増加)。特に、信用リスク管理が強化されていることや、リーマンショックでの資金流動性危機を経て、流動性リスク管理が強化されている(バーゼルIIIでは流動性カバレッジ比率26や安定調達比率27を導入予定)ことから、自国国債(ヨーロッパの銀行は域内国債を含む28)への投資が増加している(第3-1-6図(2))。
自国国債への投資の増加については、リーマンショックによる自己資本の毀損を受けて、自己資本比率規制上の信用リスクアセット(信用リスクの高い資産の保有)を抑えることが以前より意識されていることも一因である。すなわち、我が国、アメリカ、ヨーロッパ、英国の銀行では、自己資本比率規制の信用リスクアセットの計測において標準的手法29を採用する銀行は、自国国債のリスクウェイトを0%に設定しており、自国国債の信用リスクアセットは0である。このことは、自国国債が格下げされても、自己資本比率規制上の信用リスクアセットに影響しないことを意味する。
なお、他国国債のリスクウェイトについては、アメリカ、ヨーロッパ、英国の標準的手法を採用する銀行は、先進国国債のリスクウェイトを0%に設定している30。このことは、これらの銀行では、先進国国債が格下げされても、自己資本比率規制上の信用リスクアセットに影響しないことを示す(対外与信において、先進国国債を保有するインセンティブになる)。
(日米欧英銀行の対外与信の変化)
このように貸出を抑え自国国債への投資を増加させる中、日米欧英銀行の対外与信は、リーマンショック直後に一時的に減少したものの、国内債権(対内与信)対比で高収益を望める31ことから、増加傾向にあり、2009年にはリーマンショック以前の水準を上回っている(2010年には2006年対比で+39.0%増加)。また、総資産に占める対外与信の比率も上昇している(第3-1-7図(1))。
対外与信の相手国の変化をみると、先進国向け与信の割合は高水準にある(新興国向けの割合が上昇したことについては後述)。各国銀行の対外与信の変化についてやや仔細にみると、我が国の銀行は、リーマンショック以後、我が国の国債利回りが低水準で推移する中、相対的に利回りの高い米国債の保有を積み増したことなどから、アメリカ向け与信が増加している。アメリカの銀行は、預金の増加率が相対的に高い32こともあって、ヨーロッパ向け与信を中心に対外与信が増加している。他方、ヨーロッパの銀行による我が国、アメリカ、英国向け与信は、引き続き高水準にあるものの、リーマンショック以後、減少している。この背景には、リーマンショック以前は、新興国による我が国、アメリカ、英国への投資がヨーロッパの銀行を通じて行われていたが、リーマンショック後の信用収縮(デレバレッジ)により、新興国がこうした資金を急速に引き戻したことがあると指摘されている(第3-1-7図(2)(3))。
このようにリーマンショック後も、日米欧英銀行の対外与信は増加しており、銀行経営において外国から受ける影響が増している。特に、日米欧英間の与信(自国の銀行による外国向け与信と外国銀行による自国向け与信の合計)が増加していることは、先進国間で影響が伝播する可能性が増していることを意味する。こうしたことを背景に、金融市場の国際連動性は高水準にあるものと考えられる。
(新興国向け与信は増加)
新興国の急速な経済成長を映じて、新興国向け与信も急速に増加し、全体の対外与信に占める新興国向け与信の割合は上昇している(2006年12月11.6%→2010年12月18.0%)。各国銀行の新興国向け与信についてやや仔細にみると、日米欧英銀行ともにアジア・太平洋諸国向け与信が増加しているほか、特にアメリカの銀行では、ラテンアメリカ・カリブ諸国向け、英国の銀行では、アフリカ・中東諸国向け、ヨーロッパの銀行では、ラテンアメリカ・カリブ諸国向け与信が増加している点に特徴があり、比較的、旧宗主国である等関係の深い国や地理的に近い国の与信が増加している(第3-1-8図)。
リーマンショック以降、リスク管理を強化する中で、情報面等で優位性のある国に絞って投資しており、選択と集中がなされていることが窺われる。しかし、この結果、銀行経営において新興国経済の動向に影響されやすくなっていると言える。
このように、日米欧英間の与信が増加していることや、歴史的、地理的に関係の近い情報面等で優位性のある国の新興国向け与信が増加していることを踏まえると、リーマンショック以降、リスク管理を強化する中で、対外与信の選択と集中がなされたと考えられる。
3 国際金融ネットワークの変化
日米欧英銀行による対外与信が増加し、各国銀行は外国からの影響を直接的にも間接的にも受けやすくなっている。例えば、2011年8月以降の欧州政府債務危機等により、ヨーロッパの銀行が損失を被った場合(債権価値の毀損、風評被害による資金繰りの悪化等)には、直接的には、①ヨーロッパの銀行向け与信を有する我が国の銀行は損失を被る上、②ヨーロッパの銀行が急激に我が国向け与信を引揚げれば、我が国の経済は混乱する可能性がある。また、間接的にも、③ヨーロッパの銀行による新興国向け与信の急激な引揚げにより、新興国の経済が悪化すれば、新興国向け与信を有する我が国の銀行は損失を被る上、④ヨーロッパの銀行向け与信で損失を被った他国の銀行が、急激に我が国向け与信を引揚げれば、我が国の経済は混乱する可能性もある。このように、複数の経路を通じて我が国にも影響が生じると考えられる。
国際金融ネットワーク(各国間の資金取引関係)の構造は、金融市場の国際連動性に大きな影響を及ぼす。例えば、より多くの国の間で資金取引が行われている場合、投資資産の分散化によりリスクを低減することができるが、同時に、取引相手国で生じたショックが伝播しやすくなる。また、直接取引がない国で生じたショックも、国際金融センター(ロンドン、ニューヨークのような、国内外の金融機関によって活発に国際金融取引が行われている金融市場)を介して伝播する可能性がある。
(国際与信残高とリンク次数の変化)
国際金融ネットワークの厚みを示す国際与信残高(各国銀行の対外与信の合計)は、2000年以降増加し、リーマンショックによりやや減少したものの、引き続き高水準にある。加えて、ネットワークの多様性を示す総リンク次数(リンク次数は各国銀行が与信を有する取引相手国数)も、2000年以降増加し、リーマンショックによりやや減少しているものの、引き続き高水準にある。これらのことから、国際金融ネットワークの厚みと多様性は継続されていると考えられる(第3-1-9図(1)(2))。
更に、各国間の結びつきの強さを示す1リンク当りの対外与信(国際与信残高を総リンク次数で除した額)は2006年12月の110億ドルから2010年12月には123億ドルに増加し、リーマンショック以後、各国間の結びつきの強さはむしろ強まったと考えられる。
やや仔細に各国銀行のリンク次数と1リンク当りの対外与信をみると、リーマンショック以降、国際金融センターにある英国の銀行では、ラテンアメリカ、アフリカ等の小国(ホンジュラス、ニカラグア、マリ共和国等)向け与信が消失したことにより、リンク次数は減少している(2006年12月180→2010年12月149)。また、ヨーロッパの銀行でも、フランスを中心に、アフリカ、ラテンアメリカ等の小国(ギニア、リベリア、エクアドル等)向け与信が消失したことにより、減少している(2006年 12月 184→2010年 12月 137)33(第3-1-9図(3))。
他方、アメリカの銀行では、アフリカ、東ヨーロッパ、アジア、太平洋等の小国(アフガニスタン、モンゴル、カンボジア等)向け与信が新規に生じたことにより、リンク次数は増加している(2006年12月135→2010年12月150)。もっとも、リーマンショックから回復する中で、我が国、ヨーロッパ、英国向け与信が増加したほか、新興国(ラテンアメリカ、アジア)向け与信が増加していることもあって、アメリカの1リンク当りの対外与信は大きく増加した。
最後に、我が国の銀行では、リンク次数は変化していないものの、1リンク当りの対外与信は、アメリカ向け与信の増加(米国債が増加)から、増えている。
これらのことから、国際金融ネットワークは、個別でみれば各国間のリンクに変化があるものの、厚みと多様性は継続され、先進国間を中心に高い結びつきを維持していると考えられる。
(国際金融ネットワークの構造)
ここでは、国際金融ネットワークの構造を分析しよう34。
まず、どれだけの国との間に資金取引があるかを示すリンク次数とクラスター係数との関係をみてみよう。クラスター係数は、取引相手国との取引関係の密度を示す。通常、途上国の銀行は、先進国を中心とした限られた取引相手国(近接領域)とのみ取引しているため、そうした近接領域内ではほぼ完全なネットワーク(クラスター)が構築されている(取引関係の密度が高い)。例えば、ニューカレドニアに対してはアメリカ、フランス、スイスの銀行が対外与信を有しているが、アメリカ、フランス、スイスは相互の間でも資金取引が存在しているため、この4主体の間では完全なネットワークが構築されている。この場合、クラスター係数は1となる。他方、先進国の銀行は、多くの取引相手国を有するが、途上国等の取引相手国は他国との資金取引が存在しない(不完全なネットワーク)場合がほとんどである(取引関係の密度が低い)35ため、クラスター係数は低い。
先進国の銀行はリンク次数が高く、クラスター係数が低い一方、途上国の銀行はリンク次数が低く、クラスター係数が高い。このことは、国際金融ネットワークでは、先進国と途上国間で二重構造性があることを示している。すなわち、先進国は、複数の国と取引関係があるが、途上国は、先進国と繋がっているのみで、他の途上国との取引関係がほとんどないことを示している(第3-1-10図(1))。
次に、近接中心性と媒介中心性をみてみよう。近接中心性は、国際金融ネットワーク上の国と平均的にいくつの取引相手国を介して繋がっているかを示す。近接中心性が1に近い国の銀行は、ほとんどの国と直接取引をしている。媒介中心性は、国際金融ネットワーク上の各国間の取引が自国を介してどの程度取引されているかを示す。媒介中心性が高い国の銀行は、各国間の取引を仲介する頻度が高く、ネットワーク上のハブ(中枢)となっている。
先進国の銀行の近接中心性は高く、ほとんどの国と直接取引をしているか、一つの取引相手国(先進国等)を介して間接的に繋がっている。他方、途上国の銀行の近接中心性は低いものの、ほとんどの国と一つから二つの取引相手国を介して間接的に繋がっている36。また、先進国の銀行の媒介中心性は相対的に高く、ネットワーク上のハブ国(各国間の取引を仲介する国)として機能していることが窺われる。他方、途上国の銀行は、媒介中心性が0である先が多く、そうした先はハブ国に繋がっているのみである。もっとも、途上国は、少数の先進国を中心としたハブ国を経由することで、全ての国と繋がっている(第3-1-10図(2))。
こうした分析から、国際金融ネットワークの構造は、先進国の銀行間は緊密な取引関係があり、途上国の銀行間は先進国の銀行間を介して繋がっていると考えられる。このことは、国際金融市場のボラティリティ伝播が高水準にあることの要因と考えられる。例えば、欧州政府債務危機によりヨーロッパの銀行が影響を受けた場合には、多くの国が一つから二つの取引相手国を介して間接的に影響を受ける可能性がある(第3-1-10図(3))。
ネットワーク分析から我が国の国際金融ネットワーク上での位置づけを考察すると、先進国と緊密に繋がっており、途上国からも一つから二つの取引相手国を介してつながる構造になっている。
(金融中心国のリーマンショック後の変化と欧州政府債務危機)
金融中心国である我が国、アメリカ、英国、フランスの銀行の国際金融ネットワークにおける位置が、リーマンショック後どのように変化したかをみてみよう(第3-1-11図(1))。
英国、フランスの銀行では、リーマンショック後に、対外与信が消失した国が多かったことから、各国との距離が離れ、ハブ機能が低下している(中心性は低下)。他方、アメリカの銀行では、リーマンショック後に、資金余剰を背景に新たに対外与信が生じた国が多いことから、各国との距離が一段と縮まり、ハブ機能が高まっている(中心性は上昇)。
この間、日本については、リーマンショック後の対外与信の増加は、米国債(日本国債対比で利回りが高い)が中心であり、新たに資金取引を開始した国もほとんどないことから、中心性には変化がない。
更に、欧州政府債務危機を踏まえて我が国とギリシャとの関係を、量的な面も加味して図示したものが第3-1-11図(2)である(我が国の銀行の対外与信が多い国<アメリカや英国等>を近くに配置し、対外与信の大きさにより線を太くしている)。我が国の銀行によるギリシャ向け与信は少ない(図では距離が遠い)上、ギリシャの銀行による我が国向け与信も少ない(図では線が細い)ことから、ギリシャが破綻した場合でも我が国への直接的な影響は限定的であると考えられる。また、我が国の銀行の対外与信が多い国(図では距離が近い)には、ギリシャ向け与信が多い国がない(図では線が細い)上、ギリシャの銀行による対外与信も少ない(図では線が細い)ことから、ヨーロッパ等を通じた間接的な影響も限定的である可能性がある。
欧州政府債務危機の影響について考えると、ヨーロッパの銀行によるギリシャ向け与信とギリシャの銀行によるヨーロッパ向け与信は絶対的に多くない(図では線が細い)ことから、仮にギリシャが破綻しても世界への影響は限定的と考えられる。しかし、イタリアやスペインのような、外国銀行による与信も両国の銀行による対外与信も多い国(図では線が太い)が破綻した場合には、フランスの銀行はイタリア向け与信が多く、ドイツの銀行はスペイン向け与信が多いことから、ヨーロッパの銀行は大きな損失を被り37、リーマンショック時のような資金流動性危機や市場流動性危機が生じ、国際金融市場は大混乱に陥ることが予想される。
この場合の我が国に対する影響については、①ドイツ、フランスを中心とした国際金融市場の混乱によるリーマンショック時のような間接的な影響38に加えて、②我が国の銀行によるイタリアとスペイン向け与信は710億ドル(2011年6月)に上ることから、リーマンショック時よりも直接的な影響も大きい39と考えられる。
仮に、ヨーロッパの銀行が対外与信を自国市場に引揚げた場合には、外国銀行による与信に占めるヨーロッパの銀行の比率が高い東ヨーロッパの国々(クロアチアやチェコ、ハンガリー等では90%以上を占める上、額もGDP対比で80%以上と大きい)は、最も直接的な影響を受ける。なお、アジアの国々については、ヨーロッパの銀行による与信の額はGDP対比で25%以下と相対的に小さいものの、外国銀行による与信に占めるヨーロッパの比率が高いカンボジア等で直接的な影響があるものと考えられる40(第3-1-11図(3))。
(第1節まとめ)
リーマンショック以後も株価や債券利回り等の金融市場の国際連動性は高水準にある。特に、ボラティリティ上昇時には、グローバルに展開する金融機関や投資家等を通じてボラティリティ伝播が生じている。こうした背景には、世界的な金融緩和を受けて先進国の銀行の預金が増加し、余剰資金を対外与信に向けていることがある。その対外与信においても、選択と集中が進み、先進国間での取引が活発化している。また、国際金融ネットワークの構造では、各国がハブ国を通じて一から二つの取引相手国を介して繋がっており、これもショックが伝播しやすい状況をもたらしている。
LCR=適格流動資産/ 30日間のストレス期間に必要となる流動性 ≧ 100%
NSFR=安定調達額(資本+預金・市場性調達の一部)/所要安定調達額(資産×流動性に応じた掛目) > 100%