第3節 生産性向上と需要創出の好循環
これまでは、景気回復における需要面での家計と企業、内需と外需の関係について検討を行った。しかし、持続的な回復を実現するためには、供給面での成長が伴わなければならない。供給の増加が見込まれれば、企業収益や賃金の増加が展望され、所得に裏打ちされる形で需要が伸びていくと考えられる。本節では、人口減少時代において供給面での成長の鍵を握る「生産性」に着目して、これまでの推移とその背景を改めて検証し、今後の課題を探ることとしたい。
1 日本における生産性と産業構造
バブル崩壊後の長期にわたる成長鈍化を受けて、生産性上昇率の低さは我が国の構造的問題と認識されてきた。その背景として、非製造業を中心とする個別産業のイノベーションの低調さ、生産要素の緩慢な移動によるダイナミックな産業構造転換の欠如などが指摘されている。こうした論点の検討に資するため、我が国における生産性と産業構造の関係について、改めて整理を行っておきたい。
(日本の生産性上昇率はバブル崩壊後に鈍化)
まず、最初に国際的な生産性のデータベースであるEU-KLEMS9を利用して、日本、アメリカ、EU15か国の3つの国・地域について、80年以降の実質GDP成長率と、その背景にある生産性の伸び率を調べてみよう(第2-3-1表)。
第一に、実質GDP成長率については、日本では95年以降はそれ以前を比べ、大幅に低下している。バブル崩壊後の「失われた10年」における成長率の低さが改めて確認される。一方、アメリカでは95年以降、GDP成長率が高まっている。EUでは95年の前後で成長率に大きな変化がない。
第二に、この間、日本、EUでは労働生産性の上昇率が鈍化したのに対し、アメリカでは逆に高まっている。なお、実質GDP成長率と労働生産性上昇率の差は、労働投入量の増減である。日本は、アメリカやEUとは違って、この間に労働投入量が減少している。そのため、労働生産性の上昇ほどにはGDPは成長していない。
第三に、全要素生産性(TFP)の上昇率でも、日本、EUでは95年の前後で鈍化が見られるのに対し、アメリカでは逆に高まっている。いずれの国・地域でも、労働一単位当たりの資本装備率は上昇していると考えられることから、TFP上昇率は労働生産性上昇率を下回っている。
以上をまとめると、日本における95年を境とする成長率の低下は、労働投入量の減少と生産性上昇率の鈍化が原因である。労働投入量の減少は、時短による労働時間の減少によるところもあり、一概に問題であるとはいえない。したがって、生産性上昇率がなぜ鈍化したかを調べることが重要である。なお、生産性上昇の指標としては、労働生産性とTFP上昇率の動きはほぼパラレルであることから、以下では労働生産性に焦点を当てて検討する。
(日本の労働生産性上昇率の鈍化は業種ごとの生産性上昇率鈍化が主因)
それでは、こうした日本のマクロ的な労働生産性上昇率の鈍化を、各産業における生産性の動向や産業構造の変化によって説明してみよう。実質GDP成長率とマクロの労働投入量の差で労働生産性の変化率が定義される場合、その動きは、(1)業種ごとの生産性上昇率(ここでは「純生産性要因」と呼ぶ)、(2)業種ごとの名目生産額のシェアの変化による影響(「ボーモル効果」として知られる)、(3)業種間の労働投入量のシェアの変化による影響(「デニソン効果」と呼ぼう)の3つの要因に分解できる10。このうち「ボーモル効果」は、生産性の上昇率が相対的に高い業種の名目シェアが上昇することで、マクロの生産性が押し上げられる効果11である。また、「デニソン効果」は、生産性の水準(上昇率ではない点に注意)が相対的に低い業種から高い業種へ労働が移動することで、マクロの生産性が押し上げられる効果である(第2-3-2図)。
第一に、90年代以降のマクロの労働生産性の鈍化は、上記(1)の要因、すなわち業種ごとの生産性上昇率の鈍化によるところが大きい。「ボーモル効果」「デニソン効果」の影響は全期間を通じて相対的には小さい。
第二に、「ボーモル効果」は、80年代まではプラスの寄与が目立っていたが、90年代以降はマイナスに寄与する傾向が見られる。そもそも「ボーモル効果」は、サービス化の進展がマクロの生産性上昇率を鈍化させるメカニズムを説明するための概念である。サービス分野の生産性上昇率は相対的に低いため相対価格が上昇するが、サービスに対する需要の価格弾力性が十分に低い場合、名目生産額のシェアが高まり、全体の生産性上昇を抑えるという考え方である。その程度は小さいものの、90年代以降はこうした効果が働いていることを示している。
第三に、「デニソン効果」も、「ボーモル効果」と同様に80年代以前はプラス寄与が目立っていた。90年代以降は、プラスとマイナスが交互に現れるような形となっている。「デニソン効果」は、市場機能が十分働いている状態であれば、生産性格差を埋める方向に労働力が移動し、マクロの生産性上昇につながると考えられている。今回の結果は、こうした動きが最近ではほとんど見られないことを示している。
(電機、卸売、金融などで生産性上昇率が大きく鈍化)
我が国の生産性上昇率の変化について、上記の3つの要因ごとに、業種別の状況を調べてみよう。86~95年、96~2005年の2つの期間の平均をとって、これらの3つの要因の業種別寄与度を比較する(第2-3-3図)。その結果、以下のような点が特徴的であった。
第一に、マクロの生産性上昇率に最も影響を及ぼしている「純生産性要因」については、電機・光学機械、卸売、金融仲介といった業種のプラスの寄与が突出して大きい。しかも、これらの寄与度が96~2005年にはいずれも大きく低下していることが分かる。
第二に、「ボーモル効果」の内訳については、相対的に生産性上昇率の高い電機・光学機械の寄与が、86~95年にはプラスであったが、96~2005年にはマイナスとなっている。一般機械でも同様の動きが見られる。これらは、96年以降については、相対価格の下落にもかかわらず需要がそれほど伸びなかったという、「ボーモル効果」の本来の趣旨に沿った動きである。一方、通信、不動産、業務用物品賃貸などは、名目シェアが拡大することでプラスの寄与に転じている。
第三に、「デニソン効果」の内訳については、卸売、建設、農業などがマイナスの寄与、業務用物品賃貸、健康・福祉、不動産などがプラスの寄与となっている。86~95年と96~2005年の比較では、建設がプラスからマイナスに転じたこと、健康・福祉の寄与が大幅に高まったことが特徴的である。
2 生産性上昇の背景に関する国際比較
ここでは、諸外国における労働生産性上昇率の変動要因を調べ、我が国との共通点、相違点を抽出してみよう。
(アメリカ、ドイツでも純生産性要因の寄与が最も大きい)
まず、アメリカとドイツについて、日本の場合と同じような形で要因分解を行った(第2-3-4図)。その結果をまとめると、以下のようになる。
第一に、アメリカ、ドイツともに「純生産性要因」が決定的に重要であることは一目瞭然である。すなわち、労働生産性の上昇率がアメリカでは加速し、ドイツでは鈍化した最大の要因は、業種ごとの生産性の動きで相当程度は説明ができる。
第二に、「ボーモル効果」はアメリカでは2000年代に入るとわずかにマイナスの寄与となっている。ドイツでも、最近はマイナスの寄与が目立っている。
第三に、「デニソン効果」は、アメリカ、ドイツでは、最近でも、わずかながらプラスの寄与ないし寄与ゼロとなっている。ドイツについては、ドイツ統一(1989年)による東独労働者の流入、アメリカについては移民の継続的な流入が寄与していると考えられる。
第一、第二の点は日本も同じだが、第三の点は日本とは状況が違う。日本では、最近は「デニソン効果」はマイナスの寄与が目立っている。また、以上の分析からは、「ボーモル効果」や「デニソン効果」の相対的な重要性は、日米独3か国では最近特に低下しているといえよう。
(アメリカでは幅広い非製造業の分野で生産性上昇が加速)
以上のような結果をもたらした背景を探るため、各国における業種別の動向を調べてみよう。最初に、各国におけるマクロの生産性上昇率の差に最も影響を及ぼした「純生産性要因」について、アメリカとドイツを前述の日本の産業別生産性の動向との対比で見よう(第2-3-5図)。
まず、アメリカにおける「純生産性要因」を、96~2005年の平均で見ると、日本と比べた場合、農林水産業、電機・光学機械のほか、金融仲介、不動産、公共サービス、教育など幅広い非製造業の分野で上昇率が高めとなっている。また、多くの業種で、86~95年平均と比べ、上昇率が高まっている。金融や不動産はバブル的な経済状況の結果という面も考えられ、割り引いて見る必要があるが、その他の業種では、IT化の推進やそれに伴う業務見直し等の奏功という解釈も可能であろう。
一方、ドイツについては、日本の電機・光学機械のように突出して生産性上昇率の高い業種がなく、全体として低めとなっていることが特徴である。非製造業では、マイナスの寄与となっている業種も少なくない。86~95年平均と比べ、96~2005年平均のほうが低い業種も多い。
(フィンランドでは電機・光学機械、通信のシェア拡大が生産性上昇に寄与)
日米独では「ボーモル効果」や「デニソン効果」の寄与は「純生産要因」と比べるとかなり小さいことが分かったが、他の多くの先進国でも同様の状況となっている。ただし、一部に例外もある。
第一に、ギリシャやハンガリーといった先進国の中では一人当たり所得が相対的に低い国である(第2-3-6図(1))。こうした国では、依然として「ボーモル効果」と「デニソン効果」が相当程度プラスに寄与している。ここでは、ギリシャの例を図に示したが、このような発展段階の国では、農林水産業など労働生産性の水準が相対的に低い分野から不動産、建設などの業種への大規模な労働移動が続いていると考えられ、結果として、特に「デニソン効果」が重要な役割を果たしている。
第二に、90年代後半以降に「ボーモル効果」が比較的大きなプラス寄与を示した国として、フィンランドが挙げられる(第2-3-6図(2))。フィンランドにおける「ボーモル効果」の内訳を見てみよう(第2-3-6図(3))。86~95年平均では、マイナスの寄与となっている業種も少なからずあり、全体として「ボーモル効果」は重要ではなかった。しかし、96~2005年平均では、電機・光学機械が突出して大きなプラス寄与を示している。その次に、通信もプラス寄与が目立っている。このように、同国においては、90年代前半の金融危機を経て、ITを中心とする大胆な産業構造転換が進んだ結果、マクロの生産性を押し上げる効果があったことが確認できる。
3 産業構造の変化を巡る最近の動向
以上の分析では、生産性と産業構造を巡る問題について、2005年までの長期にわたる変化に焦点を当ててきた。それでは、その後の状況はどうなっているのだろうか。データの制約を踏まえ、産業構造の変化に関連する部分を中心に調べてみよう。
(最近も生産性上昇率が高いと見られる業種の名目シェア低下が優勢)
「ボーモル効果」がマクロの生産性に対しプラスに寄与するためには、生産性上昇率が高い業種で名目シェアが高まる必要があった。反対に、生産性上昇率が低い業種で名目シェアが高まると、マクロの生産性上昇率を押し下げる方向に働く。ここでは、業種別の生産性上昇率が価格の下落に反映されると考えよう。その上で、2005~2008年の期間について、業種別の相対価格の変化率と名目シェアの変化率をプロットした(第2-3-7図)。
第一に、「企業物価指数」と「鉱工業生産指数」を使って製造業の状況を見ると、相対価格の低下と名目シェアの上昇が同時に生じているのは電子部品・デバイスだけで、名目シェアの上昇の程度も大きくない。したがって、生産性上昇率の高い業種のシェア拡大によるマクロの生産性押上げ効果はほとんどなかったことになる。情報通信機械や電気機械では、相対価格が大幅に低下した割には数量が伸びず、本来の意味での(すなわちマイナスの)「ボーモル効果」を演出した。
第二に、しかしながら上記の結果は、この間の原油・原材料価格の高騰に大きく影響を受けている面がある。図の右上に位置する石油・石炭、非鉄金属の相対価格上昇は、多分にこうした要因を反映したものと考えられる。仮に原油価格等の異常な高騰がなければ、電子部品・デバイスはもとより、輸送用機械の名目シェアも明確に上昇していたと見られる。
第三に、「企業向けサービス物価指数」と「第三次産業活動指数」を使って非製造業について調べると、インターネット付随サービス12の相対価格が低下する一方、その名目シェアが著しく上昇したことが分かる。しかしながら、通信、リース、広告など相対価格の低下と名目シェアの低下が同時に生じている業種のほうが目立ち、非製造業においてもマイナスの「ボーモル効果」が生じている可能性を示唆している。
以上から、最近においては、生産性上昇率が高いと見られる業種の名目シェアの低下が優勢となっており、そうした業種では、新たな製品・サービスの開発等を通じて需要の喚起を図ることが課題と考えられる。また、マクロの生産性向上という観点からも、資源・エネルギー価格が再び高騰する場合への備えが重要となろう。
(低賃金業種から高賃金業種への労働移動は不活発)
「デニソン効果」がマクロの生産性に対しプラスに寄与するためには、生産性の水準の高い業種への労働移動が必要であった。ここでは、生産性の相対的水準が相対賃金(現金給与総額)に反映されていると考え、2005~2008年の期間に相対賃金の低い業種から高い業種への雇用者(常用雇用指数)の移動があったかを調べてみる(第2-3-8図)。結果は、以下のとおりであった。
第一に、製造業については、石油・石炭、鉄鋼、輸送機械などが比較的高賃金であり、雇用者数を増加させている。一方、繊維、衣類などの業種は比較的低賃金であり、雇用者数を減少させている。製造業では、全体の生産性を高める方向に労働力が移動していることが分かる。
第二に、非製造業については、教育、不動産などで雇用者数が増えているが、これらの業種はそれほど高賃金というわけではない。非製造業では、医療・福祉、サービスなどの業種で雇用者数が大幅に伸びているが、これらは相対賃金が低い業種であり、マクロの生産性上昇率を押し下げる方向に働いていると見られる。
以上から、非製造業においては、生産性の水準が低いと見られる業種から、高いと見られる業種への労働移動が不活発であることが分かる。したがって、マクロ的な成長の確保という観点からは、労働力が円滑に移動できる環境を整備するとともに、非製造業を中心に、需要の伸びが比較的高いと見られる業種において、生産性の向上を通じた賃金の改善を図ることが重要であるといえよう。
(M&Aの件数は2009年夏場頃から持ち直し傾向)
企業による大胆な経営革新を通じた生産性の上昇、あるいは生産性の低い業種から高い業種への資源の移動を進める手段として、M&Aが重要な選択肢となっている。リーマンショックを受けて、M&Aは世界的に縮小したとされるが、その後の状況はどうなっているのだろうか(第2-3-9図)。
第一に、2009年夏頃から、件数ベースでは持ち直し傾向にある。なお、買い手企業、売り手企業として多く登場する業種は、2009年1-10月においては、サービス、ソフト・情報などであり、これまでと基本的には同じである。ここ数年を経て、M&A全体に占めるシェアが高まっている業種としては、業界再編の動きが活発化している電機が挙げられる。
第二に、M&A件数の大部分は国内企業による国内企業の買収(IN-IN型)という点は変わっていない。また、その動きは全体の基調とほぼ同じであり、2009年夏頃からの持ち直し傾向も明瞭である。
第三に、海外企業による国内企業の買収(OUT-IN型)は低調である一方、国内企業による海外企業の買収(IN-OUT型)はリーマンショック前に近い水準まで戻ってきている13。我が国企業が新たな成長機会を求める動きが、円高や海外における株安を背景に、活発化しつつあると見ることができよう。