経済白書のポイント 平成10年度版(平成10年7月17日)
平成10年度年次経済報告~創造的発展への基礎固め~
平成10年7月
経済企画庁調査局
1947年の「経済実相報告書」から数えて52回目となる本報告は、景気が緩やかな回復から停滞状態に至ったことを示した後、日本経済が抱える種々の構造問題を検討し、経済構造改革、金融システム改革等による創造的発展への基礎固めの必要性を説く。
第1章 景気停滞が長びく日本経済
1977年度は、自律回復過程への復帰が挫折して景気が足踏みし、停滞状態になった年である。96年度末の消費税率引上げに伴う駆け込み需要は>政府の予想を大きく上回り、その反動減も大きかった。その状況からは回復に向かったが、テンポは緩慢だった。さらに、秋口から生じた株価の下落、そして複数の金融機関破たんによる金融システムへの信頼低下等が、家計や企業の心理を悪化させ、回復を頓挫させた。アジア通貨・経済混乱も先行き不透明感を増幅した。現在景気は停滞を続け、厳しさを増している。
景気動向が昨年の政府の予想以上に厳しくなったのには、次のような三つの要因がある。第一は、消費税率引上げによる駆け込み需要の反動減及び消費税率引上げ、特別減税の終了等の影響が長引いたことである。今回の負担増の家計消費への影響は織り込んでいたが、7~9月期には回復に転じたもののテンポが遅かった。
第二は、バブル後遺症である企業や金融機関のバランスシート調整の遅れの問題である。この問題は、経営基盤の弱い金融機関の破たんの要因になっている面もある。また、不良債権問題等により金融システムへの信頼は低下しており、中長期的にも日本版ビッグバンを控えていることから、金融機関は収益性や健全性の向上のための見直しを進めている。 金融機関は資産構成の健全化や収益性改善のために貸出抑制に向かわざるを得ず、これが、いわゆる「貸し渋り」問題として実体経済に影響を及ぼしている。政府・日銀の安定化策で金融システム不安は落ち着いたが、金融機関の貸出態度には依然として慎重さがみられる。
景気回復期にみられる好循環は再び断ち切られた。そこで97年度末から98年度初にかけて景気下支えと金融システム安定化のための対策が取られ、特に98年度に入って過去最大規模の「総合経済対策」がとられ、経済を下支えし更に上向かせようとしている。しかし、これが民需中心の持続的な回復につながっていくためには、規制緩和等経済構造改革、公正で透明な税制へ向けた検討、金融システム改革などを通じ、国民や企業の意欲が十分に生かされるようになることが必要である。
第2章 成長力回復のための構造改革
バブル崩壊後の累次の経済対策にもかかわらず、日本経済の自律的安定成長過程への移行はうまくいかなかった。その一つの理由は、90年代に入って日本の中長期的な潜在生産能力の伸びが低下したことである。潜在生産能力の伸びが回復するためには、生産性が高まることが重要である。そのためには、新しい技術を体化し、新しい需要を開拓するような投資が行われなくてはならない。問題は、こうしたリスクを伴う行動を制約するような以下の構造的要因があることである。
第一は、公的規制等の制度要因である。事業機会や技術革新機会の制約、そして高コスト構造の温存が、企業活動を停滞させてきた。所得の伸びが鈍化したなかでは、コストの高さは容認しがたいものになる。第二は、金融システムがリスクマネーを十分供給できない金融市場要因である。従来からの間接金融機関、特にメインバンクを中心とする単線的な資金供給チャネルは、いわゆる「貸し渋り」といった金融機関の資金仲介機能の低下がみられると企業活動制約要因になってしまう。世界的にベンチャー的企業が新たな事業機会、就業機会を作り出す時代には、今まで以上に、資金供給チャネルの多様性が求められる。第三に、企業の運営や意思決定メカニズムの制度疲労、すなわち企業組織要因である。日本型企業システムは、目標が明確な時には関係者の暗黙の合意形成と情報の共有という面から大変効率的に機能したが、将来の不確実性が大きく暗黙の合意形成が困難になると、機能が低下することとなる。
以上の構造的要因を解決し、経済構成員の積極的行動を呼び覚まして、潜在生産能力の伸びを回復させるためには、機会の平等、自己責任、情報開示、ルール重視を大原則とする、市場メカニズムと自由な競争に立脚した制度や企業システムへの改革が急務である。そこでのキーワードは次のようなものである。
第一は経済構造改革であり、特に経済効果の大きい分野での競争促進が望ましい。このなかには官民の役割分担を変更し、民間部門の参入を促進するための規制緩和や情報開示が含まれる。また、公正で透明な税制へ向けた検討などによって国民や企業の意欲が十分に生かされるようにすることも重要である。第二は金融システムの改革である。その中でも、リスクマネーの供給については、中小企業や新規開業のための資金調達が円滑化するような、資金仲介チャネルの複線化が望ましい。第三に、民間部門の内部で企業システムの変革がなされていくことが不可避なことである。日本的な長期的・暗黙的契約関係は、関係者間の事前のコンセンサスが得られる時代には有効に機能したとしても、それが不可能な時代には、自由な発想と競争によってのみ企業や産業の発展が可能となると考えられる。
経済構造改革が雇用へ悪影響を与えているのではないかとの懸念が示されることがあるが、雇用については、経済社会全体として進める構造改革の中で、産業構造の変革が進展し、新しい産業分野への労働力の移動等も生じると考えられる。これらに適切に対応するため、必要な労働市場の整備を的確に講じていくべきである。また、倒産等にみまわれた事業者に対する社会的受容度を高め、市場での再挑戦の機会を拡大していくべきである。
以上のような構造改革は、片方で規制緩和などでは痛みを伴うものであるが、もう一方で、潜在的な需要や技術革新機会の強い分野では、新たなビジネス機会や新規需要を呼ぶことによって、短期の景気回復にも貢献すると考えられる。供給サイドの刺激、強化を伴って初めて、短期的な需要刺激策による経済回復が中長期的な経済活性化につながるのである。
第3章 各種構造改革下の経済政策
90年代に入って累次の裁量的な財政政策や金融緩和政策は景気を下支えする効果を持ったものの、結果として経済の自律的回復が定着しなかったことから、裁量政策の有効性について議論になっている。需要面を刺激しようとする政策が、短期的効果だけでなく民間需要主導の自律的回復に結びつくためには、需要追加が企業や家計の将来予想を改善し、投資行動を誘発する必要がある。したがって、バブルの後遺症を克服し、民間部門のコンフィデンスを回復するよう、供給面から経済体質を強化する効果を持つ政策が同時にとられることによって、政策効果は持続性を持つと考えられる。さらに、90年代の日本の景気回復が緩慢だった背景には、資産市場の低迷や企業・金融機関のバランスシート問題があり、これが需要刺激効果を顕在化させなかったとみられる。
マクロの財政政策の効果がバブル崩壊後顕在化しなかった理由として、次のような可能性が考えられる。第一に、潜在生産能力の伸びの低下が家計や企業の将来予想を弱めているほか、資産価格下落などの影響によって民間需要が抑えられ、財政刺激策の波及効果が中断した可能性である。第二に、限界消費性向の低下や限界輸入性向の上昇によって財政の乗数が過去に比べて下がった可能性である。第三に、財政赤字が無視し得ない大きさになってきたことで、人々の財政赤字についての意識が深まり、財政赤字の拡大に対して、家計の行動が慎重になってきた可能性である。裁量的財政政策の需要拡大効果が顕在化しなかったのは、これらの要因のうち、バブルの後遺症(第一の要因)によって民間需要が減退し、その効果が減殺されたところが大きい。
不良債権に関しては、金融機関が不良債権等に関する情報開示を正しく行っていないのではないかといった疑念もみられることが、金融システムの安定性に対する不透明感が払拭されないひとつの背景となっている。不良債権問題の抜本的解決のためには、債権債務関係を整理し、債権回収を進めることが重要であり、このためには、担保不動産の売買や有効利用が促進される必要があり、不動産市場の改善・活性化が重要である
また、景気回復を妨げた要因の一つに、いわゆる「貸し渋り」問題があったと考えられる。株価の下落が評価損計上による収益減や含み益減少を通じ自己資本比率押し下げ要因となり、早期是正措置導入を控えた銀行は貸出に極めて慎重になった。金融システム安定化のための各種政策もあって、さしあたり98年3月期は乗り切ったが、財務内応を改善し収益性を高めようとする金融機関の貸出態度の厳しさは続いている。
現在、日本経済は停滞し、金融システムへの信頼感の低下、高コスト構造の存在といった構造的課題に直面している。しかし、こうした課題が明らかな今こそ、これらの課題の解決に取り組み、新たな創造的発展を遂げるための基礎を築くべき時と考えられる。不良債権処理をはじめとする金融システム改革、規制緩和を中心とした経済構造改革等の一連の政策により、日本経済が抱える構造的課題を解決していけば、新たに広がった事業機会、投資機会を通じた民間部門の積極的行動により、民需主導の自律的回復軌道への復帰が可能となる。リスクを恐れず新たな機会に挑戦しようとする個人や企業の出現こそ、更なる発展を育むための不可欠な要素であり、そのための環境整備を行っていくことが政府に求められている。