経済白書のポイント 平成9年版(平成9年7月18日)

平成9年度年次経済報告~改革へ本格起動する日本経済~

平成9年7月
経済企画庁調査局

1947年の「経済実相報告書」から数えて51回目となる本報告は、まず景気の現状が民間需要中心の自律的回復過程といえる状況に近い状態に至っていることを示した後、日本経済の直面するいくつかの不確実性について検討し、早急な「バブルの清算」と改革による発展基盤の再構築の必要性を説く。

第1章 バブル後遺症の清算から自律回復へ

日本経済は、1993年10月の景気の谷から3年半を経過し、長さだけでみれば戦後の景気上昇期のうちでもかなり長い部類になりつつある。しかし回復テンポは緩やかで、特に1995年半ばまではゼロに近い低成長が続き、ともすれば在庫や生産のミニ調整を余儀なくされた。これを大幅な公共投資の積み増し、減税、著しい金融緩和など各種経済政策によって辛うじて下支えしてきたのである。
景気回復過程では本来、生産、雇用、所得、消費、投資などの間に好循環が働き、経済は民間需要主導の自律的な回復軌道に乗っていくものである。しかし今次回復局面では、このダイナミズムがなかなか動きださなかった。その背景として、第1に、バブル期の過剰な投資の結果、設備能力、雇用などが過剰となり、調整が行われてきたことが挙げられる。第2に、バブル崩壊後の資産価格の下落等による財務面の悪化に対応するためのバランスシート調整が長引いたことである。第3に、円高の急速な進行や国際分業構造の急変化のため、日本の経済・産業構造の将来について不透明感が漂っていたことである。こうして企業は、当面の設備投資や雇用創出にも、また長期的な観点からの物的・人的・技術的な投資にも、慎重にならざるを得なかった面がある。家計も、雇用不安や将来への不透明感から、支出拡大に慎重であった。要するに、景気回復のメカニズムがあちこちでとぎれていたのである。
しかしその一方で、景気回復の好循環の姿が次第に明確になってきた。特に、1在庫・設備・雇用の調整が進展したこと、2円高から円安に転換したことにより外需がマイナス要因からプラス要因に変わったこと、 3雇用情勢の改善を受けて雇用不安が薄らぎつつあること、などが効いて、1996年度下期には民間需要主導による自律回復的循環がみられるようになった。
1996年度下期には公共投資の減少が景気にマイナスの効果を持った。また、1997年度に入って消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動減等の影響が出ている。しかし、設備投資の堅調さに加え、雇用面の改善が続いているため、景気は回復テンポが一時的に緩やかになっているものの、腰折れすることなく回復傾向を持続すると考えられる。
実物経済が回復傾向を強めているのに対し、金融・資本市場の指標の動きは鈍かった。民間部門の資金需要は弱く、また株価は1996年末から1997年初にかけて下落した。しかしこれらは景気の先行きについての市場の見方が慎重化したことのほか、中期的なバブル後遺症による金融機関の財務悪化や企業の収益性が低いこと等、構造的な問題を反映していたとみられる。こうしたなか、金融政策は著しい緩和基調を続け、景気を下支えしてきた。ただ、各経済主体の財務体質改善等が低金利に助けられてきたという側面があることも確かである。今後の金利変動リスクへの対応を強化することが課題となる。
為替レートの動向も要注意である。1995年後半からの円安の進行の過程で、1996年半ばからは純輸出が増加に転じ、輸出入数量面のプラス効果が輸入コスト上昇のマイナス(交易条件効果) を上回った。ただし、日本企業の海外展開等の構造変化が進んでいることにより、従来に比べると円安でも輸出数量は増えにくい構造になっているとみられる。
このように、日本経済は自律回復過程への移行過程を終了しつつある。経済主体の間になお景気回復感が十分でなく、その背景に中長期の問題の重し、財政政策面の影響の不透明さ、金融関連指標の弱さ、等があることには注意しなければならない。しかしいったん回り始めた今次回復期の好循環は、設備投資を主導に底堅いものがあり、雇用面の改善が続いていることから、当面の財政政策面のマイナス影響によっても腰折れせず、持続すると期待できる。企業や金融機関のバランスシート調整はなお続いているが、当面の景気回復との関連では、景気の足を引っ張るという意味での「マクロ問題」から、個々の産業や企業の構造問題である「ミクロ問題」へと問題の中心が移ってきているといえよう。

第2章 日本経済の長期発展への経済構造改革

当面の景気は民間需要主導の回復傾向が次第にしっかりしてきているが、次の問題は、この回復傾向が中長期的発展へとつながっていくかどうかである。このためには企業や家計等が日本経済の長期的発展への展望に信頼感を持ち、積極的に機会をとらえてリスクをとることができる環境が整うことが必要条件である。しかしながら、現実には将来への不透明感が残り、民間主体の信頼感が揺らいでいる。
将来の不透明性はいつの時代でも存在するが、産業経済の将来見通し難は、今回は特に大きいとみられる。第1に、1990年代前半の円高の急進展や新興工業勢力の伸びに直面して、国際分業構造の変化や、それに伴う国内産業・就業構造の調整の必然性が痛感されたが、将来の産業構造像や国際分業構造の姿が不透明なことである。第2に、従来日本経済安定の基盤であり競争力の源泉であるとみられていた日本的経済システムの変容ないし抜本的改革が不可避であると認識されるようになってきたが、その後の体制やそこでのビジネスや生活の姿が見えてこないことである。第3に、特に内需関連の流通・サービス分野の市場において公的規制や既存の商慣行が根強く残り、企業のビジネスチャンスが制約されていること、またこの分野の発展が経済全体の発展を主導できるかどうかについて確信が得られないことである。
こうした状況下で、経済主体は将来を切り開いていく方途を模索している。仮に企業が長期的な発展を狙った物的投資、人的能力開発、技術開発、経営革新などを思い切って行うことを躊躇し、家計も防衛的な消費・貯蓄・投資行動をとることになれば、日本経済の成長基盤が弱まり、世界経済とのダイナミックな水平分業的発展が阻害され、我が国と世界の人々の将来の生活水準にもマイナスの影響が及ぶことにもなりかねない。
しかし一方で、当面の経済情勢が改善し、日本経済が思い切った改革に踏み切ることのできる意欲と体力も回復してきている。この機会を捉え、積極的に構造改革を進め、自由で透明な市場を創り出していくべきときである。政府は公的規制改革、金融市場改革など、構造改革を推進し、従来オープンな市場が十分機能していなかった分野に参入自由で公正な市場を創り出していく必要がある
もちろん構造改革は経済主体に「結果」でなく「機会」を提供するものにすぎない。民間部門自ら、積極的にリスクに立ち向かい、将来への展望を切り開いていくことが望まれる。特に、 1規制改革等構造改革の推進力は政府と企業部門があい携えて進めることでより強力になる。 2新規技術、人材、新規ビジネス開業、企業の合併・取得(M&A) などの公開型市場は我が国では従来十分発達していなかったが、今後の企業の効率化や再編成、さらには日本の産業経済の発展のためには不可欠である。 3「日本型企業経営」の中の競争制約的部分を克服し、一層の選択の自由が確保されるよう改革の努力を重ねていく必要がある。


我が国経済は、回復の連鎖のメカニズムが働き出し、96年度後半から景気回復の足取りがしっかりしてきた。97年度に入って、消費税率引上げ等の影響から景気回復の足取りも一時的に緩やかになっており、その影響については見極める必要があるが、影響が一巡すれば日本経済は再び自律回復のテンポを取り戻すものと期待される。将来の見通しについては不透明な面があるものの、当面の経済情勢改善に伴って日本経済には思い切った改革に踏み切ることのできる意欲と体力がついてきている。この機会をとらえ、政府は公的規制改革、金融システム改革等、構造改革を強力に推進し、また民間部門自らも、過度のペシミズムを持つことなく積極的にリスクに立ち向かい、展望を切り開くことが望まれる。つまり、第一に、自由かつ透明でグローバル・スタンダードに則った魅力ある市場がつくられること、第二に、そうしてつくられる市場において、企業や個人が将来への不透明感を克服しリスクを恐れず積極的に未来を切り開いていくこと、第三に、政府が上記の規制改革、構造改革を進め、自由かつ透明な市場の創出を行うとともに、自らもスリムで効率的かつ国民の信頼を確保し得る行政を確立していくことが必要である。このように、あらゆる経済主体が自己責任原則のもとに積極的にリスクをとり、自らの可能性に挑戦していくことが望まれる。政府も自らをスリムで効率的なものにするとともに、規制改革を始めとする各種経済構造改革を推進することで、民間部門の活動の環境を整えていかなくてはならない。