第1章 概観

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●本書の内容

内閣府では、50年後の未来を念頭に、2020年頃までに何をなすべきかを議論するため、経済財政諮問会議の下に専門調査会として「選択する未来」委員会(以下、「未来委員会」と略記)を設置し、有識者による検討を進めた。そのキーコンセプトは、「人口と未来」である。

日本の人口は、2008年の1億2,808万人をピークに減少し始め、2013年には1億2,730万人でピークから約80万人減少した。同時に、高齢化も急速に進んでいる。65歳以上が人口に占める割合を示す高齢化率は、1984年は約10%だったが、2013年には約25%に上昇している。この速さは世界に例をみないものである。この人口減少・高齢化の流れは、今後、さらに加速していく。未来委員会の取りまとめ報告(2014年11月)では、それを「人口急減・超高齢化」時代の到来と呼んだ。

では、この「人口急減・超高齢化」が日本の未来にどのような影響を及ぼすのか、そのマイナスの影響を克服するにはどうすればよいか。人口の問題は、国や地方公共団体だけでは解決できない。家族、地域、学校、企業、非営利組織、そして国民一般の方々が、どう考え、どう選択し、どう行動するかによってくる。

本書は、そうした検討、選択、行動の一助となるようなデータ集、事例集となるよう編集しているものである。未来委員会の活動の成果として、あるいは副産物として蓄積されたデータや事例等を再整理し、解説を付し、人口、経済、地域社会を巡る現状、課題及び将来像を示すとともに、そのベースとなる地域別の詳しいデータを掲載している。

地域別の人口と経済に関するデータを長期にわたって整理するとともに、それに基づいて将来の見通しを示しているところが一つの特徴である。いわゆる平成の大合併によって市区町村数は大幅に減少した(1995年当時3,257→2014年時点1,741)。こうした変化を調整するとともに、各種の経済指標を一本化した新たな合成指標を作成することなどによって、長期にわたって時系列で簡便に比較できるようになっているデータベースを提供する。

また、全体的なデータ、分析とあわせて、人口、経済、地域社会の現状や将来の像が結びやすくなるよう、幾つかの市区町村の取組の実例を取り上げている。さらに、委員会に参加あるいは協力いただいた識者の方々の御意見を要約して紹介させていただいている。

●人口・経済・地域社会の未来像

未来委員会の提言の主軸は、将来ビジョンを描くに当たって人口減少を中心的な課題と位置づけた上で、止まらない人口減少、慢性的なデフレ、地方の疲弊とそれと同時に進行する東京一極集中の問題が相互に関連性をもっているという視点を置いた点にある。これによって、人口減少を半ば「仕方がない」こととするのではなく、人々の意識変化や政策動員によって人口減少を緩和することは可能であり、日本の未来像も様々に描くことは可能であるとした。

日本では、人口に関するデータは非常によく整備されている。5年に1回悉皆的に行われる国勢調査があるほか、戸籍法に基づく届出を集計して得られる人口動態統計、住民票に基づいて得られる住民基本台帳に基づく人口動態・世帯統計がある。これらによって、性別、年齢別、市区町村別に詳細なデータが得られる。出生や死亡の傾向は通常は急激には変化しないので、過去の傾向の分析によって、かなり正確に将来の推計も可能となる。国立社会保障・人口問題研究所が過去からの膨大なデータをもとに詳細な将来推計を行っている。

将来の経済社会のビジョンを描く手法は様々考えられるが、人口に関しては精度の高い詳しい将来推計を利用することが可能であることから、これを活用することによって、かなり実現可能性が高い未来像を描き出すことができる。もちろん、出生や死亡の傾向が変化することはあり得るし、過去大きく変化したこともあるので、将来像が現在の推計とは大きく違ったものとなることはあり得ることである。ただ、人口の変化は、一部の世帯での一時的な変化では生じず、日本全体の出生や死亡の傾向が持続的に変化しなければ生じない。戦後復興、高度成長、バブルの発生・崩壊のような大きな時代の変化の中ではそうした変化が生じた。委員会では、現状ペースで推移していった場合と、大きな改善が実現した場合を対比させながら検討を進めた。

日本の人口は、2008年をピークに減少し始めている。この減少は今後急速に加速することが見込まれている。相対的に人口の多い高齢層は漸次寿命に達する一方、産まれてくる新生児の数は相対的に少ないからである。現状のまま推移した場合には、50年後には人口は現在の3分の2まで減少し、そのうち高齢者が占める割合は4割を超えるようになる。

人口に関する将来推計を利用すると、「人口急減・超高齢化」を織り込みながら、経済や地域社会の将来像についても、かなり詳しく数量的に描く作業を行うことができる。経済に対しては、働き手の減少、貯蓄の減少、市場の縮小などの経路を通じた影響が想定される。地域社会に対しては、地域経済への影響のほか、地域の行政やコミュニティ活動を担いきれなくなる状況や、都会への若者の流出によって人口減少・高齢化に拍車がかかる状況などが想定される。

第2章で人口、経済、地域社会の将来像について詳述する。

図表1-1 総人口の増減の推移
図表1-2 実質GDP成長率の推移

●人口をみる視点

直近の日本人の平均寿命は女性86.61歳、男性80.21歳、合計特殊出生率は1.42、死亡数は127.3万人、出生数は100.4万人、人口減少数は26.9万人となっている(平均寿命は2013年、その他は2014年概数)。高齢者数の増加に伴って死亡数は緩やかに増加を続ける一方、少子化の進行によって出生数は減少し、2008年に前者が後者を上回った後、その差は拡大を続けている。高齢者数の増加に伴う死亡数の緩やかな増加は当分の間継続することから、それを下回っている出生数がどのように推移するかによって「人口急減・超高齢化」の展望は変わってくる。

日本全体の出生数は、出生する女性の人数と一人の女性が出生する数(出生率)によって決まる。出生率には、主に合計特殊出生率、年齢別出生率、普通出生率の3種類がある。一般的なのは合計特殊出生率であり、15~49歳までの年齢別出生率(年齢別女性人口で年齢別出生数を除したもの)を合計して求められる。一人の女性が一生の間に産む子どもの数とみなすことができるものである。普通出生率は人口1,000人当たりの出生数である。

注意を要するのは、いずれの出生率を見るかによって少子化問題の見え方が違ってくるということである。日本全体の人口の動きを考えるに際しては合計特殊出生率の動きが重要である。一人の女性が一生の間に産む子どもの数が減少すれば日本全体の出生数は減少せざるを得ない。一方、普通出生率は子どもを産む母親の数の多い少ないも影響するので、人口の動きを経済や地域社会の動きと結びつけて理解しようとする場合には、普通出生率の方が実感に合いやすい。

合計特殊出生率が低いのは東京都、大阪府の区部などである。これら地域は若い世代の人口が増えているので出生数は増加している。すなわち普通出生率はさほど低くない。保育園に入れない待機児童問題が生じたりする。このため、子どもが少なくて問題だ、という実感を持ちにくい。しかし合計特殊出生率は著しく低く日本全体の人口を大きく減少させる方向に寄与している。

一方、普通出生率が低いのは地方のまち・むらであり、過疎に直面する山間部などでは特に低い。これら地域は若い世代の人口が減っているので出生数が減少する。ただ地方のまち・むらでは子どもを産み育てやすく合計特殊出生率は全国平均よりも高い場合が多いので、そちらだけ見ていると少子化問題の深刻さを見落としかねないことに注意が必要である。

●地域をみる視点

このように、少子化には、一人の女性が少なくしか子どもを産まないという面と、地域単位でみた場合に、子どもを産む若い女性の多い少ないが関わっており、若い女性が子どもを産み育てにくい都会に集まる傾向にあるという面の二面がある。後者の側面には、その地域で働いて所得を得て家庭を築き子どもを産み育てる見通しを持ちやすいかどうかといった要因が関わってくる。そのため、地域の人口の動きと地域の経済の動きは大きな関わりをもってくる。

地域の経済の動きをみる場合、都道府県単位には相当数の指標があり、それらを集計した都道府県単位のGDPも存在する。しかし経済活動は都道府県単位程度よりも通常はもっと小さい単位で行われるものであり、市区町村単位で把握できるのが望ましいが、市区町村単位になると利用できる指標の数は限られる。農業統計、工業統計、商業統計、事業所統計、課税状況調べなどが基本的な統計である。市区町村単位では、農業、製造業、小売卸業など、その街の特徴的な産業がはっきりしている場合も多いので、上述の基本的な統計の動きだけでもある程度市区町村単位の経済の動きをみることはできる。ただそれだけでは、経済状況が良好で若い人々が集まりやすいとかその逆であるとかいったことはわからない。

委員会の審議のために行った分析作業の中では、8つの基本的な統計を一本化した上で全国偏差値を計算し、時系列のアップダウンと、全国の中での位置づけをみることによって、市区町村単位で経済状況の好不調を相対的に比較する作業を行った。単純な指標ではあるが、地域の経済状況のひとつのとらえ方にはなり得ていると考えられる。

例えば、市区町村の経済状況は2000年以降に特に厳しさを増していることや、その厳しさを市区町村の規模別に比較してみた場合、50万人以上、20~50万人程度の大きな規模の市区部の経済状況の方が厳しく、それよりも小さい5~10万人程度の市町村部の方が堅調さを保っているところが多いことや、北海道・東北、関東、東海、近畿、中国・四国、九州・沖縄などのブロック内で好不調のバラツキが広がっていることなどがみてとれる。

第5章で地域の経済状況がどのように把握されるかについて詳述する。

図表1-3 地域経済の推移

●少子化問題への取組

委員会では、人口学、家族社会学、生殖医学等の関連分野の専門家から現在の日本の少子化を巡る課題や対応の方向性などについて幅広く御意見を伺った。そのエッセンスを第4章に掲載している。

少子化が深刻化したのは1980年代後半以降であり、その時期に晩婚化・晩産化が進んだこと、その背景としては高学歴化、男女雇用機会均等、失われた20年による若年者の就職難など様々な要因が指摘されている。しかし、多くの専門家の意見が一致しているのは、所得水準や医療技術水準の向上によって、多死多産社会である必要がなくなることによる人口転換を超えた現象とみられること、それゆえ逆に様々な政策努力によって改善できる可能性はあると考えられるということである。

どのような方策が考えられるか。例えば、ライフプラニングに関する情報発信、啓発の重要性があげられる。極端な晩婚化は家族形成を困難化することや、不妊治療のコストは大きいことなどが未成年者にきちんと伝えられていない。結婚のための出会いの機会の提供のため、家族・親族やコミュニティが果たしていた機能を代替するものへのニーズが満たされていない。女性の就労に際しての子育て支援として、保育サービスの質量両面での確保もまだまだ足りていない。そもそも若年者の雇用確保も重要な課題である。

また、少子化の状況は地域によってかなり異なっている。合計特殊出生率でみた場合、北海道・東北、近畿、東京圏は低く、九州・沖縄、東海・北陸、中国・四国は比較的高い。2010年に合計特殊出生率が2.0を超える地域は九州・沖縄を中心に27市町村あり、1.0を下回る地域は東京圏を中心に11市区町ある。出生数が増えているところは、東京都、滋賀県、福岡県、熊本県、宮崎県、沖縄県の6都県であり、他は減少している。普通出生率が10を超える地域は136市区町村ある一方、5を下回る地域は196市区町村にのぼる。

このように出生動向に大きな地域差があり、また、保育園の設置・運営をはじめとして少子化に係る行政上の対応は市区町村が中心となって担っている実情を考えると、少子化対策を進めていく際には、地域によって抱えている課題が異なっているということ、市区町村によって取組状況に差があるということ、市区町村単位では取り組みにくい課題もあり地域間や国・地方の連携協力が必要な課題もあるということなどを踏まえながら効果的な取組が講じられることが期待される。

そして、未来委員会が特に重要な点として指摘したことは、これまでの少子化の取組は間口が狭いということであり、人口、経済、地域社会の課題に一体的に取り組んでいくことが重要だということである。前述したとおり、地方都市では若者が大都市部に流出することから子どもの数が減っており、大都市部では子どもを産み育てやすいとはいえない環境下で女性一人が産む子どもの数が大きく減っている。そうしたトレンドを変えるためには、地域の活性化を図り、若者が選好する子育てのしやすい地方都市を増やすとともに、混雑しすぎの大都市部の環境の改善もあわせて実現する必要がある。

このように、少子化問題への取組は、様々な観点からまだまだ踏み込む余地があり、やれること、やるべきことはたくさんあると考えられる。

図表1-4 人口、経済、地域社会の課題への一体的取組

●地域活性化への取組

地域の疲弊には慢性的なデフレの影響が大きく作用している。2000年代に入って以降、20-50万、50万人以上といった大都市において、日本経済全体の動きにあわせて右肩下がりがはっきりしている。ただ、全体として年▲0.3%の低下と計測される。決して巻き返しがきかないほど大きな数字ではない。また人口規模が中程度の5-10万人、10-20万人程度の都市では堅調な経済の動きをしているところも少なくない。デフレ脱却が視野に入ってきたこのタイミングを好機ととらえて創意工夫ある地域活性化を推進して成果が出せるかどうかが重要である。

比較的堅調な地域経済にみられる特徴としては、一つには、内発的、自立的、持続的な経済のメカニズムがつくられていることがあげられる。農業、観光や、地域の地場の産業と地方大学などの間での産学連携など、内発的で持続する仕組みを持っていると強みになる。外部の人やモノとの結びつけに成功している事例も多い。例えば、デジタルマーケティングで都会や海外へ物産を売り込む。複数言語で発信して外国人観光客を呼び込む。地域間の連携協力を幅広い分野で進める。人材育成、産業振興、例えば農業や観光、産学連携、少しエリアを広げることで新しいブランディングができたり、県境をまたぐことで効果的な協力を構築できたりする。また、官民あげて取り組んでいるところがうまくいっている。役場、地元の商店街、地場産業の担い手企業、新しいNPOなどが連携協力してまちおこしに取り組んでいる。こうした事例を参考にした取組の裾野が広がることが期待される。

人口減少が進むなか、地域の空間的な集約を図りながら地域の活力を維持していく取組も重要になる。低利用地、未利用地、空き家対策などは、土地・建物に対する権利関係の見直しへの抵抗から簡単に進まないが、地域の活力を保っていくためには着実に取り組まれなければならない課題である。

その上で、まちづくり、しごとづくり、ひとづくり、これを三位一体で取り組む視点がとても重要である。もともと愛着があり、稼ぎを得ることができる見通しがあり、良好なコミュニティが存在していて子育てに優しい街であれば、若い人は出ていかないし、出て行っても戻ってくる。若い人、子どもが多い街は活気が継続し、新しい取組も生まれてくる。そうした良いサイクルを回している地域は現に相当数存在しており、ここに活路が見出される。

第3章で人口・経済・地域社会をめぐる現状と課題について詳述する。また、第5章で全国の市区町村の人口・経済データ一覧を掲載し、幾つかの市区町村の事例を紹介する。

図表1-5 地域社会の未来像

●未来を考える

未来委員会の活動には、様々な分野で活躍されている多数の識者の方々参加、協力くださった。委員会の取りまとめ報告は、人口減少、慢性的なデフレ、地方の疲弊と東京一極集中が続いている現状が今のまま変わらず続いていく場合、日本の未来は極めて厳しいものとならざるを得ないという危機意識が強く示されたものとなった。

では、どうしたら良いか。現状は簡単に処方箋を描くことが出来るような状態ではない。それでも現状を変えようとする改革・変革が積み重なれば、未来を変えることは出来るのではないか。要点は3つあると考えられる。

一つは働く・産むの選択をめぐってである。仕事をし、所得を得て、結婚し、家庭を持つ。こうした一連のことについて、しばしば困難や制約があって、必ずしも希望通りになっていない現状がある。この現状を変えていくための大きな努力が必要になっていると考えられる。

二つめは、豊かさの持続をめぐってである。人口が減少し、住民が年老いて、新しい活動も生まれてこない。所得や消費が増えず、税金や借金は増えていく。そうした中で豊かさを享受していくことは難しい。人口減少や高齢化を止める努力を払うとともに、日本、日本人らしさを活かしながら、新しい価値を創造していく営みをもっと活発化していく方向を目指していく必要があると考えられる。

三つめは、人の教育や育成をめぐってである。現状を変えていく力は「人」からしか生まれてこない。自ら選択をし、明るい展望を切り開いていくことができるような多様な学びや教育の機会が重要であり、それらの前提として、日本の未来像やそれらをめぐる課題に対する十分な理解の広まりが必要と考えられる。

日本の未来は、私たち一人ひとりの未来の集積である。働く・産むの選択、豊かさの持続、教育・人材育成、この3つの課題は、個人レベルで考えれば、仕事と出産・育児の両立、生計の維持、子育て・教育という私たちが日常的に向き合っている課題である。

日本の未来は私たち自身や子どもたちの未来でもある。それは、私たち自身が考え、行動しなければ変わらない。社会のシステムや慣行を変えるには一定の時間を要するが、少しずつでも変わっていけば、何十年か先には大きな変化となる。今回の分析はそのことも明らかにしている。次章以下で順次説明し、巻末に、未来委員会の取りまとめ報告の全文を掲載する。

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