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第1節 製造業企業の収益性と生産性

我が国経済は、リーマンショック時の落ち込みをようやく取り戻し、デフレ脱却に向けた歩みを続けている。今後、持続的な経済成長を実現しデフレから脱却するためには、所得と需要の好循環を生んでいく必要がある。そのためには、成長戦略を実行に移し、経済成長の原動力である企業の競争力を高め、企業が付加価値を生み収益を上げていくことが不可欠である。

そこで、本節では、企業の競争力を測る指標として収益性に着目し、その動向や生産性との関係を分析する。そして、そこから見えてくる我が国企業の課題について考察する。

1 我が国製造業の収益性の動向

我が国企業の収益性は低迷しており、国際的に見ても低いと指摘されることが多いが、これは本当だろうか。もしそうだとすれば、収益を上げにくい構造的な要因があるのだろうか。

(1)国際比較から見た我が国企業の収益性

ここでは、企業の収益性を測る指標の一つであるROA(総資産利益率)に着目して国際比較を行い、収益性から見た我が国企業の特徴を明らかにする。

企業の生産性、収益性とマクロ経済パフォーマンス

ROAの動向を詳しく見る前に、マクロ経済的観点からそれに着目する意義について考えておこう。そもそも、ROAとは、企業経営の視点から見た収益性指標であり、株主資本と負債の合計である総資産に対する利益の比率である。すなわち、企業が総資産を基にどの程度効率的に収益を上げたかを示している。

企業の生産性、収益性とマクロ経済パフォーマンスには以下のような関係があると考えられる。個々の企業の目的は収益を上げることであり、そのために生産性を高めようと努力する。その結果、個々の企業の収益性が向上し、企業部門全体のROAも上昇する。同時に、経済全体の生産性(ここではTFP(全要素生産性))が高まり経済成長につながる。他方、こうしたマクロ経済パフォーマンスの改善は企業収益の増加を通じてROAに反映される面もある。実際、我が国のROAと経済成長率の間には高い相関がある(第2-1-1図)。このように、ROAがマクロ経済パフォーマンスに影響を与え、またその影響を受けるということは、ROAがTFPの動向を一定程度反映していることを示している3

現在、政府は、成長戦略を実行し、企業の生産性や収益性の向上を通じてその競争力を高め、持続的な経済成長を実現しようとしている。その過程で決定的に重要なのはTFPを高めていくことである。ROAとTFPの関係を踏まえれば、ROAの動向とその背景を探ることは、TFPを高める方策を探ることにも資すると考えられる。また、TFPは推計方法によって結果が大きく異なることから、比較的容易に計算できるROAを参照することには一定の意味があろう。

そこで、以下では、ROAについて、TFPとの関係に留意しながら分析していこう。

我が国企業の収益性は低下傾向

我が国企業のROAの推移を法人企業統計によって見ると、いずれの業種(製造業、非製造業)、いずれの規模(大企業、中小企業)も長期的に低下傾向にある。また、特に2000年代に入って、製造業、非製造業ともに大企業と比べて中小企業が低い傾向にある(第2-1-2図)。

なお、もう一つの代表的な収益性指標であるROE(株主資本利益率)は、株主の視点から見た収益性の指標であり、株主が出資した株主資本に対する利益の比率である。すなわち、株主資本を基にどの程度効率的に収益を上げたかを示している。両者を比較してみると、水準には違いがあるものの、トレンドや変化の方向性には大きな違いはない(第2-1-3図)。ここでは、企業の収益性を企業経営の効率性という観点から評価することとし、ROAを用いて分析を行う。ROAは株主資本だけでなく負債も含めた総資産の効率性を示しているのに対して、ROEは財務レバレッジ(総資産/株主資本)水準の違いによる影響を受けるため、収益性を図る指標としてはROAの方が望ましいと考えられる。

アメリカ、ドイツに比べて低い我が国企業のROA

我が国企業のROAは国際的に見ても低いのだろうか。ROAを日本、アメリカ、ドイツの3か国について、集計された企業統計を用いて比較してみよう。全規模製造業で見ると、日本のROAは、アメリカ、ドイツと比べて低いことが分かる(第2-1-4図(1))。

ROAは、その定義から、①売上高に対する利益の割合を示す売上高利益率と、②売上高を総資産で割って求められる総資産回転率に分解することができる4。これらの指標を日本、アメリカ、ドイツについて比較してみると、我が国企業の総資産回転率はアメリカ、ドイツと同程度の水準にあることから、その収益性が低い背景として、売上高利益率が低いことが挙げられる。

前述したように我が国企業については、大企業よりも中小企業のROAが低いことが特徴となっていたが、アメリカ、ドイツについても、大企業と中小企業では、ROAの水準に差があるのだろうか。

以下では統計データの制約5から、製造業に絞って議論を進めることにしよう。

日本、アメリカ、ドイツの製造業のROAを企業規模別に比較すると、日本では大企業に比べて中小企業が低い傾向にあるが、アメリカ、ドイツでは大企業と中小企業の間に大きな差はない。企業規模別に比較すると、大企業では、日本はアメリカより低いものの、ドイツと同程度の水準にある。一方、中小企業では、日本はアメリカ、ドイツに比べて著しく低い。これは、日本の中小企業の売上高利益率と総資産回転率がいずれもアメリカ、ドイツよりも低いためである(第2-1-4図(2)、(3))。また、日本とアメリカの製造業のROAを業種別に比較すると6、業種ごとに水準の違いはあるものの、日本はアメリカを下回る傾向にある(第2-1-5図)。

(2)我が国製造業の収益性が低い背景

我が国製造業のROAは、売上高利益率が低いことなどから、アメリカ、ドイツに比べて低く、中小企業でその傾向が顕著であることが確認できた。製造業に限らず、日本企業の収益性が低い背景としては、資本コストが低いために株主が要求する利益水準も低く、企業が利益率の低い投資プロジェクトを選択していることが指摘されている7。ここでは、それ以外の要因として、企業を取り巻く環境とROAの関係について見た後、ROAの分子である利益に着目して、我が国製造業が利益を上げにくい構造となっている理由を探る。

企業の活動のしやすさが影響

企業を取り巻く環境が製造業のROAに与える影響を確認しよう。国際経営開発研究所(IMD;International Institute for Management Development)が公表している国際競争力指数と製造業のROAの関係を日本とアメリカ及び欧州主要国について見ると、両者の間には正の相関が確認出来る。国際競争力指数は、「企業の力(競争力)を保つ環境を創出・維持する力」8を示していることから、企業が活動しやすい環境にあるほど、ROAが高まる傾向があることを示唆している(第2-1-6図(1))。

我が国の国際競争力指数は、2012年において調査対象となっている59の国・地域のうち27位と中位にとどまっている。本指数は、「経済状況」、「政府の効率性」、「ビジネスの効率性」、「インフラ」の観点から、様々な指標を指数化して評価したものである。我が国は、特に「政府の効率性」が48位と劣っており、政府の財政収支や債務関係の指標と法人税率9が低い順位となっている。「ビジネスの効率性」は33位、「経済状況」は24位と中位にあるが、前者では国際経験、後者では為替レート10の順位が最下位となっている。「インフラ」は17位と順位が低いわけではないが、携帯電話のコスト、語学能力が最下位水準にある。また、原子力発電所の事故の影響などから、電力・エネルギー関係の指標が悪化しており、将来のエネルギー供給が55位、産業用電力コストが51位などと順位が低い(第2-1-6図(2))。

こうしたことから、ROAを高めていくためには、企業が活動のしやすい環境を整えていくことが重要であることが分かる。

製品差別化が進まず利幅が薄い

以下では、我が国製造業が収益を上げにくい構造となっている理由について検討する。まず、製造業上場企業の個票データを用い、日本、アメリカ、ドイツの3か国について、ROAの分布から企業間の収益性の格差を確認しよう(第2-1-7図(1))。我が国企業のROAのばらつき(標準偏差)はアメリカやドイツと比べると非常に小さく、企業間の収益性の格差は小さい。その理由として、我が国企業のリスクテイク行動の消極性が考えられる11。横並び志向のために競争力のある企業が出現しにくくなっており、その結果、製品差別化が進まず企業間の収益性のばらつきが小さくなるとともに、平均的な収益性の水準が低くなっている(ローリスク・ローリターン)と考えられる。他方、アメリカでは、日本と比較して、ハイリスク・ハイリターンを求める企業風土であるため、非価格競争力の高い革新的な新製品が生まれやすく、企業間の収益性に差が生じているものと考えられる12

我が国製造業のように企業間で似たような製品を生産している場合には、市場の寡占化も進みにくく、過当競争となり、収益性も低くなると考えられる。実際、日本、アメリカ、ドイツの製造業上場企業の個票データを用いて、売上高のハーシュマン・ハーフィンダール指数13を計算して寡占度を比較すると、日本の指数は非常に小さく、市場の寡占度が低いことが分かる14第2-1-7図(2))。

このように、我が国製造業の横並び志向が、抜本的な製品差別化を抑制し、利幅の薄いビジネスモデルに偏る傾向を生んでいると考えられる。

企業間の資源配分の非効率性

企業の総資産全体に占める個別企業の総資産のウェイト(以下、「総資産ウェイト」という)の変化も、経済全体のROAの水準を左右する重要な要素のひとつである。例えば、個別企業のROAの水準に変化が無くても、相対的にROAの高い企業の総資産ウェイトが大きくなれば、マクロのROAはその分上昇する。そこで、企業間の資源配分の効率性を確認するため、総資産ウェイトも加味した上で、製造業上場企業全体のROAの要因分解を行う。

ここでは、製造業上場企業全体のROAの変化を、①個別企業のROAの変化に起因する「内部効果(within効果)」と、②個別企業の総資産ウェイトの変化に起因する「再配分効果(between効果)」に要因分解して分析してみよう(第2-1-8図)。初めに、日本について見ると、内部効果の寄与が大きく、再配分効果の寄与は小さい。一方、アメリカとドイツでは再配分効果が期間を通じてROAの上昇に一定程度寄与しており、企業間の資源配分が効率化され、収益性が高まっていることが分かる。

このため、我が国製造業では、企業の成長と衰退というダイナミズムが失われていると考えられる。実際、日本の開業率・廃業率は、アメリカに比べてかなり低く、企業の新陳代謝が活発でないことがうかがわれる(第2-1-9図)。日本では政策金融などによる公的介入が、非効率な企業の退出を妨げ産業構造の調整を遅らせた結果、廃業率が低くなって「過当競争」が生じているとの指摘もある15

我が国製造業においては、収益性の低い企業が退出し、収益性の高い企業が成長できるような競争環境を整え、市場を通じて企業の新陳代謝を高めていくことが求められているといえよう。

高コスト構造が利益を圧迫

売上高利益率が低い背景には、売上原価などのコストが高い可能性も考えられる。ここでは、企業統計を用いて、製造業の売上高に占める売上原価の比率をアメリカ、ドイツと比較してみよう(第2-1-10図(1))。

原料・部品の費用や労務費、輸送コストなどからなる売上原価に着目すると、日本では大企業、中小企業ともに、売上に占める売上原価の割合(売上原価率)が高く、売上原価が利益を圧迫している。

製造業の売上原価率が高いのはなぜだろうか。その背景の一つとして、流通システムの多段階性が商業・運輸マージンを押し上げて高コスト構造を生んでいることが挙げられる16。実際、製造業の生産額に占める卸売業と運輸業の中間投入比率を見ると、日本は高い水準となっている(第2-1-10図(2))。また、全産業の売上高に対する卸売業の売上高の比率も、低下傾向にあるもののアメリカより高い17第2-1-10図(3))。こうした高コスト構造は、海外生産による国内生産の代替や輸入による国内生産の代替などを招いている恐れがあり、経済全体あるいは個別企業の付加価値や収益性の伸びを抑える要因になっているものと考えられる。

2 低収益性の背景にある生産性の動向

これまでは、主にROAの分子である利益に着目し、我が国製造業が収益を上げにくい構造となっている要因を考察した。ここでは、分母である資産に着目し、企業が有形固定資産、無形固定資産を有効に利用して生産性を高め、収益を生んでいるかどうかについて分析する。また、自社外の資産活用である製造工程の外部委託(アウトソーシング)が生産性や収益性に与える影響についても分析を行う。

(1)低い設備ストックの収益性と生産性

製造業企業は、設備投資による生産効率の上昇や、研究開発投資による技術水準の向上によって収益性を高めている。そこで、我が国製造業における設備投資や研究開発投資の動向及び収益性や生産性との関係について見てみよう。

中小企業の生産設備ROAとTFPは低い

我が国製造業のROAは中小企業を中心に低い水準にとどまっている。この一因として、企業の有形固定資産である生産設備が有効に活用されず、収益を生み出していない可能性がある。そこで、生産設備の収益性を示す設備ストック利益率(営業利益の有形固定資産に対する比率、以下では生産設備ROAという)を、要因分解が可能な日本、ドイツ及びフランスについて比較してみよう(第2-1-11図18。我が国製造業は、大企業、中小企業ともに、ドイツ、フランス19に比べて生産設備ROAが低く生産設備の収益性が低いことが分かる。

我が国企業の低い収益性の背景を考えるために、生産設備ROAの要因分解を行う。生産設備ROAは、①一単位の生産設備が生み出す付加価値を示す資本生産性、②付加価値が生産設備に分配される割合を示す資本分配率に分解することができる。さらに、資本生産性は、コブ・ダグラス型の生産関数を仮定すると、一人当たりの生産設備を示す資本装備率と技術水準を示すTFPに分解することができる20

したがって、生産設備ROAが低い要因を、①資本装備率が高いことに起因する資本生産性の低さ、②TFPが低いことに起因する資本生産性の低さ、③資本分配率の低さ、により説明することができる。

まず、大企業製造業について見ると、日本の生産設備ROAはドイツ、フランスよりも低い水準にある。その要因について見ると、3か国の資本分配率は同程度だが、資本生産性は日本の方が低い。日本の資本生産性が低いのは、資本装備率がドイツ、フランスよりも非常に高いためである。TFPはドイツより低い一方でフランスと同程度である。

なお、リーマンショック後において、生産設備ROAを見ると、ドイツはリーマンショック以前の水準を超えて大きく上昇しているが、日本、フランスは低迷している。この背景として、ドイツでは、ギリシャ財政危機顕在化以降に進んだユーロ安や大型の景気刺激策を実施した中国などアジア新興国の需要拡大を背景として輸出が顕著に増加したことが挙げられる。一方、我が国については、円高や新興国企業の台頭による価格競争力低下や生産拠点の海外シフトなどから輸出が低迷していることなどが考えられる。

他方、中小企業製造業について見ると、日本の生産設備ROAはドイツ、フランスよりも大幅に低い。これは、大企業と同様に、資本分配率が3か国とも同程度の水準にあるのに対して、資本生産性がドイツ、フランスに比べて大幅に低いためである。さらに、資本生産性が低い背景としては、資本装備率が高いこと、TFPが低く緩やかな低下傾向にあることが指摘できる。

このように、我が国製造業は、大企業、中小企業ともに、生産設備ROAが低い。これは、主として資本生産性が低いためであるが、資本装備率の高さがその背景となっている。また、中小企業においては、TFPが低く伸びが弱いこともその背景となっている。

各国における資本装備率の違いは、生産要素の賦存状況の違いを反映しつつ、それぞれの国の企業が参入する業種や資本と労働の投入比率を選択した結果として生じていると考えられるので、必ずしも問題であるとはいえない。しかし、中小企業のTFPが低く、かつ低水準のままであることは、構造的な問題の存在を示している可能性がある。

設備老朽化が低生産性の一因

我が国中小企業製造業の生産設備ROAの低さは、TFPの低さによる面もあり、構造的な問題の存在を示唆していた。TFPが低い要因の一つとして、設備投資の抑制による設備ビンテージ(平均年数)の長期化が挙げられる。生産効率の高い新規設備の導入が進まず、結果として設備の老朽化が生産効率全体を押し下げている可能性がある。そこで、設備ビンテージを試算してみよう21。1990年時点から各国のビンテージの上昇幅を比較すると、日本の値はアメリカやドイツに比べて急速に上昇しており、生産設備の老朽化が進んでいる(第2-1-12図(1))。一方、製造業の設備投資の動向を見ると、90年代半ば以降低迷しており、アメリカ、ドイツに比べて弱い動きとなっている(第2-1-12図(2))。

それでは、我が国製造業の設備投資が抑制されているのはなぜだろうか。まず、第1章で見たように、長年に渡るデフレによる実質金利の高止まりなどが理由として挙げられる22

次に、設備投資とキャッシュフローの関係を見ると、我が国の設備投資は、1990年代半ばまでキャッシュフローを上回っていたが、その後は下回り、減少傾向にある。この背景には、①バブル崩壊後の過剰債務、②期待成長率の低下などが考えられる23。アメリカとドイツでは90年代以降、キャッシュフロー以内に設備投資がとどまっているものの、投資額の水準はアメリカでは増加、ドイツでは横這いで推移しており、企業規模別に見ても差異はない。他方、我が国製造業については、中小企業のキャッシュフローは、大企業に比べて逼迫しており、設備投資拡大の重石となっている可能性がある24(前掲第2-1-12図(2))。

なお、中小企業については依然として過剰債務が意識されていると考えられる25第2-1-12図(3))。中小企業製造業の有利子負債残高比率(対キャッシュフロー)を見ると、2000年代半ばまで低下傾向が続いたものの、2005年以降は再び上昇傾向となっており、アメリカ、ドイツに比べて水準も高い。

このように、我が国製造業では、デフレや過剰債務問題などを背景に設備投資が抑制され、生産効率の高い新規設備の導入を見送ってしまった可能性がある。また、生産設備の老朽化が、中小企業を中心にTFPの低迷をもたらし、収益性が低い原因となっている可能性がある。成長戦略で挙げられている先端設備の新陳代謝の促進策を含め、中小企業の設備投資を促す環境整備が課題であろう。

研究開発の非効率性も低生産性の一因

ここまでは、企業の有形固定資産の効率性、すなわち設備ストックの収益性について見てきた。ここでは、企業の無形固定資産である研究開発投資26が収益を生んでいるか考察しよう。

研究開発投資が企業の利益に還元されるには、相応の期間が必要である。我が国の研究開発投資による利益発現までの期間を文部科学省科学技術政策研究所の「平成21年度民間企業の研究活動に関する調査」から試算すると、5年程度とみられる27。研究開発期間が3.4年程度、終了後に商品化され利益が発現するまでに1.6年程度かかる。業種別に見ると、化学は、研究開発投資の懐妊期間の長い医薬品が含まれていることから、6年半程度と比較的長い期間となっている(第2-1-13図(1))。

次に、研究開発投資の収益に与える効果を企業規模別に見てみよう。先行研究に倣って28、研究開発効率を「過去4年間の累積営業利益」の「過去8年前から6年前の累積研究開発支出」に対する比率と定義して算出した(第2-1-13図(2))。これによると、研究開発効率は、企業規模が小さくなるほど高くなる傾向がある。資本金1億円以下の中小企業の研究開発効率は、資本金100億円以上の大企業の倍以上となっている。これは、大企業では基礎的な研究開発が多く含まれる一方、中小企業では売上に直結するような研究開発が多いためと考えられる。

また、企業の研究開発費は、企業を取り巻く環境が厳しい中にあっても、諸外国に比べて高い水準にあるが29、中小企業の占める割合が圧倒的に低く30、大企業が大部分を占めている(第2-1-13図(3))。一方、先に見たように、研究開発効率は大企業よりも中小企業の方が高いので、我が国製造業全体で見た研究開発効率は低くなる。実際、研究開発効率を国際比較すると、日本は、アメリカ、ドイツより低い(第2-1-13図(4))。

以上の分析から、日本では、研究開発投資を促す環境整備に加え、研究開発効率が高い中小企業の研究開発投資の促進、大企業の研究開発効率の向上が課題となろう。また、もし、株主重視の経営方針が取られることによって、短期的に回収できる投資が優先され、懐妊期間の長い研究開発投資が後回しになるようなことになれば、企業、ひいては日本経済の成長力の向上に悪影響を及ぼす可能性がある。

(2)アウトソーシングが収益性や生産性に与える影響

自社で生産設備を所有して製造工程を内部化するのではなく、製造工程を生産性の高い企業に委託してコストの引下げや生産性の向上を図り、収益を上げるビジネスモデルもある。ここでは、こうした製造工程の外部委託(いわゆる「アウトソーシング」)の動向とそのROAやTFPに対する影響を分析する。

外注費は拡大傾向

アウトソーシングに明確な定義はないが、「企業が自社の資源を外部化したり、外部資源の活用を行ったりすること」と考えられる。近年、国際的に様々な形態のアウトソーシングが実施されている。例えば、製造工程の下請や外注において、設計を請け負わずに製造工程を受託するOEM(Original Equipment Manufacturing)、設計も請け負って製造工程を受託するODM(Original Design Manufacturing)がある。また、EMS(Electronics Manufacturing Service)は、電子機器の製造工程を受託するサービスで、OEMとODMを内包している31

我が国製造業でも、活発にアウトソーシングが行われている(第2-1-14図)。外注費32の推移を見ると、2000年代半ばにかけて増加しており、2000年代後半はおおむね横ばいで推移している。売上高に占める割合は上昇傾向にあり、2010年代末には10%程度まで上昇しており、子会社向けが増加している。これは、①生産を子会社に移管してコストを削減していること、②海外進出の趨勢的な増加を背景に海外子会社への発注を増やしていることなどによると考えられる33

従来、我が国製造業では、アウトソーシングの一種と考えられる下請け生産が行われてきた。製造業の工程は多段階に細分化されており、元請企業から下請けした製造工程の一部をそのまた下請企業に委託するといった取引が行われている。元請企業と下請企業は、長期的な取引関係の下で「摺合せ」を行い、技術や部品などを協力して開発しながら生産している。こうした点を特徴とする日本型下請生産システムは、元請企業が下請企業の資源を活用して製造する点でアウトソーシングの一種といえよう。

他方、アメリカや欧州では、モジュール化(部品の規格化・標準化)が進展している。そこでは、付加価値の高い部品についてはブラックボックス化して自社で生産する一方、相対的に付加価値の低い部品の製造については内製化せず複数の企業にアウトソーシングを行っている34

以下では製造工程の外部委託全般を「アウトソーシング」と呼称し、統計データを用いて考察する。

国内・社外アウトソーシングの実施割合が高い

我が国製造業のアウトソーシングの特徴を「企業活動基本調査」の個票データを使って更に詳しく見てみよう35

アウトソーシングを実施している企業の割合は、規模別に見ると36?2010年度には大企業で約80%、中小企業で約70%と非常に高い。そのうち、海外の企業だけに委託している企業はあまりなく、大部分の企業が国内企業に委託している(第2-1-15図(1))。また、国内企業向けアウトソーシングの内訳では、社外アウトソーシングが多い(第2-1-15図(2))。このように、我が国製造業では、国内にある自社とは関連のない一般企業に製造工程を委託することが多い。これは、日本型下請生産システムを映じたものであると考えられる37

一方、海外企業に対するアウトソーシングの特徴を見ると、大企業では、海外進出企業割合が高いため、海外子会社へのアウトソーシングの割合も高い。一方、中小企業では、海外の一般企業に製造工程を委託することの方が多い(第2-1-15図(2))。また、業種別にアウトソーシングの国内/海外比率を見ると、いずれの業種でも国内企業向け比率が高い。海外企業向け比率が高いのは、大企業・中小企業を問わず繊維や電気機械である。これらの業種では、早い時期から水平分業的な海外進出を行っていたことが影響していると推察される(第2-1-15図(3))。

アウトソーシング実施企業のTFPは高い

それでは、アウトソーシングは企業の収益性や生産性を高めているのだろうか。製造業のアウトソーシング実施企業と未実施企業の間で売上高やROA、TFPなどを比較し、両者の収益性や生産性に違いが生じているかどうかを検証した。

これによると、アウトソーシング実施企業は、非実施企業に比べて、大企業、中小企業ともに売上高、従業員数、経常利益が大きく、TFPも高いが、ROAはほとんど変わらない(第2-1-16図)。このことから、アウトソーシング実施企業は、相対的に事業規模の大きい企業が多いが、生産性の低い部門をアウトソーシングすることによって全体としての生産性を高めていると考えられる。

他方、アウトソーシングの大部分を占める国内アウトソーシングは、収益性にはあまり影響を与えない可能性がある。アウトソーシングによって資産を圧縮することができるので総資本回転率は上昇するが、アウトソーシング先に外注費を支払うことで売上原価率が上昇して売上高利益率が低下した場合、ROAには大きな変化は生じないこともあると考えられる38

アウトソーシング開始により生産性は上昇

我が国製造業では、アウトソーシングがROAの向上につながっているわけではないが、外部資源の活用によってTFPが向上するというメリットが発現している。

ここでは、製造業のアウトソーシング実施企業と非実施企業の間のTFPの違いを詳しく見てみよう39。以下では、2006年度、2010年度の2時点間のTFPの変化を見る。この2時点の継続回答企業40のデータを用い、サンプルを製造委託の有無によって、①2時点で継続して製造委託を実施している企業(継続企業)、②2時点で製造委託を実施していない企業(非実施企業)、③2006年度には製造委託を実施していなかったが2010年度には製造委託を実施するようになった企業(開始企業)、④2006年度には製造委託を実施していたが2010年度には製造委託を停止した企業(停止企業)の4つのタイプに分け、それぞれの特徴を見る。

2006年度の非実施企業のTFP(中位値)を基準(=100)として、それぞれのタイプの企業のTFPの水準が2時点でどのように変化したか、見てみよう(第2-1-17図(1))。

企業のTFPの水準をタイプ別に見ると、継続企業と開始企業が最も高く、差はほとんどない。次に高いのは停止企業であり、非実施企業は最も低い。これは、規模別に見ても同様であり、アウトソーシング実施企業ほどTFPが高いことが分かる。

次に、製造工程のアウトソーシングの導入がTFPに与える影響を見るため、各々のタイプの2006年度の水準を基準(=100)として、変化を比較してみよう(第2-1-17図(2))。

まず、非実施企業と開始企業のTFPを比較しよう。大企業では、開始企業が上昇している一方、非実施企業は低下している。この二つの変化の差は、アウトソーシングを導入したことによって生じていると考えられるため、アウトソーシングによって生産性は上昇したと考えることができる。この結果から、アウトソーシングの導入は企業の生産性の改善に寄与している可能性が示される。

同様に、中小企業では、非実施企業よりも開始企業の方が低下幅は小さい。これは、アウトソーシングの導入によって、生産性の低下が抑えられたと考えられる。

このように、大企業、中小企業のいずれにおいても、開始企業は非実施企業に比べてTFPのパフォーマンスがよい。このことは、アウトソーシングの導入が、企業の生産性の改善に寄与していることを示している。

他方、継続企業と停止企業を比較すると、大企業では、継続企業は上昇している一方、停止企業は低下している。中小企業では、継続企業よりも停止企業の低下幅は大きい。この結果は、アウトソーシングを止めたことによって、企業の生産性が低下したことを示唆している。

海外現地企業へのアウトソーシングにより生産性は向上

製造業企業においては、企業へのアウトソーシングは必ずしも収益性の向上につながらないが、TFPを高めることを確認した。

ところで、アメリカやヨーロッパの企業の中には、モジュール化の流れの中で、例えば、スマートフォンやタブレット端末の生産を台湾企業に委託するなど、海外子会社ではなく海外の現地メーカーにアウトソーシングを実施して収益性を高めている企業がある。このような海外現地企業へのアウトソーシングは、収益性や生産性にどのような影響を及ぼすのだろうか。我が国製造業の大企業に対象を絞って海外の社外企業にアウトソーシングを実施しているケースに注目して分析してみよう。

ここでは、海外の社外企業にアウトソーシングしている企業(海外・社外実施企業)と、その他の企業にアウトソーシングしている企業(その他実施企業)の差異について検証した。初めに、海外・社外実施企業は、その他実施企業よりも、売上高、従業員数、経常利益が大きい。また、ROAは低いもののTFPは高い(第2-1-18図(1))。

次に、海外の社外企業へのアウトソーシングの開始がTFPに与える影響を見るため、2009年度のTFPの水準を基準(=100)として、海外・社外開始企業とその他実施企業と変化の度合いを比較すると(第2-1-18図(2))、海外・社外開始企業の方が、TFPの上昇率は大きく、海外の社外企業へのアウトソーシングの導入がTFPの向上に寄与することが示唆される。

これまでの分析をまとめると、アウトソーシングの実施は企業の生産性を高める要因となっており、一方で、これを停止することで企業の生産性が低下してしまう可能性も示唆された。アウトソーシングを通じた自社外の生産要素、資源を効果的に活用することが生産性向上のカギを握ることが明らかである。また、海外・社外企業へのアウトソーシングは、他の形態のアウトソーシングよりも、生産性を高める効果も見られる。我が国製造業においても、海外の社外企業への製造委託の活用可能性を、一段と考慮すべきであろう。


(3)内閣府(2006)を参照。
(4)式で書くと、以下のとおり。
(5)アメリカの非製造業のデータは、カバレッジが狭く、小売・卸売業などに限定されており、企業規模別のデータも公表されていない。
(6)ドイツについては、製造業の業種別データが公表されていない。
(7)内閣府(2011)を参照。
(8)IMD(2012)を参照。
(9)法人税率は、2012年4月1日以後に開始する事業年度より、30%から25.5%に引き下げられている。
(10)為替レートが増価すると、企業は価格競争力を失うとともに、海外子会社からの配当などの受取り(円ベース)が抑制される。したがって、円が長期的に増価傾向にあることが、日本企業の収益性を低下させている面もあると考えられる。
(11)徳田(2010)を参照。
(12)内閣府(2008)を参照。
(13)各企業の売上高シェアの2乗和。値が大きいほど市場の寡占度が高い。
(14)ドイツのハーシュマン・ハーフィンダール指数は、日本、アメリカよりも高い水準にある。ドイツでは国内売上に占める輸入の割合が高いため、ドイツ企業だけで計算した同指数は高めに出やすい面があると考えられる。
(15)徳田(2010)を参照。
(16)エネルギーコストや労務費などが高いことも考えられる。
(17)インターネットの普及によるBtoBビジネス、BtoCビジネスの発展などから、流通システムの多段階性は薄れつつあるものの、依然として残っているものと考えられる。
(18)大企業、中小企業ともに、アメリカについては、データの制約から生産設備ROA以外の指標を作ることができない。そのため、ここでは日本とドイツ、フランスを比較する。なお、資本装備率とTFPについては購買力平価(PPP;Purchasing Power Parity)を用いて換算し、比較した。
(19)データが入手可能なEU諸国のうち、ドイツの次に経済規模の大きいフランスを代替の比較対象とした。
(20)付注2-1を参照。
(21)設備ビンテージはベンチマーク・イヤー法に基づき、以下の計算式から算出した。
Vt=[(Vt-1+1)×(Kt-1Rt)+It×0.5] /Kt
Vはビンテージ、Kは資本ストック、Rは除却額、Iは設備投資額を指す。なお、ビンテージの水準は、初期年齢の設定によって大きく変わるため、単純な国際比較が困難である。
(22)内閣府(2010)では、設備投資関数の推計からデフレによる実質金利の上昇や実質負債の負担増が設備投資の抑制要因であることを実証している。また、内閣府政策統括官(2010)では、円高による輸出や企業収益の減少が設備投資を抑制することを明らかにしている。
(23)内閣府(2001)では、過剰債務による設備投資押下げの影響を個別企業の財務データから試算している。また、内閣府(2005)では、アンケート調査から個別企業の期待成長率が設備投資に与える影響を試算している。
(24)花咲・Tran(2002)では、中小企業の設備投資は、大・中堅企業に比べてキャッシュフローの影響を大きく受けることを実証している。
(25)日銀短観の資金繰り判断DIは、大企業が「楽である」超である一方、中小企業はバブル崩壊後、「苦しい」超で推移している。
(26)研究開発投資の資産性については伊藤(2012)を参照。
(27)経済産業省「研究開発促進税制の経済波及効果に係る調査」(2005年)では、1990~1999年で研究開発期間の平均が2.9年、市場投入までの期間の平均が1.3年、収益計上までの期間の平均が合計で4.2年となっている。
(28)大塚(2011)にならって、3年間の研究開発活動が、1年のラグの後、次の4年間の企業収益に影響を与えると想定した。村上(1999)は「5年間の累積営業利益/その前の5年間の累積研究開発費」として分析している。
(29)内閣府(2012)を参照。
(30)港(2011)は、我が国では、元請企業と下請企業の「摺合せ」を通じて、元請企業から下請企業に技術開発の成果が移転されることから、中小企業は研究開発費用を節約できたと指摘している。
(31)川上(2005)では、台湾のPC産業発展の過程でODM取引が果たした役割を考察している。
(32)ここでの外注費は製造委託と業務委託の双方を含む。ただし、「企業活動基本調査」では2010年調査時に調査項目の見直しを行っているため、2009年度以降の値の推移については幅を持ってみる必要がある。
(33)近年では、製造工程以外の業務のアウトソーシングも行われているが、我が国の製造業では割合が17%と大きくない。
(34)例えば、アップルコンピューターのiPhone5では、ブラックボックス化した開発以外は、端末の製造工程の部品調達や組立だけでなくアプリ開発もアウトソーシングしている。
(35)「企業活動基本調査」では、製造委託について厳密な定義がなされているわけではないが、「営業費用(売上原価を含む)に計上した外注費、業務委託費等(類似のものを含む)のうち、製造委託の金額」として集計している。
(36)資本金3億円以上を大企業、3億円未満を中小企業とした。
(37)海外企業向けアウトソーシングは、海外従業員による技術漏洩などの問題もあり、障壁が高いと考えられる。
(38)例えば、元請企業は下請企業に外注することによって自社で生産するよりもコストが高くなる一方で、生産減少時の設備過剰を和らげることが可能となるなどのメリットがある。
(39)TFPの算出方法については、付注2-2を参照。稼働率や労働時間による調整を行っていないため、結果については相当程度の幅を持ってみる必要がある。
(40)「企業活動基本調査」は、回収率85.4%(2012年度調査)であることから、毎年度、報告しない企業もある。そのため、調査対象年度の全てに報告している企業(継続回答企業)を抽出して、それらの企業の時系列変化を分析した。
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