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むすび

本報告では、大震災からの復興と日本経済の在り方という観点から、経済財政を巡る現状の把握と論点の整理を試みた。その結果を踏まえて、改めて日本経済が直面する課題について考えてみたい。

景気の先行きとリスク

2011年3月11日の東日本大震災によるサプライチェーンの寸断は、迅速な立ち直りをみせた。しかし、2011年夏場からアメリカを中心とする世界経済の減速を反映して日本経済も持ち直しのテンポが緩やかとなり、特に年末にかけて欧州政府債務危機の深化により世界的に景気の停滞感が強まった。そうした中、2011年末からアメリカの雇用や消費に底堅さを示す指標が続き、2012年初には欧州政府債務危機も欧州中央銀行の対応もあってやや懸念が薄らいだ。

現在、世界景気は、全体として減速感が広がっているものの、日本経済は、公共投資に加え、消費は緩やかに増加、設備投資も持ち直している。このように内需が上向いていることを背景に生産は緩やかな持ち直しを続けており、景気は緩やかに回復しつつある。

こうした動きが持続的な成長に結びつくために鍵となるのは、雇用や賃金、企業収益の動向である。雇用や賃金には緩やかであるが、底堅さが見られるようになっている。企業収益は持ち直している。

景気の先行きは、持続性を増すものと期待されるが、引き続きリスクは大きい。欧州政府債務危機が再燃したりアメリカ経済が再度減速したりすると、輸出や株価、為替レート等を通じて日本経済に大きなマイナスの影響を及ぼす可能性がある。また、形成されつつある雇用・所得・消費の好循環が、企業のコスト削減努力に伴い、再び遮断されるリスクもある。さらに、消費や生産については、今夏の電力制約や自動車販売の今後の動向に留意する必要がある。

物価面を見ると、消費者物価はデフレ基調が継続しているが、このところ、需給ギャップが縮小していることから、下落テンポは緩やかになっている。マクロ的な需給ギャップの動きは、特に、雇用の過剰感がなくなってきたことに反映されている。労働需給の改善から、パート時給等の限界的な賃金動向には上向きの動きも見られる。なお、日米欧の物価上昇率の違いの背景には、我が国でサービスの価格が上昇していないことがあるが、サービス価格は賃金と連動しやすいため、賃金面の改善は特に重要な課題である。

マクロ的な需給ギャップの背後では、個別の財・サービス市場での需給変化が生じており、こうしたいわばミクロの動きが物価全体の動きに影響することも否定できない。例えば、耐久消費財、特にテレビの動きが挙げられる。テレビの価格が大きく下落した背景としては、供給側の生産性要因だけでなく、在庫増や供給過剰といった需給要因もある。また、2000年代年央は、交易条件の悪化もあって、労働生産性の変化に見合った実質賃金の上昇が実現せず、生産性上昇の果実を労働者が享受できていない状況もみられた。日本企業は、コスト抑制を通じた競争力強化により激烈な競争を乗り越えてきた。これは素晴らしい適応力であった。ある意味、成功しすぎたとも言えるかもしれない。こうした適応パターンが機械的に行われて化石化すると、経済にとって逆機能を生じてしまう。デフレ脱却のためにも、このような企業行動や賃金決定の在り方を変革していくことが求められる。政府としても、デフレを生みやすい我が国の経済構造を踏まえ、「モノ」「人」「お金」を動かすための政策を強力に推進し、生産、分配、支出にわたる経済の好循環を実現することにより、需給ギャップを是正するとともに、成長期待の改善とデフレ予想の解消を図ることとしている。

なお、金融政策については、ゼロ金利制約下においても、将来の金利やインフレに関する期待やリスクプレミアムに対して働きかけることを通じて実体経済や物価に影響を与えることが可能であり、果断な取組が期待される。

大震災からの復興は次の段階へ

被災3県の生産、雇用、消費等は、沿岸部では依然として立直りが遅れているものの、全体としては大震災前の水準に復帰しつつある。引き続き沿岸部の復旧に努めるとともに、被災3県あるいは東北地方を全体としてどのような形で復興していくかが問われる段階に来ている。

昨年の白書でも指摘したが、大震災により失われたものをそのまま復元することは困難であり、また、効率的でない。本報告書で見たように、壊滅した事業所等を再建することには大きなハードルがあり、また、企業等の集積があるところでこそ生産の回復が円滑に進展する。大震災前の人口や生産のトレンドを踏まえると、沿岸部での復興は、ある程度の取捨選択と集約化等に基づいて推進することが適切である。

その際、沿岸部ということにこだわらず、被災3県あるいは東北地方全体として復興するという視点が有効である。地域経済の発展にとって、産業集積の形成と人的資本の集積は極めて重要である。こうした集積を形成するためには、ある程度広域的な単位で集中していく必要がある。

今回の大震災による人的被害は極めて大きなものであったが、その後、人口の流出が加速した。特に、大学等を卒業した人たちの県外での就職を希望する割合が増加している。人的資本は生産性の向上や経済成長にとって不可欠であり、高度な人的資本の蓄積を図る必要がある。

なお、今回の大震災による雇用、所得、家屋・家財等に対する甚大な経済的被害に対して、人々は様々な工夫により対処した。支出の削減等のやりくり、貯蓄・資産の取崩しなどの自己保険、義援金等の支援、市場での保険利用などである。これらは被害の影響を軽減することに役に立ったが、より踏み込んだ対応が必要な面も見られた。日本経済として、こうした経験を基礎に、災害時の経済的対応の体制を整えておくことは重要な課題である。

「質」を重視した成長

日本経済は、今回の大震災の前から、少子高齢化や国際化など大きな潮流の変化の中でその在り方を再検討することを迫られてきた。大震災を契機にそうした対応を加速することが重要である。

特に、従来のような成長の量ばかりでなく、成長の質を重視していくことが求められている。所得を大きくすることだけによっては人々は必ずしもより幸福にならない。もちろん、GDPのような量的成長は引き続き重要である。しかし、かつてケインズが示唆したように、量的成長は目的のための手段であり、量的成長の果実をどのような形で享受するかを真剣に考える必要がある。量的な成長が前提条件であるが、そうした量的余裕を利用して、健康や安全・安心な社会の構築などの質的充実を達成することが求められる。

成長の「質」として何を重視すべきかについては、コンセンサスがあるわけではなく、今後の研究に待つしかない。ここでは公正な社会ということに触れてみたい。経済や社会において自分もしくは他の人が公正に取り扱われていると感じることは、社会の安定や経済的インセンティブという面からも基本的な重要性を持つ。伝統的な経済学においても、効率性と並んで公平性が2大目標の一つとされるほどである。

しかし、我々の経済社会が公正な経済社会であるとは感じられない状況が強まっている。交易条件の悪化もあって労働者が生産性上昇の果実を十分享受できず、非正規雇用など雇用の質が劣化し、生活保護や社会的排除を受ける人が増えている。こうした状況下では、社会保障制度の基盤を整え、所得再分配機能の強化を図ることが重要である。

加えて、年金などでは、これまでの制度改正の中で世代間の格差是正を図るための措置がとられてきたが、引き続き高齢世代の給付水準が現役世代と比較して大きい状態が続いており、格差を調整する現在の方策がデフレ下では十分機能していないことから、このままでは世代間の格差がより一層広がってしまう可能性がある。年金について言うと、生活水準が持続的に上昇する経済においては、現役時代に拠出した分だけしか高齢者になってから受益できないとすると、その時点での現役世代との格差が大きくなってしまうことから、世代間の所得移転は一定程度正当化される。しかし、人口減少で低成長となる中で、将来世代への過度の負担の先送りは危険であり、社会保障制度の持続可能性に問題を生じさせる。こうした観点からも、世代間の格差是正に向けた取り組みが重要である。

こうした問題への対応は、財政がすべてやるというよりも、公助・共助・自助の役割分担を踏まえて経済社会全体として取組むべきであろう。また、公平性を重視することは、効率性を犠牲にすることではない。むしろ、公平性を確保することが効率性を改善するという場合も多い。また、効率性と公平性はトレード・オフの関係にある場合でも、どちらかを過度に犠牲にしない適切なバランスを追求する必要がある。社会的排除のような不公正を解消し、しかも適度な経済成長を達成する「包摂的成長(Inclusive Growth)」を目指すことが求められる。

危機に強い経済の構築

大震災後の復興を考えるには、昨年の白書で強調したように、「危機に強い経済」という観点が不可欠である。これは、今回の大震災への対応というだけではなく、日本経済全体としても新たな成長を模索する上で必須の観点である。本報告書では次の3点を議論した。

第一は、財政や社会保障の持続可能性の確保である。財政状況は極めて悪化している。ここまで悪化した財政状況では危機に対応できないというだけでなく、それら自体が危機の原因となりかねない。財政危機が生じると、年金・医療など社会保障分野の給付削減措置が講じられる事態も考えられる。財政状況の悪化には、経済の低迷と景気対策による循環的部分もあるが、減税政策や社会保障支出の増加という構造的部分が大きく寄与している。

政府債務残高は、基礎的財政収支と利払費により変動する。政府債務残高の対GDP比を減少させるためのルートとしては、財政再建(歳出抑制や歳入増による基礎的収支の改善)、実質経済成長率の上昇、インフレ率の上昇、金利の低下、デフォルトなどがある。デフォルトは問題外であるし、インフレ率の上昇は、市場金利が上昇するので、債務残高削減には一時的な効果しかない。

日本では財政再建の努力が継続してなされてきたが、債務残高の増大を押しとどめることはできなかった。その代わり、低金利が国債費の軽減を通じて政府債務残高の抑制に貢献した部分がある。低金利は、潤沢な国内民間貯蓄、制度的要因による国債保有の誘因、国際金融市場における信認等によって維持されてきた。しかし、それもいつまで続くか分からない。

そこで、社会保障と税の一体改革を推進し、基礎的財政収支を改善することが必須である。社会保障制度における本来の生活保障機能や所得再分配機能を適切に果たすという見地を踏まえつつ、適切な税収の確保と社会保障給付の重点化・効率化が必要である。

第二は、効率的で柔軟な経済構造の実現である。人口が減少する中で生産性の上昇が必要であることは論を俟たない。そのためには、経済集積の深化や高度人材の蓄積が重要である。現状ではこうした集積が必ずしも順調に進展しているとは言えず、さらに推進する必要がある。震災等の危機が生じると、既存の供給体制が機能しなくなり、また、緊急に対応すべき新たなニーズが出てくる。それらに対応するためには、イノベーションを通じた弾力的な供給能力を構築する必要がある。また、サプライチェーンなども、効率性の確保を基本としつつも頑健なものにする必要がある。さらに、リスクへの事前的な対応として保険も重要である。人々や企業は必ずしもリスクを正確に認識し適切な保険選択ができるわけではない。また、情報の非対称性による逆選択やモラル・ハザードも生じ得る。したがって、地震保険なども、市場に任せるだけではうまくいかないが、公的主体と民間主体が補完しあって適切な保険が提供されるような工夫が望まれる。

第三は、市場をうまく使うということである。市場は万能ではないが、その資源配分機能には他に代えがたいものがある。リーマンショックは市場が暴走して経済に甚大な被害を与えた例であるが、市場メカニズムの本質はトライアル・アンド・エラーであり、一回の失敗で完全に捨て去ることは適切ではない。しかし、経済に過度のコストを発生させないように、市場をうまく使う必要がある。これには、いくつかの側面があり得る。一つは、「歪めない」ということである。例えば、代替エネルギーに対する補助金は、制度の設計や運営の仕方によっては、技術選択を歪め、国民負担を大きくする可能性がある。このような補助金は外部不経済を是正する一つの方法ではあるが、常に妥当な設定ができるとは限らないことに留意する必要がある。二つ目は、「上手につきあう」ということである。例えば、財政リスクプレミアムは市場のリスク認識によって過度に変動することがある。この時に市場に迎合して過度な財政緊縮を行うなどの対応をすることは、経済のファンダメンタルズからすると望ましくない。さりとて市場を無視することもできないので、市場の認識をうまくコントロールすることが肝要である。そのためにも、中期的な財政健全化へのコミットメントなどを有効に使うことは重要である。三つ目には、「クセを矯める」である。現実の人間は、あらゆる選択肢を認識することはできないし、それらが生じる確率を正しく評価することも容易ではない。このように限定的な合理性しか持たない人々の行動のクセを織り込んだ制度・政策を考えるのである。例えば、金融市場がテール・リスクを認識せずに暴走するリスクがあれば、暴走できない仕組み(取引コストの引上げ等)や暴走しないインセンティブを与えてやることが考えられる。

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